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狐独

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――――――――だから私はコイツが嫌いだ





「あのなー、タマモ。
 美神さんと間違えて覗いたんは
 議論の余地なく俺が悪かった。それは認める」
 
「ふーん自覚はあるのね。
 ま、反省だけなら猿でも出来るって言うし」





逃げていた

肌を掠める銃弾から
追い来る人間から
世界の全てから

飄と吹く風が頬を撫でる。
普段なら気持ちのいいソレも、今はただ煩わしい。
動きの邪魔としか思えなかった。
考え過ぎとは解っていても。

一瞬の油断が明暗を分けた。
網に捕われた瞬間、己の愚を悟る。
どれほど抗おうとも、網を切り裂く事は出来ず
少し前に負傷した足も、間断なく痛みを伝えて来た。
押し寄せる終りを感じ、
眼前に二つの人影が現れた時
出来たのは、ただ、身を縮ませるだけだった。
何の意味も無いと解っていても。





「いや、確かに悪かったけどな。
 いくらなんでも狐火はねーだろ。
 俺じゃなかったら死んでるぞ、コレ」

「いーじゃない、横島なんだし。
 というより、何で生きてるの?」





男が一人、女が一人。

男は、平凡そうな馬鹿面。
女は、とろそうな巫女風。
どちらの人間も、荒事に向いているようには見えなかった。
だが、風体は関係ない。
身動き出来ず、妖力も無い子狐如き
道具があれば、子供でさえ滅ぼし得るだろう。
そして、私は先程まで追われていたのだ。
ここで見過ごされるとは思えない。

男の方が片手を上げた。
私を滅ぼす力、破魔札を掴んだ手を。
ソレを見つめて、情けなくも体は硬直する。
動かぬ体の中で唯一動いた場所、
瞼に力を込め、強く目を瞑った。

現実を否定する為に。
現実を受け入れる為に。





「殺す気だったんかい!
 しかも、横島だしって・・・・・・
 俺のことを新種の妖怪とか思っとらんか?
 一応俺だって人間なんだから死ぬときゃ死ぬんだが」

「へぇ、それは初耳だわ。
 日常的に美神の折檻を受けてて
 その状況に適応してるアンタが人間?
 冗談にしちゃ、笑えないわね」





結局、私は殺されなかった。

独力で逃亡に成功したのではなく
単に、哀れみをかけられたため。
怪我の治療をされ、食料を与えられ
それでも、信頼など出来るはずがない。
同情など欲しくは無かった

助けてくれた奴等を化かし、復讐に走る私。
けれど、相手のほうが一枚も二枚も上で
果す事無くそれは終わった。

そして、私は逃がされた。
逃げられたのではなく、逃がされた。
ようやくの自由を得ながらも、
私は決して自由ではなかった。





「うう、言葉に棘を感じる・・・・・・
 ホンマに悪かったってば、反省しとるから。
 ほら、このとーり!」

「はぁ・・・・・・もういいから土下座なんてしないで。
 こっちの方が情けなくなってくるわ」





再会はしばらくたってから。
会いたいわけではなかったけれど。

その時には、余計なオマケもついていた。
自分を狼と言う、きゃんきゃんと喧しい馬鹿な犬。

人の世を知る為に
束の間の平和を得る為に
利用し、利用される事を、私は選んだ。





「バカばっかしやってると、いつか愛想つかされるわよ。
 ま、頭良い横島なんて想像できないけど」

「へーへー、わかってるって。
 今度から気をつけっから、勘弁してくれ。
 ほら、嫌いあってたら仕事にも支障きたすかもしれんしさ」






一緒に過ごした日々が、私自身を束縛して行く。

だから、傷つける。
距離を取る為に。

近付き過ぎれば
それだけ傷は深くなるから。
それだけ痛みは強くなるから。

孤独の寂しさを知った今
もはや、独りには戻れない。

ならば、せめて距離を作っておく。
いつか来る、別れに備えて。





そう、好かれる位ならば―――――





「アンタに好かれようなんて思ってないわよ」





――――――――嫌われてた方が、良い





ただ生きる、そのために
ただ心を守る、そのために

深く楔を打ち
解けぬ鎖を纏い
錠と鍵とを架ける

嫌われる、そのために、嫌う。
距離を置く。自分を守る為に。

だから、私は、コイツが――――――――







「へ?
 いや、俺はタマモの事好きだけど?」





――――――――あっさり吐かれた言葉は、私が考えていた全てを止めた。










ああ――――――――本当に、コイツは





「い、いきなり何言ってんのよ。
 バカじゃないの」

「あー、俺もぶっちゃけすぎたか、とは思うけど。
 伝えられるうちに伝えとかねーと
 下手すりゃ、言えなくなっちまうかなって。
 そん時になって後悔しても遅いしさ」



どうしようもなく助平で



「俺、親と離れて暮らしてるだろ?
 だからさ、皆、家族みたいに思ってんだよ。
 そりゃ美神さんにはセクハラが日課になっちゃいるけど
 あれはまあ、スキンシップって事で。
 美神さんもおキヌちゃんもシロも。
 勿論、タマモもな」



とことん馬鹿で



「まあ、いきなりだったとは思うけどさ、
 上手い言葉とか思いつかなかったし。
 皆の事が、大事なんだよ。
 あ、別に変な意味でいったんじゃないからな。
 そこんとこは安心してくれ」




どこまでも鈍感で



「えーと・・・・・・迷惑か、やっぱし?」

「べ、別に迷惑ってわけじゃ・・・・・・」



限りなく単純で



「そっか・・・・・・・・・・うん、良かった」

「・・・・・・・」



本当に―――――――――――優しくて








「後で、キツネうどんおごってね。
 お風呂覗いたお詫びって事で」

「ちょ、ちょっと待て!
 許してくれたんじゃないのか!?
 ちょっと今月きついんだけど・・・・・・・・・・」





だから、だから私は――――――――





「硬いこといわないの。
 たまには可愛い同僚におごってくれてもバチは当たんないわよ」

「・・・・・・自分で可愛いとか言うかオイ。
 イデデデッ、つねんなって!!!」





コイツの事が――――――――