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ただいま

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おかえりなさい――――――――――





―――――――それは、除霊依頼の入っていなかった日。

美神令子が、事務所の前に張り紙をしていた。
顔は顰められ、実に気の進まない様子。
だが、妙に手馴れた彼女の動きは
その動作が、もう何度も行われた事を示している。

内容は、除霊バイトの募集。
彼女とおキヌ達、女性陣の写真が印刷された下で
危険はありません、美人GS優しく指導、等という詐欺としか思えない文が踊っている。

ひとまず一枚を張り終えて、それをじっと見つめる。
そして、溜息と共に吐かれたのは、今はこの事務所にいない人物の名前。



「・・・・・・・横島君」



呟きに引き摺られるように、想いは過去へと――――――










――――――――横島忠夫が美神除霊事務所を止めた。



独立するわけでもなく、
新しいバイトを見つけたわけでもなく、
所長の理不尽に耐え切れなくなったわけでもなく、

高校を卒業してすぐに
彼自身がナルニアに行くと決めたからである。

彼の言い分は、『自分を見つめ直したい』との事だったが
大概の人物はそれで納得したりはしなかった。
唯一の例外だったのは、彼の雇い主―――――美神令子。

旅立ちの日より、更に一週間ほど前。
夕焼けの朱に染められた部屋の中。
静かに其処に居るのは二人だけ。
美神と横島の間は言葉も少ない。
特に、彼が辞めると口にしてからは。

互いに見つめあい、どちらも目を逸らそうとせず
そんな息詰まる時間が過ぎ去った後、
彼女が発したのは、引き止めの言葉ではなかった。



『・・・・・・・・・帰って、来る?』

『・・・・・・帰ります、必ず』



帰還の約束は、短く。
だが、それがいつとは口にされる事無く。

それから丁度一週間後、
空港にて、大勢に見送られながら、横島は日本を発った。
美神令子もまた、彼を見送った人物の中にいた。








――――――――それから、一年という時が過ぎ去った。



余りに長いと言うほどでもなく
けれど、全てを忘れ去り、思い出とするには短すぎる時。

横島の不在中、
後釜として、何人かを雇いはしたが、
誰も彼も長続きはしなかった。

ただでさえ、GSは危険な職場。
高額の仕事が大半を占めるため、危険度も高い。
所員も、美神を筆頭に癖のある者ばかり。
何より事務所に居るのは、うら若き女性のみ。
下手な奴を雇うわけにもいかず、
かといって、荷物持ちは必要不可欠。

美女満載の職場で力仕事が中心。
このため、やって来たのは男が大半なのだが・・・・・・



何でもやります、と言うので雇ってみれば、
仕事のキツさに数日と立たずに根を上げ、
逃げ出してしまった根性無し。

悪霊なんざ平気です、と息巻いておきながら
実際の現場では、逃げ回るどころか
彼女等を盾にしようとした意気地無し。

仕事を疎かにしまくり、美神を口説こうと躍起になって、
挙句、おキヌちゃんに手を出そうとして
乱暴を働こうとした節操無し。



流石に、最後のは半殺しの目に会わせたが、
まぁ、そんなのしか来なかった為、美神も大概疲れていた。

彼女はGS世界では広く名が売れている。
有能なGSとして、守銭奴なGSとして。
そのどちらも、彼女の事務所で働くにおいて
尻込みする理由としては十分であり、
それゆえ、やって来るのは除霊のイロハも知らない
色香に迷った素人ばかりだったのである。



そんな頭痛を誘発させる回想から立ち返り、
再度、溜息をついたその時――――――








「一生ついていきますおねーさまーーーーーーーッ!!!」

「わああッ!!?」








腰へのタックル、馬鹿らしさ極まる叫び声。
その二つにデジャヴと共に、奇妙な安心感を覚えつつ
反射的に、手加減皆無の右フックを返答として加えた。



「何すんのよ変質者ッ!!!」



ヒット。
拳と頬の奏でる打撃音に伴い、歩道との摩擦音も高らかに。
彼女に飛び掛った男は、瞬時に地へ倒れ臥した。


人物確認も行わずに殴りつけた美神は、
倒れている人物を見て、目を瞬かせた。
其処にいたのは、彼女もよく知る人物。
少し大人びてはいたが、まだ幼さを内包する顔。
そして、トレードマークといえるバンダナ。

けれど彼女が名を呼ぶよりも早く、
倒れていた彼が飛び起きて叫びだす。



「すんません!ちがうんです!
 『やとってください』と言うはずが、
 近付いたら余りのフェロモンに我を忘れて!」




何を言って――――――――



胸に浮んだ疑問は口から漏れることは無かった。
代わりに浮んだのは、隠し切れない微笑。
そして、その微笑を引っ込めて
ふいっ、と背を見せて事務所に帰ろうとする。



「・・・・・あとで、こっちから連絡するから」



出来る限り、そっけなく言い放つ。
目線だけで、人工幽霊一号の発言を押し止めた。
だが目元は緩んでいる。浮ぶのは、耐え切れぬ喜色。
続ける彼の台詞もまた、どこか大げさに過ぎる。
何か、劇において役を演じているようなわざとらしさ。



「ああっ、連絡先も聞かずあからさまに不採用!?」

「いきなりセクハラかますよーな奴
 不採用に決まってんでしょ!」



帰れ、とは言わなかった。
いや、言えなかったのかもしれない。
告げた途端、本当に居なくなってしまうのが恐くて。




「待ってください!
 俺、今ちょーどバイト探してるとこだったんスよ!
 そこにこんな美人が募集かけてるでしょ!?
 それでつい、コーフンして・・・・・・」



勢いを止めずに、言葉を連ねる。
さらには身を投げ出し、
情けなくも、歩道の上で土下座を始めた。




「お願いします!
 今までおねーさんみたいなものすごい美人見たことなくて!
 どーしていーかわからんくらい綺麗ですっ!
 バイトしてみたいっ!」



彼に美人と連呼されたためか、
美神の頬は微かな朱に染まっていた。
緩みそうな表情を、意志の力で強引に引き締める。
それでも、ちょっとだけ言葉に詰まりはしたが。



「ふ、ふーん・・・・・・・
 ・・・・・ま、まぁ素直さに免じてセクハラは許すとしても
 ウチの事務所は、私も含めた従業員の美貌と
 華麗な除霊テクニックが売りなのよ。
 私としてはすごくもったいないけど、
 ここはやはり身を切る思いでバイト料をはずんで
 私等に見合うモデル系の美少女か美青年を――――――――」

「給料なんか、いくらでもかまいません!
 どんなキツイ仕事もやります!
 悪霊も平気っ!」



拳を握りしめる美神に対して、己を売り込む。
事実という背景のある、その言葉は
今まで雇われてきた男達の台詞とは違って、
重みのある説得力に満ちていた。

そして、一拍の間。








「時給250円っ!!!!!」

「やりますっ!!!!!」








耐え切れたのは、そこまでだった。

互いに噴き出しあって、笑い転げる様は
傍から見れば、さぞかし奇矯に見えた事だろう。
周囲から感じるそんな視線も、
今だけは、全く気にもならなかった。
楽しくて可笑しくて、たまらなかった。



ひとしきり笑った後、笑いを収めて
美神令子の口は、自然と開かれた。
紡ぎだす言葉は、余りにも端的で、
それでいて、全ての思いが込められた一言。

彼は―――――横島忠夫は、唇を動かした。
返した答えは、同じく端的な帰還を示す一言。



顔を見つめあい、再び小さな音を伴った微笑。
澄み渡る青空の下、澄み切った春風の中、
ただ柔らかな二つの笑い声だけが響いていた―――――――









――――――――――ただいま