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皆でお菓子な悪戯を

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光の一筋も通さない闇の中。
肩を小さく震わせる小さな影が三つほど。
密やかな笑い声が、互い互いに重なりつつ妖しげに響いていた。
そのうちの一つ、ショートカット親父オーラが意味為す言葉を口にする。
マシュマロが入った袋を引き寄せつつ



「・・・・・・・・明日だな」



それを受けたぺた胸ロングヘアは、片手で持った飴玉の入った缶を揺らしながら
暗中にも関わらず、掛けた眼鏡をキラーンと光らせて



「明日やなぁ・・・・・・・」



そして全てを纏めたのは、ポッキ―を咥えた癖毛ブラック。いや黒髪ではないが。
時計に目をやった彼女は、見た目には朗らかな笑みを浮べつつ



「――――――――――いいえ、もう今日よ」



そして三人は手を挙げて宣誓を行う。
それは本来のハロウィンとは少々異なる一文。
訳が無理やり過ぎる気もするが、どうか気にしないで頂きたい。









『トリック・イズ・トリートッ(お菓子で悪戯だっ)!!!!』










・・・・・・・・・・以上を換言すると。
カーテンを閉め切った部屋で、雰囲気作りに笑ってるチルドレンと言うだけの話で。
ちなみに皆本は残業中。よって、彼女等の行動を止める存在は居ない。
年に一度の祭りの到来を、チルドレンは笑い声をもって祝福していた。















さて、10月31日の日が昇り。

穏やかな昼下がり、皆本はデスクワークに勤しんでいた。
先日の潜水艦騒ぎは未だ記憶に新しく、現在行っているのはその後始末といった所。
既に書き終えた分も含めると、始末書は結構な量となっている。
その理由は、彼のミスを知った何処ぞの局長が暴走したためだ。
ホモ疑惑を撤回する為に、皆本自身が全てを包み隠さず打ち明けた事を考えれば
ある意味では、自業自得であるとも言えるが。
というわけで、此処の所ずっと机にしがみ付きっ放しだったのである。
とりあえず切りのいい所まで書き終えた皆本が
椅子に背を預けて、軽く伸びをしていると



「皆本さーん」

「ん・・・・・・・ああ、紫穂か」



こきり、と首を鳴らしながら、声の聞えた方へと顔を向ける。
ひらひら、と此方へ向けて手を小さく振る紫穂の笑顔が見えた。
どうやら一人のようだが、BABELに来ているのは紫穂だけではない。
薫や葵も何処かに居る筈である。間違いない。
だって、皆本自身がアッシー役を務めたのだから。
平日にもかかわらず此処に彼女等が居るのは、やはり皆本の責任が大きい。
先の事件で体調を崩した薫は、大事を取って暫く学校を休む事にした。
しかしそうすると、葵や紫穂が黙ってはおらず
『ウチも休むー』『私も私もー』とさえずり始めたわけで。
こうなると、皆本が強く言うことが出来ない。少なくとも今回に限っては。
彼の失態で薫が体調を崩した事は、反論出来ない事実なのだから。
そして何より局長をバックに付けられては、もはや皆本が抗する術などある筈もなかった。



「ああ、そーさ。上司がイイって言ってるんだからイイじゃないか。
 下っ端は、何時の世でもイーって言うものなのさふふふふふふ」

「皆本さん、とりあえず帰ってきて。
 そんな特撮風味な夢の世界に浸ってないで」



何時の間にか近寄って来ていた紫穂は、ぽりぽりとポッキ―を食べていた。
そんな平和そうな彼女を見ていると、自分の葛藤が馬鹿馬鹿しくも思えてくる。



「ところで・・・・・・・・・・」

「あー、何だい、紫穂?
 そんな嬉しそうな顔をして」

「今日はハロウィンね」



ぎしり
この時の皆本を象徴する擬声語である。
そんな彼の様子には委細構わず、そっと手を差し出した紫穂は
まさに花の開くような笑顔を浮べつつ



「トリック・オア・トリート(お菓子か悪戯か、選べ)♪」



死刑宣告に聞えたとしても仕方あるまい。
ここ最近、日付の感覚すら薄れていた皆本が
今日と言う日の為に、お菓子を用意出来た筈がないのだから。
口を開く事も出来ず、脂汗を掻き始めた皆本をしばし眺め



「トリック(悪戯)ね・・・・・・・・・」

「い、いやちょっと待ってくれ!
 今すぐ何か買ってくるから!!!」

「だーめ。もう時間切れなの
 こういうのは、ちゃんとその時に答えられなくちゃ」



嗚呼、屠殺寸前の家畜ってこんな気持ちなのかなー、と益体も無い思いにかられる皆本。
膝の上に乗りかかって来る紫穂を、もはや止める気にもなれず
要らん勤労精神を発揮しようとする想像力を押し留めていた。
覚悟を決めた視線で、皆本は彼女の瞳を見詰め返した。
そして、眼前に差し出されたのはポッキーの箱。まだ残りは充分に在る。
何となく、皆本がその中の一本を取り上げると
頬を少々赤くした紫穂は、控え目に口を開けた。
何を期待しているのか、解り易過ぎる台詞と共に。



「あーん♪」



その姿は、まさしく雛鳥が餌をねだるかのように。
ちなみに『ねだる』とは、漢字で『強請る』と書く。
ほんの少しの間、皆本は硬直状態に陥ったが



(まぁ・・・・・・・・・・・悪戯としちゃ易いもんだよ、な。
 潰されたり、飛ばされたり、根も葉もない出鱈目言われる訳でもないんだし)



そう自分を説得させつつ、ポッキ―を彼女へと近付ける。
ぱくりと食い付く様子は本当に雛鳥の可愛らしさで、思わず頬が綻んだ。
小学生を膝の上に乗せてお菓子を手ずから食べさせる、顔を緩ませた二十代成年。
その見た目の危険性に気付かず、皆本はコレ位なら楽でいいなぁ、とか思っていた。
そうしてぱくぱくと食べさせ続けるうちに、ポッキーは残り一本。
それも同様に食べさせようとしたが、横から伸びた手に最後の一本を攫われる。



「紫穂?」

「・・・・・・はい、お返し」



微笑みと共に、すっと皆本の前に差し出されるポッキー。ほほぅ、食べろと。
食べさせるのに慣れて来た辺りで、こうして食べさせられようとするとは予想外。
頬に朱を浮べ、やはり少々の停滞を見せた皆本だったが
食べないと終らないかと考え、毒を喰らわば皿まで、と徐に齧り付く。



――――――――そして間髪入れず、反対側から紫穂がそれを咥えた。



しばしの静寂。
そして何故か目を瞑った紫穂が
食べ進めようとして、二人の顔が急接近しかけた瞬間



「・・・・・・・・っだぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」



さすがに皆本が正気に返って、急いで身を離した。
ポッキ―を咥えたままの紫穂は、少しだけ不満そうに
けれど同時に、何処か意地悪な笑みを浮べながら



「もう、据え膳食わぬは男の恥よ。
 皆本さんが根性無しだっていう噂は本当だったのね」

「いや根性無しとか言う問題じゃ、ってちょっと待て!!!!
 そりゃ誰が流した噂・・・・・・・というか犯人確定だよな」



こんじょーなしー、とか嬉しそうに言っている某親父少女の顔が脳裏に浮ぶ。
恐らく間違ってはいないだろう。さて、どうしてくれようかあのガキは。
そんな黒い思考に嵌りかけた皆本へ向けて、紫穂はフォローするかのように



「大丈夫よ。私達がそのままで広めるわけないじゃない。
 ちゃんと尾ひれも背びれも胸びれもつけて
 今や噂は大海へと泳ぎだしたわ。目指せ世界一周」

「されてたまるかっ!!!!!」



きゃー、と激昂した皆本から逃げる紫穂。
そのまま部屋から出た後、彼へと振り返って唇に指を当てながら



「うふふ、皆本さんの心中なかなか楽しめたわ。
 やっぱりウブなのね、あんなにドキドキしちゃって」

「へ・・・・・・・・・・・・あ!?」



くすくすと笑う彼女の様子にようやく合点が行く。
接触感応能力者である彼女と、ずっと触れ合っていたのだ。
そしてそれが紫穂である以上、心を読まれていない筈が無い。
そんな当たり前に今の今まで気付かなかったのは、やはり緊張していたせいなのだろう。
頭を抱える皆本を尻目に、紫穂は嬉しそうな微笑みを浮べたままで去って行った。
去る途中、誰にも聞えないほどの小声で



「なーんだ、別に男じゃなくてもいいのね。
 心配して損しちゃった」



なんて安心したように漏らした事は、彼女だけが知っている。














紫穂が居なくなった後も、しばし落ち込んでいたが
気を取り直して、再び仕事に戻ろうとする皆本。
軽い悪夢を見ていたと思おう、そうしよう。
最近の彼の生活では、自己欺瞞は必須スキル。
だが、彼にそんな平穏は許されないようだ。
特に今日と言う日を思えば、当然と言えば当然ではあるが。



「トリック・オア・トリートだ、皆本ぉっ!!!」



勢いも激しくドアを押し開け、部屋に飛び込んでくるプチ怪獣。
予想通りとも言えるその登場に、皆本は半眼で返す。



「・・・・・・・・・かーおーるー」

「なっ、何だっ!? 何でお前がモンスターになってんだよ!?
 そんな墓場から目覚めたばっかの寝ぼすけゾンビな声してっ!!?」



どんなだ。
いや、それはともかくとして。



「誰が根性無しだって? んー?」

「勿論皆本」

「即答せんでいいっ!!!」

「ははは、そんな照れんなよ。
 今更言うまでも無いことじゃねーか」

「何処をどうやって照れろとっ!?
 というか、僕が根性無しだってのは決定済み!!?」



そんな漫才じみたやり取りの末、皆本は大きく溜息を吐く。
マシュマロが入った袋を小脇に抱え、元気溌剌なご様子の薫を眺めて



「はぁ・・・・・・その様子だと体調はもう大丈夫みたいだな。
 大事をとって学校を休む必要も無かったか?」

「いやいや、そーとも限らねーぜ。
 ひょっとしたら、また悪化する可能性があるかもしんないし」



そしたら今度こそ暖めてくれるか、皆本?
そう悪戯っぽく薫が続けるより先に、皆本がふむ、と口にして
髪を掻き揚げるような仕草で、彼女の額に手の平を当てた。
その体勢を少し続けて、薫の目を覗き込みながら



「うん、熱は無いみたいだから大丈夫か。
 でも余り暴れたりはするなよ。
 ハロウィンとはいえ、体壊したら元も子もないんだからな。
 ・・・・・・・・ん、どうした?」

「べ、べべべ別に何でもっ!!?
 あ、そうだ! トリック・オア・トリートだよ、トリックオアトリート!!!
 お菓子はねーのかお菓子は! ほら寄越せさぁ寄越せ今すぐ寄越せーーーーーーっ!!!」



暴れるな、と言って一分と立たぬうちに
ばたばたと、顔を真っ赤にして暴れている薫。
そんな彼女の様子を、皆本は呆れながらも微笑ましく見つつ



「といってもなぁ、すっかり忘れてたんで何も用意してないんだよ。
 時間をくれるんなら、何か買いに行くけど」

「ふふん、生憎だけどタイムアウトだぜ。
 じゃ仕方ねーな・・・・・・でも皆本とあたしの仲だ。
 コレで勘弁してやろーじゃねーか」

「・・・・・・・・・・食べさせろ、って?」



マシュマロを掲げたままで、満足そうな頷きが返される。
先の紫穂との一幕を思い出したか、皆本の顔がちょっとだけ引き攣った。
それを薫は素早く見咎める。むぅ、と唇を尖らせつつ



「何だー、不満そうだな?
 その書類の山を駄目にした方が良かったってか?」

「止めいっ!!!
 そんな事したら・・・・・・・・僕は本気で泣く自信があるぞ」

「・・・・・・・・・あー、ごめん。
 あたしが悪かったから、んな泣きそーな顔すんなって」



皆本、既に半泣き。彼女ならやりかねんからだ。
今までかけた時間を思えば、その涙は特に大袈裟ではない。
誤魔化すように、薫は袋からマシュマロを取り出し



「ほらほら食ってみろよ。
 甘くて美味いぜコレ」

「ん、じゃぁ頂こう」



差し出されたソレを、皆本は手ではなく口で受け取った。
湿り気を帯びた彼の唇が、微かに薫の指先に触れる。
それは単に、紫穂とのやり取りが頭に残っていたせいなのだが



「み、皆本!?
 何か・・・・・・今日は積極的だな、オイ」

「え、ぁ、いや」

「ほ、ほら、もっと食べるか?
 まだまだ在るぞ、たんと食えよー」



やはり紫穂と同様に、皆本の膝に乗りつつ
けれど、先とは違ってマシュマロを手ずから食べさせようとする薫。
いや立場が逆なんじゃないか、とは言い出せない。
こんなに嬉しそうな顔を見ていると、言葉が喉で止まってしまう。
マシュマロを摘む薫の指は、その袋と皆本の口とを往復し
時には自分の口へも運び、指を軽く舐めて



「へへー、関節キスだな♪」



などと言って、薫は小さく笑う。
その程度で赤くなるのは、皆本がまだまだ青いせいか。
何度もそんなやり取りが繰り返され、次第に残りも少なくなっていく。
袋に後数個となった所で、薫はマシュマロの端っこを口に咥え
そのままニヤリと笑った後、んー、と顔を近づけて来た。
何となくデジャヴなんぞを感じつつも
唇に触れたマシュマロの柔らかさに、反射的に身を引く皆本。
しかし、座ったままでそんな動きを取れば椅子が傾いて当然。
薫と皆本の二人が座り、重心が定まっていないのだからなおの事。
突然だったため、薫が念動力を使う間も無く
皆本を下にして、二人は床の上へと倒れこんだ。



「あだっ!
 つぅ・・・・・・・大丈夫か、薫」

「・・・・・・・・・・・・あ、ぅ、うん。ダイジョブ」



呆けたような顔で、薫は答えを返す。
その様子をみた皆本は、心配そうな顔をして近付いたが



「ほ、ホントに平気だから!
 じゃ、じゃぁあたしはコレでっ!!!」



薫は急いで立ち上がり、逃げるようにして部屋から出て行った。
左手にまだマシュマロの残った袋を持ち
そして右手では、口元を隠しつつ。
床に座り込んだままで、それを見送る皆本。
人差し指で、自分の唇をなぞってみる。
倒れ込んだ時の一瞬、唇に触れた柔らかな感触。
歯が何かに当たったような感覚は、意図的に無視しながら呟いた。



「マシュマロ・・・・・・・・だよ、な」
















「トリック・オア・トリートやで、皆本はん。
 ・・・・・・・・・・って、あれ? 何かリアクション薄いな?」

「いや、流石に三人目ともなると慣れるさ」



あちゃー遅かったかー、と額に手を当てて後悔する葵。
そんな様子に皆本は苦笑するしかない。
既に仕事を再開して、暫くの時間が経っていた。
つまり薫が居なくなってから、少々間が置かれたという事になる。
緊張感も緩みそうな物だが、さて何時来るかな、と思っていた事もあるので
いきなり彼女がテレポートで現れたとしても、さほど驚いたりはしなかった。



「あーあ、もっとオモロい登場したらよかったかなー。
 登場するんと同時に爆竹鳴らすとか?」

「いや、しなくていいから。
 というより、出来れば机の上にテレポートしてくるのも止めてくれ」



書類を別に移して置いておいて良かった、と心底思う。
纏めて破かれた日にゃぁ涙も出ない。
こっそりと安堵の息を吐く、そんな皆本の胸中に気付かず
にひひ、と葵はいやらしげな笑みを浮べながら



「で、トリック・オア・トリートなんやけど。
 何も無かったら、この―――――――――」

「ああ解ってるよ。
 ほら、簡単なもので悪いけど」



言いつつ、皆本は小さな袋に入ったクッキーを渡す。
時間は充分に在ったのだから、買いに行かない理由も無い。
さほど遠出も出来なかったので、近くのコンビニ製品。
とはいえ、一応お菓子はお菓子である。
渡された葵は、きょとんとした表情を見せて



「あ、あんがとな皆本はん。
 ・・・・・・・・・・・・・ちっ」

「―――――待て。
 何で舌打ちをされにゃならん」

「はて、空耳やろ。
 ウチは舌打ちなんかしてへんで」



ぷいと顔を背けて言われては、説得力の欠片も無い。
いちいち問い質すのも面倒だったので、溜息で全てを終わったことにして
机に向かい直した皆本は、始末書書きを再開した。



「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・(ごそごそ」



背後から袋を開けるような音が聞えてきたが気にしない。
心頭滅却すれば音など聞えぬが如し。
僕は今、始末書を書く為だけのマッシ―ン也。うん、嫌過ぎる
そんな風に自爆した皆本がへこんでいる間にも、音は絶えず聞えている。



「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・(はぐはぐ」



更に咀嚼音がプラスされた。
こりこりもぐもぐぱくぱくむしゃむしゃ
もはや、わざと音を立てながら食べているとしか思えない。
いや、むしゃむしゃって口で言ってるだろ絶対に。
どうにも耐えられなくなってきた皆本は
真後ろに立ったままで、クッキーを食べ捲る葵へと振り返りつつ



「・・・・・・・なぁ、葵。
 何でわざわざ、ここで食べてるんだ?」

「ええやん、ウチが何処に居っても勝手やろ。
 別に邪魔したりはせえへんから」

「いや、十二分に気が散ってるんだが。
 食べてる音はともかくとして
 無言で居られると、むしろプレッシャーを感じる」



困ったように皆本は零す。
葵は拗ねたように、彼から視線を外しながら



「せやかて、ウチだけ仲間外れなんて寂しいやん。
 お菓子を事前に用意させへんために
 ハロウィン関係のニュースとか、雑誌の記事とか
 出来るだけ見せへんようにと頑張った努力が無になるやなんて
 可哀相やと思わへん?」

「よーし解った――――――――――帰れ」



にこやかに皆本。こめかみの青筋がアクセント。
首元を持って、猫のように持ち上げながら
皆本は部屋の外へと葵を運ぶ。お帰りはこちらー。



「ああ待って待って、皆本はん!
 せめて、これだけお願い聞いてぇな」



テレポートで皆本の手から逃れつつ
掲げ上げたのはドロップ缶。
コロコロと葵の手の平へと出される、様々な色の飴玉。
そして恥かしげにしながら、彼女は上目遣いとなり



「薫と紫穂がもう来たんやったら、解るやろ。
 一つだけでもええから・・・・・・・・・あかん?」



包み隠さず言えば、勘弁して欲しいというのが本音だった
しかし、手まで合わせてお願いされては、断るのも不人情であるし
他の二人との平等さを考えると、同じ事をやってやるべきなのかとも思う。
いや、クッキーを渡してる時点で不平等ではあるのだが。
逡巡は一分にも満たなかった。聞こえよがしに溜息を吐いた皆本は



「・・・・・・・解った。
 でも、一つだけ聞かせてくれないか。
 何で、君等はこんな事をしたんだ?
 わざわざお菓子を貰わないように仕向けてるかと思えば
 ただの食べさせ合いっこだなんて、悪戯とも言えないだろう?
 いくらハロウィンだからって、何か変じゃないか?」

「え、それは、そのぉ・・・・・・・・」



葵は頬を赤らめてもじもじと。
口を開いては閉じ、開いては閉じ
そんな動作を繰り返した後、小声でポツリと呟いた事には



「・・・・・・・・皆本はんを、更正させる為に」

「ちょっと待てどーいう意味だっ!?」



聞き逃せん台詞を耳にして、皆本は叫ぶ。
葵は頬を朱に染めたまま、眼鏡を人差し指で掛けなおしながら



「この前の事件で兵部はんと変な噂が立ってたやん?
 アレは根も葉もない完璧な誤解やったらしいけど
 ほらよく言うやろ―――――――『火の無い所に煙は立たぬ』て。
 あれ? 『火の無い所に煙を起こす』やったかな?
 まぁ、それはええとして。
 ちょうどハロウィンも近付いてた事もあって
 この機会に女の良さを思い出させよー、とか薫が言い出してな。
 うちらが一人一人順番に、皆本はんとイタズラしよ、って。
 最初、薫と紫穂はもっと過激なこと言うてたんやで?
 でも・・・・・・・ウチそんな事ようせんし。
 ほんで話し合うとるうちに、恋人同士がやりそうっちゅー事で
 『お菓子の食べさせ合いっこ』に決まったんよ」

「アイツらを止めた点に関してだけはよくやった葵。
 でも全体的にはふざけんな」



ダークなオーラを纏いつつ、皆本が陰鬱な口調で零す。
あはは、と葵は誤魔化すように笑いながら



「でも、ホンマに皆本はんノーマルやの?
 実は必死で隠しとるとかない?」

「ある筈無いだろうっ!!!
 大体、あの時君に見惚れたのは誰だと思って――――――――」



―――――――――そして時は止まる。
自爆という言葉が、実に似合う発言だった。
硬直して、蝦蟇のように汗を流す皆本を
顔を朱から紅色へと変えた葵が、熱い眼差しで見詰めながら



「・・・・・・・・・やらしー」

「って、そう来るかっ!?
 いやあくまで僕は男性的な見地から見た一意見として!!?」

「うんうん、解っとるて。
 男の人やもんなー、仕方ないやんなー」



くすくすと笑う葵を見て、それ以上の抗弁を諦める。
焦りなどから頬を紅潮させた皆本と同様に
余裕が在るように見せつつ、彼女もまた耳まで真っ赤になっていた。



「それやったら、ウチからの贈りモン、ちゃんと受け取ってくれるやろ?
 はい、食べさせたるからアーンしてぇな♪」

「・・・・・・・・・・・・」



もはや、皆本は反論する気にもなれず。
のろのろとした仕草で、差し出された飴玉を口で受け取る。
その際、唇が指に触れて狼狽するのもお約束。
そんな彼女の様子を眺めながら、口の中で飴を転がしつつ
皆本は別の飴を一つ、葵の手からひょいと取り上げて



「ほら、口開けて」

「・・・・・・・ぇ、ぁ、う、うん。アーン」



小さく開かれた口内へ、ぽんと放り込んでやる。
よし、これでノルマ達成。オールコンプリートだ。
清清しささえ感じながら、未だ残る書類へと振り返った。
頑張れば、夜が来る前には終るだろう。
家に帰ったら、今日の愚痴でも吐いてやろうか。
そんな考えを浮べている皆本へ向けて、葵が声を掛けた。



「み、皆本はん!
 また後でな。家で待っとるから」



その家ってのは、僕の家なんだけどな。
と、今更な思いを苦笑に変えて、ひらひらと手を振ってやる。
そうして葵を見送ってから、再び自分の席につき
書類に取り掛かろうとした所で、皆本は首を捻った。



「ん? 何か味が変わったような。
 ・・・・・・・・・・そういう飴なのかな?」










部屋から出た葵は、赤い顔を更に赤くしていた。
ドアに背を預け。動悸を押さえつけるように胸に手を当てて。
脳裏に浮ぶのは、先日の事件の一幕。
救助者と皆本達とを入れ替えた、交換テレポート。
勿論、テレポート対象は人間以外だって行い得る。
――――――――それが、飴玉だろうとも。
突然の味の変化に皆本が首を捻る様を想像し、葵は微かにその頬を綻ばせた。
先程まで、皆本が舐めていたのと同じ味の飴玉を舌先で転がしながら。















そして、10月31日の夜が過ぎ。



「やっぱ『食べさせる』のが一番じゃね?
 こう、征服欲が刺激されるっつーか」

「あら、『食べさせて貰う』のも一興よ?
 甘えさせてくれるって感じがいいのよね」

「ここは間を取って、『食べさせ合う』んが最強やろ?
 いっそ、明日からご飯はそーいう風に食べよか」

「お前等、静かに寝られんのか。
 というか黙れ頼むから」



日付も変わったというのに、まだ元気そうなのは
ハロウィンの余韻が冷め遣らぬせいか。
それでも瞼は微かに下がり気味であり
彼女等が、眠気に抗しきれていない事を示していた。



「じゃー寝るからさ」「皆本さん」「本読んでー」



その三重奏に、やれやれ、と十一月に入って初めての溜息。
甘えたりねだったり、そういう所ばかりが子供らしいのだから。
その全てに付き合ってやる皆本も、大概お人好しではあるが。
本日のチョイスは、ハロウィンにちなんでカボチャの馬車が出てきそうな物語。
その表紙に描かれていたのは、『新デレラ』というタイトルだった。



「えーと、『むかーしむかし、ある所に葵デレラという・・・・・・・・・・