本日 6 人 - 昨日 41 人 - 累計 182465 人

桜の頃には未だ遠く

  1. HOME >
  2. 創作3 >
  3. 桜の頃には未だ遠く




神様――――――神様――――――――――



生れて来る事に、意味は在りますか?

生れて来た事に、価値は在りますか?

生きて居た事は、罪と成りますか?




答えて下さい

答えて下さい

どうか、答えを下さい



どうか・・・・・・・どうか――――――――















この世に生まれて来たのならば
生きて行きたい、と思うのは本能だろう。
それは、誰であっても例外ではない。
それは、僕であっても例外ではない。
今此処に在る以上、その生を続けたい。
死にたくは無いし、消えたくは無いと考える。
当然と言えば当然。
当たり前と言えば当たり前。
例え、僕に魂なんて無いのだとしても。
例え、僕がオリジナルの分身なのだとしても。
――――――ドッペルゲンガーなんて存在なのだとしても、だ。



僕が生まれてきたのは、美術の時間。
『ドリアン・グレイの絵の具』によって描かれた肖像画から。
そのオカルトアイテムが持つ力は、言葉にすれば単純。
描かれたモデルの分身を作り、オリジナルと入れ替わる事。
僕のオリジナルの名は横島忠夫。
入れ替わりは、肖像画の完成と同時に起こった。
オリジナルの横島は、本当に絵そのものと成り
元々は絵でしかなかった僕が、モデルの居た場所に体を持つ。
その瞬間だろう。本当の意味で僕が生まれた、と言えるのは。
微かな違和感に感じでもしたか、ピートやタイガーが少し眉を顰めている。
その勘の良さ。さすがは、GSの卵という所だろう。
あと気を付けなきゃいけないのは、愛子くらいか。



「それじゃ、描けた人は提出して。
 完成してない人は、次回までの宿題ね。
 別に出来た所まででもいいけど」



我が生みの親ながら、やる気の無い台詞だと思う。
そんな考えを胸に、僕は先生へと近付いて描かれた絵を覗き込んだ。
其処に在るのは、僕、横島忠夫の肖像。
そう――――――『僕』の肖像画。
絵の分際でありながら、驚きを顔で示している。
けれど、その驚愕の表情を理解出来るのは
彼のコピーであり、かつて絵でもあった僕だけだ。



『お、俺がもう一人!!?』

「・・・・・・・黙ってろよ、オリジナル。
 いや正確に言えば、これからは僕こそ本物だけどな」



他の誰にも聞えないくらいに、小さな声で言ってやる。
それだけで満足した僕は、先生から離れて自分の席へと戻った。
絵を持ち帰る先生を見送りながら、一人呟く。



「今日からは、僕が横島忠夫だ」



そんな僕の後ろから、ピートが近付いて来るのを感じた。
一瞬、入れ替わりに気付かれたのかと身を固くしたが
どうやら、それは思い違いというか早とちりだったみたいだ。
困ったような顔をして、紡がれた言葉は平穏なもので。
浮べている表情は、仕方ないなぁ、とでも言うかのように



「横島さん、暮井先生に余りちょっかいかけちゃ駄目ですよ。
 また、教頭先生が怒鳴り込んでくるかもしれませんし」

「・・・・・・・ああ。そういうんじゃない。
 ちょっと、自分がどんな風に描かれたのか気になったんだよ」



そうやって無難に返した僕に向けて
何故だか、皆は不思議な者を見る視線を向けてきた。
ピートばかりか、愛子やタイガー、他のクラスメートまでも。















美術の時間が終っても、まだ幾つか授業は残っている。
オリジナルの代わりに、僕はその一つ一つを消化していった。
僕には『横島忠夫』としての記憶がある。
記憶は知識であって、決して経験ではない。
言わば、漫画のキャラクターを見た読者の立場。
少し違うのは、視点が固定されている事くらいだ。
どれほどに感情移入が出来た所で、其れはやはり僕ではない。
今の自己と完全な一致などは不可能。
創られた身とはいえ、オリジナル以上に優秀ならばなおの事。
見慣れないが見慣れた先生の授業を、聞くとはなしに聞きながら
微かな汚れの滲む窓から、外の風景に視線を向ける。
少しばかり遠く、校門の辺りに立ち並ぶ桜の木々が見えた。
冬の今、桜並木は寒々しい幹と枝とを曝している
花も葉も散っている姿は、まさしく冬という季節を表していた。
けれど春にもなれば、きっと美しい花を咲かせるのだろう。
そんな桜を、咲き誇る桜の花を僕は見てみたい。
記憶としては在るのだけれど、ちゃんと自分自身の瞳で。



「コラァッ、横島!
 授業中に何を呆けとるかっ!!!」

「あ、と。すみません先生。
 少しばかり、考え事をしていたものですから」

「・・・・・・・・・む。
 い、いや解ってるならいいんだ、うん」



素直に謝罪を返す僕と、寛大にも許して下さる先生。
外を見たいならば休み時間にでもするべきだった、と反省する。
そのやり取りはクラス中に違和感という空気を齎したようで
授業が終るまでの間、どこか落ち着かない様子となってしまった。
失敗だった。次回からは真面目に授業を受けるとしよう。
しかし、何故だかクラスのざわめきは増すばかりで
挙句の果てに、最後のホームルームに至っては



「よ、横島が居るっ!?
 しかも起きてるだとそんな馬鹿なっ!!?」



どういう意味だ先生。
というか、色々と大丈夫かオリジナル。












そして、学校帰りの今。
ピートにタイガーと僕、男三人連れ立って、向かっているのは美神さんの所。
今日は仕事も無いので、家に帰ったら宿題や予習でもしようと思っていたのだが
放課後になると直ぐに、ピートが気遣うような視線で尋ねてきた。



「あのぉ、横島さん。
 気を悪くしないで欲しいんですが、何処か具合でも悪いんですか?
 横島さんが授業に全部出た上に、居眠り一つしないだなんて」



本当に大丈夫なのかオリジナル。
とはいえ、この二人ばかりが変と思ったわけではないようで
愛子を含めた他のクラスメートも、伺うような目付きを向けてくる。
やはり、最初は横島忠夫らしい振る舞いをするべきだったろうか。
しかし、それでは僕が僕として生まれた意味が無い。
実際、其処は難しい所だった。
僕が僕らしくあろうとする程、皆の違和感は深くなり
皆が認める横島としての行動は、僕自身が認められない。
更にタイガーも含めた軽い押し問答の結果
やはり変だ、美神さんに相談してみよう、という事で
こうして、色気の無い三人組が歩いている訳だ。



「悪い物でも食べたんじゃないかな?
 ほら、冬だし大丈夫って気持ちが在ったとか」

「横島サンなら、多少腐ってても平気だと思うがノー。
 いきなり普段と変わった様子を見せるんは
 霊に取り憑かれたってのが定番なんジャけど」

「うーん、昔だったならともかく
 今の横島さんが、そう簡単に憑かれるかなぁ」

「其処は色香に迷った可能性とか考えられますケン」

「なるほど、有り得るね」



酷い言い草だが、確かにオリジナルならば在り得るだろう。
当然ながら、僕であれば在り得る筈もないが。
一歩後ろに離れた所から付いて歩きつつ
後ろ頭を見ながら、静かに思考を進行させる。
彼等の知るオリジナルと僕とは別存在。
そう認識されている事が、二人の会話からはっきりと解り
そのせいか、少しずつ僕の中で覚悟が決まって行く
ドッペルゲンガーの望みは、オリジナル本人に成り変わる事。
他に何かを要求するわけでもない。
タイガーとピート、二人を傷付けたい訳じゃない。
ただ、僕という存在を認めて欲しいだけ。
だから、それが認められないならば



「・・・・・・あれ、どうしました?
 突然立ち止まったりなんかして」

「気にするな。少し、少し考え事してただけだよ。
 さぁ行くなら早く行こう、美神さんが居るとも限らないんだから」



僕は、僕を否定する皆をドッペルゲンガーに変えよう。
僕の前に居る二人だけじゃなく、これから向かう先に居る彼女等も含めて。
誰憚る事の無い、本当の『横島忠夫』に成る為に。
大丈夫。君たちが分身になっても、僕は接し方を変えたりしないから。
足を少しばかり早め、離れかけていた二人との距離を詰める。
怪訝な顔をしていたピートは、顔を前に戻して再び歩き出し
同じ様に後ろを向いていたタイガーも、其れに追随した。

なぁ、吸血鬼のピート。獣人のタイガー。
お前らに祈る神様が居るのなら
僕にもそんな存在が居ると思うか?
偽者の神様は、居ると思うか?














「失礼します、美神さん!」

「ピートにタイガー、どしたの?」



部屋の中を見た僕は、舌打ちをしたい気分に襲われた。
話し合いは、始まる前から終っていたと言えるだろう。
ドリアングレイの絵の具を売った張本人である厄珍が
美神さんの所に来ていたのは、僕にとっても計算外。
案の定、僕との会話からすぐにドッペルゲンガーの存在にまで気付き
早速出かけようとしているが、オリジナルを助けられては困る。
だから、その肩に手を掛けて、僕は交渉を仕掛けた。
最初から亀裂の入った交渉だが、少しでも時間を稼げれば儲け物。



「ドッペルゲンガーの分際で馴れ馴れしいわよ。
 その手を除けなさい!!!」

「心外だな。
 オリジナルより僕の方が優れてるんですよ?
 このままでも、誰も困らないと思いませんか?」

「・・・・・・・・・・うーん」

「悩まないで下さいっ!!!」



意外と仲間への情には脆いながらも、実利も見逃さない美神さんならば
僕の優秀さを示せれば、感情だけでの否定はしないと踏んだが当たりだったか。
問題は、おキヌちゃんの存在。彼女は僕をまるで見ていない。
オリジナルのおキヌちゃんは、オリジナルの横島忠夫の事だけを考えている。
その必死さを見ながら、僕は複雑な心境に陥る。
もしも彼女のドッペルゲンガーが居るとすれば
僕は、オリジナルの彼女に接するのと同様に愛せなければいけない。
何故なら、それが出来なければ僕に愛される資格なんて無いのだから。
取替えの効く想いは、どれほど深いものでも軽くなってしまうのだろうか。
分身である僕の視線は、おキヌちゃんと重なり合う事はない。
愛情は掛け違い、感情は擦れ違う。



「じゃ、こんな事してる場合じゃないですよ!
 急いで助けに行かなくちゃ――――――!」

「よせ、おキヌちゃん!!!」



咄嗟に腕を伸ばし、彼女を引き止めた。
人間には持ち得ないほどの伸縮性を見せた腕。
オリジナルには不可能だった動きを行った為か
僕の上っ面はぼろぼろと崩れ、晒し出すのは抽象画の様相。
捕まえたおキヌちゃんの悲鳴を聞きながら
既に気付いていた事柄を、僕はようやく認めた。
決して、僕はオリジナルには成れない事を。

分身である僕は、結局のところ偽者でしかなく
僕から生まれる物は、その全てがオリジナルの紛い物。
だから、こうして相対する美神さん達の視線に込められた敵意に対し
今の僕が感じている、胸を掻き毟りたくなる感情もきっと偽物。
オリジナルを否定しながら、オリジナルに成ろうとしていた。
愚かに愚かを塗り重ね続けた、幾つもの偽物を抱く偽者の僕。
けれど、不思議と生き延びようとする意志が絶えはしなかった。
それは、僕に残された最後のプライド。贋作物としての誇り。
例え偽りで出来た命でも、死ぬまでの間は生きる事が出来るのだから。
そう、だから僕は『横島忠夫』らしく命乞いをしたりせず
『僕』として強がりを放った。彼等、彼女等の敵として相応しいように。





『僕を消そうとするものは、誰だろうと許さない・・・・・・!!!』
















そして始まった戦いは、ものの数分で呆気なく終る。

もとより勝ち目などない戦闘。

考えるまでも無い当然の帰結。

僕の寿命もまた、それだけで終りを告げた。













倒れこんだ僕が自覚出来るのは、崩れていく自分自身。
体は液状となって、まだ形を保った体を、頬を流れ落ちていった。
まるで涙のようだ、と益体も無い思いを抱く。
勿論、それが涙であるワケも無い。
この身はたかが、下手くそに描かれた絵画風情。
塗りたくられた平面の身に、血も涙もあるものか。
傍から見れば、大量の水で溶ける粘土人形にも似ているだろう。
けれど、美神さん達は此方をもはや見もせずに
本当の横島を助けるために、皆で一緒に出かけて行く。
よほどオリジナルの事が心配なのだろう。
崩れかけた絵の具の欠片には、一瞥とてくれやしない。


―――――――――まぁ、当たり前か。
所詮はマジックアイテムで造られた生命。
同情を掛けられなかったことが、逆に僕を安心させた。
身体が溶けていくのに伴い、思考もまた揺らぎ始める。
視覚を失った。周囲は全て闇に閉ざされた。
聴覚が消え失せた。静寂の帳が重く落ちた。
嗅覚、味覚などは既に零れ落ちており
世界を認識する術は、残る一つの触覚ばかり。
それもまた、溶け逝く身ではあやふやなものでしかなく。
同じくして意識も溶け始めていた。
感じるのは、水で溶解する粘土のような汚らしい不快感。
汚泥へと変じ行く、僕の身体と同じように。


そして触覚も消えた後、末期に浮ぶのは霞んだ景色。
記憶の形をとり、思い浮かべられたその情景は
美神さんやおキヌちゃんと過ごした過去の日々ではなく
クラスメート達と僅かな時間だけ共有した授業風景でもない。
それは教室の窓から眺めた、花も葉も持たない冬の桜だった。
オリジナルから継いだ記憶を用いて、桜に花を咲かせようとして
――――――――けれど、其れを僕は止めた。
満開に咲かせた桜の花を見てみたかった。
でも、借り物としてではなく自分の目で見たかったのだ。
絵に描かれた冬の桜は、春が来ても花を咲かせることは無い。
結局、脳裏に浮んだ桜の木々は寒々しい姿のままで。
咲かなかった花が、意識の世界で風に巻かれて散って行った。
薄れ逝く思考の果て、死の間際に浮べるには相応しくない思いを抱く。
結局、花見出来なかったなぁ、と。
それが、酷く残念に思う。
流せない涙が、流れそうになるほど残念に思った。
そうして、僕はこの世から消え去った。















――――――――消える瞬間、僕は神に祈る。



神様


僕が生まれて来たのは、間違いでしたか?

僕が生きて居たのは、誤りでしたか?

僕は、生まれて来てはいけませんでしたか?










神様

それでも

僕は






生きていたかった