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チョコより甘い囁きを

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2月14日。聖バレンタインデイ。

女性が愛情や欲望や打算をチョコに乗せて
意中の男性、世話になってる相手、あるいは金持った奴へと贈る日。
お菓子会社の陰謀と笑いたくば笑え。
殺伐とした現代だからこそ、こんな浪漫が必要なのだ。
浪漫と関係無い部分については、どうか目を反らして頂きたい。



「ナオミーーーーーーーーーーッ!!!
 どうか私に愛の篭ったチョコをラブミーぷりぃぃぃぃぃぃづ!!!」

「例えチョコをくれてやってもラブだけはありえねぇっ!!!!!」




どうか、器用に目を反らして頂きたい。















その日、皆本は不機嫌だった。

彼の心中は、外見からでも一目瞭然。
眉間には皺を寄せ、目は半眼となり、唇は引き結ばれている。
サイコメトラーやテレパスでなくとも、彼が不機嫌であると解るだろう。
物腰は普段どおりに優しげであるのだが
そう在ろうとしている努力している辺りが却って恐い。
彼の様子を見かねたのか、同僚の賢木が話しかけた。
患者から頂いた袋一杯のチョコを片手に、にやけ面を見せつつ。



「おいおい、皆本。どうしたんだ?
 まさか誰からもチョコ貰えなくて不貞腐れてんのか?」

「いや、別に何でも無い。仕事に支障は無いよ。
 それにチョコなら、あの三人からもう貰ってるさ。
 後、ナオミ君やダブルフェイスの二人からも貰ったし。
 あぁ、薫の姉さんとお母さんにも郵送で一つずつ貰ってたか。
 えーとそれから・・・・・」

「・・・・・・殴っていいか? いや殴らせろ」



指折り数える皆本を見てると、張り倒したくなるのは賢木だけではあるまい。
気にかかる事があるなら診てやろうか、とも思っていたのだがどうやら杞憂のようだ。
腹立ち半分、呆れ半分。それに僅かな安心を込めた感情を胸に
賢木は軽く手を振ってから皆本と別れようとした。
その別れ際、皆本が立ち去ろうとする賢木を呼び止め



「ああそうだ、忘れてた。
 ほれ、あいつらからお前宛のチョコだ」

「・・・・・・・変なモンとか入ってないか?」

「安心しろ。作ってるのを見た限りでは入れてなかったよ。
 どうしても心配なら、サイコメトリーでも使えばいいさ」



オーケィ、と苦笑いを残して賢木は歩き去った。
残された皆本は、背を軽く伸ばして溜息を吐く。
デスクワークは慣れていたから、さほど疲れてない筈だが
思っていたよりも、疲労感は大きかった。
激しい感情は、それだけで身体を疲れさせる。



「・・・・・・・・参ったな」



苛立っている。皆本自身にも自覚は在った。
しかし、どうにもその調節が上手くいかない。
胸の奥へと押し込めようとすればするほど
反動のように、少しの刺激で感情が跳ね上がる。
あるいは、感情のバックドラフトとでも言おうか。
想いは閉じ込められたとしても、その猛りを消してはいない。
扉が開け放たれた瞬間、出口を求めて燃え盛ろうとする。
今、皆本が感じているのは、丁度そんな感覚だった。










全ての発端は、昨日の夜に起こった出来事。
人の家を勝手に使い、チョコを作成するチルドレン。
荒らされてゆく台所を見て、皆本は渋面を作るが
彼の小言も何処吹く風で、鼻歌交じりにお菓子作り。



『ええやん、ウチラみたいな美少女の手作りチョコが貰えるんやで。
 しかも三人分。台所くらい貸してくれたって罰は当たらんやろ?』

『其処の掃除をするのはどうせ僕だろうに。
 あと自分で美少女とか言ってんじゃない。
 ・・・・・・っておいコラ、紫穂!
 何で、ワイン開けてるんだ!?』

『風味を付けようと思って。
 義理チョコは皆本さん以外、クラスメートにも挙げる予定だし
 中には甘いのが苦手な人がいるかもしれないでしょ』

『小学生にワイン風味のチョコをやるな。
 味以前に、酒が苦手な相手がいたらどーするんだ』



そもそも、酒が得意な小学生などいてたまるか。
憮然とした顔で愚痴りつつも、止める事を強制はしない。
というのも、三人が嬉しそうに調理をしている姿が微笑ましかったからだ。
局長や朧に文句を付けつつ、結局、皆本も甘い所がある。
所々、流石に問題だろうと思える部分には口を出しつつ
時には口を出しすぎて、念動力で潰されそうになりつつ
日が変わろうとした頃になって、ようやくチョコは完成した。
一つ一つ少し不器用にラッピングされた姿からは、仄かな手作り感が感じられる。
重ねた労力を思えば、達成感もひとしおである。特に、台所の惨状から意識を背けられれば。
薫、葵、紫穂の三人は、それぞれが作ったモノを一つ手にとり
輝かんばかりの微笑みを浮べて、皆本へと手渡した。



『皆本ー、あたしの気持ちだぜ!
 すっげー甘いだろうからほっぺた落とすんじゃねーぞ』

『ほい、皆本はん。受け取ってぇな。
 勿論、作った中で一番おっきぃヤツやからな』

『ハイどうぞ。これで皆揃って一番に渡せたわね。
 ちゃんと味わって食べてね、皆本さん』

『・・・・・あ、ありがとう、三人とも。
 いや、すまない。
 てっきり何かオチが待ってるものと』

『勿論』

『当然』

『当たり前だけど』

『『『お礼は三倍返しね♪』』』



やはりそう来るか、と肩を落とす皆本。
しかし、その程度で済んだのはありがたい。
時間が時間なので、睡魔に襲われているのだろう。
三人とも、先程から目を擦りっぱなしだった。
早く寝ろよ、と皆本は三人の背を軽く叩いた。
彼はまだ寝るわけにはいかない。朝までに台所を復活させねば。
エプロンを外した薫達は、ゆっくりと部屋に帰っていった。
夜の冷えた空気を通して、欠伸交じりの会話が聞えてくる。



『でも、流石に疲れたわー。
 全部で何人分作ったんやろか』

『えーと、まずクラスメートの義理チョコを纏めて。
 個別に作ったのは、まず皆本さんの分。
 局長、賢木先生、ついでに谷崎さん。
 宿木さんに作った分は多分、犬神さんが食べるんだろうけど』

『それから―――――――――』



さて、掃除を始めるか、と腕まくりをした皆本。
そんな時に届いた声は嫌と言う程、彼の耳を振るわせた。






『――――――京介の分!!!』








バキィッ!!!!!








自分の指がペンを圧し折る音を聞いて
皆本は、ようやく昨夜の記憶から帰って来た。
新しい筆記具を取り出しながら深呼吸を繰り返す。
いいじゃないか、別に単なる呼び名に過ぎないんだ。
薫があの若作りジジィを何と呼んだって関係無い。
そうだ、別に知り合って結構経つ自分が未だ名字で呼ばれてるのに
アイツを名前で呼んでるからって、そんな気にするような事でも。
京介とか親しそうに呼んでるからって、はははそんな。

みしり

ありえない方向に過重を掛けられたペンが悲鳴を挙げる。
込められた力を示すように、皆本の手は小刻みに震えていた。
俯いた顔に浮ぶ表情は窺い知れないが、纏った雰囲気は実に重苦しい。
当の兵部少佐が今の皆本を見れば、嘲笑と共に口にしていただろう。
やれやれ、男の嫉妬は醜いね、と。





繰り返そう。

その日、皆本は不機嫌だった。














不機嫌であろうとなかろうと、仕事がなくなるわけではない。
チルドレンの送り迎えもまた、彼の仕事の一つ。
路肩に車を止め、運転席に座って待っている皆本。
そして本日、一番にやって来たのは



「よーっす、ご苦労さーん!」



よりにもよって薫だった。
表情が崩れそうになるのを、皆本は寸前で押し止める。
彼女が入ってこれるよう、助手席のドアを開けてやりながら



「一人か? 葵と紫穂は?」

「んー、二人とも掃除当番。
 一緒に居たら手伝わされそうだったんで逃げてきた。
 手伝ってたら、ついつい超能力使いたくなるだろーしさ」

「なるなよ」



軽口を叩き合い、薫は助手席に身を沈める。
座るには邪魔なランドセルを下ろし
腹に抱えるようにしてから、皆本の方を向いた。



「それでそれで!
 昨日挙げたチョコはどーだったんだよ!
 誰のが一番上手かった? やっぱあたしか!?」

「あ、いや・・・・・生憎、まだ食べてないんだが」

「おいおい、まさか他の誰かから貰ったチョコを先に食ったんじゃねーだろな」

「それも食べてない。
 食べてないからその目付きと手付きを止めろ」



半眼になって、わきわきと手を握ったり開いたりする薫。
何をされるのか解らないが、解らないなりに危機感は感じられる。
さほど怒ってもいなかったのだろう。
皆本が窘めると抵抗もせず、薫は素直に従った。
家に帰ったら食べることを約束させられはしたが。



「クラスの男子には学校で適当に配ったし。
 BABELの皆には、皆本に頼んだし。
 よし。これで全員分、配り終えたっと。
 いやー、海老が鯛になる三月が楽しみだな」

「皆、か・・・・・・」



チョコを渡した時の局長が喜ぶ様は、見ていて心配になるほどだった。
実際、朧が救護班を呼んだのは記憶にも新し過ぎる。
一つだけ、局長伝えたい事があるとすれば
チョコはあくまで食べ物であって、飾るための芸術品じゃない。
宿木に渡したのでも、ある程度は想像の範疇内だった。
傍に控えた初音の目付きは、まさに狩りをする狼のもの。
諦めたような彼の微笑みを思い出すと、涙が浮んで仕方が無い。
賢木にも、谷崎主任にも同様にちゃんと渡しておいた。
皆本に面識の無いクラスメートには、薫達自身が配ったのだろう。
そして皆とすれば、後一人。



「・・・・・・兵部にも、渡したのか?」



苦虫を噛み潰したような表情となるのを止められそうにない。
出来るだけ、学校の近くに停車させていたつもりだった。
かといって余りに近付き過ぎては、彼女等の学校生活に支障が生じる。
それを考慮に入れたギリギリの位置で待っていたつもりだったのだが
どうやら、そういった配慮は無駄だったようだ。



「うん、帰る途中で偶然会ったから。
 別にチョコ渡しただけで、変な事はされてないよ」

「されてて堪るかっ!!!!
 あんの糞ジジィは毎度毎度・・・・・・・・!」

「なんだ、妬いてんのか皆本ー。
 だからさー、京介とはそーいうんじゃないってば」



うるさい、と。
普段どおり、直ぐに言い返せていたら良かったのだろう。
だが、一瞬口篭もってしまった皆本には、続けて言葉を紡げなかった。
薫の口から漏れたヤツの名前が、余りに不意打ち過ぎて。



「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・み、皆本?」



いきなり黙り込んだ彼を不審に思ったのだろうか。
恐る恐る、という感じで薫が彼の名を呼ぶ。
けれど、その呼びかけでさえ、今では逆効果だ。
皆本の浮べる眉間の皺は深くなるばかり。



「・・・・・・・・・・」

「えと・・・・・・・・」



横たわる沈黙が重い。
とはいえ、皆本だって黙りたくて黙っているわけでもない。
むしろ、僕は何やってるんだろうか、と自己嫌悪さえしていた。
兵部と仲良くするのを許容する気は欠片も無いが
かといって、誰をどう呼ぶかなど薫自身が決める事だ。
感情に振り回されて八つ当たりなどしては、それこそ大人として失格である。
気を落ち着かせるために、軽く息を吸い込む。
そして謝るために、口を開こうとして、










「・・・・・・・・・光一?」


 








口は開けて、けれど言葉は出て来なかった。
顔を横に向けてみる。自分の名を呼ぶ声が聞えた方向に。
頬を朱に染めて、顔をランドセルに埋めて
ただ視線だけをこちらに向けてくる薫が居た。



「えっと、今、何て?」

「だ、だから・・・・・・・・光一、って。
 あーもう! やっぱ止め!!!
 皆本は皆本、これで良し!」

「ちょっ、何でだ!!?
 別に名前で呼ぶくらい――――――」

「ンなもん、決まってるだろ!
 恥かしいからだっ!!!」



言い切った薫は、顔を隠すようにランドセルに押し付ける。
本当に恥かしいと感じているのだろう。耳まで赤く染まっていた。
名前を呼ぶ程度のことが、そんなに恥かしいのだろうか。
でも、兵部を名前で呼ぶのは問題無さそうだった。
ええと、これはつまり、そういう事か。
言葉の意味がようやく解り始め、皆本の頬も微かに赤らんだ。
何とも照れ臭くなり、横に座る薫から視線を反らす。
感じていた胸のしこりは、何時の間にか消えていた。
ガキの癖に。何時も口にしている言葉を思い出す。
同時に、先程まで抱いていた感情を客観視する。
嫉妬心に独占欲、何とも幼い感情だ。



「ったく、子供じゃあるまいし」



苦笑を浮べると共に、溜息を吐いてしまう。
挙句、彼女の一言で激情が収まってしまうなど、現金な事この上ない。
自分で思っていた以上に、どうやら心というのは単純に出来てるらしい。
そんな彼の様子を見て勘違いでもしたか
何時も通り、薫が彼の言葉に噛み付いてきた。
怒っている風でありながら、何処か嬉しそうに。



「何時も言ってるだろ!
 ガキ扱いすんな、って!!!」

「ガキ扱い、か・・・・・・・・」



定番とも言える薫の台詞も、今は新鮮に感じられる。
そう感じるのも、恐らくは今だけなのだろう。
一時の感傷と同じ。時が過ぎれば、次第に消えて行く。
けれど、感じているこの想いが偽物というわけではない。
ただほんの少し、今の自分は素直になれるというだけの話だ。
だから皆本は、彼が思うとおりの言葉を口にした。



「いや―――――――ガキは僕だったよ。ごめんな」



言いながら手を伸ばし、薫の頭を優しく撫でる。
それは、彼女が嫌う子供扱いだったのだろうけれど
強いて彼の手を振り払おうとはしなかった。
葵と紫穂とが走ってやって来る、その時まで
ずっと、皆本は薫の頭を撫で続けたのだった。













その日、皆本は不機嫌だった。

それが移ったのだろうか。

今では、薫が不機嫌そうな顔を作っている。



見ての通り、私は不機嫌なんだ。

だから、もっと撫でろ、と。

だから、もっと構え、と。



不機嫌に見えるよう、薫は表情を作っていた。

時折、その口元を笑みの形に緩ませながら。