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空の星を見詰めて

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果たして何時の事だったろう

諦める事を、覚えたのは










何をするでもなく、黒に染まる空を見上げながら立ち止まっている。
歩き出すでもなく、闇に覆われた天を見据えながら立ち尽くしている。
頭上に広がる空には、幾つもの星が瞬いていた。
その中で、一際大きな輝きを放つ星を見詰める。
先程から、この場所で一人、空の星を眺め続けている。
自分一人だけで、物思いに耽っている。
似合わない事をしていると、自覚しつつも。

胸中の想いに惹かれるようにして、片手を空へと伸ばした。
当然、星にも空にも伸ばされた手が届く事などは無く
ただただ、無為に虚空を掻くばかり。
精一杯伸ばした指先が触れるのは、空から降り注ぐ光だけ。
手を下ろして、再び空で輝く星を見た。
この場所から一番近い、その星を。
そうして、自分が諦める事を始めた時間に気付く。
きっと、それは―――――――――空に手が届かないのを知った時だ、と。





ふと、御伽話を想う。
空を見ていた事から連想された話。
『かぐや姫』という名の御伽噺。
優しさの元に育まれ、健やかに時を重ねた姫。
愛情に囲まれて育ち、美しく成長していった姫。
その果てに、姫は生まれて得た全てと引き離された。
姫の心中は如何なるものだったろう。
育ての親や求婚者に対し、何の想いも無ければむしろ幸い。
月へと帰還した姫は、かつて自らが居た場所に何を感じたのだろう。
あるいは、今の自分と同じ思いを得たのだろうか。

遠く離れた相手を想う。
それは距離であったり、あるいは時間であったり。
逢瀬の叶わぬ程に隔てられた場所。
思い出としてしか存在し得ない過去。
其処に輝きを見せながらも、手を届かせるには遠過ぎる位置。
輝く星々を見上げていると、その自覚はなおも深まる。
空に触れられないように、星を掴めないように
触れる事も、会う事も、もはや決して叶わぬ夢と。
何度も繰り返した自問自答。
何度も繰り返される自縄自縛。
結果など解り切った行動を、無為と知りつつ繰り返す。










視線を落とし、自分の手の平を見詰めた。
この手では、空に届かない事を知っている。
どんなに遠く伸ばした所で、星を掴めない事は解っている。

けれど―――――――それでも、手を伸ばしたいという気持ちが在った。










闇天を見詰め直し、右の腕を頭上へと上げた。
先と同様、指先は空に触れず、手は星に至らず。
その先に見えている空を、星を見返しながら気付く。
この愚かな自分は、まだ諦められてはいないのだ、と。

信じ切れないから、手を伸ばす。
諦め切れないから、手を伸ばす。

希望の薄甘さに満ちる未来。
諦観の甘美さを漂わす未来。
どちらも選択する事が出来ないで
ただその境で藻掻き続けている自分自身。
きっと、傍目には愚かにも映ろう。
けれど、それが今の自分に出来る選択だった。
この手が届かない事など、とうの昔に解っている。
けれど、手を伸ばしたいという願望は
他の誰でも無い、自分自身から生まれる物。
何時か、割り切る事が出来るようになるのだろうか。
その未来像は優しく思えて、けれど少しだけ寂しく感じられる。



「――――――――――」



遠くから、自分を呼ぶ声が聞えた。
振り返りながら、その声に答えを返す。
軽く一つ深呼吸。内へと篭り気味だった気分を変える。
孤独の時間は終わりを告げ、当たり前の日常へと塗り替えられて行く。
そんな皮肉な考えにかられつつ、仲間の元へと歩き出した。
抱く想いを絶やす事無く、けれど胸の奥深くへと沈めながら。










「神無、また地球を見てたの?」

「ああ・・・・・・少し、な」



一度だけ振り返り、再び空を見上げた。
蒼の星は、今日も此方を優しく見返すように輝いて。
心中のみで、誰にも漏らせない我侭を呟く。
物言わぬ空に、その願い事を託した後
月警官の長、神無は荒涼たる月の荒野を去って行った。










それは、単純な願い事。

とても贅沢で、余りにちっぽけな願い事。

自分が地球を見上げていた時に、彼も月を見ていて欲しい、と。



手では貴方に届かぬならば

お互い、気付き合う事など無かろうと

この空を介し、貴方と見詰めあいたい、と。