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GS美神極楽大作戦

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かつて、神々にすら噂された人間が居た。



彼女は並外れていた。力においても、性格においても。

とはいえ、その者ばかりが特殊なのではなく

類は共を呼ぶとの言葉通り、周囲に集まる奴等も平凡からは遠く外れた者ばかり。

だからこそ、噂の対象は彼女自身というより彼女の在りし日々。

勿論、始まりが在った以上、終わりもまた在るのだけれど。

その時代は余りにも喜劇めいていて

その時間は余りにも冗談めいていて

だから後世に於いて、その時代、その時間の事を

該当の人物名を付け、神や魔はこう呼び表した―――――――――








―――――――――――――GS美神極楽大作戦、と















畳敷きの部屋に、座り込んだ老爺が居る。
その横には黒尽くめの誰かが蹲っている。
時刻は正午を過ぎて間もなく、空は蒼く晴れ渡り。
散歩の一つもすれば、とても気持ちが良かろう日和であった。
しかし、老人と黒尽くめは日陰から外を眺めるばかりで。
変わらぬ視線は、共に遠い遠い場所を見詰めているかのようで。
首も動かさぬまま、老爺は静かにその口を開いた。



「久しぶり、でいーのかね?」

「・・・・・・・・・・・・・」



老爺の言葉には無言が返される。
だがさほど気にもせず、繰り返したりもせず
開かれた窓から、老人は空をただ眺め続けていた。
薄く白い雲が疎らに浮び、静かに吹く風の中を流れている。
一時のみ目をやっただけでは気付けもしないだろう、遅々とした動き。
けれど、雲が止まる事はない。風の吹く限り。
気付かないだけで、変化は常に起こり続けている。
一所に留まる事など出来ない。時の進む限り。
そんな当たり前を、老爺はぼんやりと眺め続けていた。



「ああ――――――――――本当に、久しぶりだな」



天頂に在った日が僅かに傾くくらいの時間が過ぎて。
先と同じ言葉を口にして老爺は室内へと振り返る。
視線の先には布団が一組。
その中で眠っているのは、老爺と同じ顔。
違いは一つだけ。眠る老爺には動きが無い。
胸の上下も、口元の震えも、何一つとして。
すっ、と首を横に居る黒尽くめへと動かし
其処でようやく老爺は笑みを浮べた。



「――――――――――死神」



それはほんの少しだけ目を細ませた、儚い笑みではあったけれど
だからこそ相応しくもあるのだろう。霊と成り果てた老爺にとっては。
白骨を黒い装飾で覆った死神は、何も答えずにただ其処に居るばかり。















「楽しかったなぁ」



窓に寄りかかりながら、じっと静かに見詰めるのは己の顔。
安らかに眠っているようでいて、けれど二度とその目は開かない。
昔であれば、みっともなく泣き喚いていたかもしれない。
だが老爺の瞳は涙を浮べたりせず、今ではない過去を映している。
その間、死神は何も言わずに、ただ彼の傍に居た。



「美神さんが居て、おキヌちゃんが居て、シロが居て、タマモが居て
 スリルだらけの仕事にも、何時の間にか慣れてて
 時々学校に行っちゃ、辞めてなかったのかと驚かれて
 しばかれたり、慰められたり、散歩に行ったり、一緒に飯喰ったり
 色々無茶苦茶は在ったけど、馬鹿ばっかりやってたけど
 ホント、楽しかったよなぁ」



賑やかな時間だった。騒がしい時代だった。
それでいて、面白い、面白過ぎる日々だった。
退屈などとは無縁、平凡などは皆無。
ジェットコースターのように刺激に満ちた日常。
それが当たり前で、こんな日々がずっと続くと
何の理由も無く思えていた生活。

そして――――――――――





「でも、ま」





過ごす日々の中で、幾つもの別れを経験する。
理由は人それぞれ。己の人生観、里の仲間達、そして家族。
それは永遠の別れではなく、ほんの少し距離が出来ただけ
だから歩き始めた事は喜ぶべきで。独り立ちは誇るべきで。
旅立つ彼女等は、胸を張っていい筈だ。
見送る自分達は、微笑みを浮べていい筈だ。

なのに

何故、涙は流れたのだろう。





「少ぉしだけ、疲れたか・・・・・・・な」





後悔しているわけじゃない。ただ、時が過ぎたというだけ。
年を重ねれば重ねるほどに、出会いよりも別れの数が増えて行く。
全ては人であるが故に。人として生きたが故に。
再び、老爺は外へと視線を戻した。
空を見上げる癖が付いたのは何時からだろう。
誰よりも長く生きると思っていた妻に先立たれた時か
随分と疎遠になっていた、黒髪の少女の訃報が届いた時か
あるいは、もっと昔から―――――――――

空には風に吹かれてか、幾つかの断片へと分かれた雲。
口を閉じた老爺は、ずっと其れを眺めていた。



『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』



更に時が過ぎて、日が傾いてから。
衣擦れの音さえも無く、死神は彼の傍に寄った。
急ぐ理由も無かったが、軽く促すくらいは良かろう。
何時までもこうしていては、未練が残り哀しみを生むだけだ。
肩に担いだ鎌には、もはや大した意味など無い。
魂の尾は、既に切れているのだから。



『もう、良いだろうか?』



髑髏から漏れた言葉は少なく、感情も込められてはいない。
同情など出来る立場ではないし、その意義も無い。
生れたからには死ぬ。それが現実であり運命というもの。
死神の身に出来る事は、たった一つ。
魂を彼岸へと送り届け、無事に生まれ変るための手助けをするだけだ。
既に命絶えし者が、思い悩んだ末に迷わぬように。
もはや死せし者が、これ以上傷つけられぬように。
この老爺と会うのは、これで数度目であったために
自身が担当となった事実に、運命の皮肉を感じてはいたが。
だが、やる事は変わらない。
まだ足りぬと思うなら、何時まででも付き合う気でいたが
しかし返された小さな頷きを見て、死神はそっと手を差し伸べた。



『では逝こうか、横島忠夫よ』



差し出された白骨の掌に、老爺は微かに苦笑した。
何を理由としての笑みか、死神には知りようもない。
手を引かれるという行為に、己が老いを想ったか
肉を交わさず、骨と直接手を繋ぐ事に違和感でも感じたか
あるいはどちらでもない、もしくはどちらでもあるのか
どんな理由でも構わない。別にどれだろうと変わらない。
さほどの間をおかずに、老爺は手を伸ばしたのだから。
そっと互いの手が重ねられ、死神は軽く指を曲げて掴もうとする。





―――――――――――――それと同時に










ぽん♪










と気の抜けた音と共に、消え失せる老爺。
後に残るは、煙と『偽』と一文字書かれた珠。



『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え”』



思わず硬直する死神。それはたっぷり数秒間。
慌てて窓から空を見据えると、其処には風のように遠ざかる幽霊が一人。
ヤバイ気付かれたっ、とスピードアップする老爺改め横島。



『ちょ、ちょっと待てぇっ!!!!!』



一息に窓から飛び出す死神。ここで逃がせる訳が無い。
さてさて、鬼ごっこの始まり始まり。
追うも一人で逃げるも一人。追うは死神、逃げるは横島。
黒き疾風の如く空を駆けつつ、鎌を担いだ状態の死神は



『ぉいっ! 疲れたとか言っておきながら何故に逃げるっ!!!
 アレは全て逃走のための布石だったのか!?』

「俺は嘘なんぞ吐かんっ!!!」

『其れが既に嘘そのものだっ!!!!!』



死神は怒声を放つが、横島自身は嘘を言ったつもりは無い。
自殺する気などは毛頭無かったとはいえ
生きるのに少々疲れてしまったのは本音なのだ。
知人達も結構な数と死別してしまった事だし。
しかし、だからこそ



「死んだからってそれで終わりでわないっ!
 美神さんとゆー人が大人しく成仏しとるとは思えんし
 おキヌちゃんは他の幽霊の面倒見てる可能性が多大に在るっ!
 他のどいつもこいつも、素直に生まれ変わろうとする殊勝さなんざ
 欠片ほども持ち合わせとらんわ俺含めてっ!!!
 とゆーわけで、これから始まる第二の人生ーーーーーーーっ!!!!!」

『死んどるだろがーーーーーーーーーーーっ!!!!!』




だいじょーぶ、死んでも生きられます。
かつて幽霊の少女が口にした言葉通り
横島は生前となんら変わらず、アホな叫びを空一杯に放っていた。
いや肉体という枷を失ったためか、より元気になった節も在る。

命を司る神としての全力を以って追いかける死神。
人類として限界以上の能力を駆使し、逃げ続ける横島。
太陽は既に大きく傾いて、空は橙色に染まり始め
夕焼けに染まった千切れ雲は
風に流され続け、再び一所へと集まっている。
それはまるで、彼らの再会を約束するかのように。












残された部屋には敷かれっぱなしの布団が一つ
その中に死の腕に抱かれ続ける老爺が一人
動くものは何も無い―――――――――何も無かった。
しかし、部屋の片隅が幽かに揺らいだかと思うと
影が薄れ始め、周囲の空間に闇が溶けるように消え失せ
そして現れたるは、忍び笑いを漏らしている老爺。
『隠』『囮』と書かれた珠を玩びつつ、片手でバンダナを巻く。
それは織姫特製、幽霊であっても身に付けられる優れもの。
新しく『若』と刻まれた文珠を握り締めながら
昔と同じ格好に身を包んだ横島は、窓から遠い世界へと目を遣った。



『さーて、と。どっから行くとするかな』



気が付けば、辺りに響くは蝉の鳴き声。
澄み渡る青空に心躍らせ、浮ぶ白雲に心が沸き立つ。
太陽は熱く輝いて、季節の訪れを祝福している。
魂の奥底では衝動が生れる。
走り始めたい。動き出したい。
そして飛び込む先は、賑やか極まるお祭り騒ぎ。
そう、それは、新しい夏の始まり――――――――――















ここから死神達の極楽大作戦は始まる。



余りにも喜劇めいていた時代

余りにも冗談めいていた時間

だから、だからこそ後世に於いて

その時代、その時間の事を

神や魔は―――――特に死神はこう呼び表した





――――――――――GS美神(の関係者を)極楽(に行かせよう)大作戦、と