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妖の夏

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恰も流動する宝石のように、美しい紺碧を成す海原。
決して留まらざるが故の無形。常に波打つが故の不変。
そのような中に、不自然な澱みが存在する。
怨念が一つ所に集い、群れを成しているのだ。

原因は人間の意志、人の手による結界。
歪められた流れは、新たな歪みを生む。

海は命の源であると言われる事が多い。
だが、命とは生と死の両方を含んでいるのだ。
無数の生に満ち、無数の死に溢れる世界。それこそが海。
その奥底で、数多の悪意が渦巻いていると知る者は少ない。




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はーい、良い子のみんな元気してますかー?

体は魚、頭脳は妖怪なメロウお兄さんでーす。
老若男女貴賎種族の境無く、僕の魅力にみんなはメロメロさ!
まさしくメロウだけにね、ハッハッハッハ!!!
うんごめん、ちょっと調子こいちゃいましたよボク。でも反省はしない。



『ひしゃくをくれー!』

『くけけけけけけけ』



うーん、いい熱気ですね。活気とは言い難い腐り具合がとってもナイス。
『陸』開きが近付いてるせいか、ボクも含めて海のみんなははしゃいでるみたいです。
特に今年なんかは海坊主が、おっと海坊主様が随分と張り切ってます。
様付けしないと怒るんですよねー、あのハゲ。器が小さいというか、何というか。
そんな海坊主様は、ただ今、妖怪や幽霊を集めて無駄に元気に演説中。



『長き時に渡り、我ら妖怪は辛酸を舐め続けてきた!
 だが苦難に満ちた歴史は、この夏に終わりを迎える!
 何故ならば、私が此処に居るからだ!!!
 今年こそ、我らの勝利は確実と言えよう!』



おおー、と皆が片手を挙げてるので、ボクも片手ならぬ片鰭を挙げます。
とはいえ、ボクと同じく雰囲気に釣られただけなのは、この中の何割に該当するやら。
そんな冷めた感想を抱いてるのには、ちゃんと理由があったりするのです。
というのも、ボクはこれで何度目かの『陸』開きになるんですよねー。
ボク達、メロウは人間達には殺しにくいのか捕獲される事が多くって
他の種族に比べると、生き残る確立が遥かに高かったりします。
そんな立場としましては



『ひしゃくをくれー』



一々うるせーぞツルッパゲ。その手に持ってんのは耳掻きかコラ。
おおっと失礼、ついつい本音が。駄目だぞメロウ♪
さて話を元に戻しますと、あんまり真面目に戦争されちゃ、逆に迷惑なんですよね。
GSどもに本気になられたら、ボクの死ぬ可能性が増えるじゃないですか。
え、自分が良ければそれで良いのかって? 他の種族のことなんて知りません。
特に、幽霊達なんかは所詮もともと人間ですし、多過ぎても迷惑ですしねー。



『仮に、私は一人であれば無力であったろう!
 そして君達しかいなければ、それは単純な暴力に過ぎない!
 しかし、ここに智と力の両方が揃った今、恐れるものは何も無い!
 そう――――――君達が居て、僕が居る!!!』



おいコラ、そこのチャー○ー浜。これから浜坊主とか呼ぶぞ。
とはいえ話が長くなりそうだったので、ツッコミもそこそこにボクは歩いて逃げました。
なに、せめて泳げって? 地に足の付いた生き方は大事ですよ?





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好きな飲み物はメローイエロー! 嘘ですが!



無為な喋り場から、無事に逃れられたボクは
趣味の嘘自己紹介を考えながら、のんびりと海中散歩をしておりました。
プロフィールで大法螺吹いとくのは、マスコットキャラの基本ですよね。
近付くお祭り騒ぎに向けて、ともすれば沸き立つこの心。
だからこそ、平常心は大切なのです。びーくーるびーくーる。



『しゃーぎゃぁぁぁぁぁぶげぁっ!?』



途中、通りすがった怪魚がボクを食べようとしたので、ちょっとシメときました。人魚舐めんな。



『・・・・・・あんた、結構強かったのね。意外だわ』



おや、そこに居るのはセイレーンさん。お久しぶりです。
どうも気付かないうちに、随分と遠くまで来てしまったようです。
これはいけないですね。自分で考えてたよりも冷静ではないみたいでした。



『あははー。ボクも大した妖怪ではありませんけど
 魚ごときに遅れは取らないですよー』



おや、何故そんなに微妙な顔を?
そんなセイレーンさんと初めて出会ったのは、この近く。
海底の陰で、膝をかかえてメソメソ泣いてたのを見つけてからの仲なのです。
話を聞いてみると、歌勝負で人間に負けちゃったとか。
鬱入った表情でたっぷり語られましたが、なに負けっぷりでは負けませんよ。
何せ、こちとら毎年負けてますからね。年季というものが違います。
話してるうちに意気投合したボクたちは、たまに会っては近況を報告し合っているのでした。



『もうすぐ『陸』開きなんですけど、どうでしょー?
 セイレーンさんも参加しませんか?』

『悪いけど、止めておくわ。
 私の力じゃ、浜辺だと分が悪いし
 あのハゲの言うこと聞くのもシャクだしね』



最近のボク達の話題は、某ハゲに関する愚痴。
ハゲが誰かは口に出来ませんが、海のハゲだとだけ言っておきましょう。
いえ別に何かされたわけじゃないんですが、偉そうな顔されるとむかつきません?



『やぁ、残念です。
 それじゃ、朗報を待ってて下さいですよー』

『・・・・・・・ねぇ』

『はい?』



神妙な顔つきをしたセイレーンさんは、ボクをじっと見詰めてきます。
うん、なるほど。これはつまり



『お気持ちは嬉しいのですが、愛の告白は受け取れません』

『せんわっ! てか、決め付けんなっ!!!
 そーじゃなくて、怖くないかって聞きたいのよ!』

『怖くないか、ですか?』



セイレーンさん、憮然とした表情になって口篭もっちゃいました。
口ぶりからすると、怖がってるのはセイレーンさんなんでしょうね。
昔の敗北がまだまだトラウマとして残っているんでしょーか。
今度ゆっくりとお話する機会を設けた方が良いかもです。
でも、どうなんでしょー? 言われてみるまで考えもしませんでした。

ボクたち、メロウは他の種族と比べれば確かに死ぬことは少ないです。
でも、少ないだけなんですよね。死ぬ時はあっさり死にます。
更に、今回は海坊主様が采配を取るというあまり歓迎できない事態です。
それならいっそ、参加しないという選択肢もありました。
でもボクはそれを選んでいません。それは何故か?
にぱっ、と笑ったボクはセイレーンさんを心配させないよう、出来るだけ朗らかに答えました。



『楽しいですからー』



呆れた顔をされましたが、それが隠さざる本音です。結局それだけなんですよね。
この『陸』開きはお祭り騒ぎ。みんな一緒に浜辺を目指す運動会。人間を相手にした陣取り合戦なのです。
今年はちょっとばかり毛色が違いますが、やること自体が変わった訳でもありません。
去年まで続けてた事を、今年であっさり放り投げるのもなんですしね。
ここ数年で、ロクドーだかオダムドーだかいう人間とも顔見知りになりましたし。
もっとも、向こうはボクがボクと気付いてないかもしれませんけど。



『楽しい、ね・・・・・・・
 残念だけど、私には解らないわ』

『無理しなくてもいいと思いますよー。
 でも負けちゃったら、慰めてくれると嬉しいです』



てへっ、と媚びを売っておくことは忘れません。マスコットとして。
セイレーンさんも笑ってくれたので、きっと間違いじゃなかったと思います。




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ボクの本名はメローネ!
スタンド名はベイビーフェイス! 出身はイタリアさ!
勿論大嘘です。どれくらい通じるのか疑問ですが。





さてさて、そんなわけで当日。

既に『陸』開きは始まっております。
多くの幽霊が海中、海上から姿を消しています。
でも、ボク達は待機中。出番待ちなのですファッキン。
去年までは自由に動けたものですが、今年だとそれは許されません。
コマンド部隊として動くのに、別の楽しさがあるのは否定しませんけど。
とはいえ、第一波が行ってから結構経つので、そろそろお呼びがかかるかもです。



『ワシら、真っ直ぐは生きていられん身じゃけんのぅ!
 GSどもにカニの生き様見せ付けたれやぁ!』

『『『おう!!!』』』



ボクら、メロウと同じくコマンド部隊に配置された平家ガニたちが結束を高めてます。
でもチームワークはともかくとして、一匹一匹はさほど強くないので
死に様、あるいは逝き様を見せるよーなハメにならないといいのですが。
そしてメロウ側も負けてはいません。士気は充分、気合もばっちり。



『ボク、この戦いが終わったら田舎に帰ろうと思うんです。
 GSを一人でもやっつけて、故郷に錦を飾ろうかなって』



あー・・・・・・立派な死亡フラグを立てている、そこの君。
ぷすっ、と空中でボウガンに刺されてる君の姿が脳裏に浮かんだのは夏の幻とでも思いたい。



『射出準備!』



などとやっている間に、どうやら出番が回ってきたようです。
忙しなく動くボク達は、予め個々に決められた位置へと移動します。
そこから弾丸よろしく発射されるのです。レッツカミカゼ!

出撃の時を待ちながら、ボクは何となく今に思いを馳せておりました。
実のところ、この戦いは勝利も敗北も全体的には同じ価値。
ボクたちの総数が減るか、ボクたちが生きる場所を広げるか。
自分の生死を別とすれば、たったそれだけの違いに過ぎません。
でも勝負なんだから、勝たなきゃ詰まらないですよね。
少なくとも、勝とうとしなきゃ楽しめません。
だから、勝率を高めるという点では、海坊主様に期待してたりもするのです。
少なくとも、その点に限っては間違えたことやってませんしね。
ただ、余計なことしてんじゃねー、というのもやっぱり本音だったりするのが難しいところ。
矛盾した考えかもしれませんけど、妖怪だって複雑なんですよ。



『コマンド出動ーーーーーーっ!!!!』



海坊主様の掛け声で、ボク達は空高くへと打ち上げられます。
GSの後ろ側へと落ちて、撹乱しようという寸法です。
随分高くへと来たおかげで戦況を一望できます。見よ、人がゴミのようだ!
・・・・・あれ、今ボクも要らんフラグ立てたよーな気が?

それはさておき、空から見下ろす海というのも乙なものです。
海中に居ては見えない波形、水中下では感じられない風。
星々が散りばめられた夏の空が、海へと映し出されています。
海と空とを隔てる境界は、夜によって埋められておりました。
そんな感慨も、飛ばされたボクが頂点へと達するまでの一瞬。
動きが急降下へと変じるのを感じつつ、全てを胸の奥へと仕舞いこみました。




さぁ、行くぞー!!!!




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負けましたー










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好きな番組は昼メロ!
好きな音楽は夏メロ!
将来の夢は、何を隠そうカリメロさ!

ごめん、さすがに無理があると思った。
とりあえず落ち着こうボク。



海坊主様がやられたことで、今年もボク達の負けでした。
でも、その瞬間まではこちらに有利だったことを思うと
ボクが考えてた以上に海坊主様は優秀だったのかもしれないです。
邪険にし過ぎたかなぁ、と反省かつ哀悼の意を示しつつ
人間の代表とボクとで、毎年恒例のご挨拶。



『じゃ、ボクたち撤退しますー』

「は~~~い、また来年ね~~~~~」



そして、ボク達が海へと帰ろうとした時
沖から帰ってきたと見られる男がルパンダイブ。



「おおっ、浜辺に打ち上げられたかのよーな女子高生の山が!
 これは一仕事終えた俺へのご褒美としかーーーーーーぶべらっ!!?」



おお、ボクらが空に飛んだ時のよーな美しい放物線が。
そして着水。あの、ボクが言うのも何ですが死にませんか彼?
大丈夫ですかそうですか。いえそれで良いのなら別に言うこと無いんですが。
溺死でもしてくれれば、こちらとしては来年の戦力も増えてありがたいですし。



何はともあれ、こうしてボク達の夏は一つの終わりを迎えたのでした。







なお風の噂によると、海へと投げ込まれた男は無事に海岸へと流れ着いたそうです、まる