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貧乏よ、こんにちわ

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「貴女にとって、この世で一番大事なものは?」

「お金」



「貴女が幸せを感じる時は?」

「お金を数えてる時」



「貴女の座右の銘は?」

「現世利益最優先」





程度の差こそあれ、彼女がこーいう人間なのは自他共に認めていた事実だった。
公務員やっただけで、精神崩壊にまで追い込まれたのは伊達ではない。
しかし、それを認めるのと赦すのとでは全く違う。
大なり小なり、その性格に物申したいと考える者は一人や二人ではなかった。
単純に改善して欲しいと願う者も居れば、直接の被害をこうむっている者まで。
そして、塵も積もれば山となるという諺通り。
多数に積み重なった祈りや願いは、神様に届いたのだった。













物寂しさと苦さが相まって消えてくれない、この見知らぬ状況に
貧乏というおぞましい、極寒の名を付けようか。私は迷う。
目を閉じて現実を否定したくとも、耳は否応なく周囲の状況を拾ってしまう。
この世知辛い世の中に、神の御心など存在するのだろうか。
もし在るのならば、今の私は神とだって戦うに違いない。
・・・・・・・まー詰まる所、何が言いたいのかというと

 

「ま、長い付き合いになるやろうから
 あんじょう宜しくしたってや」

「何でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」



取り憑かれました。
よりにもよって、貧乏神に。















「あー・・・・・・・・ついに来るトコまで来ましたか」

「自業自得とは思うも、とりあえずご愁傷様でござる」

「無様ね」



机に突っ伏す美神を見て、三者三様の答えを返す。
誰の視線にも憐憫というか同情というか、生温かそうな気持ちが篭っている。
タマモの勇気ある発言にも、どんよりと闇を背負った彼女は反応を見せなかった。
その代わりに、彼女の頭上に浮いていたメキシカンな格好の奴が口を開く。
今更言うまでもなく、貧乏神である。大きさを加味して言えば、手乗り貧乏神。
当然というか、その外見は花戸家に憑いていた貧ちゃんとそっくりだった。



「同情されども、疑問には思われず。
 よっぽどアコギな人生送ってたんやなぁ、ねーちゃん」

「何でよぉぉぉぉぉぉっ!
 私は品行方正な生き方しかしてないわっ!!!」

(((自覚無かったのかっ!?)))



ぺしぺし、と頭を叩かれるのに我慢ならなかったか
勢い良く体を起した美神が、頭上の神に向けて抗議の台詞を放つ。
しかし、そんな彼女に向けられたのは三対の半眼だった。



「な、何よ?
 横島君の給料なら、ちゃんと上げてるじゃない。
 シロやタマモにだって、二人の欲しがる物を支給してるし」

「いや、俺のことは別にいーんスけど。
 税務署とかは大丈夫なんですか?
 この前も、何か電話でバトってたみたいですけど」

「幾ら美味しくてもドッグフードの支給だけじゃ、欲しい物は買えないでござるよ。
 将来的に、先生とデートしたい時とか困るでござる」

「油揚げだけじゃ以下略。横島のことは抜きで」



返された言葉に、美神は渋面を作る。
シロとタマモの言い分は、まだ解る。
正当な評価として給料を貰いたいという気持ちは、自分にも通ずるものだ。
だから、この機会にちゃんとした給料を決めても良かった。
気分的には、子供にお小遣いを上げるお姉さん。
断じてお母さんではない。ましてやお婆さんではない。
問題は横島だ。昇給ならば、考える余地は在る。
しかし脱税を止めろという要請。ほほぅ、つまり私に死ねと?
貴様、私に呼吸をするなと言うか? 食事をするなと言うか?
無言のままで苦悶する美神。想像でさえ嫌なのか、身を捩り捲っていた。
繰り返すが、彼女にとって無駄な出費はそれほどに重いものなのである。



「だ、だいたい、何で私に貧乏神が憑くのよ!」

「ワイら貧乏神ちゅーんわな、要するに課税システムや。
 一箇所だけに集められた金は水と同じく澱んで腐る。
 言うたら浄化作用やな。金それ自体やのうて、欲を動かすための」

「納得いかないわ! 大金稼いでるのは私以外にもいるじゃない!
 それにお金だってしっかり使う時には使ってるわよ!!!」

「使う以上に稼いどるやんけ。
 それに企業とかは何人もおるけど、アンタは個人やろ?
 恨みつらみ妬み嫉み、全部一人で背負い込んでんねん。
 あとは、アンタが優秀なGSやっちゅーことも理由の一つやな。
 強力な霊波の影響で、ワイが形を為した訳や」



沈思黙考を始めた美神と、そんな彼女をニヤケ面で見下ろす貧乏神。
彼女の前の三人は、流石に言い過ぎたかと思ってビクビクしている。
この微妙な沈黙の時間は、いつまでも続くかと思えたが
先ほどから電話で会話していたおキヌが、慌て気味に受話器を押さえながら叫んだことで
そこまで続いていた静寂に終わりが告げられた。



「美神さん、大変です!
 口座を移してたスイス銀行が、また倒産したって連絡が!」

「あー、もうワイの影響が出とるみたいやなー」



その場にいた皆には聞えただろう。ピシッ、と何かが固まる音が。
見ていられなくなったのか、一人二人と硬直した美神からそっと視線を外す。
糸の切れた人形のように、ばった、と机にぶっ倒れる美神。
しくしくしくしく、と漏れる啜り泣きがちょっとだけ可愛かった。



「ま、死ぬまで一緒っちゅーわけやないんや。
 ワイの大きさ見る限り、精々が一年程度で年季も明ける。
 犬に噛まれたとでも思て、我慢我慢」



めそめそと泣きながら、美神は腹の内で毒づく。
つまり永遠という意味かそれわ。















『だーから、ンな方法知らないっつってるワケ!
 貧乏神を使役して特定の個人に憑かせる呪法だなんて
 知ってたら、とうの昔にアンタに向けて使ってるわよ!!!
 大体なんで今・・・・・・・・あ、ひょっとして令子?
 アンタってば、ついに貧乏神に憑かれ』

ドガシャッ!!!



叩き付けるようにして、電話を切る。
受話器に若干罅が入ったみたいだが気にしない。



「やから、ワイは個人の呪いによるもんと違うて。
 一種の天罰っちゅーこと、えー加減に理解でけたか?」

「・・・・・・信じたくないけど信じるしかないようね。
 あの口ぶりからすると、エミは無関係みたいだし」



確認の意味を込めての電話だったが、返答はこの通り。
他の可能性が零ではないとはいえ
貧乏神が憑いたのは自業自得だと考えたほうが良さそうである。
無論、美神自身は全く納得していないが。

現在、部屋に居るのは彼女と貧乏神だけ。
今日の仕事はどうしたのかというと、これが聞くも涙語るも涙。
まぁ、単にキャンセルが相次いだだけだが。そのどれも億単位の仕事だっただけで。
連絡を受けるその度に、美神の瞳から光が薄れていった。
生きる屍と化した、そんな彼女の姿に居たたまれなくなったのか
横島達は、目頭を押さえながら部屋を後にしていた。
そうして、しばらく放心を続けていた彼女は
ふと我に返ったかと思うと、犬猿の仲である小笠原エミに電話をかけたのである。



「となると、自分でどうにかしなきゃいけないわね。
 呪いだったら、術者に返してやれたかもしれないのに」

「やから、そう言うとったやろに。
 いや、ワイの言葉を信じんにしても
 さっきの第一声が『私の金を返せぇっ!』てどーかと思うで」

「っさいわねー、私のお金が減っちゃったせいで
 脳まで栄養が回ってなかったのよ」



お前は何処のカネゴンだ。残念ながらツッコミは入らない。
ジト目を向ける貧乏神には全く構わず、美神はこれからやるべき事を考えた。
少々絶望の縁に立ちはしたが、別にこれが初めてではない。
昔やった方法を再び繰り返せばいいだけだ。
唐巣神父にまた説教されると思うと少々気が重くなるが、背に腹は替えられない。
あの煩悩少年が何か勘違いするかもしれないが、それは殴り倒せばいいだけだし。



「そうね、とりあえず横島君の記憶を忘れさせないと」

「ん? ひょっとして貧乏神退治の方法、知っとるんか?」

「まー、色々とあってね。
 『答えを知っているものは挑戦権を失う』って掟も知ってるわよ。
 でも、その答え自体を忘れさせたら問題は無いでしょう?」

「そら、問題は無いけどな。
 せやけど、いっぺん試練を受けた奴ぁ、二回目以降の挑戦は許されんで。
 なんぼ忘れてよーと、経験から思い出してしまう可能性が在るさかいな」



いきなり希望は断たれた。
癇癪を起した子供のように、貧乏神を掴み上げながら美神は叫ぶ。



「じゃ、どーすればいいのよ!」

「ワイに言われてもなぁ。
 何やったら、力ずくでどーにかしてみるか?」

「・・・・・・意味無いどころか、マイナスでしょーが」



外からの霊力を吸収、肥大化する貧乏神に対して
力ずくでどーにかしようとするのは、自殺行為に他ならない。
神でも殺しそうな表情で歯軋りする美神。
この場に横島がいたら、腹を見せて降伏を宣言していたに違いない形相だった。
ストレスの為か、爪を噛みながら美神は考えに沈んだ。
誰か居るか? 貧乏神の試練を乗り越えられる男性は?
まず自分と縁を結ぶ、つまり擬似的にでも結婚して貰わなければならない以上
最低限、対象は知り合いに限られる。見ず知らずの相手に頼めるものではない。
一瞬で浮かんだ煩悩少年の事は、即座に脳内から抹消した。
挑戦権は無いと解っているにもかかわらず、まず第一に彼を考えた。その意味に気付かぬままに。



(先生・・・・・・はまず無理よね。
 人助けといって聞いてくれるとは思えないわ。
 むしろ、清貧を勧められるかもしれないし。
 同じ理由で、ピートも駄目。
 エミの所のタイガーは、さっきの電話も含めて在り得ない。
 西条さんは―――――――)



どうだろう?
貧乏になっても傍にいてくれるか?
裕福な生活と比べて、自分を選択してくれるか?
思い悩む。絶対にそうしてくれるとは断言出来なかったから。
誰だって、貧乏よりは裕福の方がいいに決まっている。
金が無いのは首が無いのと同じだ。それは自分が一番良く解っている。
それでも迷わず貧乏を選ぶなんて、馬鹿なアイツくらいしか・・・・・・



「だーかーら、駄目だっつってんでしょーが私ぃっ!!!!!」



ついつい何処かの誰かを想像してしまった美神は
顔を真っ赤にさせて、貧乏神にフックを叩き込む。
続けて、チンだボディだボディだチンだ。
そうして、ひとしきり暴れた後で



「・・・・・・・・あーもう。
 誰かの助けを求めるなんて私の柄じゃない、か。
 ちょっとそこの貧乏神、いい!!?」

「な、何や!? こない殴った所でワイは退治できんで!
 せやからもう殴らんといてくれるととても嬉しい!」

「何言ってるのか解らないけど
 ともかく、アンタの試練受けさせて。
 勿論、私の記憶は消すわ」



そう言う彼女の手には、『忘』と刻まれた文珠が一つ。
決して、横島から無断でパクッたわけではなく
追い詰められた際の切り札として
事務所の個人個人に一つずつ渡されているものである。



「・・・・・・ええんか?
 知っとるやろけど、下手打ってしもたら、この先永久に貧乏のままやで。
 ワイが言うんも何やけど、アンタが金銭欲を捨てられるとは思えん。
 それくらいやったら、一年我慢した方がええんとちゃう?」

「そうなった時は、また別の方法を考えるわ。
 考えてみたら、誰かに自分の人生預けたくもないのよね」



それに、と前置きして赤らんだ頬で口にする。



「さっき、ほんのちょっとだけ思ったのよ
 私も、馬鹿なのかもしれない、って」










そうして、答えを失った美神は蝦蟇口の中へと吸い込まれた。
部屋に残された貧乏神は、ぱちんと口を閉じながら一人ごちる。



「人に刻まれた欲望は、そう簡単に消えるもんやない。
 一時の感情に任せた想いを叩き潰すが故の試練。
 裕福のドアは、今を切り捨てた金のみに基づく未来。
 赤貧のドアは、今から続く金だけを切り捨てた未来。
 更にそればかりやのうて、裕福な方が幸せに見えるようにもなっとる」



だからこその試練。
裕福ではなく赤貧を。幸福ではなく不幸を。
輝きに満ちた道ではなく、黄昏に似た道を選ばねばならない。
現実を見たくなさそうな眠たげな半眼で、貧乏神は蝦蟇口を見詰める。



「裕福のドアを通り抜けたなら、その先に待つんはホンマもんの地獄や。
 何もかも切り捨てた道選んどいて、アンタは今までと同じ気持ちで人と接せられるか?」

『いえ、意外と大丈夫かもしれませんよ』



その突然の言葉に、貧乏神は目を見開いた。
人が誰も居ない部屋に、笑みを含んだ声が続く。



『オーナー自身、気付いてらっしゃらないかもしれませんけどね。
 決して、お金が好きってだけの人じゃないんですよ』















闇の中。眼前に在るのは二つの扉と、二つの窓。
振り返ってみれば、通行止めの標識と先を見通せない闇。
美神令子は、其処に一人座り込んでいた。
服についた埃を払いながら、立ち上がると



「さーて、と。
 たぶん見た感じ、このどっちかが正解なんだけど」



右の道に据えられた窓から、その中を覗き込む。
右と左、どっちが答えなのか記憶にはない。けれど想像は出来る。
赤貧のドア、そして裕福のドア。
かつて小鳩があっさりと看破したように
貧乏神の試練であることを考えれば、どちらが正解なのかは自明。
そこが美神にとっての狙い目だった。
さすがに、勝算の見えない賭けをする気は無い。
しかし、そんな彼女にとって誤算だったのは



「お、お金・・・・・・・・・」



自分自身の金銭欲。
窓を覗き込んで見ると、其処には金を数える自分の姿が在った。
とてつもなく嬉しそうに瞳を輝かせて、札束に指を走らせる。
おーっほっほっほ、と高笑いしては、横に置いた金塊に指を這わせた。
辺りには河原の石のように転がっている、精霊石を含めて様々な宝石。
煌びやかだが悪趣味な室内で、浮かべているのは童女のような笑顔。



『ほーっほっほっほ、世の中金よー!
 地獄の沙汰も金次第っていうけど、現世利益が最優先!!!
 これだからGSはやめられないわ!!!!』



しかしそんな自分の姿よりも、覗いている美神は中にある金に瞳を奪われていた。
中に居る美神が座っているのは札束で出来た椅子。
そればかりか、お札は部屋を埋め尽くしている。
夏目漱石、新渡戸稲造、福沢諭吉。なんと素晴らしい肖像画であろうか。
それは、数えても無くならない程の量。数えても数えても数えても。



「あ、ああ、あああ・・・・・・・・・・・」



遂に駄目な子になった美神は、ふらふら、と扉へ近付いて行く。
そしてノブを掴んで力を込めて捻り、ゆっくりと扉を押し開こうとした。



『どわはははははははは!!!!』



そんな彼女を止めたのは、もう一つの窓から聞えてきた声だった。
正気に返った美神は、飛び退くようにして扉から距離をとる。



「・・・・・・あ、危ない所だったわ。
 この私から判断力を奪うなんて、催眠効果でもあるのかしら」



額にかいた汗を拭う美神。催眠というか催欲というか。
気を張っていなければ、今もふらふらと扉に向かって引き寄せられてしまいそうだ。
人間心理を巧みについた、なんという恐ろしい罠だろうか。
だからといって、もう一つの方を確認しないのは愚かに過ぎる。
自然と右へ向かいそうな足を、意志の力で捻じ曲げ
何とかかんとか、左に在る窓の中へと視線を飛ばす。

そしてその先に、天国と地獄を見た。








『うきぃぃぃぃぃぃっ!!!!』



みすぼらしい格好で、打ちひしがれている自分が居る。
ハンカチを噛み締めて、ぼさぼさの髪で涙に咽びつつ。
しかし、空から降り注がれるスポットライトは何のつもりだか。
だが、ずーーーんと効果音が聞えてきそうな自分の姿を見る以上に
覗き込んでいる美神の視線は、その前のバカ殿様に固定されていた。
何故か一段高い所に、畳一畳据え付けて座り込んでいるのは



『わーっはっはっは、この世は極楽じゃぁぁぁぁぁ!』



ぶわはははは、と日の丸扇子片手に高笑い。
種々の金銀財宝を背に、腰の下には座布団二枚。
こちらも涙を流しているが、嬉し涙に違いない。
その服装は、何処かの若旦那かという風情であるが
額に巻いたトレードマークのバンダナが、彼が誰なのか示し捲っている。



『横島さん、今夜は私と過ごして下さいね。
 たくさんサービスしちゃいますから』

『あらだめですよ、おキヌさん。
 今夜は私の番って決まってるんですから』



果たして、此処は如何なる桃源郷か。
座る横島の右腕を取るのは、バニーな姿の氷室キヌ。
夢見るように瞳を閉じて、腕を絡めて頬を摺り寄せている。
更に、その逆側には美しいおみ足をさらけ出したチャイナ姿の小竜姫。
対抗するようにしなだれかかりながら、そっと横島の胸元に差し込む手。
涙をちょちょぎらせながら、横島は己の膝を叩く。



『よっしゃ解った、俺も男だ!
 二人揃って相手にしちゃる!』

『はっはっは、先生もお盛んでござるなぁ』

『にょー』



彼の横に控えているのはスーツのシロと、メイドなタマモ。
奥の方には、何処かで会ったような猫の少年まで居る様子。
そのストライクゾーンの広さは、もはや驚異と言えよう。



『ぶはははは、俺の本気はこんなもんやないぞー!!!
 妙神山で鍛えた俺は、五人までなら同時にオッケェェェェェェイ!!!』

『きゃー、でござるー』

『あーれー、ごむたいなー』



言葉だけは抗うように、けれど傍によるのは自分から。
いそいそ、と後ろにいた猫までやって来て、横島に群がる女たちプラスワン。
そして始まる年齢制限の宴。子供は見ちゃいけません。
その間、美神は地面に膝をついて泣くばかりだった。
横島もそんな彼女には意識の欠片も向けず、己が享楽に耽っていた。










びきびき、と音が聞える。
みしみし、と音が響いている。

前者はこめかみが引き攣る音で、後者は掴んでいる窓の縁の悲鳴。
現在、美神が浮かべている形相は鬼もかくやと言える。
ヤクザやチンピラの比ではない。比較するならゴルゴンの魔眼。
この扉の先には、裕福な自分は居ない。自分の好きなお金は無い。


―――――――だからどうした。


少し足を伸ばせば、其処には輝きに満ちた生活に続く扉が在る。
世の中を動かしているのは金。それは美神の持論だ。
金が在れば幸せ、金が無ければ不幸。その思いは今も変わらない。



――――――それが何だ。



確かに金は在るのだろう。幸せも在るのだろう。
でも其方の扉の先には、横島は居なかった。
だから其方に行ってしまったら、横島を殴れない。
理解不能な、この怒りの置き場所はただ一つ。
だったら、もう迷いなどは不要。
拳を硬く握り締めた美神に、もはや躊躇は無かった。



「横島ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」



修羅となった美神は、赤貧のドアを蹴り開けた。















「や、やったんか・・・・・・・!?」



内部から押し開かれた蝦蟇口に、貧乏神の声が漏れる。
光と共に降り立つ美神と共に、貧乏神の存在が内側から変換されてゆく。
そして丁度、タイミングよく帰って来た横島。
いや、彼にとっては最悪のタイミングだったろうが。
へらへらと愛想笑いを浮かべながら、コンビニ袋片手に話し掛けた。



「・・・・・・あー、美神さん
 気持ちは解りますが気を取り直してくださいよー。
 ほら、アイスでも食べてへぶぉっ!!?」

「横島ーーーーーーーッ!!!!!」



そんな彼への返答は拳による一撃。
何故にー、との悲鳴と共に横島の体は宙に舞う。
悪鬼と化していた美神は、しかし瞬時に状況を悟って



「あ、あれ?」

『自分を案じてくれた相手に一撃入れるとは
 いやー、酷い事もするもんやなぁ』



その台詞に、美神は勢いよく振り返る。
誰のせいだと思ってんのよ、と言おうとした所で
言うべき相手が何処にもいないことに気が付いた。



『あー、元々出来たばっかの体やったさかいな。
 体の方固定出来んで、消滅しかけとるだけや。
 試練を超えてから、授けられる福が無くなるわけやないけど
 それでも、今までの影響とトントンってとこやろ。
 ところで、ワイを気にしとる場合やないんと違うか?
 はよ言い訳考えな、仲がこじれるで』



意外に重いことをさらりと口にされた気がするが
それより気になった台詞に、再度振り返ってみれば
視線の先、怒気を発している少女が二人。



「美神さん、八つ当たりにしてもちょっと酷いですよ。
 横島さんは元気付けようとしてたのに」

「そうでござる。
 先生のお気持ちを無碍にするなど」

「・・・・・・さすがに同情するわ、横島」



あぅぅぅぅぅ、と後退る美神。
状況を説明したいが、実際八つ当たりだったので言い訳にならない。



「ちょ、ちょっと待って!
 私を糾弾するより先に、横島君を介抱するべきじゃないかしら!
 ほ、ほら、ほっといたら傷も悪化するかもしれないしね」



追い詰められかけた美神は、手を振りまわしながら主張する。
おキヌ達は納得いかなそうだったが、確かに優先順位はその通り。
そして不満がはっきり表面化するより先に、美神は横島へと近付いた
若干刺々しい視線が三対ほど向けられるが無視。だって恐いから。
身を起した横島は、軽く首を振りながら苦笑を浮かべ



「あ、いや、元気そーなんで安心しました。
 これだけ力が出るなら、まだ大丈夫そーっスね」

「ご、ごめんね横島君」



別に皮肉のつもりは無かったが、そう聞えても無理は無い。
バツが悪いためか、ひねくれ者の美神も素直に謝った。
しかし、そうなると突付いてみたくなるのが人の常。
その瞳を情欲で輝かせた横島は、身を乗り出して



「では、謝罪の意味を込めて体で支払うというのはどーでしょーかっ!」

「はい、調子に乗るな」



ぺち、とおでこを叩かれる。
その予想外の反撃に、横島は目を丸くして
そして、同じ表情を見ていた三人も浮かべていた。
全員の視線に晒された美神は、頬を赤く染めながら



「な、何よ! 私が優しくしたら変だって言うの?
 八つ当たりしちゃったのを反省しただけで・・・・・・・
 シロ、何で在り得ないものをみたように目を擦ってるの!
 幻術じゃないわよ、タマモ! 現実を認めなさい!
 解ってますからなんて感じの優しい微笑みうかべないでおキヌちゃん!?
 そして怯えるな横島ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」















そんな喧騒を見下ろす、二つの無形の存在。
その片方が、呆れた様に言葉を紡ぐ。



『よーするに、あの嬢ちゃんは金だけが好きなんやなくて』

『ええ、他にも好きなものはあるんです。
 もちろん、お金だって好きなんでしょうけどね。
 オーナーには、一番大事なものが沢山あるんですよ』



何とも強欲やなぁ、と溜息混じりに呟いて
最後に小さな笑い声だけを残し、貧乏神だったモノは消え去った。
残された人工幽霊一号は一人、こっそり電話番などをしながら
自らの中で繰り広げられる光景を、飽きる事無く眺め続けていた。