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愛しきキミよ

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――――――――綺麗だ


その言葉は、発した男自身の頬を赤らめさせた










じっと見つめている

首を動かそうとも考えずに
目を反らそうとも考えずに
瞬きすらも、忘れたかのように

黒く長く、美しい髪を
烏の濡れ羽色とも
翠碧の色とも称し得る
流れるように肩にかかる黒髪を

深い美しさに、引き寄せられるかのように
男は、ゆっくりと手を伸ばした





指先を、髪が静かに流れて行く
手の平を、髪が優しく撫でて行く
しっとりと、僅かに濡れた髪が

手から伝わる髪の感触は、男の胸を締め上げて
微かに香る石鹸の匂いは、男の胸を締め付けて

思慕は言葉となり
意識さえする事無く
男の口から漏れ出でた





僅かな羞恥を感じ
後に来たものは後悔

失う事は恐怖、失えば傷つく
ソレは当たり前の事
愛しさが深ければ深いほど、より傷は深くなる

頭では判っていた
そのつもりだった





失い、もはや取り戻せない時

それでも諦めきれず
それでも苦しみ続け
そうして絶望に至る

そんな人間を、これまでもずっと見てきた





けれど、もう駄目だった

皮肉とも言えよう
口にした事で、己さえ気付かなかった想い
その深さ、大きさに気付いてしまったのだから

手は今だ、髪を感じている

気付いてしまった思い
否定する事はできない
制御する事はできない





見つめる瞳に熱が篭り
男の口が、ゆっくりと開かれた

再び形を取ろうとする、男の心
その想いを、明確なものとする為に










「本当に、綺麗だ――――――――――













――――――――僕の髪は」













風呂上りに、髪を梳いている西条が
鏡を見つめながら、恍惚とした顔で呟いていた。