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手紙

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ねぇ―――――――――この手紙は貴方に届きましたか?










薄汚れた部屋の中に少年がいる。
突っ伏して、漏れ出るのは嗚咽。
握りつぶされた手紙が濡れて行く。
零れ落ちる悲しみに、濡らされている。
指で拭おうともせず、手で覆いさえせず
嘆きの雫は、いつまでも頬を伝い続けていた。



どれほどそうしていたろうか

上げた瞳に映るのは

窓から差し込む陽の光

昼と夜の、一瞬の隙間










『初めて手紙というものを書きます。
 変なところがあっても見逃してね。

 普段、こんな風に文章を書いたことなんて無かったから
 何か新鮮なような、変な感じがするわ。
 反応が返ってこないのに、書き連ねているからかしら?
 でも、頑張って最後まで書くわね。
 ひょっとしたら、これが読まれる時
 私はもう死んじゃってるかもしれないから。

 怒らないでね?
 あくまで可能性の話なんだから。
 うん、これも遺言っていうのかな。
 生きているうちにしか書けないのに、亡くなってから初めて意味を持つ手紙。
 そう考えると、私がこれから書こうとしてるこの手紙は遺言そのもの。
 届かない方がいい手紙なんて、おかしいわね。





 貴方に伝えたい言葉は沢山在ります。

 それは謝罪だったり、恨み言だったり。
 でも一番は、本当に伝えたいのは一つ。









 ありがとう









 酷いよね。
 謝るのでもなくて、感謝してるだなんて。
 でも、それが私の本音。
 ヨコシマに伝える、私の告白。

 貴方に会えた喜びとその奇跡に。
 貴方を愛せた幸せとその時間に。
 貴方が生きる世界とその全てに。

 私は、本当に生まれてきて良かったと思えるから。



 だからね――――――――――もういいの。

 何が、とかいうのはよく解らない。変だよね。
 きっと、それはまだ起こってない事だから。
 
 でもね、もういいの。
 それが、それだけが伝えたい事。
 ヨコシマは優しいから。
 ホントに、困るくらい優しいから。
 こうして伝えとかなきゃいけないと思ったの。
 私がいられればいいんだけど、
 私がいない時こそ、この手紙は必要だと思ったから。
 
 もう、いいんだよ――――――――――ヨコシマ



 最後に、これからどうするかも計画書代わりに此処に書くわね。
 ポストに出すわけにもいかないから、本にでも挟もうかな。
 教科書の間にでも挟んでおけば、貴方は気付かないだろうし。
 一年くらい経てば、この手紙の事を打ち明けてもいいかな。
 その時、私はどんな風に笑えているのかしら。



 この手紙を、二人で笑いながら読める日が来る事を願って。



 ――――――――――from ルシオラ』















『手紙なんて初めて書くんだ。

 だから、きっとお前よりずっと変な事を書くかもしれない。
 俺は馬鹿だからな。作法とかも知らないし。
 でも、いちいち書き直したりしてたら
 いつの間にか、取り繕った嘘に代わると思うから
 本音で書きたいんで、書き直しは無しの一発書きだ。
 変な感じがしても我慢して欲しい。



 何つーか、色々あったよな。

 俺がペットになったのから始まって
 コスプレ店員とか言われたり
 一緒に夕焼け見たり

 全部書いてると、それだけで時間をいくらでも使いそうだな。
 ここからは、よく思い出せる事を、何度も思い返した事を書いてくわ。

 学校に迎えに来てくれたっけ。
 知ってたか?
 お前、学校のダチに見られてたんだぜ?
 後で羨ましいとか言われて、殴られたりしたんだ。
 アレは嬉しかったな。お前が褒められてるわけだから。

 東京タワーで見た夕焼けは綺麗だった
 記憶力悪い俺だけど、それだけは今でも思い出せる。
 多分、綺麗だったという事だけで十分なんだろうし、
 それ以上は要らないから、忘れたんだろう。
 お前が傍にいて、笑ってくれた。
 その時の笑顔も、綺麗だった。
 キスしたのも覚えてる。絶対に忘れん。

 パピリオとは喧嘩したけど、ちゃんと仲直りできてから
 お前は以前よりずっと、よく笑うようになってた。
 うん、正直に言って見惚れてた。
 恥かしいから、言わなかったけどさ。





 んで

 最後は、結局、こうなっちまった。





 でも、な



 楽しかったな。

 一緒に暮らして
 一緒に生きて
 一緒に――――――――――在れて 

  

 楽しかったよな。

 奇跡みたいな出会いから
 それ以上に奇跡みたいな時間を過ごして
 ホント、楽しい時間だったよな









 でもさ

 やっぱり、一人で見る夕焼けは

 少しだけ、悲しいよ。










 もう、俺は歩き出そうと思う。
 でも、忘れる事なんて出来ないから。
 時々振り返るくらいは、許してくれないか。

 もう、俺は先に進もうと思う。
 でも、そこまで強くなんて無いから。
 時々立ち止まるくらいは、許してくれないか。

 こんな弱い俺だから、今まで言えなかった。
 こんな情けない俺だから、今までずっと逃げてた。
 でも、もう、動かないではいられないから。
 だから、口にする事も出来ない俺が書いて伝える、最初で最後の挨拶。





 さよなら、ルシオラ。
 お前が、好きだった。


 
 ――――――――――from 横島忠夫』










じっと手紙を見つめる。
机の上には、使い終えた筆記用具と一匹の蛍。
手に取った手紙を折り曲げて、封筒に入れた。
蛍は動かない。その光はか細く力無く瞬いて。
そして――――――――――それすらも長くは続かず
蛍の灯火が消えた時、すぅ、とその姿は幻のように消え去った。

椅子に腰掛けた男は、それから目を離さなかった。
消え失せる一瞬を、最後まで瞬きさえせずに見届け、
そっと、書き上げた手紙を机の中へと仕舞う。
ぎしり、と背もたれに体重を預けて天井を見上げる。
こめかみの辺りを、熱いモノが流れていった。












ねぇ―――――――――この想いは貴方に届きましたか?