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一夏の思い出

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その電話は突然だった。



『よぉ、久しぶり!
 元気してっか、横島』

「ん?
 ・・・・・・・おお、久しぶり。
 どした、何か用事でもあんのか?」

『何だー、淋しい奴だな。
 用事が無きゃ電話しちゃいけませんか?
 無駄話に使う時間なんてありませんか?
 どうなんですかお客さん!』

「いやいやいや、ンな事はないけど。
 つか誰がお客さんだ」
 
『てのは建前なんだけどな』

「ヲイ」

『あはは、悪い悪い。ちょっと調子に乗っちまったな。
 実はさ・・・・・・・ちょっと、頼みたい事があるんだよ』










陽炎が立ち昇る。
ジリジリジリジリと。

今日は、腹が立つくらいの晴天。
蒼天で輝いている太陽は頑張りすぎだと思う。
もう少しサボってもいいのではないか
ちょいとばかり雲に隠れてもいいのではないか。
けれど、大地には変わる事無く陽光が降り注いでいる。
十分に熱されたコンクリートは、
蓄えた熱を放出し、気温の上昇に一躍担っていた。
見える端から打ち壊してしまえば、涼しくなったりするだろうか。

益体も無い考えを浮かべつつも、
歩みを止める事無く、先へと進む。
片手に持つ携帯で、会話を続けながら。



『っかし、お前がちゃんとしたGSになるとはなー。
 高校卒業してから一番の珍事っつーか
 答えろ、いくら積んだ?』

「美神さんに積むほどの金があるわけねーだろが。
 大体、まだまだ見習の身だっての。
 実戦経験はともかく、知識がからっきしじゃ仕方ないけど。
 俺はそれよか、タイガーがGS免許取ったのにびっくりだよ」

『はは、さりげにヒデェな。否定できねーし。
 毎日のよーに免許見ながらニヤニヤしてたのには引いしな、素で。
 でも、アイツが結婚した時の方がインパクト強かったろ』

「あー、まさか学生結婚するなんざ思い切ったよなー」



携帯を介し、顰めた苦笑を交し合う。
暑い、というよりは熱い日中で。
ジリジリと肌を焼く陽射の下。
まだ、目的地には着かない。



『ピートは順当だったよな。
 オカルトGメンへの進路は、最初っから希望してたし』

「まぁ、無事にいけて良かった、てとこか。
 でも、まだまだ偏見も残ってるんで、
 それなりに苦労してるみたいだぜ」

『マジ?
 天下のオカルトGメンといえど、所詮人間の集まりってか。
 エリート意識が強いってのも問題なのかもな』
 
「確かに。ま、仕方ない所も在るんだろうけど。
 目に余るようなら、そこらへんは西じょ・・・・・上司が取り成してくれてるさ。
 しかし、こう仕事のことを考えてると
 学校に残った愛子が羨ましくも思えてくるよ」

『彼女は彼女で大変だろー。
 今は事務職みたいな仕事もやってるって聞いたけど
 偏見がどーとかはピートと変わんないんじゃねーの?』

「そこらへんは、校長やら俺らの担任だったオッサンがどーにかしてるだろ。
 むしろ愛子に手を出したら、ソイツの方が学校追い出される」

『はは、確かにそだな』










蝉時雨が降り注ぐ。
ジィジィジィジィと。

蝉の音は間断なく響き続け、
ようやく終ったと思えば別の蝉が鳴く。
何処から聞こえるかも定かではない、酷く耳に障る大合唱。
この暑さは音が形を変えているのか、と錯覚するほどに。
けれど、それこそが夏の象徴。
もし、蝉の声が聞こえない夏の日があれば
それは、どれほど味気無いだろうか。

地獄の釜をひっくり返したような、これだけの陽気では、
誰もが気力という気力を根こそぎ奪われてしまうのか。
見える範囲で、辺りを歩いている人の姿は疎ら。
誰も幽鬼の如くに歩くばかりで、会話をしている者は皆無。
今の自分自身を除いては。



『しかし、センセーらもまだ現役なのか?
 俺らが卒業してから五年以上は経つってのに元気だねー、あのハゲは』

「暮井先生もまだまだ教師やってんぜー。
 本人は不本意らしいけど、そろそろ諦め入ってるんじゃね?
 あとセンセにハゲはやめとけ。死者に鞭打つよーなもんだ」

『・・・・・・・あ、ひょっとして進行しちゃってた?
 俺は学校出てから、一回も会ってねーんだけど』

「同窓会で指摘したら、思いっきり首締められたよ。
 『おのれはー!誰がストレスの元だったと思っとるかーーーっ!!!』て」

『うわ、全然変わってねえし。
 ソレ聞いてるだけで、あっさり目に浮かぶわ。
 そっか。あー、懐かしいなー』

「お前にやられた事とかも思い出したけどな。
 ほら、お前も眼鏡かけてたし。
 センセーって、ひょっとしたら未来のお前像?」

『ちょっと待てコラ。誰がハゲだ』



現在から過去へと焦点は変わり
紡ぐ声は精彩を欠きながらも
だらだらとした会話は続く。
目的地は、もうすぐ。



『大体コンタクトに代えたんだから、もうかけてねぇっつの。
 しかし、何か俺、お前にやったっけか?』

「食いモンの恨みは恐ろしい、っていうだろーが。
 卵焼きを寄越さんかった事は、まだ記憶に新しいぞ」

『いや古いし。しかもしょぼいし。
 むしろ、机に落書きした方を言ってるのかと』

「アレはお前の仕業かい」

『しまった!
 何て巧みな誘導尋問!?』

「いや、どう考えても自爆だし。
 てか覚えてるんじゃねーか」

『あはは。まー、アレは結構な騒ぎになったしな。
 今更だけど・・・・・・・・・悪かったよ。ゴメン』

「・・・・・・・・別にいーさ。昔のこった」










炎天下の中を歩く。

太陽を隠すには至らない入道雲。
不快なまでに、辺りを埋め尽くす蝉時雨。
己と世界の境界を曖昧に感じさせる陽炎。

汗が次から次へと湧き出し、
頬を、腕を、胸を玉となって流れ落ちる。
その感触が煩わしく、グイ、と袖で拭い落とした。
それでも後から後から汗は滲み、不快感を煽り続ける。
普段ならば、怒りを感じようものだが、
その気力さえも、この暑さの中では焼き尽くされたか。
太陽の下、コンクリートはジリジリと照り付けられて
蝉はまだ飽きもせずに、ジィジィと鳴いている。



「あー、アチィ・・・・・・・」

『・・・・・・・・そっか。暑い、か』



暑い――――――――――酷く暑い、夏だった。










バス停が見えた。
人影は無い。バスも来ていない。
其処こそが目的地。
陽射が遮られた影に吸い寄せられるように、
一歩一歩、ゆっくりと着実に近付いてゆく。
急ぎもせず、立ち止まりもせず。
そして、数分もかけずに辿り着く。

辺りには誰もいない。横島だけが陽炎の町並みを見つめている。
備え付けられたベンチには腰を下ろさず、立ち続けながら。
しばらく無言を通していた携帯に、
確認の意味を込めて、疑問を放つ。



「・・・・・・・・此処か?」

『ああ、此処だ』



目線を落とした。
足下には、花が一輪。
暑さのために萎れているソレは
忘れられたように、目立たぬ所へ置かれていた。



『早速で悪いんだけど、さ』



夏の陽射が熱い
蝉時雨が喧しい
ジリジリジリと
ジィジィジィと











『俺を、除霊してくんねぇか?』










――――――――暑い

酷く――――――――暑い

――――――――――不快感が、募る










夏。
バスの停留所に座り込んでいる男。
何をするでもなく、ぼんやりと空を眺めていた。
だらり、と凭れ掛り、腕を両方とも投げ出して。
手にした携帯からは、無機質な音だけが小さく響いている。
彼は独りだけ。横島忠夫は、独りだけで其処に座っていた。





『疲れちまってなー、ずっとここに居るのに』

『何処かに行けるわけでもなくて
 それでも、時間ばっか進んでいって
 だから、取り越されてるよーな気がしたんだよ。
 ま、仕方ねーんだけどさ。事実だし』

『未練があるんでもない。
 後悔してるんでもない。
 まして、運命を憎むとかじゃぁない。
 ただ、な・・・・・・何で、俺なんだろな。
 何で、俺は死んじゃったんだろうな。
 そう思ったら、逝けなくなったみたいだ』

『そう、だな。期待しちゃったのかもな。
 お前と話したら昔に返れるかも、って』

『ん?ああ、満足したよ。
 ちょっと物足りない気はするけどな。
 それくらいが丁度いいのかもしんねーし』

『そんじゃ――――――――バイバイ』





「ああ――――――――またな」



空に向けて放つ言葉。
もはや、会う事は叶わぬかつての友人。
過ぎて行く日々の中、朧に成り果てていた名前。
ソレを忘れぬよう、胸の奥に刻みながら。

目に映るは陽炎。
耳に届くは蝉時雨。
空を占めるは入道雲。

むせ返るような熱気の中。
遠い空の先に映る昔を見つめて
遠くまで来たことを自覚しながら
胸の奥で、小さく別れを告げた。
皆と一緒、馬鹿ばかりやっていて、
それでも、毎日が楽しかったあの日々に。



そんな、夏の一日。