本日 16 人 - 昨日 73 人 - 累計 182548 人

天落

  1. HOME >
  2. 創作3 >
  3. 天落


其れは月での戦いを終えた、地球への帰還途中。



「再突入回廊・確認!
 大気圏・突入します!」



マリアの声に従い、順調に切り離しが行われる。
そして重力の腕に囚われ、船は下方へと落下していく。
瞬間――――――船は外部から揺らされた。





『・・・・・・・・フ、フフフフフ!』





空気ではなく魂を震わせる声が、船の外部より届いた。
星々の瞬く闇の中、殺気を伴い輝くは蛇の眼光。




『何もかも台無しにしてくれたね!
 こーなったら一緒に死んで貰うよ!!!』

「――――――――げぇっ!!!?」



船外に見えるは宿敵、メドーサの少女姿。
辛うじての所で、ヒドラの爆発から生き残っていた彼女は
隠れ潜んだ時間を休息に使う事で、僅かに力を取り戻していた。
僅かといえど、宇宙船の進行経路を反らすには充分な力を。
疲労し切った人間を殺すには、充分過ぎる力を。



『死ねぇぇぇぇエエエエエッ!!!!!』

「し、しつこいーーーーーーーっ!」

「―――――――再突入回廊から・外れます!
 このままでは・船が・燃え尽き・ます!!!」



緊迫したマリアの声に、横島は短く悲鳴を叫ぶ。
だが、すぐに怯えた表情は引き締められ
振り向いた先に見るは、静かに横たわる美神の寝姿。



「・・・・・・・・・・・!!!!」



歯を食い縛る。怯えを噛み潰す為に。
眉根を寄せる。絶望を見据える為に。
拳を握り締める。決意を引き出す為に。
頼る相手はいない。逃げる場所は無い。
考えるまでも無く、状況は最悪に等しい。



「――――――――マリア!
 俺が合図したら熱遮蔽版を切り離せ!!!」



船外に通じる扉に走りながら、銃を手にした横島は叫ぶ。
一つだけの文珠を作り得る霊力を、己が掌に込めながら。
状況は最悪――――――――ならば丁度いい。
そう、カッコつける場としてはきっと最高だろう。










結論だけを見れば、横島の策は上手くいったと言える。
一瞬でもいいから、メドーサを船体から引き剥がし
その隙を逃さずに熱遮蔽板を切り離して、船と距離を置かせる。
摩擦熱の問題は、文珠『冷』で防護することで解決。
その全ては、奇跡と思えるほどの正確さで上手くいった。
唯一つ、メドーサの蛇の如き執念を抜きにすれば。



「・・・・・・貴様だ!
 貴様を先に殺しておくべきだった!!!
 せめて、道連れに―――――――!!!!!」



放たれた最後の力は、横島を殺すにも足りない威力で。
けれど、体勢を崩していた彼を船体から落とし得る一撃。
支えを失った体は、抗う事も出来ずに虚ろの空へと。



「横島さん!!!」

「た、助けてくれーーーーーーーーっ!」



宇宙空間へと投げ出された彼を助ける為
名を呼びながら、間髪入れずに飛び出すマリア。
瞬時に追いつき、腰の辺りを左腕で抱え込む。
躊躇わなかったことが功を奏したか、体の確保には成功したが



「推力・・・・・・・不足!!!
 帰船・可能エリア外―――――――!」



既に、どれほど出力を効かせても帰れない位置に来てしまっていた。
必死で手を伸ばそうと、絶望的な程に届きはしない。
その間にも、先程まで乗っていた船は離れて行く。
大気圏に突入した為か、外から見る船はまるで炎塊の如く。
その姿は翻ってみれば、マリアと横島、二人の行く末でもある。
現実逃避か、引き攣った笑みを形作る横島に向け
眉根を寄せたマリアは、微かに困ったような顔をして



「横島さん・どこへ・落ちたい?」

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
 美神さーーーーーーーーんっ!!!!
 おキヌちゃーーーーーーーーーんっ!!!!」



声の限りに絶叫を上げる横島。
女性の名を呼んでいる辺りが彼らしいと言えようか。
その叫びが一頻り尾を引いた後、流石の横島といえども気を失った。
無理も無い、秒単位で確実な死が迫ってきているのだから。
船の方は大丈夫だろう。回廊に乗った後は、自動で帰還出来るようにした。
問題は、宇宙服しか身につけていない此方。
片腕で抱えた横島を見ながら、マリアは思う。
今回、彼は色々と頑張った。
戦闘の場であった月でも、こうして帰還する時に於いても。
そんな彼の姿を、一番近くでマリアは見ていたのだ。
その頑張り、報われなければ嘘だろう。



「・・・・・・・・ノ―・プロブレム。
 必ず・帰ります・みんなで」



元々、行き来に関してはマリアの領分。
それが、ちょっと船から外に出ただけのこと。
船に伸ばしていた手を引っ込めて、彼の背に回した。
このままに、大気圏上から落下するという覚悟を決める。
一人の少年の命を、胸にかき抱きつつ。



地表まで、あと100km















大気圏の上層部『熱圏』に、二人の体は飛び込んだ。
高熱から守る為、マリアは横島の顔を胸へと押し付ける。
その姿は、あたかも子を抱く母のようで。
けれど、彼女が微笑みを浮べる事は無く。
姿勢はそのままで、首を仰ぎの形とする。
まだ小さく見える無数の雲と、その先の地表や海洋が視界に入った。
周囲の空気はプラズマ化を始め、恐ろしいまでの輝きを放ち始めている。




(―――――――体表面温度上昇。
 ・・・・・・・・・・400・・・・・500・・・600)



それに合わせて、マリアは体内の冷却材を吹き付けた。
焼き焦がされている外側ではなく、腕の中の横島に向けて。
熱に直接曝されている自身の機体と、抱き締めている横島の肉体。
頑丈さを比較すれば、優先すべきがどちらかなど考えるまでも無い。
周りを覆う高熱とは違う、命の持つ温かさを感じ取り
彼の体を優しく抱き止める腕に、僅かな力が込められた。
胸の奥、改めて感じるのは覚悟と決意。
その間にも、地球との距離は縮まり続ける。
『熱圏』を超えた後、『中間圏』へと突入しても
落下速度は当然止まる事無く、温度と共に上昇を続けて行った。



地表まで、あと50km










『中間圏』を突破し、『成層圏』へ。
流れ星と化した身は、雲の階層を容易く突き破る。
雲を突き抜けた瞬間に、開けたマリアの視界に入ったのは



(進行方向に・岩石と思しき・破片確認。
 2秒後・衝突確率・89.1%)



台風や嵐などで、飛ばされでもしたのだろうか。
自由落下を続けるマリアに、それらを避ける術などある筈も無く
体や頭を庇おうにも、両の手は横島へと回されている。



(――――――――――!!!)



激突の瞬間、岩で隠されて暗くなる視界。
その一瞬で、熱により疲労していた外皮を削り取られる。
顔面の三分の一ほどが、無惨な姿で大気に曝された。
だが、その衝撃にマリアは首を揺らしもしない。
そればかりか、顔を背ける事すらせずに
外装の剥げた瞳で見据えるは、逝き着く先の地表のみ。
視界は狭まり続け、近付く大地と海とに埋められていく。

自らの為すべきは唯一つ。
瑣末事に関わってなど居られない。
我が身は、赤き血の通わぬ鋼。
我が身は、痛みを持ち得ざる鉄。
血も涙も無き鋼鉄の身、盾と成るには充分であろう。
場違いにも、マリアは感謝を捧げた。
己がこの体を以って生れてきた事に。
人を助ける事が出来る、この機械の体に。



地表まで、あと10km










『成層圏』を越えた後は、大気圏最下層『対流圏』
重力による存分な加速を経て、もはや地表は目と鼻の先。
目を背ければ、視線を戻す前に大地へと叩き付けられよう。
マリアは此処に至って、脚部のバーニアを噴かした。
体勢を変えながらも冷静に、行き着く未来を演算する。



(・・・・・・・・・・生存確率・0.38%)



それは絶望という意味を持った値。
だが、零ではない。決して零ではない。
ならば、在り得る可能性を一番先へと持って来るだけの事。
地表までは1kmを切った。現在速度は音速超過。
その間にも噴かされ続けるバーニアは体の向きを変えて行く。
頭から落ちていた体が、足を下に向けた形へと。
アンドロイドたるマリアは、自らの身が壊れることを厭わない。
体が壊れたとしても、彼女にとっては死ではないからだ。
けれど人が壊れれば、それは死へと直結する。
今なお抱き締め続けている、この少年とて同じ。
鼓動を感じ取りながら、マリアは思う。
少しばかり頑丈だとしても、竜神の武装を付けていたとしても
壊れてしまえば、人は容易く死に至る。
だからこそ―――――――――誰もが抗いを放つ。
地表まで、残り500・・・・・・400・・・





「マリア・壊れても―――――――――」





不意に思い浮かんだそれは、何時か口にした言葉。
記録は残っているが、経験という形では消えた想い。
かつてのような、胸焦がれる感情は今や無く
しかし、より強い激情を以ってマリアは叫びを放つ。
その叫びが終るより早くに、二人は地へと降り立つだろう。
地球へと向けられたバーニアは、落下運動に制動を掛けてはいるが
当然止まるには至らないどころか、速度を落とすにも不十分。
数百メートルの距離は、文字通り瞬く間に零へと変じ
そして、着地の一刹那
聖母の名を冠せし鋼鉄の少女は、軽く膝を曲げた後
母なる大地へと向けて、自らの両足を叩き付けた。
大気圏からの落下による衝撃は、地を大きく陥没させ
彼女の脚でさえも、硝子で出来ているかのように圧し折って行く。
だが、彼女は怖れも怯みもせず、揺らぐ事も無く。
脛が砕け、膝が壊れ落ち、腰までが千切れ飛んだとしても。
為すべきは唯一つ。単純明快なる願いの形。
其れを現実として抱く為
先の叫び、その続きを口にする。
咆哮は、言葉へと変えられた意志の具現。





「――――――――――横島さん・守る!!!!!」





その宣言と、周囲に響く爆音は同時。
轟音の勢いに攫われるかのようにして、意識は暗転した。















視界が蒼の空で埋め尽くされて、果たしてどれだけ経ったか。
意識を取り戻してから、正確には再起動を果してからは
まだ数時間しか経過していない筈。
左腕も下半身も無くては、身を起こす事さえ出来ない。
何より動力系統は、そのほとんどが機能を停止していた。
見た目だけであれば、スクラップ寸前。
そんなマリアに出来た事はと言えば
自分が落ちてきた空を見上げながら、ただ待つ事だけで。
だから父とも呼べる彼の声が聞えた時には、少なからぬ安堵を得られた。
帰ってきた事を、実感として感じられた為に。



「マリアーーーーーーーーー!!!
 生きとるかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!?」

「イ・・・・・エス・・・・・・
 ・・・・・・ター・・・カオ・・・・・・ス・・・!」



発声器官の被害も大きいようだ。
上手く答えられないのが、実にもどかしい。
だが、マリアはまだ自らに休む事を許さない。
カオスに体を起して貰いながらも、耳を澄ませた。
辺りの音を何一つ聞き漏らさぬように、と
そして、マリアは聞く。彼女の頑張りに答える声を。



「あ~~~~~・・・・・・・・・死ぬかと思った」



何だか久しぶりに聞いたような、彼の声。
何処か情けないように聞える、疲れきった声。
其れを耳にして、ようやくマリアは安心したように瞳を閉じたのだった。