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卒業

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それは、桜の咲く季節
優しい風の吹く中で花弁は踊るように舞い
外に出て仰ぎ見れば、そこには青く澄み渡る空

それは、暖かな季節
そして、別れの季節






気付かぬうちに、突っ伏していた机から身を起こす。
半眼で辺りを見渡すと、教室に居るのは自分一人だった。
軽く頭を振って、眠気を追いやろうとすると
窓の外で咲き誇る桜に目を奪われた。
そっと立ち上がり、近くの窓へと近付いて
外を眺めてみると、そこには疎らに歩く生徒の姿。
表情は様々だけれど、共通しているのは笑顔。
涙を流しているものも皆、口元に笑みを浮かべている。
そこで、ようやく今日が卒業式だった事に思い至った。



「やれやれ、どうして先生方はあんなに話が長いのやら。
 座って聞いてるだけだったのに、えらく疲れたよ」



溜息を吐いて、ほんの一、二時間前の出来事をぼやく。
古今東西、式というものには長ったらしいお話が付き物。
興味深く聞けたならまだしも、早く終る事ばかりを念じていては
何もせず座っているだけでも拷問に等しい。
とはいえ、こうして終ってみると何処か寂しさも感じてしまう
もう体育館に行く事もなく、それどころか登校する事もないと思うと。
我ながら現金なものだな、と口の端に笑みを浮かべた。
そう、そんな寂しさを感じたからでもあるのだろう。
こうして誰も居なくなった教室に一人帰ってきて
いつも授業中にしていたように、居眠りを始めたのは。
先ほどまで寝床代わりにしていた机へと近付き、その上に軽く手を置いた。




随分と変な夢を見た。
そこは一つの学校。一つのクラス。
一人、また一人と生徒が増えて行く。
でも、先生は居ない。一人としてやって来ない。
だから、授業の代わりとしてホームルーム。
しばらくの休み時間を開けて、またホームルーム。
ずっとずっと、その繰り返し。何度も、何度も。
気付いてみれば、その一員となっていた。
何年も何年も過ごしていたせいか、最初の頃はもう記憶の彼方。
当たり前のように、『学校生活』を過ごしていた。
思い返してみれば、その生活は何とも歪なものだった。
『学校生活』でしかない『学校生活』
放課後が来る代わりに、始業ベルが鳴る生活。
傍から見れば、そんな僕たちは悪夢に囚われているようにも見えたろう。



――――――――けれど、楽しかった。



それは本当だ。
笑い合える仲間。
終らない学校生活。
皆で過ごす青春の日々。
それが楽しくないわけがない。
実際に過ごした学校とは、かなり毛色が違っていたけれど
夢で見たあの日々は、自分にとって確かにもう一つの『青春』
正直に言えば、醒めないことを心の何処かで期待していた。
いや、今も少しばかりの寂しさを感じている。

だが・・・・・・・・・・






「高松君!」





不意に自分の名を呼ばれ、我に返った。
首ごと視線を向けると、廊下に見知った女生徒が一人。
どうやら物思いに耽り過ぎていたようだ。
これは外の桜のせいか、あるいはこの机のせいか。
意味の無い責任転嫁をしつつ、廊下に向けて歩き出す。
使い慣れた机に背を向けて。



「えっと、記念にクラスの皆で写真を撮ろうって。
 あと高松君だけだから、呼びに来たの」



走ってきたのか、頬を紅潮させた彼女が慌てて言う。
わざわざやって来てくれるとは、何とも義理堅い。
短く感謝を述べつつ、教室から出やる。
もう、生徒としてこの教室に入る事はない。

――――――――――――ふと、振り返った。



「・・・・・・・・・・・どしたの?」

「いや・・・・・・・何か呼ばれた気がしてさ」



教室には誰も居ない。
ただ在るのは、教卓と机と椅子ばかり。
だけど―――――――――だから
僕は、意味の無い行為をした。











小走りになって、先を歩いていた彼女に追いつく。
彼女は何だか不思議そうな顔で聞いてきた。



「誰に手を振ってたの?」

「ん・・・・・・・・何となく、かな」



首を傾げる様子を見て、苦笑する。
自分でも理由が解らないのだから、説明の仕様がない。
人気の無い校舎内を二人で歩きながら、少しずつ実感する。
ほんの少しの昂揚感と共に。
ほんの少しの寂寥感と共に。


――――――――――卒業したんだな、と。










一人、また一人、校門から外の世界へと旅立って行く。
再び、この校舎を訪れる機会もあるだろう。
けれど、その時にはもう彼等彼女等は生徒ではない。
学生としての生活に別れを告げてゆく。
最後となったのは、高松と呼ばれる男子生徒。
何度も振り返り、自分のいた教室を見詰めていた。




人気の無い教室。
いや、気付いてみれば女生徒が一人。
何をするでもなく、ただ茫と外を眺めやる。
門出を祝うかのように、晴れ渡った青い空。
仄かな紅色に彩られた、桜舞い散る春の風。
机に腰掛けた女生徒は、小さく手を振った。
もう、誰も居なくなった校門に向けて。



―――――――――――――バイバイ










卒業式は終わり、ホームルームも終わり
こうして校門の辺りにいる人も、もはや疎ら

突き抜けるように爽やかな青空の下
頬を優しく撫でる暖かな春風の中
彼と彼女は、ただ無言のまま
視線も合わせず、ただ其処に居る

それは彼女が求めたもの
ずっと渇望し、手に入れたもの
彼女がいつも口にする言葉

『青春』

それは、確かに此処に在った
まるで、言葉が形となったかのように






けれど、永遠なんて無く
世界は次第に朱へと染まり始め
彼を外の世界へ押し出そうとする

そして、少しだけ言葉を交わし、二人は別れた
去って行く彼と、見送る彼女と
春風のように微笑みながら
青空のような涙を流しながら

――――――――――こうして
愛子は、『青春』の日々を卒業した