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夢語

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夢とは映し出された虚像。
現から移し出された鏡像。
けれど、その在り方は偽りではなく。
けれど、その在り様は欺きでもなく。
無価値ではない。無意味でもない。
だが、夢は夢だけで在れはしない。
対としての現が在ってこその夢。
だから夢は何処か哀しい。

例を上げるならば、湖面に映る天上の月。
揺らぐ鏡面に映る朧の月は、夜空の月とは別物。
幻じみていようとも、在るという事実が変わりはしない。
だが、全ては空に浮かぶ月が在ってこそ。
仮に湖が干上がろうと、月は変わらず空に在る。
夢が無くなろうとも、現は変わらず其処に在る。
だから夢は何処か寂しい。



それは、確かな真でありながら。









目を細めて窓の外、歩道を走る子供を見やった。
声を上げて追いかけ合う姿は微笑ましくも、転んだりはしないかと心配になる。
視界に入るのは、男の子が一人に女の子が二人。
その皆が、小学生になるかならないほどの年齢。
空は快晴。外に出て顔を上げれば、何処までも高く青い空が目に映るだろう。
子供たちの元気さは、世界に満ちる夏にも似た明るさのせいか。
街へと降り注ぐ白い陽射の中、はしゃぐ子供の様子がただただ平和だった。
その穏やかな景色に意識を向けたまま、視線だけは店内へと戻し
先程から鼻腔を擽り続けている珈琲へと手を伸ばした。

昼時からは少し外れていたが、それなりに席は埋まっている。
込み合うとまでは行かぬまでも流石に静けさからは程遠い。、
小さな足で走り回り、忙しそうに給仕を務める黒猫が居た。
沢山の仕事をこなしながら、微笑を絶やさない魔女が居た。
他にも数名、GSとして名を知られた者が客として食事を、軽食を楽しんでいる。
騒がしくあるが、決して不快ではない。賑やかとでも言うべきなのだろう。
自分が座っているのは、少しだけ奥まった人目に付かない場所。
此処へと案内されたのは、差別などではなく配慮なのだろう。
そう信じられる程度には、この店へは通い詰めていた。
色々と気を配らねばならない店員の心中をを思うと
そのような配慮がありがたくも、同情の念もまた沸き起こる。
しかし私には好機の視線を集める趣味も無く、よって異を唱える気は無い。
そんな訳でここ暫くの所、この場所は私の特等席となっていた。
場所が場所なだけに店内を見通すには無理があるが、外を見る分には申し分無い。
優しい陽射が差し込んでくる。窓の外を再度見やる。
硝子を隔てた向こう側は、変わらず陽の輝きに満ちていた。






そうした昼下がりの時は当然のように終わりを迎え。
空っぽになった珈琲カップを置いて、窓に背を向けながら席を立った。
途端、自分へと向けられる視線を黙殺しながら会計を終える。
実に解りやすい接客スマイルに苦笑を返し、美味しかったとだけ感想を述べて店の外へと出た。
瞬間、影が取り去られて明るさを増した光景に目が眩む。
予想していた通り、空は何処までも高く限り無く広く。
蒼の先、世界へと降り注ぐ陽。空の中心に光が在る。
けれど、白く染め上げられた光は何処か虚ろで。

不意に、幻視の光景が映る。
波打ち際に築かれた、砂で出来た城。
太陽から降り頻る光、白く砕け散る波涛。
照らし出された街並、次第に崩れ行く輪郭。
夏にも似た天候の下、根拠も無く得た連想。
まるで砂上の楼閣。約束された崩壊の未来。



けれど

それでも


人は歩き続け、街は動き続けて。
そうして世界は今日も、今も在り続けている。
先程見かけた子供だろうか、笑い声が耳に届く。
ぼんやりと見上げた先、見知らぬ誰かが忙しそうに走っていった。
何でも無い、どうと言うことも無い。日常そのものが其処には在る。
それは平穏とでも名付けるべき光景。
街は穏やかな光に浸され、平和という優しさに満ちている。
そんな世界の眩しさに、微かに視界が滲んだ。
感情の結果などではない。ただ眩しさに瞳がぼやけただけ。
そんな当たり前を、言い訳じみた言葉へと換えて心中で繰り返しながら





私は、芦優太郎は歩き出した。