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大嫌いな大好き

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横島忠夫は、うたた寝から目を覚ました。
先ほどまで、夢を見ていた事は覚えている。
けれど、その内容までは思い出せない。
いい夢だった事は確かだ。
そもそも、目を覚ましたのは自分のこんな叫びによるのだから。



「こうなったら、いっそのことおキヌちゃんでーーーーーっ!!!」



叫びながら跳ね起きて、喜びと共に周囲を見渡す。
何の変哲も無い事務所の一室。

現在の状況を確認した後
夢か、とため息と共に失望を感じ
どんな夢だったのか、と思い返そうとして
その全てが一瞬で頭から吹き飛び、
代わりに頭を占めるのは無数の言い訳。

菩薩の如き微笑み、夜叉の如きオーラ。
そんな相反する二つを身に纏った少女。

氷室キヌが、すぐ傍に――――――――










――――――――すぐ傍にいてくれた。どんな時にも、いつだって。

あの時だってそう。
二人して落とし穴に落ちた時。
怪我をして、迷惑をかけてしまった時。

足手まといにならないって決めたばっかりだったのに
結局、足を引っ張ってばかりで、何も出来ない自分の無力さが悔しかった。
でも・・・・・・



『おキヌちゃん、心霊治療も出来るんだよな』
『そんな強力じゃないですけど・・・・・・
 どうです?少しはマシですか?』
『おーっ、けっこー効く効く!
 ホラ、おキヌちゃんがいてよかったろ?』



その言葉にどれだけ救われたのか、きっと彼は知らないだろう。
その言葉がどれだけ嬉しかったのか、きっと彼は気付かないだろう。

他でもない、彼が認めてくれた。
ここにいてもいいんだ、と。
とても朴念仁で、とても鈍感で
それでも・・・・・・そんな彼が、大好きで。

こちらへと向けられたあけすけな微笑み。
胸が切なく締め付けられる。

微笑に秘められているのは、心に染み渡る程の優しさ―――――――――










―――――――優しさを感じる微笑。普段は、だが。

微笑みのままで、全く表情を変えようとしない今は、
彼女の表情からは、優しさなど微塵も感じられない。
いうなれば、嵐の前の静けさ、といった所だ。

決して急ぐ事無く、近づいてくる彼女から、
遠ざかるように、横島は後退りをしていた。
彼女は無言。
だからこそ、恐い。

一歩、おキヌが前に歩めば、
半歩、横島が後ろにさがる。

二人とも、ゆっくりとした動きで
それでも、少しずつ縮まり続ける二人の距離。
そして、そう長い時間もかからず、
横島の背は、部屋の壁に突き当たった。

無言のまま、静かに身を寄せて――――――――










――――――――身を寄せて、小さな声での告白。

丁度、二人きりだったから。
暗闇の中という雰囲気にもまかせて。
状況を考えると、とても不謹慎だったのかもしれないけれど。

なけなしの勇気を振り絞った『・・・・・・大好き』
でも・・・・・・



『こーなったらもーおキヌちゃんでいこう!』
『・・・・・・こーなったらもぉ?でいこぅっ!?』
『あ・・・・・・声に出てた!?』



その言葉がどれだけ辛かったのか、彼には一生わからないだろう。
まるで仕方なく自分を選んだかのような言葉。

煩悩にまみれて、欲望にまみれて
そんな彼が・・・・・・大嫌い。
それでこそ彼なのだと、分ってはいるのだけれど・・・・・・

衝動が心を駆け巡り、溢れそうになった涙。
裏切られたような気持ちで、胸が一杯になって

身体が止めようもなく震え――――――――










――――――――震え続ける横島。涙目にすらなりつつ。

その震えは、おキヌにもよく見えることだろう。
もう手を伸ばせば、容易に触れられる距離にいるのだから。

全身で表している感情。
その感情は紛れも無く、恐怖。
一縷の望みをかけ、横島は口を開いた。



「え、えと・・・・・・許して・・・駄目?」
「駄目です。許しません」



即答。

同時に微笑が消え失せ、厳しい表情へと移り変わる。
冷たいおキヌの瞳は、怯えの滲む瞳を見つめた。
眼光に射すくめられた横島に出来たのは、その場に立ち尽くす事だけ。
まるで、蛇に睨まれた蛙のように。

覚悟を決めて、横島は強く目を瞑る。
おキヌを怒らせ、許しを得られず、非は全て自分にある。
ここまで揃ったならば、これ以上逃げるのは許されない。
更に歯を食いしばって、遠からず頬を襲うだろう衝撃に備えた。
一発で済んでくれると嬉しいなぁ、などと考えながら。

そして、振り上げられる右手――――――――










――――――――右手を振り上げ、何の邪魔も無く頬へ。

けれど、勢いも無く、衝撃も無く
ただ静かに、手のひらを彼の頬へと添える。
続いて左手も上げて、同じように頬へと。
手に力を込めずに、その姿勢で一先ず動きを止めた。
ちょうど、両手で両頬を包み込む姿勢。

直に、手から伝わってくる震え。
彼の情けなさを示す証。
でも、今ならはっきり言える。
私は、そんな彼も含めて・・・・・・・

ゆっくりと、顔を近付けた。
高鳴る鼓動を抑えながら。

いぶかしんだ彼が薄目を開けた時には
もう、吐息が触れそうな程の距離。
彼はもう震えてはいない。
代わりに、私の体が小さく震え出している。
けれど、動きを止めはしなかった。



開く彼の瞳に応ずるように、自分の瞳を閉じて行く。

目を閉じきる前に感じた、柔らかくて暖かい感触。

重ねられた唇を通して、伝わって欲しい気持ち。





その想いの名前は――――――――