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死神の微笑む時

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人は巡る、時は巡る、因果は巡る

幾つもの生、幾つもの死、幾つもの命

繰り返しながら進み続け、巡り合いながら歩み続け




そして、運命に辿り着く――――――――――















私は死神である。

それ以上でも、それ以下でもなく
それ以外の在り方を知りはしない。
手に持つ鎌にて人の魂を刈り取る、死が衣を纏いし存在。


髑髏の体は恐怖を与えるだろう。
漆黒の衣は絶望を報せるだろう。
残酷な事実を伝えよう、冷厳な真実を教えよう。
もう、お前は終ったのだと。



私は死神――――――――人を終らせる存在。










この世界に存在を始め、はたして幾百年幾千年が過ぎたのか。


大往生の果てに、微笑みを浮べられた老人が居た。
全てを諦めた後、ただ終わりだけを願う大人が居た。
戦渦に巻き込まれ、ただ楽になる事を望む子供が居た。
未来を見詰め続け、死に気付かなかった少女が居た。
長い寿命を終えて、死を受け入れなかった老婆が居た。
余りにも突然過ぎて、死を認められなかった青年が居た。


その全ての魂を、私は刈り続けた。
運命の名のもとに、世の理を保つため。
老若男女に関わらず、人種貴賎の区別無く。





そして、今もまた。
一人の少女に、私は憑いている。
数日程前から、ずっと傍に控えている。
さほど遠くない未来における、死の訪れを待ち続けている。










場所は病院の一室。



相部屋なのだが、もう片方のベッドは空いていた。
埋まっているベッドには、パジャマ姿で寝ている少女が一人。
何かをするわけでもなく、私は枕元で立ち尽くすばかり。
少女の寿命は残り数日。それが来るまではやる事も無い。
病室に流れる時間は、外と比べて何処か緩慢なようでもあり
けれど、たかだか数日の暇を苦痛と感じはしない。
時など瞬く間にも過ぎて行くのだから。


見舞いに来た母親が笑いかける。
手術が終ったらすぐ元気になるよ、と。
そしたら学校に行けるね
色んな授業を受けて
たくさん友達を作って
クラブ活動とかもやって
恋愛だっていいよ、青春の時間は短いんだから
好きになった相手なら、ママは誰だって許したげる

微笑みと励ましを受けて、少女もまた同様に笑っていた。
好きになるなら、やっぱり先輩とか?
クラスメートに対して次第に深まる想いとか
後輩に告白されたり、っていうのも王道かしら
でも・・・・・・それよりママとお買い物に出かけたい
何でもいいの。一緒に商店街を歩いて、色んなお店を見てみたい
この年でそんな風に考えるなんて変、かな?


そして母子は笑い合う。
優しい未来を語り合った二人は、朗らかな時間を共有する。
手術の日は、明々後日にまで近付いていた。
その日、その境界の先にある幸せを眩しい瞳で語り合い
また来るね、との言葉だけを置いて、母親は病室から去った。





――――――――その手術の日、少女は死ぬ。





誰あろう、私自身が少女の魂を刈り取る。
語られた幸せは夢でしかなく、決して現実とは成り得ない。
それが、一人になってようやく涙を零し始めた彼女の運命。













白壁に囲まれた病室の中、少女自身と会話するわけにもいかない以上
観察対象たる見舞い客も居ない間は、私にとって真実、暇な時間であると言える。
少女の寝息だけが奏でられる、静けさだけの満ちた場所。
このような暇は苦痛ではなくとも、無駄な時間ではあった。
何もしないでいると、思考回路さえもが停止するか
あるいは、更に無駄を助長させるような事を考えてしまう。
丁度、今の私のように。





私達が農夫と言い出したのは誰だったか。
なるほど、それは確かに正しい考え方だろう。
寿命が来た命を刈り取り、天国へと運ぶ農夫。
充分に事実を穿つ、解りやすく正確な解答だ。


ならば、その寿命を決めているのは誰だ? 
そして、天国とは一体どのような処だ?


終わりを決めているのは私などではない。
我々、死神は何かに導かれるかのように
訪れる寿命を、人生の終焉を、ごく自然に理解する。
死に瀕した体から霊魂を切り離し、黄泉の世界へと送り届ける。
だが、全てを刈り取るわけではなく、導く対象は限定されている。
この選択は、この選別は、一体誰が行っている?
この病院内に限定しても、死に臨む命は少女以外にも多く居る。
この魂だけを導かねばならぬ理由とは何か。

また、我々が知るのは、送り届ける先に関してのみ。
黄泉とは如何なる場であるのか、など
詳しい事は、この身でさえも知りはしない。
其処は何処にでもあり、何処でもない場所。
その全てを一言で表すならば、大いなる意志。
生誕よりも前の、あらゆる命の纏まった混沌。
過去から未来へと流れ、止まる事無き奔流。
果て無き流れの中で、人々は己が命を終えた後に来世へと繋がって行く。
私が導いた命もまた、再び現世へと生まれ落ちる事もあろう。



恐らく、我々は修正力なのだろう。
永劫たる命の流れを平静に保つ為の。
選ばれる人間は、死の先に残っては成らぬ存在。
未来の世において、その魂が必要とされる者達。
故に黄泉路を迷わぬよう、この世に長く留まらぬよう
寂寞たる平安と共に、黄泉の国へと案内する。

言うならば、永劫に続けられるいたちごっこ。
魂を見つけ、魂を刈り、魂を導く。
そして新たに生まれ変る魂を、再び同様にして刈り続ける。
選ぶ権利も持たず、死せし命を運ぶ任のみを担う我等が身。
世を覆う意志の一部にして、その末端たる存在。
ならば我々こそ、運命の奴隷というに相応しい。





正しいか否か、判断を下すべき証などは何一つ無く。
この百年程の間、何度も行った思考を今日もまた繰り返す。
誰にも気付かれる事の無い、何を生み出す訳も無い一人遊び。
次第次第に近付く手術の日、少女の両親と医師とによる話し合いを眺めながら。





結論を求めない自問の間にも、時は何処までも緩慢に過ぎて行く。













手術日前日。


この日、少女に同居人が出来た。
少女とは異なり、病人ではなく怪我人。性別は男。
入院している事が何かの間違いであるような元気のよさ。
怪我人である筈なのに、セクハラまがいの行為に及んで看護婦に張り倒される姿。

それが寝てばかりの彼女には、少々刺激が強過ぎると考えられたか
あるいはより単純に、男女という性差によるものか
互いのベッドの間には、しっかりとカーテンが引かれていた。
とはいえ、一時といえど手術に対する恐怖を紛らわされたのだろう。
少々顔を顰めた医者による問診を受けつつも
ベッドに腰掛けた少女自身は、時折聞えてくる声に耳を澄ませていた。

しかし、流石に打撃音まで聞えてきては放置も出来なかった様子で
少女の問診を中断した医者は、勢いよくカーテンを開けて隣の喧騒に注意を加えた。
其処に居たのは、ベッドで寝ている少年と見舞いに来たのだろう女性と
少女と同じ外見をした――――――――――幽霊が一人。



見舞い客である女性と幽霊と共に、少女は楽しい語らいの時間を過ごしていた。
その幽霊と少女との外見は、双子のように似通っている。
顔の造形といい、髪型といい、並べれば区別がつかないであろう程に。
その姿は、私自身の心をも微かにざわめかせた。
笑みを浮べながら、幽霊は少女に言う。
長生きして下さいね、と。
下手をすれば皮肉にも聞えるだろう、その言葉は
しかし浮べられた微笑みにより、確かな優しさを感じさせた。
故に、少女も頷きと微笑みとを返した。
それは事実を知る者からすれば、ぎこちないものだったけれど。

そうして、短き団欒の時は過ぎ去った。
明日に控えた手術のことは、結局、一言も出ないままに。





夜、少女の寝顔を眺めながら思う。
昼に居た幽霊の顔と、その名前とを。

・・・・・・・・・・・なるほど。
私は溜息を吐きたい衝動にかられた。
運命の悪戯、あるいは気まぐれというものが在るならば
これほどに、それに対して相応しい物もあるまい。



そんな想いなど知らぬとでも言いたげに
病室に掛けられた時計の針は、ただただ正確に時間を刻んでいた。










そして、運命の日が訪れる。










眼下に広がるは、手術風景。
しかし私の視線は一点に雪がれている。
尾を介して体と繋がっている、宙に浮いた少女の魂へと。


魂の形は肉体に左右される。
浮ぶ少女の魂の姿は、生きていた頃の外見とまるで同じもの。
霊魂それ自体はに想いに左右されやすいため
生まれ変ったならば、この姿も変わるのだろうが。
とはいえ、眺めてばかりでは意味が無い
まどろみに浸り続ける少女へと語りかけた。
その身に訪れた、命の終わりを伝えるために。
薄目を開けたその表情は、夢を見ているかのように茫洋としている。
それもまたよかろう、無駄な恐怖を感じる位ならば。
所詮、逝く道は同じなのだから。

そして、彼女の魂に平安を与えんとした我が身へと
先の女性より、静止の声と精霊石とが投擲された。
この程度で退かせようとでもいうのだろうか?
それならば、余りにも考えが甘過ぎる。
静止のための言葉などは無力。
死を前に、如何なる発言が意味を成すのか。
精霊石程度では脆弱の極み。
私を倒すどころか傷つけるにさえ値しない。
結局の所、得られたのは精精が一瞬の停滞のみ。

一息に振われた鎌は、正確に魂の尾を刈り取った―――――――――





・・・・・・・・・・迂闊

その想いばかりが、伽藍堂の胸中を埋めていた。
目の前に浮かんでいるのは、二つの幽体。
その一つは、当然ながら少女の魂であり
もう一つは、昨日に少女と語らっていた幽霊。
今更ながらに、精霊石はただの目晦ましであったことに気付く。
先に切り裂いたのは、幽霊のものだったか。
身を止めた私に向けて、繰り出されるは破魔の札。
女性による説得を聞きながら、目を閉ざした少女の魂を見る。










脳裏に浮ぶは、過ぎ去りし遠き時間。
繰り返される無味乾燥な日々の中で
人に区別を付けるようになったのは、何時からだったか。
人の区別が付くようになったのは、何時からだったか。
思い起こすは記憶の果て。思い至るは彼方の記憶。
それは、ただの気紛れでしかなかった。
生まれ変りの可能性を、親友との再開の可能性を伝えたのは。
花咲く春の季節、寿命を迎えたその姫君は言った。



―――――――――ありがとう、と



絶望でしかない私に対して、捧げられた感謝の意。
返答として相応しい言葉など、すぐに思い付く筈も無く
この髑髏の顔では、表情を変えることさえ叶わない。
所詮死神でしかないこの身、与えられたのは鎌の一閃。
無言の微笑みだけをこの世に残し、姫君は輪廻の輪へと。










・・・・・・想いに耽っていたのは、刹那の間であったのだろう。

破魔の力は、この身を押し返そうとし続け
繰り広げられる手術は、未だ終る気配を見せていない。
先の失態を思い返しながら、必至の形相で此方を睨みつける女性を見る。
悲しげに、けれど目を反らさぬ幽霊へと視線を移動させ
再度、浮び続ける少女の魂へと目を戻した。
瞳を閉じた様子は、まるで眠っているかのようで。



そして――――――――――














病院の中庭に植わえられた木々。
その枝に座りながら、私は空を眺めていた。
数百年の月日が流れようとも変わらない蒼の世界。
視線を下げて、数多在る窓の一つへと注ぐ。
その中に居るのは、幽霊と女性と少年と
―――――――私がかつて取り憑いていた少女。

夢でしかなかった筈の幸せを見ているうちに
自分が慣れぬ表情を浮べている事に気が付いた。
誰かに見られても、髑髏の表情など解らんに違いないが。
・・・・・・・まぁ、たまにはいいだろうさ。
雨降る日に陽が射すこともあれば、死神が微笑む事だってあろう。
そう、奴隷とて微笑む事くらいは出来るのだ。
奇跡なんてものは、この世に無いかもしれないけれど
運命だって、たまには気まぐれを起こすものだから。
なに、長くとも、たかだか後百年にも満たぬ命だ。
待つ事には慣れている。来たるその日に、再び迎えに来れば良いだけの事。





では、そろそろお暇するとしよう。
此処は病院。死に近く、けれど決してそれらを認めない場所。
故に、私のような死神が居るには余りに不適。
用は最早無い。早々に立ち去るが道理というもの。
身を空に躍らせながら、首だけを振り返らせる。
窓の中、家族らに囲まれた少女の笑顔が咲いていた。

無言のままで残した言葉。
それは答えを望まぬ問いの形。






華の名を冠せし姫君よ――――――――――貴方は今、幸せか?