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もーいいかい

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それは何処にも無かった記憶。

それは何時でもなかった思い出。









もーいいかい まーだだよ もーいいかい まーだだよ



幾つも聞える幼い声音。
それは自分と、みんなの声で。
壁で跳ねてはこだまして、家の内へと響いて渡る。
大きな声で呼びかけたなら、ちゃんと答えも大きな声で。
みんなの姿は見えないけれど、みんなが居るってことなら解る。
結構大きな家の中、繰り返されてる合言葉、誰でも知ってる身近なフレーズ。




もーいいかい まーだだよ

もーいいかい まーだだよ




声を聞くたび、声かけるたび
わくわくしている感覚が、ちょっとずつ胸に溢れ出し。
次第に口元緩んできては、恥かしくなり手で隠す。
この気持ち、サンタさんを待つのに似てるかも。
あるいはお祭り前日の、布団に入って眠る時。
心で呟く、もう少し。次第に笑顔も隠さずに。
もうすぐ着ける、始まりの時。
もうすぐ始まる、遊びの時間。



もーいいかい

もーいいよ



その声がスタート合図。
鳳仙花でも弾けるように、クラッカーでも鳴らしたように。
伏せていた顔上げてから、近くの部屋へと飛び込んだ。





さぁ、あそぼう







【春眠暁を覚えず】







場所は家の中限定。
外まで含めてしまっては、探すにちょいと広過ぎる。
限られている範囲とはいえ、隠れる場所には事欠かない。
部屋数だけでも結構多く、隠れるために充分な隙間だけでも数多い。
とはいえこの身は遊びの鬼役、諦めなんて二文字は無い。鬼の辞書に在ったら困る。

さてさて、みんなは何処だろう。










最初に見つけた部屋の中。
捕獲相手の第一号。

小さな部屋の隅っこに、西洋鎧がでんと立ち。
鎧の隙間の腰辺り、ぴょこんと生えた可愛い尻尾。
頭隠して尻隠し、けれど出ているその尻尾。
わざと足音立てながら、そちらの方へと近付くと
見つかる事に怯えてるのか、ビクビク震えるその尻尾。
それが何とも滑稽で、忍び笑いを噛み殺す。
抜き足差し足忍び足、小悪魔気分で近くへ行って
鎧姿の可愛いワンコ、指さし捕獲の宣言を。





シロちゃん みーつけた







ぱたぱたぱたと廊下を走る。
転ばないよう気をつけて。

次に見つけた台所。
捕縛相手の第二号。

冷蔵庫の中見てみては、さすがに居ないと首を振り。
テーブルの下を見てみては、見渡し良すぎと首捻り。
そうして入った視界の隅に、微かに入る金の輝き。
頭隠して尻隠し、更に尻尾も無いけれど
家具と家具との隙間から、特徴的な髪型の先っぽ少しのぞいてる。
特徴的な九尾の髪型、そのボリュームには神父も涙。
危なく見落とす所だと、ほっと一息、胸撫で下ろし
観念したのか身じろぐ髪に、元気一杯の掛け声を。




タマモちゃん みーつけた








ぱたぱたぱたと階段上る。
滑らないよう気をつけて。

屋根裏部屋で見つけた二人。
警戒の無さにこちらがびっくり。

最初にそれを見つけた時に、ふと浮かんだのはこの思い。何の罠かと。
一つのベッドがふたこぶらくだ。それで隠れたつもりだろうか。
内からシーツを盛り上げる、こんもり二つの小さな膨らみ。
おずおずベッドに近付いて、そっとシーツを捲り上げ
そうして見つける二人の寝顔。何とも心地良さげな微笑み。
鬼を待っているうちに、睡魔に負けたかすやすやぐぅぐぅ。
呆れた風に苦笑を浮かべ、けれど胸の奥では暖かく
起さぬようにシーツを戻し、呟き声で伝えた言葉。




おキヌちゃん れーこちゃん みーつけた











ぱたぱたぱたと廊下を歩く
ぱたぱたぱたと階段下りる

夕焼け空が向こうに見える、薄暗がりの窓の中
ずっと探し続けてた、最後の一人を見つけ出す

日の落ちた街を外にして、鏡となった窓ガラス。
映るは自分の筈だけど、自分じゃ在り得ぬ顔を見る。
一つ一つを思い出す。在り得なかった遊びの時間。
この家の中で遊ぶだなんて、かくれんぼをしてるだなんて。
他でもない、誰でもない。自分だけは叶わぬ願い。
胸に宿るは仄かな寂しさ。遊びの終わりを知ったから。
そんな風に感じられるのは、楽しい時間があったから。
別れの言葉を告げるよう、静かに抑えた声色で
今この時を惜しみながらも、微笑み浮かべて呟いた。
鏡の向こうのあなたに向けて、最後の言葉を呟いた。






「横島さん みーつけた」







―――――――――――――









春の陽気に誘われたのか、事務所の皆は夢見の模様。

横島、おキヌ、シロ、タマモ。珍しい事に美神も含め。

この暖かな空気に触れては、妖精さえも昼寝の心地。

そうして一人、一足先に目覚めたあなた、誰とも無しに呟いた。

踊るように楽しげに風に吹かれて舞い踊る、桜の花びら見詰めながら




『・・・・・・春ですね』