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カツラ

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春。それは心を浮かれさせるもの。
それは横島忠夫という人間をしても例外ではないようで。
辺りは、ぽかぽかと暖かな陽気に包まれ
空を仰いでみれば、爽やかな青に白い雲。
珍しく、横島は一人きりで道端を歩きながら



(あー、昨日の晩飯は美味かったなー)



と、俗なことに思いを馳せていた。
女性関連ではない点、彼も春という季節に浸っているのかもしれない。
ぼんやりと、どこかゆるんだ表情で歩く横島。
けれど常とは違い、邪な空気はその顔から感じられず
むしろ、日向ぼっこをしている子供のような無邪気さがあった。
口の端から垂れている涎から目を背ければ、だが。



(身を熱くしていく様子に、自然と速くなる俺の鼓動。
 狐色の衣を纏ったアイツは、胸を高鳴らせてくれた。
 開かれた所から、じわりと滲んだ汁に心をときめかせ
 十分に目で楽しんでから、ゆっくりと顔を近づけた。
 軽く舌で舐め、優しく歯を起て、十分に味わってから飲み込む。
 その至福の一時、今思い返しても涙が出てくる。
 嗚呼、素場らしきかなトンカツ――――――――――)

「ママー、あのお兄ちゃんへんー」

「しっ、見ちゃいけません!」



彼の弟子の如く、だらだらと滝のように涎を垂らす様は
傍から見ると、十分以上に不審人物だった。
浮べた表情は夢みる子供のようなので
そのアンバランスな不気味さのためか、逆に通報されずにすんでいるが。

さて、春の陽気にかられ、ふらりと外に出た横島は
現在、何をするでもなく目的も無しに歩いている。
つまりは散歩。なのに彼の弟子、犬塚シロがいない。
これは横島自身が拒んだためである。
せっかくの春、自転車だろうが何だろうが全力疾走などしたくはない。
また、それ以外の理由として罰の意味もあった。
狼だから、という訳わからん理屈で
彼よりも一切れ多く、トンカツを食べた弟子への罰。
先生への敬いが足りん、という此方もまた微妙な言い訳により
横島は、一人だけでの気楽な時間を手に入れたのである。

何をするでもなく、ただ歩いているだけだが
春だからか、それだけでも何となしに楽しい気がする。
梅が咲いているからか、桜が咲き始めているからか。
いやいや、横島にとっては『花より団子』
この陽気の中、メシに思いを馳せるのが一番幸せなのかもしれない。
風の吹くまま気の向くままに、一歩、一歩、また一歩。
そうやって適当に歩いているうちに
歩きだけで随分遠くまでやって来てしまっていた。
何やってんだか、と苦笑いする横島。
そんな彼にかけられたのは、優しげな声。



「こんにちわ、横島君。
 珍しいね、一人で散歩かい?」



声の聞こえたほうに顔を向けると、眼鏡にデコに神父服。
その姿を見て、横島は一瞬放心する。
名前がすぐに思い出せなかったためだ。
神父、それは解る。だが、肝心の名前が出てこない。
少々焦ってしまい、そして焦燥感が更に思い出す事を難しくする。
普段どおり、神父と呼ぶだけでいいのだろうけど
流石に名前を忘れたままにしておくのは
春のせいというにも度が過ぎる、という訳で検索開始。



(えーと、トンカツ・・・・・・・・・・じゃなくて。
 神父、だよな。名前、名前は・・・・・か・・・・・か・・・・・
 んー、春休みボケか俺? まさか神父の名前をど忘れするとわ。
 当たり前だけど、知らんわけがないんだよなー。
 んーと、か、か、から、つ、かつ―――――――――)





ああ、そうだ。何を忘れているのだろう。
見れば解るじゃないか、彼の名前は――――――――――――――










「カツラ神父!!!」

「誰がだっ!!!!!」










弟子張りのギャラクティカマグナムを放つ神父。
きりきりと舞いながら、空へと飛んで行く横島。
その姿は、春風の如く爽やかに爽やかに。