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銃弾の行方

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恐怖する心が、罪であるとするならば

人の弱さとは――――――――きっと、悪に他ならない










夜も更けた、深夜と呼んで差し支えない時刻。
喉元まで出ていた悲鳴を押し殺しながら、青年は飛び起きた。
先ほどまで閉じていた瞳は見開かれ、彼の抱いた恐怖を示している。
震え続ける体の理由は、寸前まで見ていた夢にあった。


それは、まさに悪夢というに相応しい夢。
世界の輪郭が歪み始め、色と形とが混じり乱れて行く。
自分もまた例外ではなく、けれど完全に混じり合う事は無く。
個々の境界は薄れ、視界ばかりか音さえも意味を為さなくなる景色の中。
恐怖に狩られた心は、無意味とは気付きながら歪みの中心へと銃を向けさせる。
そして発砲した瞬間――――――銃弾の向かう先には、守るべき少女の姿が。



弾が命中したか否かを確かめる前に、彼は夢より覚めて現へと帰還する。
纏まらない思考のままに息を荒げながら、逃げるように顔を両の手で覆い隠す。
舌を震わせたが、喉からは意味を為さない呻きばかりが闇の中に響いた。
何より悪夢的であるのは、、それが現実の欠片である事であろう。
彼がチルドレンに向けて発砲してから、既に数日が経っていた。








仲間を、葵と紫穂を護ろうとした薫に気絶させられた後。
目を覚ましてから、自分の犯した過ちに気付いて以来
彼は今に至るまでずっと、深い罪の意識に苛まされていた。
保護対象への発砲という以前に、恐怖に負けて子供に銃を向けた弱さが恥かしく
また、小学生でさえ彼女等を護ろうとしていた事実が、なお自らの浅ましさを突きつけて来る。

何よりも彼を打ちのめしたのは、大した処罰が下されなかった事である。
暴走寸前のチルドレンを押し留めるには、止むを得ない処置であったというのがその理由。
無論のこと、こんなものは薄っぺらな建前でしかなかった。
今回の件で彼を罰したならば、最悪、銃の携帯が疑問視されるかもしれない。
敵の多いBABEL局員にとって、それは文字通りの死活問題。
よってチルドレンに発砲したにしては、余りにも軽い処分で済んだのだった。
桐壺局長などは自分のことを棚に上げて、彼を撃ち殺したい様子ではあったが。

しかし、彼にとっては殺された方がまだしも楽だったのかもしれない。
罰を以って贖われない罪を抱え生きるのは、一つの拷問に近いのだから。
罪の重さを感じるほどに、心の声は自らの弱さを責め立てる。
何のためにこの仕事についたのか。何のために訓練を続けてきたのか。
今まで厳しい訓練を続けて来たのは、一体何のためだったのか。








一人きりの部屋で、彼は震えながら自分の頭を抱え込んだ。


あの時に、自分は引き金を引いたのだ。
だが、それは何の引き金だったのだろう?


発砲事件の後に、彼は呼び出しを受けた。
自分の行為を思えば首にされても当然、と覚悟を決めながら
呼び出しの場所に赴いた彼は、一週間の謹慎という軽過ぎる罰が伝えられた。
軽さの余りに、逆に抗議をするも一切聞き入れられる事は無く
そして其処で聞かされた、自分達が担うもう一つの役割。








―――――――万一の場合における、チルドレンの射殺。








レベル7という強大な力は、多くの人の助けと成るだろうが
その大きさは、同時に極めて危険な災害とも成り得た。
今までは皆本主任が彼女等の傍に付いていた為
また、BABEL内という閉鎖環境内に居た為に
危惧されつつも、人命に関わる事までは無かった。
しかし今現在は、一般の小学校に通っている身である。
止めてくれる誰かが傍に居ない、同年代と過ごした経験の少ない彼女達。
果たして、感情に任せて超能力を使わないと言い切れるだろうか?

皮肉な話ではある。
普通の小学生としての生活を贈らせようとしたことが
彼女等の危険性に目を向けさせる結果となったのだから。
望むと望まざるとに関わらず、彼女等は少女でありながらにして危険な爆弾。
周囲に甚大な被害を齎す前に止めなければならない。場合によっては、その命の炎ごと。










顔を上げて、虚ろな目のままに腕を伸ばし
銃弾の込められていない銃に触れながら、彼は思う。
自分に下された罰は、贖いには軽過ぎる。
かといって、どんな罰であろうと罪の赦しとはならないだろう。
ならば命を以って、人生を以って贖罪の代わりとしよう、と。

唇を噛んで、その瞳に悲壮にも似た意志の光を浮べ
己が罪の証たる銃を持ちながら、彼は思う。
恐怖は未だ消えない。だが、恐怖に負けはしない。
射殺の許可が出ようとも、彼女等に銃口を向けはしない。
それでも、消せぬ弱さが引き金を引かせるならば



――――――その恐怖ごと、自分の胸を撃ち抜こう、と。















守るべき者に向けて撃ち放った銃弾は

時を巡り、何れ自らの胸を穿つだろう

それを当然と思えども、不服などと感じはしない



ただ、終わりを迎える瞬間に

自分は悔恨の涙を流すのか

あるいは贖罪に微笑みを浮べられるのか



今はまだ―――――――――解らなかった