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ずっと前から、愛してました

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ある日の午後、横島は逆さまの形で簀巻きとなってぶら下がっていた。



「いきなり捕獲っ!?
 弁護士っ、弁護士の許可をーっ!!!」

「大却下!!!」

「大とまでっ!!?」



いつまでも煩い横島を、強制的に足底が黙らせる。
その類稀なる美脚の持ち主は、怒りに燃える美神令子。
彼女はぐりぐりと憤怒の力を込めて、バンダナを締めた頭を踏みつけながら



「こんな仕打ち程度、当然として受け止めなさい!
 まったく、おキヌちゃんの風呂を覗くなんて!」

「あ、あの、私でしたらそんなに気にしてませんから。
 あまり酷い事はしないであげてください」



美神の後ろで、顔を赤らめたおキヌが何処か控え目に止めようとしている。
横島の覗き。この事務所においては、何時もの事である。
あるいは日課とさえ、言い換えてもいいだろう。
ただ、本日はその被害者がおキヌであったというだけだ。

顔を動かす横島。頭踏まれて痛いからという以上に
足の付け根という名を持つ理想郷の存在を、この目でしかと確かめるために。
もちろん、再度踏まれた。



「へぶしっ、ご、誤解ッスよ!
 いつもどーりに美神さんが一番風呂と思って覗こーとしたら
 運悪く、順番替えたおキヌちゃんが入ってただけで!」

「もっとやっちゃって下さい美神さん」

「味方が消えたっ!!!?」



何故にー、と嘆く女心を致命的に理解できてない馬鹿は
更に何度かストンピングの強襲を喰らった後



「み・・・・・・・・美神さん、少し体重が増え」



その言葉を遺言として、凄いトドメをさされた。
ごきょっとか、めしょっとかいう音は、同じように怒っていたおキヌさえも震撼させた。
そんなやり取りをずっと眺めていたタマモが、嘆息して小さく呟く。



「・・・・・・・・・バカばっか」



彼女が見ていたテレビには、某植物の名前を持つ宇宙戦艦が映っていた。










「たまもー、へるぷー」



散々ボコられた後にも、横島を縛るロープが解かれる事は無かった。
しばらくそのままで反省しなさい、と言い残した美神らは部屋には居ない。
よって、残ったタマモにしか助けを求められなかった。
ちょっと人外の努力で頑張れば、一人でも縄抜け出来そうだが
そこをすぐさま頼るところが横島クオリティ。



「えー、めんどい。
 シロが帰ってくるの待ってたら?」

「アイツは里帰り中じゃぁっ!!!
 今日出たばっかなんだから、どんな早くても明日にならな帰らんわい!
 あ、叫んだせいか頭に血が・・・・・・・・」



言われてみれば、そうだった気もする。
朝方、寂しいで御座るよぅ、とばたばた煩かった事を
タマモは苦々しい顔で思い出した。
その苛立ちを存分に込めて、目の前の簀巻きに向けて狐火を放つ。



「ちょっ、それはちょーっと熱過ぎないかなと意見具し」



ひゅぼぅ、めらめら。
やぁ、火はいいね。心が落ち着く。
放火魔の心境をタマモは危険な方向性で理解しながら、うんうん、と頷いた。
心からの納得と共に、微笑んで言い放つタマモ。



「やっぱ、中華は火力よね」

「誰が中国産かぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



黒こげていた筈の物体が、意思を取り戻して叫ぶ。
その物体、火焼けした横島はちょっと半泣きになりながら



「助けてくれた事には礼を言うが
 せめてもう少し手加減をプリーズ!」

「加減ならしてるじゃない。横島用に力を強めてるわ。
 普通の人だったら、とっくに焼死するくらいに」

「うわぁ、この世で一番嬉しくねぇ俺専用。
 ほらほら、温度というか火力をダウンで」

「ダウンしたいの? いいわよ」

「嗚呼、何処までも曲解出来る日本語の妙っ!?」



頭を抱えてイヤンイヤンと振る姿が、果てしなく情けない。
しかし、横島らしいといえば横島らしい姿でもある。



「だいたい、罪の重さからすれば自業自得でしょーが。
 ホントにトドメさされてないだけ優しいと思いなさい」

「いや、だから間違えただけなんだってば!
 俺かて、おキヌちゃんを覗いたりしたら悪者になるくらい解っとる。
 ちゃんと次からは気をつけな・・・・・・」

「・・・・・・横島。
 いっそ、おキヌちゃんを覗くつもりだったとか言い訳すれば?」

「はっはー、タマモ。幾ら俺でも騙されんぞ。
 それどう聞いても、言い訳になってないだろが」



何処か得意そうな笑みさえ浮かべ、そう返した横島に向けて
やれやれ、という仕草で、タマモは両の手の平を肩まで上げてから首を振り
ついでに無言で横島の分の麦茶を入れてやった後
更には、ぽんぽんと彼の肩まで叩いてやった。なんと優しい。



「なぁ、そこはかとなく馬鹿にされてないか俺?」

「失礼ね。解りやすく馬鹿にしてるわよ」

「なおさらに失礼だっ!!!」



叫びながらもタマモの前に座って、ずずず、と零さないように茶を啜る。
ほふぅ、と息をつく姿は過去にさえ捕われなければ平和そのもの。
同じ仕草で、タマモも自分用の麦茶を飲みながら



「アンタもねー、もうちょっと女心を理解した方がいいわよ。
 ゴキブリに二足歩行望むようなもんだけど」

「いや、結構最近のゴキブリは侮れんぞ。
 だいたい誰がゴキブリか」

「鏡用意した方がいい? 要らない?
 うん、泣かないでいいから。ええい鬱陶しい」



めそめそ泣く高校男子に、ティッシュ箱を投げ付けてから



「とにかく、一応頭が在るなら使いなさい。
 こんな事があるたび毎度毎度、狐火で焼くのも面倒臭いし。
 そうね、ためしに誰かと付き合ってみたら?」

「それが出来たら苦労せんわい!
 あと焼くのは止めてプリーズいつか死ぬから」

「そこは覗きを止めなさいよ。
 シロはどうなの? 付き合う対象として」



例示されて、腕組みをして考え込む横島。
しかし、その表情には照れもなければ情欲も現れていない。
一番近いのは戸惑いだろう。



「うーん、シロが小さいガキだった頃知ってるしなぁ。
 それが無くても散歩散歩と毎日煩いんで
 はっきり言って、女として見てないぞ。
 将来性には期待しとるが」



遠慮の無い横島の言葉に、タマモはそっと内心の涙を拭った。
よく言えば、妹のような女性として見られているわけだが
本人が聞けば、涙を翻しながら夕陽に向けて走り出すだろう。



「おキヌちゃんや美神さんが相手だと本末転倒よね。
 何より、美神さんと付き合う姿、全く想像できないし」

「うう、妄想の世界でさえも幸せになれんのか俺」



世知辛い現実を思い、しくしくと情けなく泣く横島。
実際には妄想しまくってることを考えると、半分以上演技だが。
しつこく泣く彼の姿を、タマモは呆れたように見て



「だから泣かないでってば。
 それじゃ・・・・・・・・・・」



次に口にした言葉は、特に深い考えも無い単なる思い付きだった。
ただ、事務所のメンバーで最後に残ったのが誰か考えて発言しただけ。
その台詞は、口にしてしまうまでは脳裏にさえ浮かんでなかったのだから
まったく話の流れというものは恐ろしい。








「私が貰ってあげよっか?」










解りやすい作り笑いで、自分を指さすタマモ。まさしくスマイル0円。
きょとんとした顔つきになった横島は、彼女の顔をまじまじと見た。
その間、タマモはポーズを変えず、他に喋りだす事も無かった。
いや、よく見れば口元が弾くついてるのが解るだろう。
内心では、『やっちゃった!?』と考えてるのに違いない。
だから彼女の指先がぷるぷる震え、頬が紅潮してきた辺りで



「・・・・・・・・・ぶ、くっくく、ぶわーっははははははははははは!」



とりあえず、横島は爆笑した。



「ちょっとちょっと!
 何で、そこで笑うのよアンタわっ!!?」

「だってさー、貰うだなんて言われちゃ
 まるで俺と結婚するみたいじゃねーか」

「なっ・・・・・・・!?
 ば、馬鹿じゃないの! そういう意味じゃないわよ!
 ただアンタがどーしても誰とも付き合えないっていうなら
 ちょっとは可哀相だし仕方ないから
 私が貧乏くじ引いたげるってだけでしょーが!」

「って、俺自身が貧乏くじかい!」

「似たようなもんでしょ!!」



さらに赤味が増して、タマモの頬はりんごのようにトマトのように。



「でもな、俺にとっちゃタマモもシロみたいなもんだぞ?
 子供っつーか、そーいう対象に考えられないっつーか」

「失礼ね、シロよりは大人よ」

「自分で大人って言ってる間は子供だっての。
 ま、将来の話だったら考えんこともないけどな」



苦笑して、横島はお茶を一啜り。
冷蔵庫で充分に冷やされ、まだまだ冷たさを保っている麦茶。
その冷たさが、少しドキドキしている胸には丁度いい。
すっかり臍を曲げて、赤い顔のままでタマモはそっぽを向く。



「フンだ。将来、私は絶世の美女になるんだから。
 その時は、横島なんか歯牙にも引っ掛けないに決まってるわ」

「そーだな、タマモなら凄い美人になるだろ。
 俺が付き合って下さいとか土下座するくらい」

「残念でした。そんなこと言っても、もー遅いわ。
 ま、そこまでして頼み込むっていうなら考えてあげないこともないけど」

「はは。そんときゃー、絶対俺とゆーヤツはこう言うだろな」



少しイタズラっぽく笑いながら、いつも通りの言葉を口にする。
言われたタマモは少し目を丸くした後、プイと真っ赤になった顔を背けた。
『あれ?』と頬を掻く横島は、やはり女心が解っていないのだろう。
その後は共に無言で茶を飲み合っていたが、居心地が悪いというほどでもない。
珍しい二人きりの昼下がりは、そんな風にして過ぎていった。