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天の国を見上げて

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(・・・・・・天国は、何処に在るのでござろう?)



石の塊を眼前に見据えながら、シロは一人想う。
背を反らすようにして視線を上げ、何かを探すように目を細めた。
秋晴れの空には薄く雲が広がり、静かに吹く風と共に流れて行く。
澄み渡る蒼はただ綺麗で、世界を包み込もうと何処までも広がるようで

――――――――――けれど、それだけだった。
天を仰いだ所で、当たり前だがそこに国など見えはしない。
平然と佇み続ける、落ち着いた空が瞳に映るだけ。





(父上は、天国に居るのでござるか?)





けれど、シロは其処に父の顔を見た。
もはや二度と見る事は叶わない、けれど色褪せもしない、己に向けられた笑顔。
それを一笑に付す事も出来るだろう。所詮は幻視に過ぎないと。
だが、シロは空に向けて笑顔を返した。歪みの無い意志を込めて。

秋の風が、彼女に軽く吹き付けた。
それは、まるで返答のようでもあり。
だから――――――――シロは再び笑顔を零す。





(人間以外も・・・・・・皆が皆、同じ天国に行けたなら)





いずれ逝き付く先は、同じなのだろうか。
それとも、種族によって色々な天国が在るのだろうか。
あるいは、人間以外に天国が無いのなら、それは一番寂しい事だ。
でも、死の先ですらも皆と一緒に居られるのなら





(それは、とても、とても幸福な事なのでござろうな―――――――――)





生きる事が楽しい今、望んで死ぬ気などは無いが
それでも、そう思うだけで心の何処かが湧いてくる。
一旦離れたとしても、何時か会える。それを信じられるから。
説教されるのだって悪くは無いだろう。少しくらいなら、あくまで少しくらいなら。
そこまで考えた所で笑みを苦笑に変え、再び石の塊―――――墓へと視線を戻した。
微かな寂しさを視線に込めて、シロは口を開く。





「だから、あまり父上には拙者の失敗は言わない下され。
 ――――――――――マーロウ殿」





それは彼女が先生と慕う少年以外で、血族以外で教えを授かった唯一の相手。
大往生の果てに、今は大地の中で静かに眠り続けている。
天国が在るのなら、きっと父と語り合っている事だろう。
己が愛娘を、不肖の弟子を酒の肴にでもして。
シロの視線は再び空へ。その姿を見られる事を期待して。
だけど、その想いは叶わない。
涙の滲んだその瞳では、もう空の蒼さえ解りはしなかった。