本日 50 人 - 昨日 42 人 - 累計 181204 人

九人のタマ

  1. HOME >
  2. 創作 >
  3. 九人のタマ




「あー・・・・・・・・」



何ともいえない顔で、頬を掻くシロ。
表情に題を付けるとすれば、まさしく困り顔。
その目線は定まらず、頬には一筋の汗が。
彼女が胸に抱いているのは、三匹の小犬。
ぼんやりとした顔付きをしているもの。
うにーと元気良く背を伸ばしているもの。
また、夢見心地なものまで、行動は色々だった。
あるいは、彼女が抱いている以上、犬ではないのかもしれない。
その理由を説明しようと言うのだろうか。
シロはゆっくりとした仕草で、重たげに口を開いた。








「ごめんなさい、部屋を間違えたでござる」



微妙に情けない顔になったシロは、そう口にしながら
自分が訪問した時から硬直し続けている、お下げ髪の少女に頭を下げた。
朝食の準備中だった少女、小鳩はぽかんとした表情で
はぁ、とだけ簡単に口にして、曖昧に頷くしかなかった。














「でわ改めて、せんせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!」

「やかましいっ!!!!!」



部屋に飛び込んできた弟子に向けて、横島は適当に部屋の物を投擲。
それを容易く見切ったシロは、ひらりと人狼の敏捷性を以って全て避けた。
更に、横島との距離を足早に詰めながら喚き倒す。



「せんせいせんせいせんせいせんせいせんせーーーーーーっ!!!!」

「日本語で会話しろっ!
 何なんだ朝も早よから!!
 言っとくが、散歩には行かんぞ!!」



本日は学校も休みで、仕事も無い休日。
ここぞとばかりに、横島は惰眠を貪っていた。
春眠というには少々季節が巡ってしまっているが
朝、布団から動きたくない気持ちには、一年を通して違いは無かろう。



「早朝散歩だったら、既に済ませてきたでござるよぅ。
 先生、ちょっとこやつ等を見て下され」



ずい、とシロは手にしたモノ突き出した。
そこでようやく、激昂していた横島の視界に入る三匹の小犬。
横島は目を丸くして、まじまじと見詰めた上で



「・・・・・・・・・お前の子か?」

「ちぇいっ!!!」



目にも止まらぬ霊波チョップ。
先のシロと同様にひらりと避けようとして、しっかりと顔面レシーブを行う横島。
関西人として、掴みはばっちりだ。
だが、横島として不満だったようで



「何故殴るっ!?」

「何故も何も無いでござる!
 拙者は先生以外に身を任せるよーなことをする気はござらん!
 それとも身に覚えがあるのでござるか先生!
 ああ、それはそれで嬉しい気もっ!!!」

「断じて無いわっ!!!
 って、だったら何なんだよ、コイツらは」



断定口調の否定に、ちょっぴりへこんだシロだったが
そんな場合ではないと考え、気を取り直して顔を上げる。
しかし、天真爛漫な何時ものシロとは違い
困った表情を浮かべて、どうにも歯切れ悪そうに



「言うなれば、その・・・・・・・タマモの子、というか」



横島の顎が外れそうになった。
え、何、ドッキリ? と思考回路は混乱の渦へと投げ出される。
その間に、三匹はシロの手を離れて横島の元へレッツゴー。さすが三匹。
鼻先を摺り寄せてくるヤツの頭を、何となく撫でてやりながら



「あー、いやどうなんだそれ?
 妖怪だからなのか? でも、昨日までは腹とか出てなかったよな。
 つーか父親は!? 父親は一体何処の何方様ッ!!?
 お、俺には全く以って身に覚えが欠片ほどもっ!!!」

「先生、落ち着くでござる。
 別に拙者は、先生の子と思って来たわけではござらん。
 とゆーか、正確にはタマモの子でもないでござるし」



それを聞いて、横島はほっと胸を撫で下ろす。
シロはそんな横島へと、疑問含みの視線を投げ掛けていた。
実際、何かをイタした記憶など無かったのだが、そこは横島。
自身への信頼度が皆無なせいで、無駄な疑惑を創ってしまっている。



「って、タマモの子じゃないなら誰さんだ、コイツらは。
 捨て犬とかなら飼う余力なんて俺には無いぞ」



これ以上、話がそれて行ってはたまらんと、横島は先を促した。
そして、話せば長い事ながら、と前置きしてシロが語ったのは以下のとおり。










春も早々と過去り、季節は初夏。
薫風も清清しい中、日課の早朝散歩を終えて
晴れ晴れとした表情を浮かべ、事務所へと帰ってきたシロ。
そして自分の部屋へと戻って、最初に目に入ったのは
すぴょすぴょと幸せそうに、ベッドで眠りこけるタマモの姿だった。



「・・・・・・・このアホ狐。
 まったく、グータラにも程があるでござるな」



己が先生である横島のことを棚に上げて、シロは半眼でベッドを睨む。
視線に気付いた訳でもないだろうが、寝返りをうつタマモ。
その若干寝苦しそうな様子に、シロははたと気付く。
そろそろ毛換わりの時期ではあるまいか、と。
少々心配になったシロは、タマモの寝姿をじっと見るが
苦しそうだったのも一瞬で、今は心地良さそうに寝息を立てていた。
その様子に、ほっと胸を撫で下ろすシロ。
しかし、油断は出来ない。体内時計が正常に動くとは限らないからだ。
何時かの二の舞になっては、余りにも進歩が無い。
顎に手を当てて考え込んだシロは、暫くの黙考の後
ごそごそとポケットを漁り、横島から渡された文珠を取り出す。



「タマモはまだ冬毛。
 だんだんと暑くなってきている最近では
 ある日突然熱中症にならない、とも限らんでござる。
 しかし、毛が生え換わる時期が何時かは解らぬ」



ならば、とっとと夏毛に換えてやればいい話。
ついでに、抜けた毛を見て、起きたタマモが驚きでもすればもっといい。
イタズラをする子供のように、瞳を小さく輝かせて
眠っているタマモに向けて、シロは文珠を放り投げた。



『抜』



ぺかー、と光る文珠。
続けて、経過をぶっ飛ばして結果が現れる。



すぽん



その光景を見て、シロの目が点になった。
いや、それを見たのが誰であろうとも、己が目を疑っただろう。
タマモの頭から、ナインテールが恰もカツラのように抜けたなどと。
しかもその尾っぽ達は、それぞれがもぞもぞと動き始めていた。
そしてシロが気を取り直した時、その場には数匹の小狐が蹲っていたのだ。
なお、尾の数は一匹につき一つである。











「・・・・・・・・・・そういうわけで。
 合計九匹の狐がタマモから生まれたのでござる。
 うち、三匹はこうして捕らえたのでござるが
 何分、拙者一人では体が足りず、他には事務所から逃げられて」



説明するシロの前で、横島は頭を抱えていた。
一応仲間を想ってやった行為なので、叱るに叱れない。
そんな彼にお手をしたり、臭いを嗅いだりしている三匹。
くよくよすんなよ、とでも言っているかのようだ。
そのうち一匹を横島は手に取りながら



「でも、こいつら犬じゃん。
 どうしても狐には見えんのだが」

「拙者が捕まえると同時に、変化したのでござるよ。
 防衛本能でも働いたのでござろうか?」



言っている間に、横島が持ち上げた小犬が煙を上げて変化する。
そして速やかに煙が晴れた後には、小柄な体格の少女が。



「にょー」

「「・・・・・・・・・・」」



その外見は、どう見てもタマモだった。しかしミニサイズかつポニーテール。
目付きはぼーっとしており、表情は読めない。言葉も上手く使えないのかもしれない。
気付いてみれば、横島に擦り寄っていた他の二匹も人間型へと変化していた。
どうやら傍に居るモノと同じ種族へ変化するようだ。今の横島のように、人間ならば人間へと。
シロの場合は、さて狼だったのか犬だったのか。後者であっても、タマモらしくはある。
そんな突然形成されたプチハーレムを、シロは指を咥えて眺めていた。
ぎぎぎ、と音を立てそうな仕草で首を回した横島は
ずずい、と手にしたチビタマモをシロへと差し出して



「頑張れ」

「にょ?」



爽やかに見捨てた。



「せんせー! そんな薄情なことを言わないで下され!
 生きるも死ぬも一緒と誓った仲ではござらんか!!!」

「過去を作り変えてんじゃないっ!
 ええい、抱きつくな擦り寄るなしがみ付くな顔を舐めるなぁぁぁぁっ!!!!」



溺れる者は藁をも掴む、という感じで横島を押し倒すシロ。
面白がっているのか、はたまた何も考えていないのか。
三匹のチビ達もシロと同じ仕草で横島にくっ付いていく。
傍から見れば、少女でハーレム作った犯罪者の姿であった。

そして・・・・・・・










「それでは、ゴーでござる!」

「・・・・・・・・」



来た時と同様に、三匹を腕の中に抱えたシロ。
その後ろを、幽鬼のような足取りで横島が続く。
重苦しい溜息を吐き出しながら、横島は黙考する。
全身を舐めまわすと迫られるのに、はたして脅迫罪は適用されるのだろうか、と。















出発した二人は、シロの嗅覚に従って町内を捜し始める。
当ても無いままに探す以上、どれだけ歩きまわらねばならないのか、と
横島は重い気分になりかけたが、意外と早く最初の一匹は見つかった。



「・・・・・なぁ、シロ」

「な、何でござるか、先生?」



それは、タマモが良く利用しているうどん屋。
朝も早い故にまだ開いてない店の前に、狐の姿があった。
前言を訂正しよう。一匹ではなく、その数三匹。
カリカリともの欲しそうに、ガラスを引掻いている。
視線の先は、言うまでも無く展示されているきつねうどん。



「俺が言うのもどーかと思うんだが。
 お前ら、っつーか犬族は皆こんなんか?
 ようは食欲旺盛なのかって意味だけど」

「失敬な。拙者は犬ではござらん!」

「そこを否定すんのかっ!?」



閑話休題。
いきなり三匹纏めて見つかったのはありがたい筈なのに
横島は何とも言い難い、物凄い徒労感に襲われていた。
やれやれと思いつつも、そのうちの一匹を持ち上げてやる。
余り引掻き続けてガラスに傷がついてしまえば、後が面倒だ。
部屋でやったのと同様、小犬は横島の腕の中で
ポンと音を立てて小さなタマモ、略してミニタマへと変化する。
少しだけ哀しそうな顔をしたミニタマは、腕から逃れるように手を伸ばした。



「にょー、にょー」

「はいはい、いい子だから大人しくしようなー」



宥める横島の横で、シロは他の二匹を捕らえていた。
これで合計六匹。思っていたよりも早く終わりそうだ、と横島は楽観する。
そして素晴らしいタイミングで、其処にやって来るもう一人の犬。



「あー、そこの君。ちょっといいかね?
 君が今抱いている子との関係を聞きたいんだが」



ぎしりと横島は固まった。
彼に声を掛けてきたのは、国家の犬。すなわち警察官。
此処を安全に切り抜けるための言い訳を幾通りも考えてみたが
結局、横島が選択したのは、無言で回れ右しての全力疾走。
にょ、と疑問符の付きそうな声が胸の辺りで聞えてくる。



「おのれっ! やはり凶悪な犯罪者だったか!
 職務質問などせずに、奇襲しておけばっ!!!」

「やはりって何だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」



犬同士の追っかけあいスタート。
ゴキブリの如し、との異名は伊達や酔狂ではない。
十中八九の確率で、横島が逃げ切るだろう。
なお、横島が哀れな逃亡者となっている間
シロは五匹の小犬相手に孤軍奮闘していた。














「あー・・・・・・・・酷ぇ目に合った」

「それでも、きっちりと撒いてる辺り
 さすがは先生でござるよ」

「果てなく嬉しくねぇ」



次に辿り着いた場所は、先のうどん屋よりは馴染みのある場所だった。
といってもシロは一度だけ、横島も数回程度しか来たことは無いが。
清貧を体現しているかのように年季の入った教会を前にした横島は
頭に一匹、肩に一匹ずつ、更に三匹を抱いているシロの方へ振り返った。



「しっかし、本当に此処なのか?
 唐巣神父もピートも、タマモとは余り面識ねーと思うんだが」

「確かに、匂いはこの中へと続いているでござる。
 ところで先生、一匹くらい持ってくれないでござるか?」

「却下する。もう全力疾走する気は無い」



どーせ受け取った瞬間に警察官が出てくるんだチキショー、と
まだ見ぬ未来を予測しながら、横島は自分の運命を嘆く。
そして恐らく、その予測は正しい。
だって、この世に運命は在るのだから。ガッデム宇宙意思。
何となく、横島がとある魔神の気持ちに共感していると
突然に、教会の中から大きな声が聞えた。
空耳でなければ、それは間違いなく



「雑巾を引裂くような野太い悲鳴っ!?」

「ああ何だか凄まじく気力が失われていく!」

「先生、いきなり帰ろうとしないで下され!
 ほら、さっさと行くでござる!!!」



どう脳内補正をかけた所で、おっさんの叫びにしか聞えないそれに
やる気を限界まで削られた横島だったが、シロは逃げる事を許さない。
ずるずると引き摺られながら、教会内へと入って行く。
そして、目にした光景は凄惨の一言だった。



「だぁぁぁぁぁぁっ!!!!
 頼む! ぷりーづ!! この通り!!!
 謝るから頭から手を離してくれたまえ!!!!!」



横島とシロは、一瞬だけ呆気にとられる。
普段の落ち着きは何処へやら、涙目で喚き散らす唐巣神父が其処に居た。
輝かんばかりの微笑みを浮かべたミニタマが、彼によじ登るようにして
神父の残り少ないデコ近辺に生えた髪の毛を毟っている。
ピートも居るものの、何故か離れた場所に座ったまま。
その多大に困った表情を見る限り、動きたくても動けないみたいである。



「・・・・・・・って、をい!
 何ちゅー残酷な真似をしとるか!!!」

「そうでござる!
 イタズラで済む行為と、それでは許されぬ行為があるでござるよ!」



さすがに慌てながら、ミニタマを哀れな被害者から引き剥がす。
その台詞に神父も感動してるのか、涙が止まらないご様子だ。
引き離されても、ミニタマは狩猟者の瞳をしている。気に入ったらしい。
神父はしくしくと泣きながら、隅っこへと避難して頭を抱えていた。
トラウマにでもならなければいいんだが、と横島は柄にも無く神父の身を案じた。
将来的にハゲる可能性を思えば、明日は我が身である。
そして、座ったままのピートは、そっとハンカチで目を拭いながら



「先生・・・・・・・何とおいたわしい」

「お前も居るんやったら、先生の窮地を眺めてないで助けんかい!!!
 ええい、貴様わそれでも人間かっ!」

「い、いえ、僕は人間じゃありませんが。
 それに僕だって、眺めたくてそうしてた訳じゃないんですよ」

「ん?」



無駄な正論を吐くピートに近付き、その膝元を覗き込んでみると
そこには横になったミニタマが、すやすやとお眠り中。
座っているピートの足を枕にして、幸せそうにまどろんでいる。
男の膝枕という光景に、横島は目眩を覚えたが
確かにこれは動けまい。猫を膝の上に乗せているようなものだ。
うん、と横島は納得の表情で一つ頷いて



「つまりお前は幼女と恩師を比べて、幼女をとったわけだな。
 ははは、このロリコンが」

「爽やかな笑顔で変態扱いっ!!!?
 ちょ、僕は決して低年齢趣味では!」

「気にするな三百歳オーバー。
 改めて考えりゃ、お前なら相手が誰でもロリコンさ。
 それに何言い訳した所で、神父見捨てたのは事実だし」



ああ許して下さい先生っ、と神に祈り始めたピートの膝から
うにー、と目を閉じたままのミニタマを回収する。
そしてなんの躊躇いも無く、横島は出口へと向けて歩き出した。
その後に続きながらも、シロは困惑した顔付きで



「あのー、二人を放っといていいのでござるか?
 今にも地獄が降臨しそうなオーラを放ってるでござるが」

「うむ、手遅れだな。
 俺たちに出来るのは、速やかに忘れてやることだけだ。
 しかし、何で神父のとこにいたんだろーな」

「教会の狗ってことではござらぬか」

「あーなるほどね。いやワケ解らんが」



中身の無い会話を重ねながら、二人の歩みが止まる事は無い。
そうして嘆きの声に満ちた教会を後にする、薄情極まる師弟だった。
残すミニタマは一匹。












しかし、そこからが予想外に長かった。
一時間探し、二時間歩き、三時間目に突入し
けれど、最後の一匹だけが見つからない。
既に時刻は朝というにも難しく、太陽が空高くに昇っていた。
じりじりと陽光に肌を焼かれながら、横島はぼやく。



「おいシロ。こっちはさっき通った道じゃねーか。
 このまま真っ直ぐ行って曲がったら、最初のうどん屋だろーが」

「む、そうでござるな。
 何分、探す相手が九体も居て、しかも全員同じ匂いとなると
 拙者の鼻といえど、完全に探しきるのは難しいでござる」



そして、情けなそうにシロは小声で返した。
八匹の小犬を体にまとわり付かせた彼女の姿は
もはや、大道芸人か何かと見紛うばかり。
小犬も大人しいばかりではなく、ぱたぱた動くものも居るため
この炎天下では、纏わり付く毛皮がとても暑かった。



「で、先生。
 一匹か二匹ほど受け持ってくれるよーな優しさなどは」

「大却下」



振り向きもせずに、弟子の要求を切り捨てる横島。
夏真っ盛りというにはまだ早いとはいえ
それなりに気温の高い屋外で、ケモノなど抱きたくは無い。
嘘泣きを始めるシロを見て、重い溜息を吐いた横島は



「こう何度も同じこと繰り返すのも時間の無駄やな。
 しかし、まさかとは思うが、嘘とかついたりしてねーよなシロ?
 実はもう何処にいるのか解ってて、でも散歩続けたくて口にしてないとか」

「・・・・・・・・そんな事はないでござるよ?」

「ほほーぅ、目を合わせろこの野郎」



顔だけを九十度曲げての回答に、横島の不信感パラメーターはいきなりマックス。
初夏の太陽に負けないくらいに、業火の微笑みを浮かべた横島は
生きた重石×8のせいで、走り出せないシロのこめかみを拳でぐりぐりと。



「てめぇ、恩を仇で返すって言葉知ってるかコラッ!」

「あだっ! だだだだだっ!!! で、でもでも先生! 
 最近散歩に付き合ってくれなかったから、寂しかったんでござるよぅ!」



あだーっ、と珍妙な悲鳴を挙げるシロから横島は手を離す。
いつもいつも、シロに付き合っていては体力が持たない。
体力が多大に削られる、夏場であればなおのこと。
しかしだからといって、寂しいと口にする弟子に対して
それ以上お仕置きを続けられるほど、横島も鬼ではなかった。
お人好しというよりは、子供と女には甘いのである。



「うう、まだ何かが残ってる感じがするでござる」

「人聞きの悪過ぎることを言うなっ!」



シロと横島。二人はようやくゴールへと向かう。
今まで歩いてきた道を逆向きに歩くことで、辿り着いた先は。














「こ・ん・の・馬鹿弟子はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」



ゴール地点にて、怒りが再燃した横島はシロに襲い掛かった。
渾身の力を込めて、こめかみをぐーりぐり。



「あだだだっ! イタイイタイ痛いでござる先生!
 まだ拙者たちにSMは早過ぎるでござる!
 あと拙者は犬ではなく狼ーーーーっ!」

「やかましいわ馬鹿犬ーーーーーっ!!!!
 わざわざ付き合ってやった時間を返しやがれ!」

「拙者的には、経過はともあれ先生と散歩が出来たので
 中々にオッケーだったのでござるが」

「それが遺言か貴様ーっ!!!!」



横島の部屋の中にて、戯れる二人。
子供が芸を楽しむ感じで、それを眺める九匹。
そもそも、シロが横島の元へとやって来たのは
助力を請うのと同時に、匂いを辿ってきたためでもあった。
こっそりと部屋に忍び込んで、隅で丸まって寝ていた最後の一匹は
いだだだだっ、と喚くシロを横目で見やり、呆れた様に欠伸をかいた。











なお、ミニタマ達をまだ爆睡中だったタマモに触れさせたところ
あっさりとナインテールへと変化し、元通りにくっ付いた。
念のため、軽く引っ張ってみても、抜けることは無かった。



「むー・・・・・うっさい!」



ほっと胸を撫で下ろして、一息ついたところで
寝惚けたタマモが放った狐火で、こんがり焼かれたのもご愛嬌。
文句を言いたい気もしたが、その資格も無いかと思い直して我慢するシロ。
こうして、当事者が気付く事無く、髪の毛逃亡事件は幕を下ろしたのである。















そして、余談では在るが。



「・・・・・・・・・タマモ。
 何故に、俺の横に座ってるのかな?」

「何故って、別に深い理由なんてないけど?」



冷汗をかく横島に向けて、不思議そうに首を傾げるタマモ。
この日から、タマモは無意識的に人の傍に近付くようになった。
横島に限らず、美神、おキヌ、果てはシロまで含めての話である。
事件の副作用か、あるいは後遺症なのか。
要するに、本人が気付かない程度に甘えたがりになったのである。
タマモが夏毛へと生え変わるまでの間、この性格は続き
事務所の面々は、何ともくすぐったいような生活を過ごしたのだった。










更に更に、余談では在るが。



「あ、あの横島さん!」

「ん、どしたの小鳩ちゃん。
 そんな思いつめたよーな顔して」

「ぐすっ・・・・・・シロさんとお幸せにーーーーっ!」

「はい!? ちょっと小鳩ちゃん逃げないで!
 詳細をてるみーぷりぃぃぃぃづ!!」



シロと会った小鳩を、正確には其処に居合わせた貧乏神を源泉として
この日から、横島がシロに子供を産ませたという噂が広がった。
人の噂も七十五日。要するに二ヵ月半の間。
針のむしろに座らされるような毎日を、横島は過ごしたのであった。



「先生の子供ならば、噂のみならず現実にでも!」

「ちったぁ、反省しろやおどれーーーーーーーっ!!!!!!」

「きゃいん!」