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覗き見

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その光景を、こっそりと覗いていた。
遠くから密かに、気付かれぬよう注意して。
彼等は言うまでもなく恩人だ。英雄といっても差し支えない。
だが、それとこれとは話が別。
上手くいくことを祈りながら、見詰めている事の何が悪いというのか。
見守る好意は尊いもの。その動機が何であれ。
これは決して好奇心のみにあらず。
好奇心は全く無いのか、と誰か問われたならば
躊躇も迷いもなく、首を大きく横に振るだろうけれど。

そんな思いで一杯になった二対の視線が
下界で繰り広げられる光景を、熱く見詰め続けていた。










部屋に居るのは、亜麻色の髪を持つ女性。
そして、バンダナを締めた少年との二人。
音は聞えない、声も聞こえない。そこまで近くはないから。
だが姿の方は、かなり鮮明に見ることが出来る。唇の動きから、頬の色まで。
よく見える。本当にはっきりと。
真剣な顔付きをした少年の振るわせる唇も。
その直後、リンゴのように赤らめた女性の頬も。
少年が突き出した手には、小さな箱。
そう、指輪を入れるのに適しているような。

震える以外には、じっと動かない少年と比べ
女性のほうは落ち着き無く、顔を動かしている。
躊躇っているように、視線は上下左右に。
嫌ならば、とうに自分が部屋から出ているか
あるいは、受け取るだけ受け取って追い出しているだろう。
そういう女性だ。それはよく知っている。
今の彼女を見れば、百人が百人、照れていると回答するだろう。
決して、嫌がっているようには見えまい。

だが、受け取るかどうかという点では話が別。
好きか嫌いかだけで、簡単に答えを出せるものでもなかろう。
混乱しているようだが、それが収まった時に果たしてどういう行動に出るのか。
どちらにせよ、今まで通りの関係ではいられないだろう。
それでも、行動しないという結末だけはありえない。
それもまた、彼女だからこそ。
どれだけの時間がたったのか、あるいは数秒ほどに過ぎなかったのか。
頬は赤らんだまま、けれど慌てていた様子はもはや消えて
子供のような女性は、大人になった少年と視線を合わせる。
見ているだけの此方も息を呑む瞬間。

女性の唇は、ゆっくりと動き出し―――――――――――








ちゃりん


その硬質な高い音と共に暗転する視界。










「「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」」



絶叫の二重奏。絶望を奏でるかのように。
慌てて、片方がもう片方に問い掛ける。
アホほどに、どでかい望遠鏡を前にして。



「ちょっと! 100円玉持っておりませんか!?
 私は今持ち合わせが無いのです!!!!」

「私もです! ああ無駄遣いするんじゃなかった!
 ちょっくら部屋に戻って取ってきます!」

「迅速にお願いっ!!!」

「合点承知っ!!!」

「ええ加減にせぃっ!!!!!」



すぱぱーん、と続けて響くはハリセン音。
しばかれた頭を抱えてうめくアホ二名に向けて
怒声を浴びせ掛けるのは、おかっぱ頭にツリ目の女性。



「何を遊んでおられるのですか姫っ!!!」



目の角度はキリキリと上げられて、今では凡そ45度。
90度になったら笑ってあげるのにー、と暢気かつ失礼な事を考えながら
月神族の女王、迦具夜はのんびりとした口調で答えを返した。



「まあまあ、ちょっとくらいいいでしょう金太郎」

「誰がサカタですかーーーーーーーっ!!!!!」



真空すら振るわせそうな叫びと共に放たれたハリセンが
いまだ頭を抱えて蹲っていた朧を張り飛ばす。
見た目的には、鬼の如くに怒り狂っているみたいだが
女王に手をかけない程度の分別は残っているようだ。今更だが。
身代わりという尊き使命を果した朧は、そのまま視界から消えた。さようなら。
そして、一緒になって覗き行為に勤しんでいた女王も全く気にせずに



「いいかしら、神奈?
 どんな仕事であれ、息抜きは必要ですよ。
 集中力は永遠ではなく、体力は無限ではないのですから。
 仕事の合間に英気を養うのは、決して悪い事ではありません」



えへん、と胸を張って臆面もなく言う姿に悪気など欠片も無い。
確かに正論かもしれないが、覗きの理由にはなってない。
それに仕事休みは確かに必要だろうが



「休みの合間に仕事をしてどーしますかっ!!!!!
 月の運行やら引力やらが凄い勢いでずれまくって
 地球の方にすら、地震や津波などのどえらい災害を引き起こしてますよっ!」



と、このように仕事へと悪影響を及ぼしては説得力など絶無。
ずずぃ、と突き出された何枚かの書類を受け取り
少しばかり呆れた感を、その表情に微笑みとして浮かべ



「幾らなんでも、そこまで酷くなる筈がないでしょう。
 私とて、何も考えていない、というわけでは・・・・・・・・・・・」



微笑みを浮かべたままに、書類に目を通す。
視線が文字を通り過ぎても、微笑みは微笑みのままだった。
その微笑は読み進めていっても、まるで変化が無い。
彼女の自信を裏打ちをしているかのように
あるいは、不自然なほどに。
すっと読み終えた書類を返しながら、優しげな言葉をかける。



「あとは任せたわ、金ちゃん」

「だから誰がゴージャスですかーーーーーーーーー!!!!!」



あるいは仮装大賞か。
さておき今度のハリセンは、狙い違わず女王の顔面にヒット。
涙目で抗議を始める女王。微かに見えた威厳は、何処かに消え失せたようだ。



「だって無理ですもの! どれだけ時間がかかるかも解らないわ!
 元に戻す為の計算でさえ、物凄い面倒そうだし!
 誰なの、こんなになるまで放っといたのは!」

「丁寧語抜きで言わせて貰うならばあんただ!」



ニ撃目は後頭部。埋まる女王。
そろそろ、ハリセンの威力に殺意が混じりだしている。



「姫!!!」



突然、切迫した声が耳に届いた。
反射的に視線を向けると、そこには望遠鏡。
そして、それを覗き込んでいる姫付き官女の朧。
ここからだと見え辛いが、恐らくすげぇいい顔をしてはしゃぎまくっている。



「何だか凄く面白いことになってます!
 当然のようにやって来ていた幽霊少女と狼少女と狐少女に加えて
 お下げ垂れ目巨乳後輩にロング机清楚同級生までいつの間にか参戦!
 何処から来たのか猫又や食人鬼やらまで集まり、もはや奇々怪々てか百鬼夜行!
 ああっ、ロンゲ公務員が美神さんを連れて逃げたっ!!?」

「ちょっと代わりなさい朧っ!!!!」

「何をしとるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」



ビッグイーターを倒した時以上の立ち回りを見せつつ
己の守護対象である姫と、己と同じ顔をした官女とを
月警官の長、神無は虚空高くへ張り飛ばした。
いっそ地球に逃げちゃおうかなー、とかなり本気で考えつつ。





そんな面白上司たちの姿を
茶を啜りながら眺めているのは、月警官の面々に官女達。
現在、かつて以上の親しみを感じている代わりに
昔には存在していた尊敬の念は、塵ほどにも無い。
茶を飲んでは、ほへー、と幸せそうに息を吐いている。









そーいうわけで、今日も月は平和だった。
・・・・・・・・・・・・まぁ、地球はともかくとして。