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再開と別れ

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これが夢だという認識を覚えたのは、視界を得てすぐのことだった。
深く考えるまでも無い。思考に時間をかける必要が無い。
ミニ四駆がミニじゃなければ、そりゃ夢だろう。
目の前の、大人でも乗れそうなミニ四駆を前にして
忘我の縁に立っているかのような思いのままに、夢現の今を自覚する。
きっと誰かが見れば、自分は呆れたような顔をしているのだろう。
声も出せずに、ただぼんやりと目の前のミニじゃないミニ四区を見詰めていた。



こんな夢を見るのは、久方ぶりにミニ四駆に触れたからだろうか。
手を伸ばせば触れられる距離にあるのは、確かにプテラノドンX。
今となってしまっては、何処に行ったのかも定かではない玩具。
無くしたことにも気付かず、存在さえも遠い記憶に置いてきてしまっていた。
そんなものだろう。子供の頃の持ち物を取っておくほど、自分は殊勝な性格ではない。
きっと未だに思い出すことも出来ないものも、沢山在るに違いない。
ただ、プテラノドンXの思い出はちゃんとある、というよりは思い出した。
仕方ないことだと心の何処かで諦めながら、薄情だよな、と今更に思う。
それを助長するように、胸には忘却の悔いではなく懐かしさばかりが浮かんできた。
子供だった自分は、遠い昔にコイツを無くしてしまったのだろう。
けれど、確かに残されたものも在った。
一緒に過ごした時間だけは、何時になろうとも変わらない。
時を経るにつれて、思い出が色褪せてしまった事実は否めなくとも
その頃の、楽しんでいた記憶ばかりが浮かんで仕方が無いのだから。
あるいは、色褪せたのは過去ではなく自分の方かもしれなかった。

ふと記憶の端を掠めるのは、過去に在った除霊のこと。
美神さんのモガちゃん人形は、人間で人形遊びをしようとしていた。
なら、コイツが望むのは何だろう。人間にレースでもさせるのか。
様々なユニフォームに身を包んだ少年達の徒競走。
それを見詰めて歓声を挙げるミニ四駆の群れ。
器用に二足歩行となったミニ四駆は、まるで立ち上がった虫が腹を見せているかのようで。
思わず軽い目眩を覚えたのは、己の想像力の稚拙さ故か。



気付けば。
外から見るのと内から見るのと。視界が二重写しとなっている。
不思議な感覚だったが、夢と思えばそれも自然と受け入れられた。
ミニ四駆を眺めている自分がいて、ミニ四駆の中に居る自分がいて。
今の自分、過去の自分。バンダナを付けた自分、帽子を被った自分。
そして、そのどちらも紛れも無い自分自身だと理解していた。

何をしたかったのか。
自分なら何をしたいと思うのか。
抜けるような青空、ギャラリーの歓声。
眼前に控えたコース、告げられるレースの始まり。
ずっと忘れていた、少年の頃の自分が蘇る。
走らせる前に、心の中で囁いた言葉。



さぁ、走り出そう。
お前は誰にも負けやしない。
俺達は、誰よりも速いんだから。




―――――――けれど。

少年の自分が、今の時間へと戻ってくる。
まだまだ大人だとは思えないけれど
もう、子供だとは言えないから。
気付いてみれば、此処まで歩いて来た。
楽しさだけが全てだった時間はもう昔。
本当は、ほとんど変わっていないのかもしれないけれど
小学生の依頼が飛び込んでくるまで、コイツを思い出しもしなかった以上
多かれ少なかれ、やはり変わってしまったんだろう。
それは生きている以上、当たり前で当然でしかなくて
かといって時間のせいにするほど、大袈裟な代物じゃないけれど。
この夢は過去に置き忘れていたものを、少しの間拾い上げただけ。
悲しみと言うには安らいだ、寂しさにも似た懐旧の念。
足を縛ろうとする感情に抗いながら、後ろに立つ。



そうしてお互いに、背を向け合って。

ミニ四駆は、何処かに在った過去へと走り出した。

俺は、何処にも無い未来へと歩き出す。




背中で聞くモーター音と走行音。
最速を担う音は、風のような勢いで遠ざかる。
足を止める代わりに、振り返って見る代わりに。
ゆっくりと歩き続けながら、ただ片手を挙げた。

馬鹿な俺が出来た、最後の挨拶。
想いを言葉にするのは難しいから。
今はもう居ない、俺の相棒に向けて。