本日 2 人 - 昨日 73 人 - 累計 182534 人

小鳩とキツネ

  1. HOME >
  2. 創作2 >
  3. 小鳩とキツネ



目の前にあるのは、アパートの扉。
この中には、あの男が居るのだろう。
ひょっとしたら、あの少女も一緒にいるかもしれない。
きっと、あの二人は番なのだろうから。

しばしの逡巡の後、先ほど摘んできた草を懐から出した。
昔、煎じて呑むことで風邪薬として使われていたものだ。
道端に生えていたものだけど、別に問題無いだろう。洗ったし。

さて、どこに置いておこうか。
扉の前に置いたら、開けた時に飛び散るだろうか。
かといって、手すりに置けば風で落ちる可能性がある。
ならばと離れた所に置いたら、気付かれないという最悪のパターン。

むぅ、意外にこれは難問ね。
さっさと、何処かに適当な場所にでも置いて
こんな所からは、おさらばしたいのに・・・・・・・・・・





「あのぉ・・・・・・・・・・横島さんに御用ですか?」



びっくぅ!!!!



飛び上がって驚く私。今は消しているが、尻尾があれば逆立っていただろう。
慌てて振り向いてみると、そこにはドアを開けて此方を見ている少女がいた。
髪を三編みで二つにくくり、垂れ目気味。胸は大人しい外見に似合わずでかい。
敵意は無いようだけれど、問い掛けるような目線を送ってくる。
むぅ、この男の隣に住んでいる人間か。
困った、名を知っているという事は面識が在るとみていいだろう。
別にすぐさま逃げればよかったのだけど、何となくタイミングを外してしまった。

けれど、私はかつて人の世を荒らした金毛白面九尾の生まれ変り。
こんな人畜無害そうな少女一人をかわすなど造作も無い。
幻覚を使えばそれでいい話なのだけど
こんな少女に力を使うなんて、私の沽券に関わる。
咄嗟の事に忘れてたわけではない。ええ、断じて。

さぁ、頑張れ私の脳細胞!
上手く切り抜けられるだけの言い訳を放つのだ!









「―――――――――初めまして、妖精です。春を届けに来ました」








微笑む私、固まる少女、少女の後ろでスッ転んでいる謎生物。
そして訪れた沈黙はとてもとても痛いくて寒いものでしたまる
・・・・・・・・・・さようなら過去の私。













「タマモちゃん、っていうんですか」



うるさい、黙れ、優しい目を向けるな。
膝を抱えるようにして、顔を両膝に押し付ける。
今居る場所は、私に話し掛けてくる少女の部屋。その片隅。
外はまだ寒いだろうからと、少々強引に連れ込まれたのだ。
これが男なら、迷う事無く狐火で焼き尽くしていたところだが
この少女のように、完全に善意のみで誘われると断り辛い。
外見からの予想と外れて、押しが強かった事もある。
あとは・・・・・・・・・・まぁ、バツが悪かったというか。
まだコケたままの謎物体が気になったりもするけれど
先ほどやらかした愚行の余り、顔を上げる事もできやしない。
それでも、少女は構わずに話を続けようとするので
ついつい私も返してしまい、会話自体は成り立っていたのだけど。




「風邪薬を取ってきてくれるなんて、タマモちゃんは優しいんですね」



ンなわけないでしょう。あと、ちゃん付けすんな。
これは私のプライドの問題。
助けられた分の借りを返さないと、気がすまなかっただけ。
私のせいで風邪をひいたから、ってのじゃない。絶対に無い。
そんな風に懇切丁寧に否定しても、この少女はただ笑っていた。
最初は馬鹿にされてるのかと思ったけど、そうでもないらしい。
この子は、本当に嬉しそうに笑っていたから。
・・・・・・・・・・・人間って、変。





そうして暫くの間、どうでもいいような話をした。



油揚げが好きだというと、いなり寿司を持ってきてくれた。
ばいと、というので余り物を貰ったらしい。
余り物と聞いた瞬間、生まれ変ってから最大級の怒りに駆られた。
いなり寿司を余り物だなんて万死に値する!
よって、人間は最低というのは決定事項!!
でもこの子はいなり寿司をくれたので許す、以上!!!
まとめると、そんな感じで彼女に向けて説教した。
はむはむ、といなり寿司を摘みながら。


ばいと、というのでいなり寿司を貰えるのか、と聞いてみたら
どうやら、労働と賃金とを引き換えにしているらしい。
とすると、このいなり寿司は賃金の換わりに貰った物なのだろう。
ふむ、なるほど。前世から引き継いだ金は使えるようで一安心。
これで金が使えない世になってたら、勿体無い事この上ない。
すると『お金って知ってる?』なんて聞いてきたので、説教再開。
そこらの獣と一緒にされては困る。
私は、変化の力によって人の世を生き続けた妖狐なのだから。
生まれ変ったばかりで、前世の知識なんてほとんど無いけど。


きつねうどんやいなり寿司といった、油揚げを使った料理が
大衆食堂などでも食べれると聞き、更に私の顔は綻んだ。
良かった、世界はまだまだ価値がある。
・・・・・・・しかし、ちょっと調子に乗り過ぎた。
油揚げに拘り過ぎたためか、狐の妖であると気付かれたのだ。
マズイ、この少女から私の情報が漏れたら命に関わる。
どうする・・・・・・・・・・・・・・・・殺すか?
言葉を止め、いつの間にか上げていた顔を伏せて黙考する。
いや、考える必要など無い筈だ。
我が身の安全を考えたら、答えなどとうに出ている。
あるいは、別に殺す必要までは無い。
今までの時間が、全て夢だったと思わせればいいのだ。
無言のままに決意して、顔を再び上げ肯定の返事。



「そうよ。私は狐。金毛白面九尾の妖狐。
 九尾の狐っていった方が解りやすいかしら?」



驚きに目を見開き、私をまじまじと見詰める少女。
どうやら私が何物なのか知っている、となると
なおさら長居はまずそうね。
それじゃ、お暇しますか。
軽く腰を浮かして、幻術を使おうとし
――――――――――そして、それを制するように
ぱちん、と胸の前で手を叩いた少女が笑顔を向けてきた。
名は体を表すというか、まるで花のような笑顔。



「タマモちゃんは、キツネさんなんですね。
 じゃぁ、ちょっと待っててくれます?
 いなり寿司と一緒に、油揚げもたくさん貰ってたんですよ」



持ってきますねー、と言って立ち上がり、ぱたぱたと台所へ走って行く少女。
座ったままに、私は遠ざかる少女の後姿を見ていた。
・・・・・・・・・答えなんて、とうに出ている。










油揚げを手にして帰ってきた少女に、私が返したのは無言。
少女の浮かべていた微笑が、きょとんとした表情に変わる。
そんな変化に、まるで気付いていないかのように
私は顔を伏せたまま、ぼそぼそとした声で呟いた。



「・・・・・・・・・・私の事は、誰にも言わないで」



――――――――――きっと、この答えは正解じゃない。

生まれ変ったばかりの私を追い立てた。
危険だからと、私が弱いうちに殺そうとした。
私という存在を、前世もろとも否定した。
だから人間は信用出来ない。出来る筈が無い。

きっと正しい解答は他にある。
でも、これが私の選んだ答え。
たとえ正解じゃなくても、私自身の選んだ答え。

それにこの答えは―――――――――――









「理由は・・・・・・・聞かない方がいいですよね。
 解りました、約束します。タマモちゃんはお友達ですから」










―――――――――きっと、間違いなんかじゃない。



微笑みながら頷く少女を見て、その思いを深くする。
・・・・・・・・・・・でも、ちょっとだけ予想外。
そんなに簡単に友達とか言っちゃっていいの?
私が言う事でもないけど、もうちょっと危機感を持った方がいいと思う。
ほら、謎物質も後ろで大きく首を振ってるし。後で燃やそう。

まぁ、とはいえ、嬉しくないというわけでもなく
私は目の前の少女に―――――――――――いや



「ありがとう」



友達に向けて感謝を返した。
きっと赤らんでいるだろう顔は背けながら。











楽しかろうが、楽しくなかろうが、時間は等しい長さで過ぎて行く。
小さな欠伸を噛み殺した時点で、潮時と考えた私はすぐに彼女と別れた。
別れ際に紙を一枚貰って、それを置手紙とする。
書きつける文章の内容は私が考えたが、書く事自体は代わって貰った。



『せんじてのめ。カゼ薬だ。』



馬鹿にも解るように、と簡潔極まる文章。
それ以上何かを書く必要も無い。どうせ、もう会う事も無いだろう。
そう口にすると、少女は少し表情を暗くして俯いた。
そんな彼女に私は無言で背を向けた。
礼の言葉も、別れの言葉も告げた。
ならば、これ以上は本当に無駄な時間。

最後に、念を入れてちゃいむという奴を押して夜空に飛び立つ。
これで、あの男はすぐに気付ける筈だ。
夜空の中を駆け上りながら、私は軽く首だけを後ろに向けた。
視界に入ったのは、こちらに向けて手を振る少女の姿。
すぐに顔を元に戻す。手を振り返したりもしない。
もう会わないならば、未練など残さない方がいい。










そんな感じで過ぎた、ほんの少しだけの安息を
夜空を飛びながら私は思い返していた。
祭りでもないだろうに、いくつもの光に満ちている夜。
その数多な光の上を、私は変化の術を駆使して飛び越えている。
足下を過ぎ去って行く街の灯りの群れと同様に
彼女と過ごした思い出も、すぐに過去となるのだろう。
何でもない、思い返すことすらない、単なる過去の一部と化すのだろう。



けれど――――――――――もし
もし、万が一、再び会う機会に恵まれたなら
その時にこそ、彼女の名を呼ぼう
ひまわりのような笑顔を持つ
暖かな彼女に相応しい
優しくも可愛らしき鳥の名を