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プロポーズは計画的に

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手が届かない、だからこそ彼女に憧れた

手に入れられない、だからこそ彼女を求めた

手では触れられない、だからこそ





僕は、彼女に恋をした











ノーブレス・オブリージ

貴族の義務を意味するその言葉は、僕には当て嵌まらない。
僕は単なる成金の息子風情であり、貴族などでは無いからだ。
だがしかし、その一節が持つ重みは充分に理解出来る。
初めて聞いた時、子供の僕は座右の銘として心に刻んだ。
上に立つ者として、それは正しい在り方だと感じたから。
そして何より、その生き方は格好いいと思えたから。

だからこそ、僕は自ら思う最高の己自身を生きてきた。
エリートであることを自覚しつつ、それに溺れないように。
時には傲慢と取られようとも、決して慢心はしないように。
金成木財閥の一人息子として、恥じない人生を送ってきたつもりだ。
単なるナルシズムと一笑にふされるかもしれないが
それでも金成木英理人として生まれ、生きてきた事を、僕は誇りに思う。
たった一点だけを除いては。



『ほーら、英理人。
 おばあちゃんだよ~~~~』



・・・・・・僕の父、金成木三郎は忙しい人だった。
財閥の当主という身を考えれば、それも当然だろう。
そしてそんな父と結婚した母も、忙しさという点では同様だった。
毎日、忙しく動き回る二人に、子供の面倒を見る時間が在る筈も無く
物心つく前から、僕は祖父母の元に預けられていた。
それが理由なのだろう。僕は少々、おばあちゃん子になってしまったのは。
面倒を見てくれていたのは、いつも祖母だったのだから。
そう、だからこそだ。そうであるに決まっている。
祖母が亡くなった後にも、こんな夢を見てしまうのは。



『だから夢じゃないと言っているだろうに。
 ほーらほらほら、本物の幽霊だよ~~~~~~』



ははは、どうやらまだ寝惚けているようだね。
去年亡くなった祖母の幻覚と幻聴から逃げるため
勢いつけて、僕は布団の中に入り込んだ。レッツ夢の世界。



『だから、そんなことしても無駄だって言うのに~』

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」



瞳を閉じて、現実の世界を遮断しようとする寸前
布団や枕をすり抜けて、目の前すれすれに現れるばーちゃんの顔。
ホラー顔負けの恐ろしい事態に我慢しきれず
シーツを跳ね飛ばしながら、僕は飛び起きた。



『おや、起こしちゃったみたいだね~。
 それじゃ安眠できるよう、怪談メドレーいってみようか。
 まずは幽霊トンネルの』

「やだーっ! やーだぁぁぁっ!!!
 恐い話なんかやめてよばーちゃんっ!!!!」



耳に手を当てて喚く僕。
こんな幻聴や幻覚を見てしまう辺り、痛感する。
ああ、僕はばーちゃんが本当に好きだったんだなぁ、と。
え、何、幽霊だって? 現実認めろって?
ははは、そんな非科学的なことを思っちゃ駄目だよ僕の心。
だって、お化けなんて嘘なんだから。



『まだお前はそんなことをいうのかい~~~』

「ぎゃーーーーーーーっ!!!」




もう一度ベッドの下から生えて来た生首を見て、僕は情けなくも絶叫を上げた。
それで限界が来たのか、僕の記憶はふつりと朝まで途切れることとなる。










閉じた瞼に眩しさを感じて、薄ぼんやりと目を覚ます。
カーテンを透かして室内へと差し込む朝日に、胡乱な視線をやりながら



「あー・・・・・・・・・・」



周囲に、祖母の影は見えない。
そんな当たり前の光景に、限り無い安堵を感じながら
蕩けた思考で、これからのスケジュールを考えた。
何時も通りの仕事、予定している会食。そして数日後に控えたパーティー。
そこまで脳を回転させた所で、電撃のように閃いた。
仕事を依頼した際に、数度在ったことのある彼女の顔が。
その度に誘いはしたものの、全て袖にされたことも思い出す。
そして完全に目を覚ました僕は、父に連絡を取った。
上得意という立場を利用して、彼女をパーティーに誘うために。

あくまで、プロポーズのためである。
結婚を前提としたお付き合いのためである。
絶対に、確実に、言うまでも無く、当然ながら。
おばーちゃんを成仏させたいなーとかいう理由じゃない。
そうお化けなんか無いさ! お化けなんか嘘さ!
寝惚けた僕が見間違えただけなんだから!



『そろそろ現実を認めなさいよ~』

「んぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」















さて。
読み飛ばされた小説の内容の如くに時は過去り
早くも今日は、パーティー当日。

つい挨拶とともに、胸の想い言葉として溢れ出たり
恋人役として芸人にしか見えない少年がやって来たり
そういった細かいハプニングは在ったものの
何とか、美神さんと二人の会話に漕ぎ付けた。



「私を愛する必要は在りません。
 一言イエスと言えば、あなたは世界有数の大富豪です」



何事にも実利優先の彼女には、最適なプロポーズだろう。
もう少し時間をかけていれば、口説き落とせたに違いない。
惜しむらくは、たった一つ。



『英理人~~~、おばあちゃんだよ~~~~
 ほーらほら本物のユーレイだよ~~~~~』

「うそだーーーーーーーっ!
 これは幻覚だーっ、幻覚じゃなきゃやだーーーーっ!!!!!」



ついつい口が滑って、幽霊なんていないと言ってしまい
祖母をやる気にさせてしまった事だねはっはっは。
いやもちろんこんなのは僕の幻覚でしかない訳だがっ!!!
耳を押さえて、しゃがみ込んだ僕の傍で怪談を始めるばーちゃん。
きっと、過去トラウマが記憶を呼び起こしているんだろう。
ええい記憶を失え僕ッ!




「あんた誰?」

『あ、あたしゃ悪霊じゃありませんよ。
 去年死んだ英理人の祖母です』



幻覚も見るたびに巧妙になるのか、美神さんと会話を始めているようだ。
ばーちゃんは、人を恐がらせたり驚かせたりするのが好きな困った人だった。
特に、小さい頃は恐がりだった僕はいいカモだったのか
よく怪談されて、大泣きに泣かされたものだ。
そんなばーちゃんでも、亡くなった時は寂しくなかったと言えば嘘になる。
だからこんな幻覚をみるわけだおばけなんかいないし、ウン。
耳塞いでわーわー喚くだけで、世界って否定出来るんだね。



「金になんないけどうっとーしいから・・・・・・・・退散っ!!!」



しかし僕がそうしているうちにも、世界は変わりなく進んでいるようで。
すっぱぁん、と吹っ飛ばされたばーちゃんが夜空の星になった。
アレは幻覚に過ぎないはずなのに、何だろうこの爽快感。さようならばーちゃん。
あれ? 窓からばーちゃんが飛んでいったって事は、つまり・・・・・・



「はっはっは、霊なんていないと証明されたよーだね!」



しゃきっ、と気を取り直す僕。
過去はどーでもいい、祖母が居ないという今こそが重要!
今までに無い清清しさをもって、改めて美神さんへのプロポーズを敢行した。
もう必要無い? はっはっは、何を馬鹿な。
あくまで僕は財閥を切り回すためのパートナーが欲しかっただけだよ。



「さぁっ、カモナマイハウス!!!」

「・・・・・・・おキヌちゃん、暫くこの人にとり憑いて上げなさい」



そんな僕の傍にやって来たのは美神さんではなく、人魂付きの巫女少女。
やぁ、素的なオプションだね。薄く透けている君自身も、とてもビューティフル。
微笑を貼り付けたままに再び手を耳に当てて、エリートちっくに回れ右。
ははは、僕には何も見えんし聞えないぞー!










『それで人柱になったんですけどお。
 私、才能無くて・・・・・・・』

「うううう、幻覚だ。幻覚なんだぁぁぁぁぁぁ!」



寝室に戻って布団を被っていても、巫女少女は居なくならなかった。
うむ、いつまで経っても消えてくれないので、とりあえず幻覚と認めようじゃないか。
くそう、巫女さんの幻覚だなんて僕の深層意識はそんな趣味がっ!?
くっ、ナイスだ僕! いや違う落ち着け。
しかし祖母と比べると、この子は余り恐くない。
何故だろう、結構可愛い少女だからだろうか。
突然現れた際のインパクトと言う点で見れば、確かに比べるべくも無い。
この少女が、昼間のびっくり箱程度の恐ろしさとすると
祖母は光一つ無い部屋でカサカサと聞える音だ。ああ、何と恐ろしい。



『・・・・・・・というわけなんですよー』



身の上話は終わったようで、言葉が途切れる。
無音に引かれるようにして、枕に埋めていた顔だけを起し
もう一つ、恐さを感じない理由を口にした。



「・・・・・・・き、君は怪談をしないのかな?
 ばーちゃんは出て来る度に、恐い話をしてたんだけど」

『え、っと。現代の怪談ってどんなのですか?
 私ずっと眠ってたから、あんまりお話とか知らないんです』



のほほんと答えられる。
彼女の話は、断片的にしか聞いていなかったが
それでも随分と長い年月を眠って過ごしていることは解った。
最近の話など知る由もあるまい。
彼女の境遇に、僕はらしくもなく同情したのか。
あるいは単なる恐怖心から判断力が欠如していたのか。



「こ、こんな話を知ってるかい?
 ある所に、幽霊トンネルと呼ばれる―――――――」



つっかえつっかえ、ばーちゃんから聞いた怪談の一つを話してみた。
最初はふんふんと身を乗り出すようにして聞いていた巫女少女だったが
話が進むに連れて、次第次第に顔を蒼褪めさせて行く。
いや、元々良くは無かったが。透けてるし。
そして佳境。何時の間にか、僕は布団から身を起していた。



「何度もトンネルを通り抜けた。
 けれど、話に聞くようなことは何も起こらない。
 拍子抜けしながらも、彼は再びトンネルに入る。
 そして中で車を止め、何か出て来はしないかと外に出てみた。
 薄暗いトンネル内。灯りも所々が消えていて、不気味さを増している。
 風でも吹いたんだろうか。肌寒さを感じた彼は、自分の車へと振り返った。
 その車体には―――――――べったりと無数の赤い手形が!」

『きゃーっ!!!』



・・・・・・・・・おや?
何だろう、この胸のときめきは。
最後の最後、怪談では王道である大声をもってのオチ。
それに対して、巫女少女は実にいい反応を示してくれた。
続けて、僕の舌は滑らかに動く。まるで何かに導かれるように。



「ええと、これは本当に在った話なんだけど」

『あううう・・・・・・・・』



涙目になって、両耳を手でふさいでいる巫女少女。
その様は、まるで少し前の自分を鏡で見ているかのよう。
そして今の自分は、とてもいい感じの笑顔を浮かべているのだろう。
そう、少し前の祖母のように。



「・・・・・・後部座席に座っていた一人が、たまらずに叫んだ。
 『どうしてトンネルの中なのに雨音が聞えるんだよ!!!』」

『へーん! 美神さーん、横島さはーん!!!』



四話目にして、巫女少女は泣きながら僕の元を去った。
壁をすり抜けながらも聞える泣き声に、僕の胸は高鳴りっぱなしだ。
ああ、何と言う事だろう。この気持ちはもしかするともしかする。
一目合ったその日から、などとは言うものの、自分がそんな事になろうとは。



『どうやら解ったようだね』



突然、聞えてきた声に振り向くと
腕組みをして、不敵な笑みを浮かべた祖母の幻覚が。
幻覚? いや、もう現実を認めよう。逃げるのは止めにしよう。
壁を背にして覇王の如きオーラを醸し出している祖母、いやさお婆様。
こちらを見返してくるお婆様の瞳に、何の恐れも無く視線を合わせた。
ありがとう巫女少女。もはや僕に恐怖心は無い。
この体には、確かにお婆様の血が流れていると実感したのだから。












さてさて。
読み飛ばされて後書きを読むかの如くに時は過去り
早々と今日は、パーティーから一週間後。



「こんにちは、美神さん!」



花束を手にした僕は、美神さんの元を訪れていた。
残念ながら、美神さんは引き攣った笑顔を返してくるばかり。
まぁ、当然だろう。アポイントメントも取らずに、いきなり押しかけたのだから。



「あの、すみません。
 先日の件については、断った筈では・・・・・・・」

「ええ。
 残念ながら縁が無かったようですので、きっぱりと諦めます。
 本日、参りましたのは別の用件についてですよ」

「別の、というと仕事の依頼ですか?」



儲け話かと、瞳を輝かせる美神さん。
しかし彼女にとっては残念ながら、除霊依頼に来た訳じゃない。
僕は無言のままに一歩進み、手に持った花を差し出した。
美神さんの横に浮く少女へと。



『はぇ?』

「おキヌさん、僕と結婚を前提としたお付き合いをして頂けませんか?
 いえここは直接的に言いましょう、貴女の泣き顔に惚れました!!!」



情熱的なプロポーズ。少し前の僕では考えられない行動だ。
おキヌさんは目を白黒させている。恐らく、照れているんだろう。
そして僕の後ろ、ドアの傍にはハンカチで目元を拭うお婆様が。



『うう、あの恐がりだった英理人がこんなに立派になって。
 恐がりをなくす為に、毎日怪談をしたかいが在ったってものだよ』



はっはっは、嘘こけお婆様。アンタ、絶対楽しんでただけだろう。
そんな身内の発言はさておいて、硬直した彼女に向き直る。
事務所の中心で、今こそ僕は愛を叫ぶ!



「結婚の暁には、是非、百物語フルコースを!
 先週に聞かせられなかった、とっておきの話も満載!
 病院、トンネル、学校の三大スポットは言わずもがな
 日常に潜む恐怖まで語り尽くしましょう!」

『きゃーきゃーきゃー!!!!』

「はっはっは、今夜は寝かせませんよー!
 昔々あるところに、お爺さんが――――――」

「しばかれに来ましたハイ終了ォッ!!!!」



突然に飛んできた靴底が、僕をお空の住人に変えた。
飛び蹴りをかまされたのだと理解したのは
息荒く僕の方を睨みつける少年の姿を見て。
それは、先日のパーティにやって来た芸人君だった。
ぬぅ、僕のプロポーズを邪魔するとは生意気な。
しかし、この僕の横でふよふよ浮いてるお婆様は紛うこと無く現実。
そして、僕の視線の先でちょっと怯えている巫女少女も現実。
愛を経て強くなったネオ僕にとって、幽霊を現実のものと認めるなど造作も無い。
うむ。ということは、論理的に考えて・・・・・・・・・



「そうか、君こそ幻覚か!!!」

「「現実だ阿呆ッ!!!!」」



シンクロしたのは、美神さんと芸人君。
あたかも夫婦のようにナイスなコンビネーションで放たれた一撃により
再び僕は自由の空へ。重力加速度万歳だね、ハハハ。
更に、ついでとばかりに吹っ飛ばされるお婆様。やぁ、こんにちわ。
そして、大地による抱擁を受けるよりも先に。
追撃として投擲された机が、僕の意識を爽やかに刈り取った。








まぁ、思いがけない紆余曲折は在ったものの。
悲喜劇満載の僕の恋愛は、こんな感じで始まった。
あまりに通いつめ過ぎたためか、僕の営業妨害ちっくな行動が父に気付かれ
しこたま殴られた挙句、出入り禁止になったのは言うまでも無い。
それでもなお、あの手この手を尽くそうとしたのも、また言うまでも無い事だろう。



『英理人! 愛とは何かね!?』

「諦めない事さ!!!」

『ならば! 恋とは何かね!?』

「躊躇わない事さ!!!」





「美神さん、殴っていいですかアイツラ」

「トドメはちゃんとさしなさいよ」