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濡れ手で泡

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タタタタタタッ!!!

紅顔の美青年が病院内の廊下を走っている。
見咎められつつも、誰にからも静止の言葉がかけられないのは
その顔が、余りにも必死であったからだろう。



ダンッダンッダンッ!!!

階段を三段飛ばしで駆け上り、目当ての階へ。
再び、廊下を疾走し、目的地で急停止。
病室の前にかけられた名は、横島忠夫。



バンッ!!!

勢いよく扉を開き、病室を見渡す。
ベッドに寝て、呆けた顔で見返す横島を
鋭い眼光で射抜きながら










「シロちゃんやタマモちゃんを筆頭に
 下僕というものがありながら
 年端もいかぬ幼子に手を出すなどという
 鬼畜の所業に踏み込んだのは本当ですかっ!!!」

「病院内ではお静かにッ!!!!!」










台詞と共に投げつけられた見舞いのリンゴは
狙い違わず、飛び込んできたピートの眉間を強襲した。










「・・・・・つまり、手を出してはいないんですね?」

「当たり前だろーがっ!
 俺はロリコンじゃねーんだぞ!
 そもそも年齢一桁台に手ぇ出したら犯罪だろが!!!」



疑問に対して簡潔に答えつつ、ロリコンじゃないと強調。
シロやタマモの事も含めて、横島はピートのセリフを全否定した。
だが、ピートの視線に込められた疑わしそうな光は消えない。



「じゃぁ、何で血を流すような羽目になったんですか?」

「う・・・・・・」



途端に言葉に詰まる横島。
その様子を見たピートが瞬時に窓にダッシュ。
突然の行動に、横島は窓を開ける彼を見つめる事しかできない。

大きく息を肺に溜め込んで
青空に向かって未成年の主張を開始した。










「横島さんが性犯罪者にーーーーーーーっ!!!!!」

「黙らんかぁぁぁぁぁぁぁぁぃっ!!!!!」










ベッドから大跳躍して、ピートの後頭部にローリングソバット。
勢い良く窓から投げ出されるピートの事を無視して、横島は窓を閉めた。










「で、結局何があったんです?」

「めげんやつだな、オイ」



バンパイアミストで部屋に戻ってきて、詰問を再開するピートの様子に
横島は疲れたように肩を落とした。
病室には他に誰もいなかったのは幸いである。
仮にいたならば、病状悪化は間違いなかっただろう。

横島は黙考する。
放っておけば、また先程のように高らかに叫ぶだろう。
そうすれば、最悪、警察のご厄介になるかもしれない。
経験上、お世話にはなりたいものではなかった。
嘘で誤魔化す事も考えたが、
それがばれた時には、
今以上の勢いで攻められるのは想像に難くない。
嘘をつくのは得意でもなかった。



よって、打ち明ける事に決めた。
別に犯罪行為に及んだわけでもないし。
後ろ暗い事など何も無い以上、堂々としているべきだ。

疑惑の光を目に浮かべ続けるピートに向かい
覚悟を決めた横島は、ゆっくりと口を開く。

あの時あの場で、何が起こったのか――――――――――










泣く子と地頭には勝てぬ、という言葉がある。
古い言葉だが、真理と言えよう。
だが、今の世には、地頭はもう存在していない。
だから、脱衣所で服を脱いでいるパピリオとひのめを見ながら、
横島はこんな言葉を考えた。

――――――――泣く子と甘える子には勝てぬ

真理である、今現在の横島にとっては。



「ヨコシマ!さっさと脱ぐでちゅよ~!!」

「に~に、おようふくきておふろにはいっちゃめっ!なのぉ」



ぱっぱと服を脱いで、可愛く頬を膨らます二人。
普段なら、そんな二人の顔に微笑ましさを感じられたろうが
脱衣所に幼女と一緒で、その二人がもはや下着姿となった今では
横島といえども、微笑むなどという豪胆なまねはできない。
つか、微笑みながら、肌着のみの幼子を見つめたらやばかろうて。



「わ、わかった!わかったから剥ぐなお前ら!!」

「もう、先はいってるでちゅよ?ひのめ、行くでちゅよ」

「に~にぃ、さきはいってゆねぇ」



ガチャ・・・バタン

心を乱す存在がいなくなったため、ほっと一息つく横島。
だが、安心するにはまだ早すぎる。
これから、自分の意思で風呂場に入らなければ成らないのだ。
そう思うと、暗澹とした気持ちになってくる。


いっそばっくれるか?


それも考えはしたが、実行には無理がある。
確実に、烈火の如く怒るだろう。
いや、怒られるだけならば、まだましな方だ。
下手をすれば、二人まとめて泣き出すかもしれない。
そうなった時に感じる、罪悪感もさることながら
泣かせた事を、彼女らの姉ドモに知られた日には・・・・・・・
確実に、その日が横島の命日と化すだろう。



「ふぅ・・・しょうがない、無心で何とかするしかないか・・・ま、なんとかなるだろ、多分」



バサッ!スルスルスル・・・パサッ

楽天的な独り言を呟きながら、服を脱いでゆく横島。
衣擦れの音と共に、横島の肌が露にされてゆく。
筋肉質でありながら、けして太ってはいない肉体。
裸体、それだけであればピート以上に整っていた。
普段見せない部分である為、
クラスメートを除き、誰にも知られてはいなかったが。



浴室へと続くノブに手をかけ深呼吸。
曇りガラスから覗く影を意識せぬよう、手に力を込めた。

ガチャ・・・バタン

ゆっくりと開く扉。
隙間に体を滑り込ませ、後ろ手に閉める。



「ヨコシマ、遅いでちゅよ!」



頬を膨らませつつ、素っ裸のパピリオがわめいた。
タオルで隠すという後ろ向きな行動にはでていないようだ。
それ程時間をかけたわけではないが
待っている身では、長い時間に感じられたのだろう。
苦笑しつつ、それに返す横島。



「すまんすまん。それよりもお前ら、風呂に入る前に体を洗えよ」

「わかってるでちゅよ。だから入らずに待ってたんじゃないでちゅか」



待っててくれたのは、素直に嬉しい。
だが、複数人が入るような用意をしてない以上、
同時に体を洗うのは不可能だろう。

自分の後で洗うというのも嫌だろうし
待っているうちに体を冷やすだろう、と思い
肌寒さから意識を逸らしつつ
横島は、先に洗う事を勧めた。



「そうか、だったらさっさと洗ってくれ。俺はお前たちが終わってからで良いからさ」

「何言ってるんでちゅか。ヨコシマも一緒に洗うんでちゅよ!」

「な、なにぃっ!!」



横島にとっては、予想外の台詞だった。
だが、パピリオはきょとんとしている。
何を狼狽しているのかわからなかった為だ。
最初から、横島と洗いっこをするつもりだったのである。



昔、ヨコシマと過ごしていた日
ヨコシマをポチと呼んでた日
ヨコシマが居なくなった日

その日、お風呂に入ろうとした時
飼い主として一緒に入るでちゅ、と言ったら
ベスパ、ルシオラの両方に反対され、
横島自身にも、やんわりと断られた。
ちょっとした言い争いの末に
結局、パピリオはベスパと一緒に入ったのだが
ずっと、思って続けていたのだ。
いつか横島とお風呂に入ろう、と。
それが、たまたま今日になっただけの事だ。

勿論、想いはあの時とは異なるけれど。



ツンツン

横島の腰のあたりをつついてくる指。
きりきり、と動かし辛い首を無理やりに動かしてそちらを見やる。
それは、満面に笑みを浮かべたひのめ嬢。
片手に石鹸を握っている。


「に~にぃ、ひの、あらってほしいのぉ。」

「ひ、ひのめちゃん!そういう言葉は俺ではなくパピリオに言ってくれぇ!!」




トントン

また、つつかれる感触。今度は腕だ。
泣きたい気持ちでそちらを見ると、
案の定、パピリオが横島に向かって、天使の微笑を浮かべていた。
残念ながら、横島には子悪魔にしか見えなかったが。



「ヨコシマ、洗いっこするでちゅよ!!」

「パピリオ!そう言うことは俺ではなくひのめちゃんとやってくれぇ!!」



懇願じみた絶叫も、お子様達には届かない。
それどころか、体全体を使って両腕にしがみついてきた。



グイグイ

左腕には、ひのめ。
二の腕を、長めの髪がくすぐった



「や~!ひの、に~にがいいぃ。」



グイグイ

右腕には、パピリオ。
ひのめよりも成長している体が押し付けられる。



「ヨコシマの癖に生意気でちゅよ!洗いっこするといったらするんでちゅ!!」



肌から直に伝わってくる、子供特有の体温に耐え切れず
横島は、顔全体を赤らめて降伏宣言を上げた。



「わかった!わかったから2人とも俺の腕にぎゅっと抱きつかんでくれ!」

「ありがとぉ♪」

「わかればいいんでちゅよ、わかれば。」



顰められていた二人の顔に笑みが戻る。
現金だなぁ、と思いつつも
前言を翻すわけにも行かず、横島は口を開いた。



「はあ・・・んじゃとりあえず、どっちからするんだ?」



ぐい、とひのめがまた横島の左腕を引っ張った。



「ひのから。」



ぐい、とパピリオがまた横島の右腕を引っ張った。



「パピからでちゅ!」



ぐいぐい

肘でロックしながら、ぎゅうと腕を抱え込む。



「ひのがさきなのぉ!」



ぐいぐい

引き寄せながら両腕で、横島の腕を抱きしめる。



「パピリオの方がお姉ちゃんなんだから先なんでちゅ!」



ぐいぐいぐい

足まで使い始めたひのめ。



「ひのがさきだもん!!」



ぐいぐいぐい

既に両足で挟んでいるパピリオ。



「パピが先でちゅ!」



ぐい~~


魂の抜けそうな顔で、天井を見上げ続ける横島。
両腕からもろに感じる、幼女の肌の感触に
彼の精神は別の次元に飛びかけていた。



(助けてアシュパンマーン!!)











全身タイツに無敵の筋肉!
甘いマスクにたなびくマント!
ビキニパンツに描かれた!長髪魔神のエンブレム!

そう―――――――彼の名はアシュパンマン!!!



「お腹が空いてるのなら、私を食べたまえ!」

「何処をっ!!?」










横島が白昼夢を見ているうちも、二人の引っ張り合いは続いていた。
夢を見ている間は、横島は腕に押し付けられた感触に気付かず、
夢から現実に戻ってきても、さっきほどの焦燥感は感じなかった。
アホな夢が、煩悩退散の役割を果したようだ。
頭痛を堪えている所を見ると、諸刃の剣でもあったのだろうが。

そして、丁度、争いも決着がつく所だった。



「ひのがさきだもぅん・・・!」



ぐ・・・

涙ぐむひのめ。
ひるむパピリオ。

パピリオは、ただ横島を洗いたいだけである。
別にひのめを苛めるつもりはないので、
泣かれると、どうにもやりように困った。



「・・・な、何も泣きそうにならないで欲しいでちゅ。・・・わかったでちゅ。だったらこうするでちゅよ。」



ぴっ、と人差し指を立てて移動するパピリオ。
てちてち、と歩き横島の斜め前に立つ。
ひのめは、横島の斜め後ろ。
三人の立つ位置が、三角形を描いていた。



「ぱ、パピリオさん、なんでそんなところに立つのかな?」

「三角形の形になれば、3人で洗いっこができるという寸法でちゅ!」



無い胸を大きく張るパピリオ。
ひのめは、(ナイスアイディア!)と目を見張り、
横島は、(いらんことを!)と目を見開く。



「ぱぴちゃ、あたまいい!」

「・・・アタマイイー!」



勢いよく、賞賛の意をこめた言葉。
乾ききった、諦観の意をこめた言葉。

どちらがどちらのものかなど、言うまでも無い。



「なんとなくヨコシマの言いかたが気に食わないでちゅけど、まあ、良いでちゅ。それよりも早くやるでちゅよ。」

「あい!」

「はあ・・・。」



ひのめの元気な返事と、
横島の覇気が無い返事とが
実に好対照を成していた。










「まずは頭を洗うでちゅよ」

「あう~・・・」



パピリオがシャンプーを掲げ上げた。
返事というわけでもないだろうが、
困ったように眉根を寄せて、ひのめが唸る。



「どうしたでちゅか?」

「おぼうしないのぉ・・・。」



それで、横島には合点が行った。



「ああ、シャンプーハットか。・・・確かにここには無いなあ。」

「ふふん、パピはあんなもの、とうの昔に卒業したでちゅよ!!」



えっへん、と胸を張り出す。
全く膨らんでいないとはいえ
タオルに包まれていないソコが強調されて
たまらず、赤くなりながら横島は叫んだ。



「どうでもいいから胸を張るな!!」

「なんででちゅか。それよりも、凄いでちゅか?」

「ぱぴちゃすごい!」



横島に怪訝な顔を向けるも
ひのめの手放しの賞賛に気を良くするパピリオ。


「ふふん、そうでちゅ!凄いんでちゅよ!」

「うう~・・・ひのもがんばるぅ。」

「いいんでちゅか?シャンプーが目に入ると痛いでちゅよ?」

「いい、がんばる。」

「見上げた根性でちゅ!パピ、感動したでちゅよ!そんなひのめにパピ自らが洗ってあげるでちゅ!」



幼子二人のやり取りに、
裸である事も忘れて、ほのぼのと見入っていた横島。
気になったパピリオの発言に対して、質問してみる事にする。



「・・・とすると、俺が自動的にパピリオを洗うことになるのか?」

「ひの、に~にぃ?」

「ま、そういうことでちゅね。さ、早速やるでちゅよ!」



カコン・・・ジャ~・・・カコン・・・ジャ~・・・カコン・・・ジャ~・・・

あっさりと、決められた順番に従って体を向ける。
立ったままだと、二人の手では横島の頭には手が届かず
かといって座っていると、膝やらなんやらが邪魔となる。
よって、パピリオとひのめは立ったまま
横島は軽く中腰の状態となっていた。



カシュッカシュ・・・ワシャワシャワシャ・・・

シャンプーを手に取り、パピリオの頭へ。
両手で髪を優しく掻き回し、もこもこと泡立てる。
指先から感じる毛の感触が心地良い。

パピリオも、ひのめの頭を洗っていた。
目をぎゅっとつむり、ふらふらと手を突き出すひのめ。



「に~にぃ・・・どこぉ?ひの、みえないぃ・・・。」

「あ~こっちこっち。そのまま前だよ。」



必死に目を閉じている様子に苦笑しながら、自分の元へと誘導してやる。
少しだけからかおうとも思ったが、ここで嘘をつくほど外道ではなかった。
だが、導いた事を、すぐさま横島は後悔した。



「あ、に~にのせなかぁ。」



ぴと



「!!」



じんわりと背から感じる暖かさ。
柔らかさも伴ったそれは、どう考えてもお湯ではない。
いや、お湯でも間違いではないかもしれない。
何せ、よく濡れているだろうから。

背中全体にくっつかれている事
手が頭に廻されている事
それすなわち、


(胸!?これは胸ですか!?)


確信としての疑問は、言葉として形を取る事はなかった。
そんな余裕、有りはしなかった。



「んしょ・・・んしょ・・・。」



ひのめが、一生懸命に手を動かしている。
しゃがんでいるとはいえ、横島の頭はまだ高い位置にあった。
そのため、寄りかかりながら頭を洗わなければならず、
彼女にとって、それはちょっとした全身運動だった。
そのためか、頬も赤く染まっている。

だがそれ以上に横島の顔は真っ赤であり
息は荒く、目は血走り、何かに必死で耐えているかのようだった。



(ひのめちゃんは子供、ひのめちゃんは子供、ひのめちゃんは子供!!
 俺はロリコンじゃない、ロリコンじゃない、ロリコンじゃない!!
 背中に胸がくっついてあまつさえ上下していても、ひのめちゃんは子供なんだぞ俺!!)



「?ヨコシマ、顔赤いけど大丈夫でちゅか?」

「に~にぃ、しゃんぷーいたいの?」

「い、いや、大丈夫だ!ほら、もう2人とも流しちゃうぞ!!」



ザバァ~~!ザバァ~~!

あどけなく気遣ってくる声で、
己を取り戻した横島は、
その機を逃さず、一気に全員の頭を洗い流した。



「はふぅ・・・。いきなりなんてひどいでちゅよ!」

「いやいやすまんすまん。それよりも、早く体洗っちまおうぜ。湯冷めしちまう。」

(と言うより早く終わらせてくれ!!)



誤魔化すように笑いかけるが、
その実、横島はもう一杯一杯だった。
いい加減にしておかないと負けそうだ、自分に。



「そうでちゅね。」

「えっと、それじゃあスポンジ、ひのめちゃんの分と、パピリオの分。」



ちゃっちゃと終わらせる為、
素早くスポンジを見つけだし、二人に配る。
表面上は、にこやか。内面は、必死。



「ありがとぉ。」

「ありがとうでちゅ。」

「・・・で、俺の分・・・とぉ!?」

「・・・無いでちゅね。」



複数人で入る事がないなら、
それほどの数が用意されているわけもない。
二つあっただけでも御の字だろう。



「・・・じゃ、じゃあ、一列でってことで・・・」

(ふう・・・まだ1人で済みそうだな。)



まあ、何とか持つだろう1人なら。
安堵の溜息は、胸の奥で。
だが・・・・・・現実はどこまでも横島に過酷だった。



「何言ってるんでちゅか!別にスポンジがなくってもできるでちゅよ!」

(なにっ!?)

「横島は手で洗ってくれればいいでちゅ」



にこぱ、とパピリオ。



(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)



フリーズは数瞬。
その後にくるのは一瞬の大爆発。



「な、なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっっっ!!」



顔面を口に変えて、横島が絶叫を放つ。
そんな彼の叫びも意に関せず、
ひのめは嬉しそうに笑って、



「に~にぃ、ごしごし♪」

「・・・いや、そればっかりはちょっと・・・」


それはなんぼなんでも犯罪ではなかろうか。
いや、犯罪じゃないかもしれないが、傍から見てたらやばいだろう。
横島のなけなしの倫理観から見ても、それはアウトだ。
それ故に、断りの声をあげようとするが
最後まで言い切るより早く、二人の目に涙が浮んだ。



「ダメでちゅか?(ウルウル)」

「に~にぃ・・・(ウルウル)」

「・・・うっ・・・」



古来より、涙は子供や女性の兵器である。
それも使い手が、あどけない幼女となったら
その威力は核にも匹敵しよう。
今も、横島の罪悪感は刺激されまくっていた。



「(ウルウル)」

「(ウルウル)」

「・・・うぐっ・・・!!」



更に、じわりと目尻に浮かぶ涙。
更に、びくりとうろたえる横島。



「(ウルウルウルウルゥ)」

「(ウルウルウルウルゥ)」



瞳より涙滴が零れ落ちそうになった瞬間、
耐え切れなくなった横島は、白旗を上げた。



「・・・やらせていただきます。」

「それでいいんでちゅよ!」

「に~にぃ、きれいきれいしてね♪」



どこに消えたのか、涙の欠片も無い顔で笑う二人。
たとい子供であろうと女は恐い。
横島は真剣にそう思った。










(我、仏門に帰依するものなり。我は無心、我は無心・・・!!)



目を閉じて思い浮かべるのは、彼の師たる小竜姫。
健康的なミニスカ姿を妄想しまくり、
やばい所へ転びそうな自己を、ぎりぎりの線で落ち着ける。





「どうしたんじゃ小竜姫?
 いきなり肩なんぞかかえて」

「いえ、何だか悪寒が・・・・・・」





千里を走った横島の煩悩。
それはそれで凄いかもしれないが、
妙神山の出来事は、ここでは何の関係も無い。



「じゃあまずは時計回りでちゅよ!首筋から背中を洗うでちゅ!」

「ご~しご~し♪」



背を洗ってくれるひのめのスポンジは
それ自体が柔らかく、力配分もちょうど良い。
だが、楽しむ余裕は持てなかった。

パピリオの首筋から背にかけて、両の手を滑らせる。
細い首、白いうなじ、ちっちゃな肩甲骨。
泡を介して、手の平から体温が伝わってくる。
すべすべとした肌の感触も同様に。



(無だ!!無になるんだ!!)

どこに達する気なのやら、達人の境地に至らんと欲する横島。





「それじゃあ、次は逆周りで腕でちゅね!」

「ご~しご~し♪」



右腕は、洗い易いようにパピリオの方へと突き出している。
こしこし、と幾分、ひのめより強めに洗われる。
とはいえ、同じくらいに気持ちがよかったのだが
やっぱり、それを楽しむ余裕はなかった。

左手で、ひのめの腕を包むようにして洗う。
肩から肘、肘から手にかけて。
脇の下を洗った時には、くすぐったがられ
身を捩った時、胸の突起に指先が触れた。



(・・・!!ダメだよジョニー!俺もうやばいよ!!)

脳内の小人さんに助けを求める横島。





「それじゃあまた反対周りで次はお腹でちゅ!」

「ご~しご~し♪」



今は背を合わせるのではなく、中心に向かって車座になっている。
そうしなければ、三人でお腹を洗いあう事は出来ないからだ。
つまり、パピリオの幼い体がそのまま目に入ってくるわけで。
つまり、ひのめの更に幼い体も同じだよハニー(誰?)なわけで。

お腹を洗っているスポンジも全く気にならない。
パピリオの腹をまさぐっている右手に、横島の感覚は集中していた
見ないようにしてはいるものの、
それゆえに手から伝わる感触が生々しく
ときおり、手や指から凹凸を感じられる。
凹は臍だろう。凸はおそらく・・・・・・



(・・・胸が!!胸が当たってるんだよトーマス!!そして俺の手は胸を洗ってるんだよ!!)

脳内の小人さんパートツーに悲鳴(歓声?)を上げる横島。





「じゃあ次は・・・・・・」

(次はダメ~~~~!!!!)



どれほど叫ぼうとも、心の中だけでは伝わる筈がない。
意に関せず、というか全く気付かずにパピリオは言葉を続けた。



「足を洗うでちゅ!」

「・・・・・あ、足か」



ほぅ、と緊張の余り止めていた息を吐き出す。
いや、足でも充分にやばいとは思うが
腰とか言われなかっただけましだろう。

にょぃ、と、ひのめが足を伸ばす。
パピリオは手を伸ばし、ついでに顔も近づけてきて



「何だか残念そうでちゅね」



悪気無く放った言葉は、横島の良識にクリティカルヒットした。




「違うっ!俺はロリコンやないーっ!!!」


いつも通りに、額を打ちつけまくって
煩悩を発散せんと立ち上がろうとする。

だが、水に濡れた風呂場で勢いよく立ち上がろうすれば
よほどバランス感覚が良くないかぎり、滑ってこける。
横島もまた、例外ではなかった。


つるっ


「おおおおおおおおおっ!!!!!」


ごすっ


よほどいい位置にはいったのか、
それとも、これも慣れなのか
こめかみから、あたかも噴水の如く血を噴き出す横島。
風呂という状況もあってか、いつもよりも流血が激しい。

朦朧とする意識の中で
倒れこんだ彼が最後に見たのは



(ああ・・・・・・・やっぱりまだ何も生えてないんだな)



そんな限りなくどうでもいい感慨を経て、
ちょっとした満足感を胸に、横島は意識を手放した。

これが事の顛末である。










「・・・・・・・つーわけだ。
 わかったろ、俺が何もやばい事してないって」



横島が一連の話を終える。
一通りの事は話したとはいえ、
手で洗ったとか、体を引っ付けたとか、最後に見たものとか
そういったもろもろの出来事は、出来るだけはしょっている。
嘘をついたわけではないのだ。
わざわざ己の恥部を口にする事もあるまい。



「わかりました・・・・・・」



神妙な面持ちで頷くピート。
理解を得られた事に満足する横島。
そして、ピートがもう一度口を開いた。

悟りを得た修験者のような面で。
新発見をした学者のような顔で。










「横島さんのストライクゾーンはゴルフなみという事がっ!!!」

「微塵も解っとらんやないかっ!!!!!」










手加減無しのハンズオブグローリーアッパーが
ピートの体を、冬の空へと躍らせた。

窓をブチ破りつつ、吹っ飛んで行ったピート。
一撃で気絶していたようだから、もう戻ってくる事はあるまい。
ここは五階だが、死ぬ事もないだろう、ヴァンパイアハーフだし。
つか、ピートだし。










静けさを取り戻した病室。
落ち着くと共に、疲労感に覆われる体。
やれやれ、と思いつつ
横島は、緩慢な動作でベッドの中へと潜り込み、
そのまま、静かに目を閉じた。
すぐに、睡魔が襲ってくる。



「ここが横島のいる所でちゅ」

「に~にぃ」



鼓膜を震わす声。
けれど、眠りに落ちかけた今では
目を開けようとも思わない。

誰が喋っているのか。
その程度を考える事さえも
余りの眠さゆえに、今は出来そうに無い。



「寝てるでちゅか?」

「に~にぃ、おねむぅ?」



瞼を通して感じる光が
眠りに落ちかけた意識を、僅かに繋ぎとめていた。
その残った意識に届いてくる、幼い二人の声。



「ぱぴちゃ、どぅするの?」

「ヨコシマの見舞いに来て
 当のヨコシマが寝てる今、やる事は一つ・・・・・・
 添い寝でちゅ!」



違うだろ。
そうつっこみたくとも。気力が全く出ない。
小さく聞こえる拍手の音は、ひのめのものか。
そして、拍手の音も、二人の話し声も、止まった。





布団が左右両方から捲られる。
一瞬、外気に寒さを感じたが、すぐに布団は戻された。
その中に、二人分の体をプラスして。

首筋を撫でるのは吐息だろうか。
肘から伝わるのは鼓動だろうか。

あの時とは違い、心は落ち着いている。
慣れたのか、と考えるのは恐ろしすぎた。
だから、考えるのを完全に放棄する。
だいたい、布団の中で目を閉じて何をする?
決まっている、寝るのだ。










「おやすみでちゅ、ヨコシマ」

「に~にぃ、おやすみぃ」



小さいにもかかわらず、良く聞こえる声。
まるで、耳元で囁かれているように。
そして――――――――



チュッ♪



両の頬に、暖かく柔らかい感触を感じながら
横島は、悩みの無い夢の世界へと落ちていった。

起きた時、誰にも見つかっていない事を願いながら。