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惚れ薬

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  3. 惚れ薬
母から送られた食料品に混じっていた一粒の飴玉
訝しく思うも、横島は興味を刺激されそれを食べてしまう
しかし、それは間違えて送られてきた強力な惚れ薬だった!
効果が出るのは12時間後から
効果が消えるのは効き始めて24時間後
その間に顔を見た相手、それが誰だろうと容赦なく惚れてしまう事に恐怖する横島
学校を休むという選択肢は、母に完全却下されてしまった

退路を失った横島
こうなったら、と誰のことも見ないようにバンダナで目隠しをして一日を乗り切る決意を固める
ピート、タイガーにも連絡し、協力の意を得た
同じクラスの奴らには、先に注意しておけば危険はある程度回避できるだろう

さあ、横島は誰にも惚れることなく一日を過ごす事ができるか!?(たぶん無理っぽい)






バンダナで目隠しをしたままの横島が事務所のソファーに座っている
しかしその姿はどことなく憔悴しており、生気が感じられない
その理由は学校で起こった出来事にある。



惚れ薬云々という点について、大半の生徒たちが横島の状況を理解した
もともとオカルト現象に耐性が出来ているやつらばかりなので話は早い
だったら学校来んな、という意見も出ていたのだが、出席日数の問題もあり、
さらに横島母から電話があったことを知ると教師陣はあっさり横島の登校を承諾した

しかし、状況が良くなったからといって問題が解決したわけではない



何も見る事が出来ない為に普段以上の睡魔に襲われてしまい、起こそうとした教師の顔を見そうになったり
(愛子に、後頭部をつかまれ、机に顔面叩きつけられて事なきを得た)

体育でバンダナが取れそうになった時、ピート、タイガーを含む男子生徒全員が全力で横島から顔を隠したり
(何故か女生徒には隠そうとしなかった者も何人かいたのだが、横島はソレを『見て』いない)

一緒に帰ろうと教室にやって来た小鳩の前で『偶然』バンダナが外れそうになったり
(男子生徒が横島を地に沈めた。一部の女子は小鳩嬢を睨み付け、小鳩嬢は軽く舌を出してたりする)



などなどの面白イベント満載であり、何とか切り抜けられたとはいえ決して楽なことではなかった。
全く周囲の状況がわからないということもあり、かなりの疲労が溜まったのである。

下校中に伝えられた美神さんからの呼び出しが止めだった。
『あんた、今日はひのめの面倒見るって言ってたでしょうが!とっとと事務所に来なさい!』
この呼び出しに、ピート、タイガー、横島は抗う術がなかった。

そして今に至る。













惚れ薬に間する出来事
それは、当然、美神親子の耳にも入っていた




「何言ってんのよ、ママ!アイツの現状知ってるでしょーが、休ませるに決まってるでしょ!!
 そんな危険人物、近くにいられたらたまったもんじゃないわ!!!」

「ちゃんと目隠しをしてるんでしょう、大丈夫よ。それに、私が言うのもなんだけど、ひのめの面倒はどうするの?
 以前、横島君が来なくて大変だったって、私に愚痴をこぼしてたのを忘れたのかしら」

「うっ・・・・・・!」

「それに、横島君は美神除霊事務所のバイトとして、今では結構有名だし。
 もし、女性に迫って捕まりでもしたら、事務所の評判落ちる事間違い無しよ。
 いいえ、ひょっとしたら男性に惚れちゃうことだって考えられるわよ、幼児、老人だと更に問題があるし。
 最悪、動物や昆虫と目が合ったときには・・・」

「あーーーっ!もう、わかったわよ!横島君を隔離しとけばいーんでしょーが!」






「ったくあの馬鹿横島はーーーっ!全然成長してないじゃないの!」
苛立ち混じりの独り言を呟きながら、電話番号をプッシュしている
(ちなみに横島は携帯を所有している、急な仕事などで連絡をとる必要があるからである)

呼び出し音が途切れたその瞬間、美神令子は勢いに任せて怒鳴りつけた
「あんた、今日はひのめの面倒見るって言ってたでしょうが!とっとと事務所に来なさい!」






受話器を置いて、軽く微笑む



「これでよし、と。
 横島君は、学校が終わったらすぐさま帰宅して、そのまま引きこもっておくつもりだったんでしょうけど、
 それだと誰かがやって来る可能性はゼロじゃないのよね。
 横島君、押しに弱いから部屋に迎え入れちゃうだろうし、
 そうなるとどんなハプニングが起こっても(起こされても)不思議じゃない。」



横島にも騒動を誘発する才能がある以上、何も起こらないと考えるのは余りにも楽観が過ぎる。



「だったら、いっそのこと事務所のほうで捕まえておけば、少なくとも最悪の事態だけは免れる。
 横島君に接する存在は限られるし、なにより全員、横島君に好意を抱いているから牽制し合うことになるわ。
 別に敵同士じゃないから、膠着状態になることは確実。私の仕事が終わるまで固まっててくれれば、後は私が対処できる」



横島は己の幸運というものの実在を既に信じてはいなかった。
実際には、このように横島の気付かないところで彼の僅かな幸運は使われていたのである。



「まあ、万が一どうにかなっちゃっても、あのメンバーの誰かならすぐに令子から離れることはないわね。
 その時には解呪を試みればいいんだし。それに、令子とひのめ、二人もいるんだから確率的にはこっちが有利よね」




・・・本当に、本当に僅かな幸運ではあったが。










おまけ

「・・・で、西条クン。どこに行こうとしてるのかしら」

「止めないで下さい!令子ちゃんが毒牙にかかろうとしているのを見過ごせはしません!」

「ふーん、つまり横島君が誰かを好きになるというのが耐えられない、と。随分と横島君を気に入ってるのねえ」

「そうです!・・・・・・って違いますーーーーーーーっ!!!」





そんなふうに西条をからかって足止めをしながら、片手間に仕事を行う美智恵さんであった









事務所についてからも、横島の苦労が耐える事は無かった

犬塚シロのタックル
タマモの狐火
氷室キヌのコーヒー
美神令子の神通鞭

以上、横島が出会った『不幸』および『制裁』を順番に並べたものである

横島の体が、どれほど人外の再生力を備えていようと
これだけの攻撃を受けてバンダナがもつ筈も無く、
それは、いともあっさりと千切れてしまう

目隠しが無くなった事を危険視した美神令子は
奥から鉄製の仮面を引っ張り出して、無理やりに横島にかぶせることにした
(何の関係も無いが、この鉄仮面、ひのめには随分と好評だったようだ)


横島は、仮面をかぶり再びソファーに腰を沈め
美神は、横島を睨み据えながらも自分の椅子に座り
シロは、
おキヌは、キッチンから全員分のお茶を入れて来て
タマモは、横島を見て呆れた風に溜息をつき
ひのめは、横島の腕の中に抱かれていた

こうして全員が一つの部屋に集まった





横島忠夫、シロ、タマモ、美神令子、氷室キヌ、そして美神ひのめ

この部屋にいるメンバーである

横島自身を除く全員が、横島を見つめており

室内には、微妙にして強烈な緊張感が漂っていた



鉄仮面をつけた横島
彼はこの緊張感を嫌というほど自覚していたが、その理由を勘違いしまくっていた

(あああああっ、こんなに警戒されるとは思わんかった!
 恨むぞ、オカン!
 責任取れや、親父ーーーーっ!
 もう、はよ家に帰らせてくれーーー!
 ひのめちゃんの世話なら、シロかタマモに任せてくれたってえーやないかーーー!)

微妙に現実逃避を始めている





神通混の手入れをしている美神
しかし、目線は完全に横島へと向いており、それには殺気すら混じっていた

(ひのめが一番なついてるのは横島君、
 他の誰が面倒見ても、ひのめは無茶苦茶不機嫌になる
 仕方ない、とはいえ・・・・・・もし、誰かに手を出してみなさい!
 そんときゃー、私が直々にあんたを極楽に逝かせてあげるわ!)

自分で来いといったわりに、理不尽爆発である



先ほどから挙動不審なおキヌ
横島を見ていたかと思えば、シロや美神に視線を止め、しばし俯き考え込んで、いきなり顔を赤くする

(わざわざあんな趣味の悪い鉄仮面なんかつけなくても、ちょっとやりすぎだと思います美神さん
 それにシロちゃんも、横島さんに怪我なんかさせて
 でも、もしあの仮面が外れて、それで横島さんが私をみたら私を・・・きゃ~きゃ~きゃ~♪私ったら私ったら♪)

さすが良心とよばれているだけあって、横島の身を心配している
だが、自分でやったことは忘却の彼方へと追いやっているようだ



横島を見続けているシロ
周囲の状況は、気にしていないのか、それとも全く気付いていないのか
(せんせー、せんせー、せんせー!
 もしも、万が一の場合には、是非、拙者のことを見つめてくだされ!
 全身全霊を賭けて、先生を幸せにいたします!
 しかし、もし他の誰かに惚れた時は・・・先生を殺して拙者もーーーーーっ!)

この考え方は、誰の教育によるものだろうか
横島を見つめているにもかかわらず、尻尾が全く振れていないことが、彼女の本気を表している



主に横島とシロを視界に捕らえているタマモ
シロに限らず、たとえ誰が動こうとも、その邪魔をする気でいた

(今の生活、気にいってるんだから、薬なんかのせいで壊されると困るのよね。
 横島も人間にしちゃ結構いいと思うけど、惚れさせるのに薬になんて頼りたくないしね)

横島にとって、味方は彼女だけなのかもしれない



横島の腕の中にいるひのめ
彼女のとても愛らしい笑顔は、今は横島一人に向けられている

(だうー、にーに、にーに~♪)

今は、彼女が一番幸せであり、平和である
いつも通りの彼女は、現在の横島にとって一服の清涼剤であった
と同時に、己をこの場に止めおく元凶であるとも言えるのだが





4すくみ、下手すれば5すくみとさえ言えるこの状況

ぎこちなくも行われていた会話さえ今はなく、誰も言葉すら発しない

部屋を渦巻く重圧の結果、人工幽霊一号は、機能の大半をフリーズさせている

時間の感覚すらも消え始めたその時、




不意に扉を開く音がした




(美智恵さん!?)



横島は喜悦を
美神、タマモは安堵を
シロ、おキヌは焦燥を
ひのめは興味を

それぞれが、それぞれの思いを抱き
一斉に、ドアの方へと顔を向ける


誰も知らなかった
横島のことはアノ人の耳にも入っていた事を

横島は知った
最悪を超えた状態がこの世には存在する事を










「令子ちゃ~ん、お母様が~気分転換に~遊びに行くのを許してくれたの~~~
 みんなで一緒に遊びましょ~~~」



六道冥子 襲来








式神使い六道冥子の暴走、それを一番忌避していたのは



最も被害をうけた経験が豊富である美神、ではなく
飛行という逃亡手段がなくなったおキヌ、でもなく
ましてや、その存在をよく知らないシロやタマモ、でもなかった。


その人物とは、




我が身を守る術を持たぬ幼子を、その腕に抱いている横島、




ですらない。



『わーーーーっ!壁が床が家具が天井が私がーーーーーーっ!!
  お願いですから後生ですから頼みますから落ち着いてくださいミス冥子ーーーーーーっ!!!』



ようやくフリーズから覚めた人工幽霊一号は、それこそ魂を込めた絶叫を放っていた。





皆の眼光に射すくめられた六道冥子の神経は、あっさりと危険域を突破した。
その結果は、当然、式神達の暴走である。
暴走しようとしたその瞬間、
人工幽霊一号は周囲の被害を予想して、冥子が入って来たドアを閉め、己の結界を内部へと向けた。
これにより、近隣へ被害が及ぶ事は無かった。
まさしく、素晴らしい自己犠牲の精神である。
しかし、人工幽霊一号の結界でさえも暴走している式神達には、
せいぜい力が外に漏れる事を防ぐまでが限界であり、部屋内では破壊音が断続的に響いていた。


勿論、人工幽霊一号の嘆きも、また。

『何とかして下さいーーーーーーーー!』





美神たちは、暴走が起きた瞬間に、物凄まじい霊圧にそろって吹っ飛ばされた。
現在、同じく吹っ飛び壁に立てかけられたソファの後ろに、全員が並んでいる。
しかし、状況の理解が不十分だったシロとタマモは、受身を取る事も出来ずに気絶しており、
身体能力において他のメンバーに劣るおキヌも、シロタマ同様、気絶していた。
よって、この状況に対処できるのは



美神令子(吹っ飛ばされた時に神通棍を落とした)
横島忠夫(鉄仮面で視界が完全に隠されている)
美神ひのめ(幼児、子供、赤ん坊)



この三人のみである。





「美神さん!早く逃げないと命の危機が危なくて危険です!」
「落ち着かんか馬鹿たれ!」


「ここはやっぱりあんたが囮になってるうちに、私が冥子をなだめて」
「俺を殺す気かアンタはーーーーーーっ!」


「やっぱり、逃げるしかないっすよ!文珠はあと2個ありますし、何とか逃げるくらいなら」
『見捨てないで下さい横島さーーーーん!』



小声で成される作戦会議は一向に埒があかない。
ちなみに、この間ひのめは横島の腕に抱かれながら、胸に頬を擦り付けていた。
やはり、美神家の女性、ツワモノである。




内側に向けられている人工幽霊一号の結界を解かない限り、外へ出ることはできず、
暴走が続いている限りは、結界を解く事もできない。
すなわち、逃げる事は、ほぼ不可能である。

ならば、篭城は可能だろうか。
これも問題がある。美智恵がひのめを迎えにくる時刻が迫ってきているからだ。
結界はその全ての力が内に向けられている為、外側が非常に脆くなっている。
よって、中には簡単に入る事ができる上に、結界の為、内部の状況は外部に漏れない。
すなわち、何も考えずに扉をあっさりと開けた瞬間、その結界の穴から式神達が外へ出て行くことだろう。
そうなれば、少なくとも開けた人物は別の世界へ旅立つ事だろうし、人工幽霊一号もただではすむまい。

逃亡不可、時間制限あり、なかなか最悪の条件下に彼らは立たされていた。





横島との会話で、ある程度の緊張がほぐれた美神令子
正直な所、そのまま現実逃避をする事に惹かれている。
しかし、下手をすれば実の母に被害が及ぶ以上放っては置けず、時間にもそれほど余裕がある訳ではなかった。
何時もならば、こういう役目は横島に任せる彼女だが、
彼の状況が状況であるため、役に立つとは到底思えず
かつ、ひのめを見ておく人物が必要な為、サポートも期待できない。

(横島君の文珠を使って式神を牽制、落とした神通棍を拾い、その後は特攻)

頭痛を伴った溜息を漏らしそうになる。
こんなものは作戦とも言えず、もはや自殺行為に等しい。
だが、こんな短時間では他に方法が思いつかなかった。
貴重な時間が失われていくのを感じながら、嫌々ながらもそれを成す為に横島から文珠を受け取ろうとする。

「横島く・・・」

しかし、美神が彼の名を呼ぶより早く

「すんません!ひのめちゃん頼んます!」

ひのめを押し付け、横島は駆け出した。






横島に、たいした理由があったわけでは無い。

ひのめが横島の指を握ってきただけであり
ひのめの手の小ささを再確認しただけであり
ただ、それだけでしかなかった。

それで、充分だった。

わけのわからん衝動に駆られて、ひのめを美神に預け
気付いた時には、自分は走り出していた。



走りながら、文珠『感』を作動させる。

(何をやっとんじゃ、この俺はーーーーーっ!!!)

周囲から襲い掛かってくる式神達を、耳と肌とで『感』じながら
全身全霊で己の行動を後悔し、鉄仮面の中で滂沱の涙を流す横島。

しかし、それでも走ることを止めはしない。





状況打破の唯一の方法

泣いている六道冥子をなだめて暴走を止める

そのために。






(あ、あんのバカ!!!)

声にならぬ言葉で横島をなじる。目の見えない状態で一体どうすると言うのだ。

と思ったところで、文珠が光った。
恐らく何らかの対処をしたのだろうと言う事はわかる。

これで状況は良くなったか?
そんなわけが無い。
2個しかなかった文珠を使ってしまい、
残り1個となったこの状況は、より悪くなったとすら思える。

文珠も無く、神通棍も無い状態では援護も出来ない。
せめて、今できる事だけでもやっておこうと、
自分の腕の中にいる妹の顔を覗き込んだ。

「ひのめー、いい子だからおとなしくしていましょうねー」

ひのめは、微笑む令子の顔を一旦じっと見やり
不機嫌そうな表情になって、プイッと顔を反らした。

横島の方へと。

「ちょっとひのめ!
 アンタ、実の姉である私より横島君の方がいいってーの!」

だから横島を呼び寄せたんだという事は、忘れ去っているようである。





横島は真剣に命の危機を感じていた。
周り中から、霊波が自分めがけて襲ってくるのを『感』じるのだ。
その霊波には敵意も殺意もこもっておらず、
しかし、ただ純然たる破壊衝動で満たされている。
壊す事しか考えていない分、余計にたちが悪くもあり、
そして横島はその最中に突っ込んで行く。
更に、その衝動にもある指向性が存在し、
冥子に近づいてくるものを主な対象に取っている。

それでも横島は前に駆け続ける。
文珠『鎮』を直接くらわせるという目的のみならず、
緊張を解くことが出来ないという現状のために。

(こんなん逃げる事もできるかーーーっ!
 逃げようとして気ぃ抜いた瞬間死んでしまうわーーーーーっ!)

常人であれば、とっくの昔にお陀仏である。





式神の攻撃を避けながら、後ろに下がろうとはせず、前だけに進む横島。
その行動に危機感をもった式神達は、横島を完全に敵とみなした。
これはすなわち、より多くの式神達の猛威にさらされるということであり、
しかも、横島個人に対する敵意すら芽生え初めてきた以上
行き着く先は全式神による横島への一斉攻撃。

一つだけ良かったと言えるのは、横島へ攻撃が集中する事により、
美神達に及ぶ被害は無くなったと言う事である。

横島の身には全く関係が無く、彼女達を気にとめる余裕など無くなっていたが。




美神の前で横島は獅子奮迅の活躍を見せている。
実際には単に『サイキックソーサー』、『栄光の手』を用いて必死で避けつつ、
前に少しずつ進んでいるだけなのだが
たとえ文珠の効果を得ているとしても、
暴走している式神を相手にここまで相手をしているのは賞賛に値するだろう。



その姿を観ながら

「ああっ!そこっ!危ないっ!後ろっ!駄目っ!」

思わず拳を振り回しながら、いつのまにか小声で応援(?)している美神と、

その足もとで

「だうっ!だうっ!だーっ!」

同じように、ちっちゃな手をぶんぶか振りながら横島の応援をしているひのめ。

結局、似たもの姉妹であった。







横島と冥子との距離は少しずつ縮まって行く。
背後からの攻撃だろうと、今の横島には関係ないため、
いつも以上の回避を見せている。
まだ何も解決などしていないが、その動きの冴えを見ることによって
少しずつ、美神の心にも安心感が生まれてきていた。





だが、横島の動きがどれほど優れたものであろうとも、所詮は綱渡りに過ぎない。
現在の状況は薄氷の上に立っているようなものであり
ちょっとした不測の事態で、あっさりとぶち割れてしまう。



何度目かの攻撃をスレスレでかわした横島
だが突然、脇腹に衝撃が走った。

確認の仕様が無い彼にはわからなかったが
その不意打ちは、メキラの短距離瞬間移動による体当たり。
どれほど完全に周囲を知覚していようとも、
距離を無視して飛んできた奇襲を避けることはできなかった。

初めて攻撃をまともにくらった横島はバランスを崩す。
ダメージは大した事がなかったが、其処をサンチラの攻撃が襲った。
不安定な体勢だったために避けられず、顔面に直撃。
背を反らした仰向けの状態で後ろへと吹き飛んだ。
空中に投げ出された彼の体が床に着こうとする前に、周囲の式神が四方八方から彼を襲う。
その激烈な殺気を『感』じながら

(ぎゃーーーーーーーっ!)

彼は声にならない絶叫を上げた。





(横島君ッ!)

拳を強く握り締めながら、彼の名を大声で叫びそうになる美神。
ひのめも同じく拳を握り締め、火花を周囲に散らしている(文字通り)





宙を舞い、床へと倒れこむその瞬間
右手を背中に回し、その手のひらを床に向けて、横島はただ一言叫んだ。

「伸びろーーーーーーっ!!!」

爆発したかの如き勢いで、横島の体は跳ね上がった。
襲い掛かってきた式神達の頭上を飛び越えて。



横島の『栄光の手』は霊刀、手甲の状態に変化するだけでなく
手甲状の時に、弾丸のような勢いで伸ばす事が出来る。
その勢いと、辺りに張られた結界との反発力を利用して跳び上がり、
式神達の攻撃を避けると共に、彼ら(彼女ら?)の視界から逃れ
更に前方へと進んだのだ。

バケモノじみた判断力である。



(ししししし死ぬかと思った・・・・・・)

鉄仮面の中で、彼は余りの恐怖に涙ぐんでいた。




体を捻り、上下逆さまの状態で一旦天井に着地。
ひざを曲げて衝撃を吸収しながら、右手を天井にくっ付ける。
最も強い霊力を『感』じる方向に体を向けて
『栄光の手』を天井に向かって勢いよく発射した。

再び、宙を駆ける横島
だが先ほどと違い、軌道は上から下へと。
その動きに式神達は、まだ反応しきれてはいない。

そのまま一気に冥子の元へと肉薄する。





そして





『栄光の手』を発動させた時、つい力を入れ過ぎたせいか

それとも、ちゃんと確認せずに前に進む事だけ考えていたせいか



冥子の頭上を飛び越えた横島は、

その後ろにあるドアにぶつかって

ぽてりと床に落ちた。





「アホかーーーーーーーっ!!!」





「ええい、負けるかーーーっ!」

だが、横島はへこたれない。

これほど近づいているにもかかわらず、
冥子の泣き声は、先程から聞こえてこない。
よって横島は、冥子が泣き止んでいると結論付ける。

実際に、冥子は横島の奇行に気をとられ、ひとまず涙が引っ込んでいた。

だが、何時また泣き始めるか分らない以上
何とかして、この落ち着きを保たなければならない。
式神達は全て、冥子をはさんだ向こう側におり
こちらに背を向けている事を確認した。

この千載一遇の好機を逃す訳にはいかなかった。

冥子の目に、少しずつ涙が浮かんできた。
彼女の後ろにいる為、顔は見えなかったのだが
震え始めた肩を見て、横島は状況を悟る。

文珠を強く握り締めながらも
一応、たとえ無駄だろーとも、声だけでもかけておこうと、



冥子の肩を掴み

自分の方を向かせて

涙で濡れた瞳を覗き込んだ。



「冥子ちゃん!」








『「「「「「あ」」」」」』








ずっと横島を見守り、突っ込みもしっかりと入れていた、美神令子

彼女の傍にいて同じく横島の応援をしていた、ひのめ

何時の間にやら起き上がっていた、おキヌ、シロ、タマモ

そして、叫ぶ事も忘れて横島の行動に見入っていた、人工幽霊一号



彼女達の目の前で



肩を掴み、掴まれた状態で、互いに顔を見つめ合いながら固まっている二人。

足もとには、鋭利な断面を曝し、真っ二つになった鉄仮面が落ちていた。





呆然とした顔
愕然とした顔
きょとんとした顔
いまいち感情が読めない顔



それぞれ違う表情を顔に浮かべながらも

式神を含めた誰も彼もが同じように硬直している。

そんな中で最初に動いたのは、横島その人だった。





両の手を肩から外し、すぐさま冥子の両手を包み込み大声をもって叫ぶ。










「結婚しよう!!!」









眉間から真っ二つに断ち割られた鉄仮面

歪にゆがんだ形は、式神達の攻撃だけでなく

タマモの炎が形を変えた事による。

その閉ざされた瞳の見つめる先で

饗宴は最終幕を上げていた。






「・・・・・・な、何言ってんのアンタはーーーっ!」

いち早く、フリーズから復帰した美神が横島を怒鳴りつけた。

「止めんで下さい美神さん!
 俺は真実の愛に目覚めたんです!
 『愛』!そうこれは『愛』なんです!
 『愛』に囚われた俺のやることはただ一つ!!
 ああしかし!
 なんで今までこの美しさに気がつかなかったんや俺はーーー!!!」

戯言をわめき散らす横島。
美神に言い返しつつも、冥子を握り締めた手を離そうとはしない。
むろん、冥子に向けている目線も外そうとはしなかった。
だが、身動ぎしながら叫ぶ姿は、見る人によっては通報されかねない怪しさだった。

当の冥子は、状況が把握しきれないのか、状況に追いつけていないのか、
涙ぐんだ顔のまま硬直していた。

そんな呆けたような表情に対してすら
横島は、満面の笑みを、その顔に浮かべていた。



「横島さん!落ち着いてください!」

「せんせー!正気に戻るでござる!」

「横島!バカもたいがいにしなさいよ!」

「だー!だー!だー!」



彼女らも一斉に抗議を始める。

抗議に対し、横島は行動で答えた、
冥子をお姫様抱っこする事によって。

再び凍りつき、動きを止めた彼女達の眼前で
抱き上げた女性に笑いかけながら

「さあ、冥子ちゃん!唐巣神父の教会で祝言をあげよう!」

微妙におかしい
というか致命的に何かを間違えているが、やはり横島は気にしない。

触れ合わんばかりに寄せられた二人の顔

冥子の頬が、ほんの僅か、朱に染まった。






盛大に無視された女性達は未だに固まり続けている。

そんな中で唯一行動したのは、やはりというか彼女。





「させるかーーーーーっ!」

怒鳴りながら、美神令子は跳び出した。





いまだ硬直している式神達の横を走り抜けながら、
速度を緩めぬままに、床に転がっていた神通棍を拾い
先程から、神経を刺激してくれる馬鹿の姿を視界に納めながら
凄まじいまでの霊波を込めつつ、一気に振り上げた。

冥子を抱え上げている事で動きが制限されている横島

強烈な勢いを持つ鞭が、狙い違わず彼を襲った。



伸び来る鞭を、横島は強い眼光で睨みつける。
抱き上げている手の平だけを下に向けて、
『サイキックソーサー』を床へと落とした。
着地する寸前に
振り上げた脚が、それを前方へ蹴り飛ばす。

正確に神通鞭の方へと。



霊気盾と神通鞭とが衝突し
勢いを弱められ、速度を殺された鞭は、
横に跳んだ彼に、悠々と避けられた。





「ふっ、誰も俺達の『愛』を止める事などできませんよ!」

ドアからは離れ
しかし、窓を背にしながら
不敵に笑いつつも、言い放った横島。
指に挟まれている文珠には『開』の文字が浮かんでいる。

腕の中の冥子は、いまだ一言も発してはいない。
けれど、伸ばされた手は彼の袖を摘んでいた。



あっさりと迎撃された事で、またまた硬直してしまった美神。
他の女性陣や式神達も固まり続け、さらに横島からは遠く離れており
近づくよりも早く、彼は逃走してしまうだろう。
その腕に、花嫁を抱えたままに。


もはや彼の暴走を止めるものはいないかに思われた。





だが、注意を目の前の相手だけに向け過ぎていた為、
横島は、もう一人の伏兵の存在を忘れていた。



『目を覚ましてください、横島さん!』



本来であれば外に向かって開く窓を
蝶番をへし折りながらも、根性で部屋の方に勢い良くこじ開ける。

思わぬ攻撃を後頭部にくらった横島は前に倒れこんだ。

両腕を掲げて、何とか冥子を床に落とさなかったのは男の鑑と言えよう。





つかつかつかつか、と

走らず、けれど早足で横島に近づく美神。
それに便乗し、動き始める女性陣。

冥子を軽くどかしてから
襟首を掴み上げて、鬼のような形相で

「あんたねーーー!分際ってもん、わきまえなさい!
 いい!?あ・ん・たは私の丁稚なのよ!!!」

その後ろでは、横島を強烈な眼光で睨む4対の瞳
そのいくつかが、美神にも向いているのはご愛嬌である。

もし、これでも逃げようとするなら
足腰立たなくなるまで
叩きのめす覚悟を全員が固めていた。







だが






「あああ何だかよくわからんけどすんまへん!」

さっきまでの勇ましさなど何処にもなく
情けなくも、泣きながら許しを請う横島








「・・・・・・へ?」








全員の口から、気の抜けたような息が漏れる。
まじまじと顔を見やるが、やはり先程の様子は欠片ほども残ってはいない。
いつも通りの、余りにもいつも通りの彼だった。



「・・・・・・ひょっとして、もう効果が切れたの?」

「な、何がっスか?」



怯えを顔に滲ませながら、問い返す横島。
どうやら彼は己の奇行を覚えてはいないようである。

その言葉に答えてやることも出来ず、
今までの苦労や心配は一体はなんだったんだと、
皆が脱力し、その場にへたり込んだ。



小首をかしげながら、
きょろきょろと不思議そうに周りを見る冥子
恐らく彼女が一番状況を理解していない。



けれど、
横島にも、いまいち理解できておらず
理解しきっている彼女達の中において
ことの経緯を説明してやる程の気力が残っている者はいなかった。







なお、復活した彼女達に、横島が粛清された事は言うまでも無い。

死にはしなかったと付け加えておこう。











電話の呼び出し音が、空しく響いている

「でないわねえ、まだ帰ってきてないのかしら。
 忠夫に送った惚れ薬は一瞬丸っていう名前で
 その名の通り、ほんの一瞬の間、惚れるだけだから
 心配する必要ないって教えたげよーと思ったのに」

電話の受話器を片手に持ちながら
のんびりと独り言をもらしている女性、横島百合子



連絡が遅れた為に、息子がバイオレンスな一日を過ごした事を、
彼女は知る由も無かった。

その頭上から情けない声が辺りに響き渡る。



「百合子さはーーーん!もう許してぇぇぇ!」



大樹がミノムシよろしく、木に吊り下げられている。
泣き声が聞こえた百合子は顔を上げて、おしおき中の馬鹿亭主を見上げる。

溜め息をつきたい思いを堪えながらも、懇願を無視して
目線をミノムシから更に上へと移し、空を見上げた。





雲ひとつ無い青空に、太陽が輝いていた。