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二度目の初恋

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―――――――――告白しよう。



私こと、三宮紫穂の初恋は皆本さんじゃない。

その相手というのは、私と同年代の男の子。

寂しがり屋で、ひたむきで、とても不器用な男の子。

そんなあの子に、私は生まれて初めて恋をした。















もう、随分と昔の事に思える。

私達が皆本さんに出会ったのは。





「初めまして。
 今日から君達の主任を務める、皆本光一です」



前任者が辞めてから数日後、朧さんに連れられてその人はやって来た。
緊張気味に挨拶をする、眼鏡をかけたスーツ姿の青年。
生真面目そうだけど、同じくらい運動とかが苦手そう。
年齢も二十歳ぴったりと聞いてたせいか、総じて頼りない印象を受ける。
一言で言えば、ルールに厳しいけど強くは言えない委員長タイプ。
彼に対して、私が抱いた第一印象はこんなものだった。
顔はまぁまぁだと思うけど、神経が細そうな点はマイナスかな。
多分、薫ちゃんや葵ちゃんも、同じ様な印象を抱いてるだろう。
さてさて、それじゃ試験を始めましょうか。
まずは二人に目配せした上で
出来るだけ可愛く微笑みながら、私は手を差し出した。



「よろしくお願いします、皆本さん」

「あ、ああ宜しく」



薫ちゃんはニヤリと微笑み、葵ちゃんは眼鏡を光らせる。
私達のそんな様子に気付かずに
皆本さんは、嬉しげな笑みを浮べたまま手を握り返してきた。
うーん、素直さは美徳かもしれないけど、私達の能力を把握してないのかしら?
もしそうだったら、マイナス1、などと考えながら
私は自分の力、サイコメトリーを行使して彼の心を探る。
言葉に変えられた表層を読むだけならば、一秒と掛からない。



『何だ、どうしようもなく憎たらしいガキどもって聞いてたけど
 なんて事は無い、可愛い子達じゃないか。噂はやっぱり噂ってことかな』



ふむ、なるほど。
どうやら私達のことは、前任の人や朧さんに聞いていたみたい。
それでも私の手を躊躇いもせず握った・・・・・・・甘いわね。
まさか、いきなり心を読まれるとは思ってなかったのだろう。
他人事ながら、詐欺師にでも騙されないかと心配になる。
でも、さっきのマイナスは取り消してあげましょう。
寛大さを発揮しつつ、更に私は心の奥まで覗き込んだ。

・・・・・・ふむふむ、なるほど。
結論、皆本さんは『いい人』のようだ。
暴力で言う事を聞かそうだなんて
まるで思っていない辺りは、むしろ好感が持てる。
変な性癖も持ってないし、私達を利用しようとも思ってない。
むしろ、助けて挙げたいと思ってる、と。
ふぅん―――――――――



「・・・・・・あ、あの?
 どうしたんだい?」



心配そうな視線で、私を見下ろす皆本さん。
どうやら思っていたよりも、長い時間手を握ったままだったみたい。
そっと手を離しながら、後ろの二人にも聞える程度の声で呟いた。



「・・・・・・・ごめんなさいね、憎たらしくて」



途端に顔色を変えた皆本さんは、手を離した体勢のままに硬直した。
静かになった部屋に、怒気の篭った薫ちゃんの声が響く。
嬉しげにさえ聞えるその感じからすると、導火線に火はついてる模様。



「ほほぉーぅ、あたしらが憎たらしいと?」

「それにね、ガキだって」



―――――――――起爆。



「誰がガキだぁっ!!!!!」

「ぐはぁっ!!!?」



ガキの癖に。ガキの分際で。
よく耳にする、私達が一番嫌いな言葉だ。努力でも覆せないからこそ余計に。
壁にめり込んだ皆本さんは、薫ちゃんに罵声を浴びせられている。
正直、やり過ぎかなと思わないでもなかったけど、止める気にもなれなかった。
ぼんやりと眺める私の傍に、少し顔を歪ませた葵ちゃんが近付いて来る。



「なぁ、紫穂。
 あの兄ちゃん、何か変な事でも考えとったんか?」

「ううん、特に何にも。
 どっちかって言うと、そうね。いい人よ」

「・・・・・・せやったら、薫止めた方がええんちゃう?
 このままやったら、記録更新してしまうで」



そうね、さすがに初日で駄目だった事は無いし。
初対面で暴力を振るわれれば、誰だって転属を希望するだろう。
だから今更ではあるのだけれど、それでも止めるなら早いほうがいい。
葵ちゃんが自分でそうしないのは、皆本さんがどんな人か解りかねているからだ。



「でも・・・・・・・」

「でも?」



やる気がどうにも出ない。
止めるために、薫ちゃんに声を掛けるのも億劫で
辞めたいなら辞めてくれていい、とすら思えてくる。
そう、初めて会った頃―――――――――



「私・・・・・・あの人、あんまり好きじゃない」






――――――――私は、皆本さんの事が嫌いだった。














私達の主任が皆本さんになってから数週間。
予想に反して、皆本さんは辞めなかった。
意地になってるのか、責任感の現われか。
どちらにしても、見た目以上に根性はあるみたい。



「お休みなさい、パパ」



就寝の挨拶だけを交して、私は電話を切った。
警察庁長官をやっているパパは毎日忙しい。
今日のように、夜を徹しての仕事となる日は
お休みの挨拶を電話でする、と決めていた。
欠伸を噛み殺しながら、私はベッドの中へと潜り込む。

うつらうつらと睡魔に舟を漕がれながら
ぼんやりとした思考で、私は私自身を考えた。
薫ちゃんや葵ちゃんを除いて、同年代の友達も居ない。
ううん、友達どころか、そもそも会った事さえない。
幼稚園にも小学校にも行った経験が無くて、知り合いは大人ばかり。
その知り合いでも、私を苦手とする人は大勢居た。

でも、それがどうしたの?
私は、私を幸せだと思う。
薫ちゃんが居る。葵ちゃんが居る。
パパが居る。局長が居る。朧さんが居る。
あと・・・・・・まぁ、皆本さんも居る。
超能力者の私を受け入れてくれる人がこんなに居る。
これだけ恵まれていて、どうして不幸だなんて思えるだろう。

だから、皆本さんに対する気持ちは複雑だった。
普通の学校に通う、そのためのスケジュール、そのためのカリキュラム。
行きたくなかった訳じゃない。むしろ興味は在った。
だからこそ、複雑だったのだけれど。






その日見た夢には、一人の男の子が出てきた。
それはここ数日、何度も見ている夢。



『でも――――――――――』



見覚えのない子が、何度も同じ事を繰り返し言っている。
けれど、何を言っているのか、私には良く聞えない。
聞えないのに、同じ事を言ってると解るのが何とも夢らしい。
出演者は、その男の子と私だけ。

・・・・・・正直に言うと、笑われるかもしれない。
私はその男の子がちょっとだけ気になっていた。
ちょっとだけ格好良く見えた事もある。
同年代の子を知らなかった事もある。
でもそれ以上に、その子の表情が気になっていた。
それは何だか、今にも泣きそうな顔で。
泣きそうな自分を、我慢しているような顔で。
男の子は何度も繰り返す。縋るように、訴えるように。



『―――――――――僕は――――――――』



耳を澄ませても、結局、声は聞き取れないまま時間が過ぎて
男の子の姿は日の光りと共に薄れ、無情にも朝がやって来る。
目を覚ましてすぐに、数回目になる失望の溜息を私は吐いた。

けれど、私は諦めない。
何日も何日も、同じ夢を見てるのだ。
きっと明日も明後日も同じ夢を見るだろう。
何時か、ちゃんとその声を聞き取ってみせる。
きっと、あの男の子は聞いてくれる日を待ってるんだから。









更に、時間は流れて行く。

皆本さんは、私達の主任を辞めなかった。

男の子が何を言ってるかも、解らないままだった。















皆本さんを含め、私達はいつも一緒。
随分と時間を重ねて、任務もたくさんこなしていった。



「ルールに従えなかったら―――――どーだっつーの!!!」

「はぅぁっ!!!?」

「おーい、それって弱いもの苛めやでー」

「やめなよー、薫ちゃん」



勿論、諍いや言い争いは毎回のように起きてたし
その度に、皆本さんの体には怪我が増えていった。
能力が無い訳じゃないし、他に仕事が無い訳じゃない。
転属願いを出して受理されれば、別の部署へと移る事も出来ただろう。
けれど、皆本さんは私達の主任を辞めようとはしなかった。
そんな日々が続くうちに、お互いの距離は徐々に近付いていった。
薫ちゃんも、葵ちゃんも、少しずつ心を許してきてるみたいで
私もまた、好きか嫌いかと聞かれたら・・・・・・うん、好き、かな?
昔の自分を思うと、何とも現金なものだと思うけど。



「やぁっ!!!」

「―――――――――がぼがおぼあぉぁあぁあっ!!!!」

「『お前等、僕を殺す気かぁっ!』だって」

「朝風呂に入れてやっただけじゃん♪」



でも私が抱いてる気持ちは、どちらかというと憧れに近いと思う。
皆本さんと一緒に居る時は、パパが一緒に居るような安らぎを感じたから。
それは思慕の念というよりも、安心感、安堵感に近いもの。

ひょっとしたら、それこそが初恋の形なのかもしれない。
でも、私はそれを頑なに認めなかった。
だって、私の初恋は皆本さんじゃない、あの子だから。
今もまだ夢に出てくる、夢に出てくるだけの名前も知らない男の子。
未だ、声をはっきりと聞けなかった事もあるだろう。
あの子に向けた想いは、何時からか執着にも似ていた。

皆本さんを嫌いだったからなのか。
今も、あの子を好きだからなのか。
あるいは、その両方なのか。

幾つもの理由で心は揺らぐ。初恋の相手はどちらなのか。
はっきり決める事が出来ないまま、浮んだ考えはあやふやなまま。
時たま、同じ思いが浮かび上がっても、消えないままに胸の奥へと沈んでいく。
サイコメトリーを使って自分の気持ちを読む事が出来たなら
こんな事で、悩んだりはしないだろうに。



「はい、食べかけのチョコあげる♪」

「あたしはコレ!
 コスプレ専門誌ナース特集号!!!」

「ほな、うちはこのメロン片付けとくわ」

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」





そして今日もまた、同じように夢を見る。
何時も通りの夢、何時も通りの私。
何時も通り、何かを語り掛けてくる男の子。



『―――――――――みんなと―――――』



とぎれとぎれの声が、私の耳に届いてくる。
諦める事を知らないように、何度も、何度も。
男の子は、何処か不満そうに眉根を寄せていて
その表情は、涙を流さない泣き顔にも見えた。
あるいは、男の子は泣き方を知らないのかもしれない。
あんなに苦しそうな顔をしてるのに、涙一粒も零れてないのだから。



『普通に――――――――――』



結局、ちゃんと聞えない所までもが何時も通り。
少しだけ憂鬱な朝を迎えながら、次こそは、と決意する。














その翌日。

任務の代わりに、朝からずっと検査ばかりの一日だった。
何やら、前回の任務でちょっと怪我をしたためらしい。
特に、頭を打った薫ちゃんは念入りな検査を受けていた。
その理屈は解るのだけれど、面倒臭いことに変わりは無かった。
寝転んだままで、ただ待っているだけ。暇で暇でしょうがない。
だから、薫ちゃんから帰る事を言い出してくれたのはありがたかった。



「おい、勝手に決めるな!」

「でもさー、本人が異常ないって言ってんじゃん」



皆本さんが私達を止めようとしたけれど
薫ちゃんを筆頭に、何を言われても聞くつもりは無い。
更に、駄目押しとばかりに薫ちゃんが念動力を使って
検査機器を、ボン、と爆音さえ立てて吹き飛ばした。



「こ、このクソガキ・・・・・・・・勝手にしろ!」



視線を落として、握り拳で震える皆本さんを見ると
ちょっとだけやりすぎかなー、とか思うけれど
そんな申し訳なさは、心の棚の一つに仕舞いこんだ。
数時間も拘束されてる身としては、そろそろ自由な時間が欲しい。
しかし、タイミングがいいと言うか、悪いと言うか。
もう少し早ければ、機械が壊れる事はなかっただろうし
もう少し遅ければ、私達は家に帰れていただろう。
そんなもしも、を幾ら考えたとしても、現実は変わる事無く。
やって来た看護婦さんが、私達の任務を伝えて来た。



「皆本主任、局長から緊急連絡です!
 チルドレンは出動できるか、と―――――」












そして――――――皆本さんが危惧していた事故は起こった。



「あたしから離れろっ! 早くっ!!!」



人によっては、それを天罰と呼ぶのかもしれない。
もしもそれが真実なら、随分と神様というのは不公平。
犯した罪には、それに応じた罰が待っていると言うのなら
不幸に応じた幸福が与えられてもいい筈なのに。



「ウチ、予備のリミッタ―取ってくる!」

「出来るだけ急いで、葵ちゃん!!!」



残った私は何も出来ずに、様子を見ているしかない。
私の視線の先に居るのは、地面に押し潰されている皆本さん。
これが壁なら、普段通りの光景にも見えただろう。
その横で、薫ちゃんも一緒に潰れようとしていなければ。
起こった事実を一言で言えば、ESPの暴走。
それも、サイコキノである薫ちゃんの能力。
今は、薫ちゃんを中心に下方への力場が発生してるだけみたいだけど
最悪の場合、周囲が地獄絵図さながらとなってもおかしくはないだろう。



「薫・・・・・お前、何を!」

「暴走は、脳細胞のせいなんだろ。
 脳に酸素が無くなれば・・・・・!」

「薫ちゃん―――――――――!?」



そんな最悪の想像を回避しようとしたと言うよりも
ただ、自分を庇っている皆本さんを助けたかったのかもしれない。
薫ちゃんは、自分の左胸に手を動かそうとしていた。
心臓を止めてしまったら、確かに暴走は収まるだろう。
でも、それは言うまでもなく、自殺行為。
心臓マッサージなどの訓練も受けているとはいえ
実践の経験は無いに等しいんだから。
ましてや、ESPを使った場合のそれは
薫ちゃん以外に出来る人も、ここには居ない。
けれど私達の声では、その動きを止めさせることは出来ず
一つ大きく体を震わせ、薫ちゃんは動かなくなった。
私は、見ている事しか出来なかった。










「――――――薫ちゃん! しっかりして薫ちゃん!!!」

「くそっ―――――このっ――――――」



皆本さんが心臓マッサージをする横で、私は薫ちゃんを呼び続けていた。
手を握り締めながら、サイコメトリーで心を探っている。
目を覚ましたら、直ぐにでも皆本さんに伝えられるように。
暗闇に包まれた意識は、今にも手を離してしまいそうなほどに恐い。
けれど手を離すのは、それ以上に恐い。それが最後になってしまいそうで。
傍に居てくれる皆本さんが、今は、誰よりも心強かった。
マッサージを続けながら、一際大きな声で皆本さんが叫ぶ。



「戻ってこい!
 バカ野郎ーーーーーーーっ!!!」

「―――――――ッ!
 皆本さん、ストップ!!!」



その瞬間、私は静止の声を掛けた。
更に一瞬後、薫ちゃんが呼吸を始めたのを見て、深い安堵の息を吐く。
倒れてから、数分と経ってないだろうけれど
私には何時間にも感じられた。きっと皆本さんも同じだろう。
タイミングよく、葵ちゃんも救急車を連れて帰ってきた。



「ダメージが広がった可能性もある、すぐ病院にいくぞ!
 あとでたっぷり絞ってやるからな! 覚悟しとけ!!!」

「・・・・・・・何だよ。怒ってばっか」



お姫様抱っこで薫ちゃんを運ぶ皆本さん。
場違いにも、その姿をほんの少し羨ましいと思った。
そんな思考が浮ぶ辺り、私にも余裕が戻ってきてるみたい。
二人に付いて行こうとした私の耳に、優しげな皆本さんの声が届いた。



「怒ってるのは、君が自分の命を危険にさらしたから・・・・・・それだけだ。
 君の能力も、君自身も、迷惑なんかであるもんか。
 君は――――――――」



最後に聞えた言葉が、私の足を止めさせる。
立ち尽くしたままに、私は夢で見る男の子の姿を思い出していた。
だって・・・・・だって、その言葉は――――――



「・・・・・・・紫穂?
 立ち止まったりして、どないしたん?」



突然止まった私に、後ろから声が掛けられる。
振り返りながら反射的に、何でも無い、と答えようとした。
けれど、葵ちゃんは私を見るなり驚いた顔をして



「って、何で泣いとるんや!?
 ど、どっか怪我でもしたんか!!?」

「ううん、大丈夫よ葵ちゃん。
 ほっとしたから、ちょっと泣いちゃっただけ」



目元を拭いながら、狼狽する葵ちゃんに答える。
嘘は言ってない。でも、全部が本当でもない。
薫ちゃんを救急車へと運ぶ皆本さんの背中を、後ろから見詰めた。
夢に出てきた男の子が何を言っていたのか、今なら解る。
そして、男の子に何を言えばいいのか、さっき皆本さんが教えてくれた。

だってそれは、あの子が一番欲しかった言葉の筈だから。










夢の始まりは、いつもと同じ。
けれど、きっとコレが最後の夢。

何度も会った男の子は、私をじっと見詰めている。
いいえ、それは見詰めて欲しいと想う私の願望。
その瞳には、きっと過去しか映っていない。
男の子の唇が震えて、言葉が紡がれる。
此処には居ない、誰かに向けての言葉。



『でも先生、僕は―――――――』



彼は、普通の男の子だった。
ただ頭が良過ぎて、それを隠す事を知らないで
何も悪くないのに、独りぼっちになってしまった男の子。

ぎゅっと抱き締めてあげたかった。
大丈夫、と囁いてあげたかった。
私にくれた温もりを、その子にもあげたかった。



『―――――――――普通に、みんなと一緒に居たいんです』



心に残ったのは願いの欠片。
叶う事が無かった、理想の断片。
成長と共に、時間と共に、抱く想いは変わり続け
けれど、その夢の形だけは捨てられなかった。

私は静かに、男の子の傍へと近付いて行く。
男の子は動きもせず、まるで待っているかのようで。
目の前にまで来た私は、彼の手を握ろうとして
けれど男の子が動こうとしないのを見て、差し出した手を引っ込める。
代わりにその身体を抱き締めながら
目を閉じて、小さく耳元で囁いた。
貴方が私達に言ってくれた言葉を、私自身の言葉に変えて。







「あなたは――――――ここに居ていいの」






それは、誰に向けた言葉だったろう。
肩に顔を埋めるように抱き締める、温もりを伝えるために。
背に回した腕に力を込める、孤独の寒さを吹き飛ばす為に。
不意に、涙の流れる音が聞えてくる。
男の子が泣いたのかと思ったけれど
感じた頬の冷たさで、自分が泣いている事に気が付いた。

そして、朝の訪れと共に、夢は朧へと落ちて行く。
周囲の世界が揺らぐと共に
男の子の姿も次第次第に薄らいで
光と共に、たった一つの過去へと帰る。
あるいは残酷と思える程に、後には何も残さない。





けれど最後に見えた唇は

小さな笑みを作っていた





それが、最後。

夢の終わり。初恋の結末。

もう、私が男の子と会う事は無かった。













初恋の相手は、ある男の子だった。

けれど、その子と私との距離は遠過ぎて
どんなに近付きたくても
どんなに話がしたくても
その想いは、決して叶う事は無い。
男の子は、大人に成ってしまってたから。
今という場所から、見えるだけの過去は遠過ぎて
夢の中でしか、会う事は叶わない。

そうして私の初恋は、片想いのままに終わりを告げた。



「どうかしたか、紫穂?」

「・・・・・・ううん、何でも無い。
 ね、皆本さん。手を繋いでも、いい?」

「ん、いいよ。ほら」



珍しく許可を取ってから、皆本さんの手を握る。
相変わらず、皆本さんは私に触れられるのを嫌がらない。
それどころか、最近ではサイコメトリーを使っての内緒話さえしている。
仕事の時だけなのが、少々勿体無いけれど。
繋いだ手に視線を動かす。皆本さんは左手、私は右手。
意識を集中させて、皆本さんの記憶を深くまで探れば
また、あの男の子と会うことも出来るだろう。
けれど、私はそうする代わりに、皆本さんの顔をじっと見詰めた。



「・・・・・・此処に居ても、いい?」



前置きも前触れも無い、私の言葉。
それを聞いて、面食らったような表情をしたものの
先日、自分が口にした事を思い出したのか
皆本さんは、二重の意味で言葉に詰まる。
私が心を読めばいいことかもしれないけれど
ちゃんと言葉にして伝えて欲しい時もある。
視線を外さなかったせいか、逡巡の時間は短かった。
少しだけ顔を赤らめた皆本さんは、空いた手を私の頭に置きながら



「当たり前だろう?」



照れ隠しか、ちょっと強めに頭を撫でられる。
そのお返しに、と皆本さんの腕に抱きつく私。
澄み渡る蒼空の下、私達はお互いに微笑みを交した。
その微笑みを浮べたまま、皆本さんはあの日薫ちゃんに告げた言葉をまた口にする。



「――――――――君は、此処に居ていいんだ」







そうして、私は二度目の恋に堕ちた。