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いつか思い出となるように

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「制服、という言葉がある」



あたかも宣言であるかの如くに、その言葉は紡がれた。
そして、直後に訪れたのは静寂。声と音とが纏めて消える。
まるで言葉の持つ神聖な響きを、誰も邪魔したくないかのようで。
ほんの僅かな溜めを経て、新たな声が先の続きとして放たれた。
いや、もはやそれは咆哮というべきであったろう。
閉じていた目をカッと開いて、彼女は盛大に喚き散らす。



「―――――――それは、制する服と書く!
 この夏という季節、一年で最も暑い季節!
 そんな夏の制服とは何だ! そう、水着だ!!!
 決して裸ではない! 裸とは違うのだよ裸とは!
 『はだか』じゃねぇ、『ら』と読め!
 局所的にではあるが裸じゃぁないんだ!
 しかし、肩や太腿が惜しげも無く露にされるのもまた事実!!
 肌をさらけ出した妙齢の女性の持つ戦闘力は
 夏の魔力という助力を得て、更に輝きを放つだろう!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



拳を硬く握り締めて、暑く奇言を撒き散らす薫に
ある意味、優しそうにも見える視線を向けている皆本。
我関せずとばかりに、葵と紫穂はカップのカキ氷をしゃくしゃく食べていた。
窓際では、風鈴がちりんと涼しげな音を立てる。
考え込むようなポーズをとって、皆本は瞳を閉じる。
その格好のままで自問自答。自分は正常か? 正常だ。
体調にも問題は無い。最近は胃薬を呑むことも無くなったし。
確認を終えてから目を開けて、周囲を見渡してみる。
普段通りの自分の部屋だ。何も変わったところは無い。
時刻は昼下がり、日付は八月も半ばを過ぎている。
取り立てて気にすべき事柄の無い、実に平穏な午後。
よって、首を捻って皆本は呟いた。



「何やってるんだ、あのバ薫は」

「皆本さん、今なかなかに酷い事をさらりと口にしなかった?」

「気のせいじゃないか?
 これだけ暑い日が続いてるから、耳にも陽炎が掛かったんだろう。
 で、繰り返しになるけど何してるんだアイツは?」



チルドレンと過ごす毎日から、スルーという新技能を身に付けた皆本。
ぐるりと皆本の方へと首を回した薫は、噛みつかんばかりの勢いで



「アッチィんだよ皆本っ!!!!!
 何で、クーラー付けちゃ駄目なんだ!!?」



盆を過ぎて、夏の暑さも下り坂に差し掛かっていた。
少しは蒸すものの、耐えられない猛暑というわけではない。
かといって、まったく汗をかかないほどでもなく
葵と紫穂の二人も加勢するかのように、保護者へと抗議の視線を向ける。
しかし、皆本はそれらを意に返さず



「エアコンの使い過ぎは体に悪い!
 昔から、馬鹿は風邪ひかないって言うけど
 冷房のせいで夏風邪ひくのは、馬鹿のやることだぞ!」

「あたしは馬鹿じゃないからリモコンプリーズ!」

「既に一度体調崩しておいて、それを言うかっ!!!」



アイス用のスプーンを咥えて、紫穂が一言。



「アレ、遠回しに馬鹿って言ってるわよね」

「言うとるな。
 遠回しちうか、ほぼ直球な気もするけど」



ごちそーさま、と行儀よく手を合わせてから葵が一言。
ちなみに仲間外れと言うわけではなく、薫はとっくに食べきっている。
叫んでいたせいなのだろうが、彼女は汗をだばだばかいていた。
その姿を見れば、確かに暑そうにも見えたので
皆本は文明の利器を使って、いい風を送ってやった。



「ほーら団扇ー」

「わーいすずしー。
 舐めてんのかぁっ!!!!」



激昂する薫に向けて、皆本は更に扇いで風を送る。
団扇を馬鹿にしてはいけない。あるとないとでは大違い。
そして、体が濡れていればなおの事。気化熱万歳。
内心に渦巻く怒りでツリ目になっていた薫だったが
正面から風を受けて、次第に顔つきが柔和になっていった。



「くそぅ、口では何だかんだ言いつつも身体は正直だぜ」

「自分で言うな、というか黙っとけ」



薫以外の二人が羨ましそうな顔をしていたため、次いでそちらも扇いでやる。
放っといていいのかな、と少しばかり不安ではあったものの
サイコ扇風機ー、とか一人でやってるので、大丈夫だろうと結論付けた。



「しかし、さっきの主張はまだ泳ぎ足りなかったのか?
 今年はもう海に行って、何度も水着を着ただろうに」

「ちっちっち、甘いな皆本。
 確かに海には行ったさ、水着も着たさ。
 だぁがしかしっ! それでは足りん!
 何が足りないかというと、主にリビドー満足度がっ!
 やっぱさー、スクール水着は必須だろ!
 あたしの前世がソイツを着ろ、と叫ぶんだ!
 というわけで背徳の宴カモナベイベー!!!」

「よーし、しつこく黙れ。
 僕を犯罪者にしたいのか、お前は」



こめかみに井桁を貼り付けながら
オヤジ少女による妄言の生産を止めさせる。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた皆本は



「だいたいだな。
 夏の制服というなら、水着以外にもあるだろう?」



それを聞いて、チルドレンは顎に手を当てて考え込む。
そして、うち二人はすぐさま人差し指を立てて



「裸エプロン」「裸にコート」

「何故そーいう発想しか出来ないかなお前らわっ!!?」



声の主は大方の予想通り、薫と紫穂。
ようやく叫ばせてやったぜー、と仲良く二人はハイタッチ。
チルドレンの絆を感じさせる光景が、微笑ましくも憎たらしい。
再度、苦虫を噛み潰したような表情となった皆本の耳に
もう少しだけ長く考えていた葵の声が聞えた。



「あの・・・・・・ひょっとして、なんやけど」



もじもじと両手の指を絡め合わせた彼女は
何処か期待の篭った上目づかいで、皆本に答えた。



「着物、とか?」

「その通りダッ!!!!」



それに返したのは皆本ではなく、何処からとも無く現れた一人の中年。
予想外の登場に、チルドレンの三人と皆本の目が点になる。
別に呼ばれてないけどが局長惨状、もとい参上。
鍵を掛けていた筈の部屋にあっさりと侵入してきた不審人物に
とりあえず皆本は白い視線を送ってみた。効果が無かった。



「・・・・・・・・・」

「皆本クン、その目は止めないカネ?
 ほら、昔の素直だった君に戻って!」

「僕がこうなったのは誰のせいだと思ってんです?」



訂正、少しは効果があったようだ。
更に追求してやろうとしたところで、くい、と。
何かと思えば、嬉しげに頬を染めた葵が、皆本の袖を引いていた。



「うち、おうてたん?
 えへへ皆本はん、ほめてほめてー」

「ああ、偉いぞ葵」



一先ず抗議の手は止めて、よしよし、と頭を撫でてやる。
飴と鞭、と言ってしまえば聞こえは悪いが
叱るべき時に叱るならば、褒めるべき時には褒めてやらねばなるまい。
子供に向ける厳しさも、それに応じた優しさが在ってこそだ。
そんなことを考えながら、優しく撫で続けていた所で
聞こえよがしな、おばさん風味の会話が皆本の耳を掠めた。



「まぁまぁ、ご覧になって薫ちゃん。
 皆本さんったら、葵ちゃんを篭絡する気満々ですわよ」

「本当ですわね、紫穂さん。
 まったく甘言でコロリたぁ、随分安く見てるもんですなぁ。
 ところでコロリって言葉、密かにロリコンに似てね?」

「オイ。何さりげなく、僕の人間性を否定してるか」



ああウチを篭絡するやなんてでもでも皆本はんなら、などと
先程から身もだえしている少女からは、どうか視線を背けて頂きたい。
そしてカオスに満ちた部屋の中へと、局長に続いて顔を出す一人の女性。
入ってくる彼女を確認した薫は、紫穂とのぷち井戸端会議を終了させ
弾けんばかりの笑みを浮かべながら、元気よく片手を挙げてご挨拶。



「こんちわっ、巨乳大会優勝決定さん!」

「せめて人間らしい名前で呼んでっ!!!!」



そんな無礼極まる馬鹿の頭に肘鉄を落としてから
改めて、皆本は彼女に向けて挨拶した。
すぐに薫から反撃が飛んでこないのは、築いた信頼関係のためか。
はたまた、当の本人が頭抱えて蹲ってるせいか。



「どうも失礼しました。
 朧さんも来てたんですか」

「あらあら、鍵を開けたのは誰だと思ってたんですか」

「・・・・・・・・・え?」



聞き逃してはいけない言葉が耳に入った気がするが
皆本の脳は、理解を拒否していた。
どうやら本当に、夏は耳にも陽炎が立つらしい。



「局長と朧さん、何しに来たの?」



最後に残った紫穂から、ようやく建設的な意見が出る。
少しだけ身構えているのは、何らかの任務を疑った為だ。
夏も終盤へと入って、残り少ない貴重な休日。
わざわざ面倒なことで外に出かけるぐらいならば
だらだらと、仲間と一緒に部屋で怠惰に過ごしていたい。
しかし、局長が口にしたのは紫穂の緊張を否定する言葉だった。



「安心したまえ、任務というわけではナイ。
 コレを届けに来たのだヨ!」



綺麗に折り畳まれたそれらは、元々は皆本が購入してきたもの。
先日、京都へと出張してきた際に、局長の指示で買ってきた生地。
仕立てられたそれらはそれぞれに、赤、青、紫の三種の色で
チルドレンの一人一人にぴったりに誂えられている。



「これって・・・・・・・」

「着物? ひょっとしてあたしらの!?」



期待に瞳を輝かせながら、質問するチルドレン。
しかし何故だか聞く相手は、局長ではなく皆本だった。
横から飛んでくる嫉妬の視線に、呆れ混じりの溜息を堪えつつ
朝から用意していた言葉を、皆本はようやく伝えられた。



「少し言うのが遅くなっちゃったけど
 今日の夕方から、縁日があるそうでね。
 それで、もし君らが良かったら一緒に」

「「「行くっ!!!!!」」」



言葉を言い終えるより先に、了承の三重奏が放たれる。
ともあれ、そういうことになった。










「それじゃ、着付けは私が手伝いますね。
 それと、これが皆本さんの分になります」

「あれ? 僕のも!?」

「うむ、一人だけ普段着では格好がつくまい。
 なーに、安心したまエ。着方が解らないならば、私が教えてあげヨウ」

「謹んで遠慮します」










暗がりを帯びた空の下、郷愁を感じさせる祭囃子が辺りに響く。
幾つも提げられた提灯。カラコロと鳴る下駄の音。
たくさんの屋台。多くの人々。織り成される、祭りの空気。
暦を思えば、夏も終わりに差し掛かってはいたが
しかし今この時は、確かに夏という季節が此処に在った。



「ふふん。今日は祭りを堪能するとして
 スクール水着で楽しむのは、また今度だな。
 いや・・・・・・いっそ、風呂か!?」

「そこ、思考を止めろ」



その中を歩く四つの人影。一人は大人で、三人が子供。
夏に相応しく、皆がそれぞれの着物に身を包み
いかにも着慣れて無さそうな感じで、歩を進めている。
眼鏡を掛けた男、皆本の着ている着物はシンプルな紺の単色だが
他の三人の着物は赤青紫を基調として、蛍、蜂、蝶の絵柄が描かれていた。



「そんじゃまずは祭りの定番、金魚掬い!」

「あら、射的からじゃないかしら」



ここぞとばかりに主張しあう小学生。
刺しそうな視線の薫と、のらくらと避ける紫穂。
蜂と蝶。二人の着物の絵柄にぴったりな光景ではある。



「うちは別にどっちでも。
 服が汚れるかもしれんから、食べもんは後の方がええな」



葵は特に行きたい所は無いようで
着物自体にご満悦のようである。
控え目な主張は、蛍の絵とよく合っていた。
そして、慣れぬ服に戸惑っていた皆本は



「ええと・・・・・・・・・・」



見知った顔を見つけ、困ったように立ち止まっていた。
何とも言い難い顔付きとなった皆本は、曖昧な笑顔で呟く。



「何をしてるのかな、宿木君」

「バイトっす」



屋台の一角に陣取った、捻り鉢巻を締めた少年が一人。
といっても買う側ではなく、売る側の方に。
お好み焼き『ナンチャン』と書かれた屋台にて
BABELのミスター味ッ子こと、宿木明は燃えに燃えていた。
ぺぺん、と幾つかのお好み焼きをひっくり返しながら



「こーいう場は、稼ぎ時っすからねー。
 ってことで、お一ついかがっすか?
 自分で言うのも何ですが、味は保証しますし
 皆本さんでしたらおまけしてもいっすよ」

「はは、それじゃ四つ貰うよ。
 ・・・・・・ところで、後ろの犬神君は止めなくていいのかい?」

「明、おかわりー」

「はーつーねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!
 おあずけって言ったろーがーーーーーーっ!!!!」



そんな貴い努力は無に帰すと相場が決まっている。
ほっぺをハムスターのように膨らました初音の姿に
『覆水盆に帰らず』の意味を実感しながら、明は滂沱の涙を流しまくった。



「何で、皆本はんまで泣いとるん?」

「いや、彼の境遇が何故だか身に染みてね・・・・・・・
 強く生きろよ、宿木君」



熱い涙を流す明の姿に、自らを幻視した皆本には
ただ頑張りの言葉を掛けてやることしか出来なかった。
のどもと過ぎれば熱さも忘れる、という言葉もある。
これからも生活続けていけば、そのうち楽にもなるだろう。解決してないけど。



「金魚すくいー!」

「射的ー!」



そして、二人はまだ争っていた。










「射的が良かったのにー。
 無理やりグー出させるなんて反則よ」

「お互い様だろ?
 じゃんけんでお前と真剣勝負するほど馬鹿じゃないっての。
 へっへっへ見てろよー、ヒィヒィ言わせてやるぜっ!」

「誰をだ。むしろ何をだ。
 あと、一応言っとくが超能力禁止だからな」



えー、という抗議の声に釘を刺しといて良かったと安堵する。
あの後、望むところを順番に回ろうということになり
公正なるじゃんけんの結果、力ずくで薫が勝利した。
ばれなければイカサマじゃないが
ばれたとしても、別にオッケーなのがチルドレン流。
弱肉強食が世の習いである。



「おっちゃん、ポイ三つー!」

「おー元気いいねぇ、嬢ちゃん。
 ほらよ。楽しんでくんな」

「よっしゃぁ見てろ、空にしてやる!
 ぎゃー、破けたー!?」



勢いに任せて突っ込めば、破けて当然。
葵も紫穂も、始めてみればそれなりに楽しそうではあった。
やれやれ、と肩を竦めて皆本は距離を取る。
一緒になって金魚掬いに付き合わされるなら
後ろから眺めている方が楽でいい。
そんな彼に、更に後ろから声が掛けられる。



「どうも。楽しんでますか、皆本さん」



振り返ってみると、厳つい面にいいガタイ。しかも眼帯。
何処に出しても恥かしくないヤクザの面相だった。
だが、皆本は怯える風も無く



「まだ来たばかりですが、まぁそれなりに。
 ・・・・・・・・ところで、局長は来てませんよね?」

「ははは、大丈夫ですよ。
 仕事抜け出そうとしやがったんで
 ちょっと麻酔銃はぶち込みましたが」

「・・・・・・・・・・・・・・・」



それじゃ意味無いのでは、という言葉を喉で留める。
昼に着物を届けにきた後、朧女史によって引き摺られていく様子から
祭りに局長が襲撃かけてくる可能性を危惧していたことを思えば
むしろ、目の前の男に感謝すべきだろう。
彼の役職が、局長直属【Aチーム】の隊長であるという事実さえ忘れられれば。



「薫さんたちにゃ、いつも面倒な任務を引き受けて貰ってますからな。
 こんな時ぐらいは、ぱーっと楽しんで貰わないと」


金魚掬いに興じる三人を見詰める視線は、恐げな外見に似ず優しい。
皆本と同様、子供の幸せを願っている大人の目であった。
それは局長も同じの筈なのだが、大き過ぎる愛が暴走するので
もう少し人生を抑え目にして欲しい、というのが共通見解である。
そして眼帯のおっさんは、皆本へと向き直り



「それと皆本さんには、一度ちゃんと謝っときたいと思っとったんですよ。
 いくら上からの命令とはいえ、この前は銃まで向けちまいましたからね」



言葉が終わるのと同時に、頭を下げられる。
そのことには、皆本の方が狼狽した。



「そんな、気にしなくてもいいですよ!
 それにアレは、何処ぞの若作りのせいですし」

「・・・・・・皆本さんも言うようになりましたね。
 着任したばかりの頃は、いかにも研究者という感じだったのに」

「おかげさまで」



苦笑を浮かべた皆本が思い出すのは、昔の出来事。
そんな会話を続けていたところで、聞き覚えのある声が遠くから。



「ヤタイー、オハヤシ、チョーチーン!
 これぞ日本の夏デース! イッツァヤマトダマシー!」

「オーゥ、この服、胸がキツイですねー。
 こういう時は、胸が大きいと大変デース」

「ふむ、こんな話を知っているかね?
 和服というものは、胸の無い女性ほど似合うらしい。
 つまり、昔の日本人は総じて胸が」



少し離れた場所でコメリカ人が三人ほど騒いでいた。
彼らもまた着物を着ており、しかもお面まで付けた姿に
ちょっと頭痛まで引き起こされそうな気がした。
よーく見知ったその顔に、皆本は額へと指を当てる。



「まだ居たのか、あの人ら・・・・・・・・」

「休暇申請したそうです。
 日本とコメリカ間における異文化交流のためと」



許可が出たのか、それで。
中央情報局の管理体制に疑問を抱いたが
それはウチも似たようなものか、と皆本は結論付けた。ちょっとへこんだ。
その間に、日米異文化交流は始まっていた。



「こ、これがコメリカ産!?
 やっぱり牛は輸入禁止にすべきね!」

「フフーン、負け犬の遠吠え見苦しいデスネー。
 日本人にしては中々ですけど、私の敵じゃありまセ―ン!」

「大きいからって、それだけが価値じゃないわ。
 現に、私の方が奈津子よりも男性にもてるのよ」

「・・・・・ってちょっと、ほたる!
 またあんた、自分だけ!!!」



仕事が終わったのか、休暇を取ったのか。
88のGと88のE・・・・・・もとい、常盤奈津子と野分ほたる。
艶やかな着物姿の二人が、メアリーと乳戦闘を開始していた。
ケンもグリシャムも止める気は無さそうで、面白そうに眺めている。
そんな彼らと視線が合わないように、皆本はそっと顔を背けた。
女同士の争いに顔を突っ込んでも、何一つとしていいことなど無い。



「・・・・・・あのー、皆本さん。
 傍から見れば、複数の女性から逃げてる駄目男に」

「賢木と一緒にしないで下さい」



類は友を呼ぶ、という諺が二人の頭に思い浮かんだが即座に否定する。
一人は武士の情けから。もう一人は事実から目を反らすため。
そこで、よっしゃ一匹ゲットー、という声が聞えて
顔を上げるのと同時に、飛び込んできた光景に目を丸くする。
嬉しそうな薫、その横に積まれたポイの数に軽い頭痛を覚えた。
既に遊ぶのを止めていた葵と紫穂も、呆れたような目をしている。



「金魚掬いに幾ら使ってるんだ、アイツらは」

「主に薫さんみたいですけどね
 でも、力は使ってないようですよ。
 だからこそ、あれだけ喜んでるんじゃないですかね」



超能力禁止と言ったのが裏目になったか。
軽く溜息を吐きつつ、皆本は苦笑いを浮かべた。
けれど何故だか、決して悪い気分ではなかった。
それは、満面の笑みを浮かべた彼女の姿から
普段以上の子供らしさを感じられたせいかもしれない。

軽く挨拶を終えてから、皆本はチルドレンの元へと向かう。
上手く金魚を掬えたことを褒めてやり
そして、無駄使いをしたことを叱る為に。
そんな皆本達を見送った男は、微笑を浮かべていた。
まるで、自分の息子や孫を見ているかのように。









飛来する弾丸が、空を切り裂いて標的へと向かう。
狙い違わず命中したのは、最も効率よくバランスを崩れる箇所。
当然の結果として、衝撃を受けたそれは大きくぐらついた。
だが、それ自体の重さのためか、ぎりぎりで倒れる事は無く
引き伸ばされた時間の中で、ゆっくりと元に戻ろうとする標的。
それが永遠に叶わなくさせたのは、同じ箇所に当てられた二発目の弾丸だった。
地獄の底に落ちるかのように、重力の腕に捕われたそれをみて
冷笑を唇に浮かべ、満足げに彼女は言い放つ。



「有象無象の区別無く、私の弾丸は許しはしないわ」

「・・・・・・もう許しちゃくんねぇかなぁ」



困ったように呟いてるのは店のおっちゃん。
まぁ、要するに。金魚掬いを終えたチルドレンは、射的で遊んでいた。



「紫穂、さすがやなぁ。
 でも、力使うなって言わんでええのん?」

「彼女の能力は受動型だからなぁ。
 コツを掴む早さは、むしろ天性とも言えるし
 それに無理したら、体を壊してしまいそうでね」



困ったように、皆本が答える。
その手には、一匹ずつ金魚が入った袋が計三つ。
遊ぶ代わりに、皆本は荷物持ちに徹することにしていた。
葵とのんびり会話しているうちにも、紫穂は幾つも銃を繰り
見てて面白いほどに、標的を落とす落とす。
小学生ゴルゴの姿に、ギャラリーが出来ている程だ。
逆に、最初から今に至るまで全く駄目なのが薫で
銃の癖を見抜こうとして、先程一つだけ落としたのが葵である。



「これ不良品!
 紫穂、ちょっとそれと取り替えろ!」

「さっき替えたばかりでしょ」

「むきーーーーーっ!!!」



勢い任せに、薫が雄叫びと共に撃ち捲るが
わざと外してるように見えるくらい、当たらない。
これはこれで、いい見世物だった。
しかし、さすがに見かねて皆本が口を挟む。



「紫穂、そろそろ止めにしないか。
 全部取ってしまったら、店の人も困るだろ?」

「そうしてくれると有り難いんだがねぇ」

「あら、でもまだこんなに残ってるわよ?」



一人で半分近くをゲットした者の台詞ではない。
微笑む彼女の背後に、鬼か修羅が見えるようだった。
後回しにされたの怒ってるのか、と思ったが、実際その通りである。
力ずくに止めさせてはは臍を曲げるだろうし
かといって、説得を簡単に聞いてくれるほど優しくも無い。
手を包み込むように優しく握りしめ、そっと耳元で望みを囁けば
あるいは聞いてくれる可能性が無きにしも非ずだが
公衆の面前で羞恥プレイを試みる勇気は、皆本には無かった。
手を組んで考える。さて、どうしようか。



「おー、何やら盛況だな。
 しかしお前はここでも子守りしてんのか、皆本」



掛けられた声から、振り返らなくとも誰なのか解る。
それでも律儀に首を回して、声の主を確認する。
予想通り、そこに居たのは皆本と同期である賢木修二。
日焼けした肌を包んでいるのは、やっぱり着物。


「何処で会っても、お前は相変わらずだよな。
 いっそ保父さんとか、学校の先生が向いてるんじゃないか」

「どちらかといえば、研究の方が向いてるさ。
 で、その頬に付いた紅葉は何だ?」

「・・・・・・季節を先取りしてんだよ。
 いや、俺にも予想外だったんだって!
 こんな人居るのに鉢合わせするとか思わねーだろ!?」

「反省しろよ」



どうせまた、ガールフレンド同士がニアミスでもしたんだろう。
成長しない彼の様子に呆れた皆本は、射的を続けている紫穂へと顔を戻す。
つられて賢木も視線を動かし、そして懐かしそうに目を細めた。



「おお、射的か。
 俺も昔はよくやったもんだなぁ」



賢木が口にしたその台詞で、紫穂の動きが止まった。
それに気付いた皆本は、間髪居れずに



「何だ、君も射的は得意なのか?」

「おーよ。ってか、俺に限ったことじゃないけどな。
 接触感応者は勘がいいし、コツを掴むのも早い。
 上手く道具を使うのは、お手の物なのさ。
 子供の頃は、ブラック賢木と呼ばれたもんだぜ」



彼の職業と合わせて、連想するのは顔に傷のある医者。
しかし、当時はただの子供だったろうに
ブラックというのは何処から来たのか。やはり肌?



「ブラックって、その頃から日焼けしてたのか?」

「いんや、ブラックリストに載ったから。
 調子乗って、幾つか屋台潰しちまってさー。
 今地元に帰ったとしても、射的だけはさせちゃくれねーだろな」



フッ、とニヒルに微笑む様子は、とても三枚目らしい。
文字通りの黒歴史を懐かしそうに語る賢木へと指さし
既に銃から手を離している紫穂に、皆本は告げた。



「見ろ、紫穂。
 あれが駄目な大人の例だ」

「・・・・・・・そうね。
 私が間違ってたわ、皆本さん。
 コンプリート出来なかったのは心残りだけど
 いくらなんでも、ああは成りたくないもの」

「解ってくれたか」



二人の心が通じ合った美しい光景であった。
手を握って見つめ合う姿に、ギャラリーからも拍手が起こる。
そんな中、何故かとても不満そうに零す男が一人。



「お前ら、俺を何だと思ってんだ」

「ありがとう賢木。
 友人として、礼を言わせて貰うよ」

「てめーなんか友達じゃねぇっ!!!」



利用できる時には、きっちりと利用する。
それが男であろうと女であろうと
大人同士の友情とは、かくも香ばしいものである。
・・・・・・ちなみに、薫の戦績は0だった。



「もう、やめぇて。
 あんた、こっちの才能無いわ」

「うーがーーーーーーーーーーーっ!!!!!」









その後、大人気なく射的で勝負を挑もうとする賢木とか
ひと悶着は在ったものの、現在は平和に屋台の味を楽しんでいた。
薫はたこ焼きを突付いているし、紫穂はリンゴ飴を舐めて
葵はチョコバナナを咥えている。なお、想像はほどほどにして頂きたい。
メロンのカキ氷を崩しながら、賢木は辺りを見渡した。



「しかし、これだけエスパーが集まってるとなると
 ちと不安にもなってくるな。
 下手すりゃ、テロの格好の的じゃねーか?」

「警備体制はしっかりしてる筈だから、その点は問題無いと思う。
 万が一、何か起こっても、すぐ鎮圧出来るよう準備はされてる筈だ」



お好み焼きを食べる手を止め、皆本が答える。
子供たちに聞えない程度の声による会話。
楽しんでいる彼女らに、水を差したくは無い。



「・・・・・・なぁ、葵。
 さっきから何で、チョコバナナ舐めてんだ?」

「え、そういう作法とちゃぅん?
 まず舐めたり咥えたりしてから食べなあかんって
 紫穂から聞いたんやけど。
 言われてみたら確かに、すぐ食べるんも勿体無いし」

「紫穂、グッジョブ!」

「うふふ、どういたしまして」

「え? え?」



楽しみ方がずれてる気もするが、それはそれ。
微かに覚えた皆本の不安を吹き飛ばすように、賢木は笑いかけた。



「ま、そーだな。考えすぎか。
 まさか、こんな日に『普通の人々』の奴らが居るなんてな」









そのまさかだった。



「くくく・・・・・・・『普通の人々』は何処にでもいる!
 一般入場を許可したのが、貴様らの運の尽きよ!」



わたあめ製造機の前で、怪しく笑う馬鹿が一人。
彼は『普通の人々』実行部隊の新しい隊長だった。
名は体を表すの言葉どおり、外見は正しく普通の人。
しかし、その実は超能力排斥団体のテロリストである。



「この祭りは、バベル主催によるものらしいが
 奴らが行うのが、単なる祭りであるはずが無い。
 どうせ、何か裏で汚らわしい実験でもするのだろう。
 そうはさせるか! エスパーは世界秩序の破壊者だ!
 見ていろよ、化け物どもめ・・・・・・」

「すみません、わた飴一つ下さい」

「あいよっ、一個四百円!」



陰鬱に呟いていたかと思えば、快活に接客を行う。
そんな裏表が矛盾無く存在しているのが、彼らの恐ろしさでもある。
売り終えた後、彼の後ろに集まってくる人影が数名。
その全てが『普通の人々』の一員であり、彼の部下である。
彼らは潜めた声で、情報と意思のやり取りを開始した。



「帰ったか。周囲の状況は確認できたな?」

「はっ! 並びに、全体的な人の流れも把握致しました!
 また、本日九時より花火が上がるそうです!」

「ほぅ、それは初耳だな」



この祭りはともかく、花火のことは一般に知らされてはいなかった。
集客のためには間違いだろうが、サプライズの効果は期待出来るかもしれない。
それを知った隊長の顔に、暗い笑みが浮かぶ。



「では、その時間に合わせて爆弾でも設置するとしようか。
 とにかく、被害が最も大きくなるようにな」

「はっ! 無理です!!!」



敬礼をしながら、全力否定する部下の言葉に
前方に飛び込み前転を行う隊長。こけ方も普通だった。
即座に立ち上がり、先の発言をした部下に指を突きつけて叫ぶ。



「何が無理だっ!
 まさか貴様、エスパーに組するのではあるまいな!?」

「そんなことはありません!
 しかし、我々の誰一人として銃器及び爆弾の類を携帯しておりません!
 だって普通の屋台ですから!!!」

「アホかお前らぁっ!!!」



サムズアップまでかまして報告する部下に、熱い拳で返礼。
肩で息する隊長に向けて、別の部下が質問した。



「では、隊長は持っているのでありますか!?」

「馬鹿者っ! 普通の綿菓子屋さんがそんなモノを持つか!
 今の俺が持っていいのは、砂糖雲という浪漫を創り出す棒だけだ!」



断言すると共に、微妙な空気が漂う。
こうして彼らのテロ行為は、始まる前から破綻した。
しかし、このまま帰ってしまっては何しに来たのか解らない。
こうなったら身一つで何とかするか、と末期の思考を始めた所で



「おじさーん、わたあめ一つちょうだいー」



突然聞えた声に、隊長が振り向くと
そこには小学生くらいの少女が、お客としてやって来ていた。
しかし、よっぽどの形相をしていたのだろうか。
ビクっと少女は身を強張らせて、若干引き気味となる。
これはマズイ、と声を掛けようとしたところで
横にいた少年が、挑むような目付きでこちらを睨んできた。



「・・・・・・・東野くん」

「オイコラ、おっさん。
 何、客を恐がらせてんだよ」



後ろに庇うようにして、見上げてくる。
子供がこんな風に抗議してくるのは
きっと精一杯の勇気を出しているのだろう。
庇う男の子、庇われる女の子という姿に、隊長は目を見開いた。
そう、コレは――――――――



「普通だっ!」

「ベタベタな夏の日の淡い思い出だっ!!」

「よくやった! 感動した!」



よし、後ろの部下どもは後で殴ろう。
ヒソヒソと騒ぐ馬鹿どもに制裁することを心に決めてから
隊長は、わた飴を二つ手にとり



「怯えさせちまって悪いね。
 ちと気分の悪い事があったもんでさ
 ほら、こいつは詫びだ。受け取ってくれ
 ボーズの分と、そっちの嬢ちゃんの分」



これ以上恐がらせないように、笑みを作って少年に手渡す。
東野と呼ばれた少年は、まだ少し不満そうだったが
少女の方は、微笑みを浮かべてお礼を口にする。
泣いたカラスがもう笑ったか、と隊長も笑みを零した。
彼女が、花井ちさとがエスパーであると知られていれば
また違った一幕があったのかもしれない。
だが結局、それは気付かれる事無く、二人は去っていった。
わた飴を持つのとは逆の方で、仲良く手を繋ぎながら。



「・・・・・・よし、やる事が決まったぞ」



見送った後、隊長は部下へと振り返る。
命令を拝聴するために、部下達も背筋を伸ばした。



「この祭りはバベル主催。
 幾つかは屋台自体の運営も、また行っているのだろう。
 ならば現在、我々の行い得る事はただ一つ!
 普通の屋台の主として、商品を全力で売りさばき
 奴らの客を根こそぎ奪ってやるのだ!」

「はっ、了解しました!」



声を揃えて、即座に散らばる部下たち。
自分達の屋台を放っておくのも、そろそろ限界なのだろう。
一人残された彼も暇ではない。精々、わた飴を沢山売りさばかねば。
楽しげな祭りの光景を瞳に映しながら、彼は忌々しそうに呟いた。



「・・・・・・・・ふん、命拾いしたな。
 束の間の平和を精々楽しむがいい、エスパーめが」










その屋台から、少しだけ離れた所で。

何処か眠たげな少女と、学生服を着た少年の二人組みが立ち止まっていた。
年頃の組み合わせは、恋人同士という関係を思わせるが
その二人の間に、甘い空気はまるで無かった。
祭りを無視するかのように、少女がガムを膨らませる。



「いきなし立ち止まって、どーしたんです?
 ひょっとして暴れる気になったんですか」

「いや、今日の所はことを荒立てるつもりは無いよ。
 ただ・・・・・・命拾いしたのはどっちかと思ってね」



そう口にして、少年は悪意を含んだ笑みで口元を歪める。
彼が着ている学生服は、こんな夏祭りにおいては実に場違いだったが
誰一人として、その格好を見咎める者は居なかった。
まるで、彼が見えてさえいないように。



祭りは、まだ終わらない。










「ナオミーッ! その格好は私の為と考えていいんだね! 
 よーしわかったよ今すぐ結婚しよグボァッ!」

「寝ろ! 速やかに!!!」



賑やかに騒いでいる二人に、皆本が出会ったのは
祭りにやって来てから、しばらくが過ぎてからだった。
チルドレンの三人はおらず、今は彼一人である。
人ごみの中を歩くうちに、どうやらはぐれてしまったらしい。
捜し歩き、何やら賑やかな音が聞える方へやって来たところ
其処に居たのは薫ではなく、同じサイコキノである梅枝ナオミだったわけだ。
その着物にあしらわれているのは、梅の花々だろうか。



「皆本さん、お一人ですか?」

「それが・・・・・・・はぐれちゃってね」



情けなさそうに、皆本は呟いた。
一人だけならともかく、三人纏めて見失ってしまったのは
保護者代わりの身として問題である。
こういった、やたらと人手の多い場所で
目の届かない所に居られるのは不安だった。
その心配は彼女らだけではなく、彼女らの周囲にも向けられている。



「でしたら、私が手伝いましょうか」

「え、いいのかい?」

「はい、いつも皆本さんたちにはお世話になってますから」



皆本にとって、ナオミの提案は有り難い。
一人よりは二人の方が、当然効率はいいのだから。
そして皆本の頼みであれば、ナオミの方に否やは無かった。
憎からず思っている相手、ポイントを稼いでおいて損は無い。
しかし、皆本は眉根を寄せた困り顔で



「いや、アレを放っておいていいのか、ってことなんだけど」

「え?」



彼の視線に沿って、首を回すナオミ。
そして、そこに馬鹿を発見した。



「くっ、この痛みは愛の試練か ・・・・・・・
 だが私は負けない!!!
 私の辞書に、後悔と反省と諦めという字は無いのだから!
 愛は地球を救う! そして、私は宇宙船地球号の乗員!
 ゆえに愛は私を救うのだ!!!」



妄言を垂れ流す中年というのは、存在のレベルが犯罪だろう。
同じ主任という立場と思うと、軽い立ち眩みを感じるが
それ以上に、それが担当というナオミの気持ちはおして知るべし。
ナオミと皆本、二人が浮かべた疲れたような表情は
まるで互いに鏡を見ているかのように似通っていた。



「・・・・・・・・・すみません。
 アレの面倒を見なきゃいけないので」

「・・・・・・・・・・・・・君も大変だね」



血の涙を流しそうな面持ちで、言葉を搾り出すナオミ。
憎しみで人が殺せたら、とでも言い出しそうだが
それでも放って置けないのが、彼女が彼女たる所以だった。



「帰ってきてくれたのだねナオミ!
 いや私達の間にもはや言葉は要らない!!
 夏に負けないほど熱く、愛の抱擁を交そうじゃないか!」

「召されろ天にーーーーーーーーっ!!!!」

「ヘヴンッ!!?」



半泣きの一撃が、本日最大の飛距離をマークする。
保護者と被保護者が逆だが、あれはあれでいい関係なのかもしれない。



「とはいえ、
 局長も似たような」



溜息と独り言とが、同時に漏れる。
もちろん独り言である以上、返答など期待していない。
だが――――――



「いやいや、君も中々のものだよ。
 手の早さという点じゃ、並ぶ者がいないんじゃないかな?」

「――――――――――!?」



背後からその声が聞えた瞬間、背筋が凍り付く感覚を得た。
身を翻しながら、相手の姿を確認したと同時に叫ぶ。



「兵部!!!!」



狼狽する皆本に向けて、くすくすと笑いながら
何時も通りに制服姿の兵部は、何でも無いかのように



「そんなにいきり立たないでくれよ。
 残暑も厳しいっていうのに、余計暑苦しくなるじゃないか」

「黙れ! 今日という今日こそは―――――――」

「おやおや、いいのかい?
 そんなモノを抜けば、この祭りは台無しになるぜ。
 ここに居る全員がBABELの関係者、ってわけじゃないんだろう?
 しかし今日のことは、情操教育の一環かい?」



懐に手を差し入れたままで、皆本は硬直した。
念のため、銃を携帯してはいたが
こんな人ごみの中では撃てる筈も無い。
そして、異変に気付く。
先程から、これだけ騒いでいるにもかかわらず
誰一人として、皆本達に注意を配ることなく
空気であるかのように無視して、彼らの横を歩いていた。



「おや、気付いたかな?
 ヒュプノの応用でね、周囲の認識を狂わせる。
 一夜しか持たないし、場所も此処ら限定だけどね。
 今なら解るだろうから、辺りを見てみなよ。
 懐かしい顔も幾つかある」



皆本の顔が顰められる。
つまり、この場には兵部以外の敵が居る。
パンドラと呼ばれる革命組織の者が。
その兵部の声に答えたわけでもないだろうが
二人の耳に雄叫びが聞えた。



「モガちゃん、僕に力をーーーーーーっ!!!!!」



何故、今の今まで気付かなかったのだろうか。
声の方を見てみれば、くじ引きの屋台で気炎を上げている男が居る。
恐らく狙っているのは、一位のモガちゃんランジェリーセット。
人形遣い、九具津隆は絶対の確信の篭った瞳で
引き抜いた籤を店主へと差し出した。



「はい残念ー。スカの毒サソリドリンクですねー」

「ノォォォォォォッ!!!」

「・・・・・・・・・・・」



見てるのが何か厭になって、視線をずらせば
木に凭れかかるようにして、すぴょすぴょと寝ている女性が。
わざわざ持参してきたのか枕まで使っている。
直接の面識は殆ど無いに等しいが、寝ている姿と写真ならば見覚えがある。
かつてバベルに所属していたこともあるドリームメイカー、黒巻節子だった。



「むにゃ・・・・・あと、五年」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」



咄嗟に確認出来たのは、その二人だけだったが
皆本は、兵部へと向き直って尋ねる。



「兵部・・・・・・・仲間の性癖に疑問を持ったことは無いか?」

「・・・・・・・その点では、キミとも仲良く愚痴り合えそうだね」



少しだけ兵部に共感しそうになり
皆本は慌ててその気持ちを打消した。
軽く咳払いをしてから、兵部は改めて言葉を紡ぐ。



「まぁ、今日のところは手を出す気は無いから。
 安心して、祭りを楽しんでくれていいよ」

「・・・・・・・どうやって信用しろと」

「他に選択肢が在るのかい?」



兵部の言う通り、この祭りはバベル主催によるものである。
目的は、確かにチルドレンへの教育という意味も込められていたが
皆本としては、ただ純粋に楽しんで貰いたいだけだった。



「相変わらずの偽善者だな。
 首輪を付けようとしてるだけじゃないのか」

「――――――っ、黙れ!!!」

「怒るって事は、少しは自覚があるだろう?
 なまじ頭がいいと悲劇だね」



睨み合う皆本と兵部。
片や怒りに顔を歪め、片や嘲るような笑みを浮かべ。
その間に流れる、無言で形成された一触即発の雰囲気。
それを破ったのはどちらでもなく、また会話に出てきたチルドレンでもなかった。



「少佐ーーーーーーっ!!!
 ここ凄いね、色んなのがたくさん在る!
 ヨーヨー釣り、取れなかったけど面白かった!
 ・・・・・・って、皆本!?」



いきなり空から現れた少女が、緊迫した空気を粉々にした。
毒気を抜かれたように、兵部も皆本から視線を反らす。
皆本にとって、やはり見覚えの在るその少女は



「澪!? 君も来てたのか?」

「む、来ちゃ悪い?」

「いや、そんなことは無いが・・・・・・」



どうやら認識操作は個々に掛けられているようで
テレポーターである彼女の登場も、周囲の視線を集める事が無い。
澪の登場で何かを思い出したのか、兵部が苦い表情で



「そういえばキミ、コレミツに何を吹き込んだんだ?
 澪の栄養管理がどうのこうのと、最近やたら煩いんだけど」

「・・・・・・・子供を見る身として、当然のことを伝えたまでだ」



伝えられた平和な内容に、ひとまず安堵する。
立場だけで見れば敵同士だが、澪に不幸になって欲しくは無い。
それは父性本能か、あるいはチルドレンと違う境遇への同情か。



「そーだ、コレミツ!
 アイツってば、この近くに居たりしない?
 食べ過ぎるなとか、お金使い過ぎとか煩くって」



だが不満を漏らす澪を見ていると、別にどんな理由でもいい気がしてくる。
子供の幸せを願うことは、決して間違いなどではないだろうから。
そして、皆本と兵部がそれぞれに答えようとしたところで



『澪! やっと見つけた!』

「やば?!」



少し遠くに、顔の下半分を包帯で隠した巨漢が見える。
その頭にお面を付けているのは何かの冗談か。
お姫様のお面のようだが、姫というにはえらく厳つい面相だった。
彼はこちらに向けて急いでやって来ているようだが
そんな速度では、テレポーターには到底追いつけまい。
少しだけ慌てた感じで、澪は皆本へと顔を回して



「ちょっと皆本! 女王に伝えときなさい!
 今度勝つのはあたしよ、って!!!」

「あ、ああ解った。伝えておくよ」



よし、と満足げに頷く澪。
そして中空へと溶け込むように、彼女の姿は掻き消える。
それに遅れて、コレミツが皆本達の元へと到着した。
遅かったか、と呟く彼の姿を兵部は呆れたように見て



「今日くらい羽目を外してもいいんじゃないかな?」

『いえ、それをほどほどで締めるのが私の役割でしょう。
 何より食べきれないほどの量は、流石に買いすぎかと。
 では、先程金魚掬いに興味を示してたようなので、ちょっと行ってみます』



伝えることを伝えた後、兵部に背を向け
皆本に気付くと軽く手だけを上げて、コレミツは去って行った。
そんな嵐が過去った後、残された一人、兵部はくすりと笑う



「君に会ってから、あの二人も変わったなぁ。
 エスパーを惹き付けるような超能力でも持ってるんじゃないか?」

「僕はただ、ちゃんと彼らと向き合っただけだ。
 変わったというなら、今までそうする相手が居なかっただけだろう」

「何とも耳が痛いね。
 でも、一応言っておくけど、澪が心を許してるのは君個人にだ。
 ノーマルにじゃない。バベルに誘ったところで無駄だよ」



心をあっさりと読まれていることに内心、舌打ちする。
それさえも読み取っているのだろう。くすくすと笑う顔には余裕が見える。
しかし、そんな兵部が次に口にしたのは、からかいの言葉ではなかった。



「・・・・・・なぁ、皆本クン。
 神話のBABELの塔、何故崩壊したのか知ってるかい?」

「何故、って、それは神が天罰を落としたからじゃないのか」

「じゃぁ、その天罰ってのは何かな?
 雷による一撃とかは不正解だ」



答えを返せずに、皆本は噤んだ。
歌うように、囁くように、兵部は続ける。



「神が下した天罰は、人の言葉を乱すこと。
 かつて人々は同じ言葉を使っていた。
 バベルの塔を見た神は、人の言葉が同じことが原因であると考えた。
 神の意志の元、砕き散らされた言葉の中で
 人々は意思疎通を行い得ず、次第に別れて行ったのさ。
 なぁ、皆本クン。君らはいつか破綻する。
 ノーマルとエスパー、最初から意思など通じ合う筈も無い。
 いつの日か、積み上げられた塔は崩壊する。
 それは、そう遠い未来の話じゃない」

「黙れッ!!!!」



激昂する皆本へと、兵部は一歩近付く。
怒りを気にしていないように、気にも留めないように。
一歩、一歩と歩くたびに、二人の距離は詰まる。



「希望を積み上げて、絶望に落とされる。
 それが君達の向かう未来の姿。
 絶望さえも糧として、希望を掴み取る。
 どんな災厄を目にしても、必ず未来を手にする。
 それが僕たち、PANDRAの理念だ」



既に、手を伸ばせば届く距離。
皆本は銃を出そうとしていない。
ただ視線だけは反らそうとせずに
兵部の眼光を真っ向から受け止めていた。
暫しのにらみ合いを経て、兵部の方から表情を緩ませる。
更に一歩。皆本の横に立つようにして



「今日来たのは、コレが主な理由だよ。
 一度は、君にちゃんと伝えておきたくてね。
 最後にいい事を教えてあげよう。
 不思議な不思議な、魔法の言葉だよ。
 これを言えば、どんなことでも許可される」



そして彼の耳元で、予言者のように呟いた。
忌わしい事実を告げるかのように。



「『仕方なかった』って言えばね」

「―――――――――――っ!!?」



弾けたように振り向くが、其処にはもう誰も居ない。
辺りに視線を配れば、九具津や黒巻の姿ももはや無かった。
まるで全てが、夏に見た一夜の夢であったかのように。











「ったく、気をつけろよ皆本。
 迷子なんて子供じゃねーだからさー」

「あら、たまにはいーじゃない。
 皆本さんを子ども扱いできるのも」

「あ、ああ」



少し歩いたところで、チルドレンとは再開できた。
今は、また一緒に屋台を回っている。
言うまでも無く、兵部に会った事は伝えていない。
しかし、その生返事を感じとったのか



「・・・・・皆本はん、何か元気無いな。
 こんな人多いし、変なんに絡まれでもしたん?」

「よし、相手の顔教えろ。
 ちょっとボコって来るから」

「いや待て、落ち着け薫。
 僕は別に大丈夫だから」

「私達と離れてて寂しかっただけよね」

「そーでもないっ!!!」



たしかに、葵の言葉も間違えちゃいないけどな。
気付かれないように注意しながら、皆本は心の中だけで重い息を吐く。
思い出していたのは、伊号中尉による予言。
成長した薫をブラスターで撃つ自分の姿。
中尉の予知は、現在に至るまで外れた事が無い。
実際にその未来がやって来た時、自分は口にするのだろうか。
―――――――――仕方なかった、と。



「・・・・・・いい嫌がらせだな。あのクソ爺」



苦虫を百匹ほど纏めて噛み潰したような表情で、小さく呟く。
兵部も予知の内容を知っている以上、あんな事を言い残したのに
皆本に対する嫌がらせ以外に、理由は無いだろう。
苛立ちを抑えるためにも、別れた中尉に想いを馳せた。



「また、どないしたん皆本はん。
 うちらの方、じっと見たりして」


はっ、と皆本が我に帰る。
思いに耽っていた間、チルドレンの方へと視線を固定していたらしい。
疑念の視線に対して、何かいい言い訳を考えるより先に
薫が大きく、うん、と頷いて



「そうか、あたしらに見惚れてたわけだな」

「いや違うしっ!?」

「いーからいーから、照れるな照れるな!
 あたしらとお前の仲じゃねーか!
 でも、残念ながら下着は履いてるんだ」

「何がどう残念だっ!」

「下着履かないだなんて、はしたない事しないわよ。
 ねぇ、葵ちゃん」

「え?」

「・・・・・・・ちょっと待て、その驚きの声は何だ?」



会話を続けるうちに、苦笑が自然と浮かぶ。
チルドレンと一緒では、皆本には落ち込む暇も無いようだ。
そうする内に空の方から、ドンと大きな音と光が降ってきた。



「わ、花火だ」

「おー、でっけー!」



人の邪魔にならない場所へ移動してから立ち止まり、空を仰ぐ。
夜に満ちた漆黒の空に、大輪の華が幾つも咲いた。
光と音で描かれる、一瞬の芸術。
一瞬が過ぎた後に、残るのは微かな煙ばかり。
美しさを後には残さず、ただ心にだけ焼き付けられる。
それはまるで、まるで―――――――――



「・・・・・・・なぁ、皆本」



その声は、頭の後ろから聞えた。
気付けば後ろから、首に手が回されている。
着物の姿では、いつものような肩車は出来ない
その代わりに、薫は抱きつくようにしながら



「あたしら、ずっと一緒だよな?
 葵も、紫穂も、もちろん皆本も
 ずっと、ずっと・・・・・・・・」



『今』は永遠に続くわけじゃない。
どれほど楽しいと感じていようとも、必ずそれは変わり続けるもの。
時間が止まってくれない以上、必ず終わりがやってくるもの。



「・・・・・・ああ、当たり前だよ。
 ずっと、僕たちは一緒だ」



けれど、皆本は薫の言葉にそう答えた。
葵と紫穂、二人の手を握り返しながら。
思い出すのは、ある島に設置されたホスピスでの出来事。
末摘花枝の能力、ヒュプノによるターミナルケア。
永遠に変わらない『今』なんかない。
けれど、何もかもが消え去る訳でもない。
それは形を変えて、ずっと残り続けるもの。
花火を見上げながら、チルドレンの温もりを感じながら、皆本は祈る。
願わくば将来において、彼女らがこの『今』を振り返られるように。
そう、この時間が



「いつか―――――――――――」



彼の声を隠すようにして、夜空に大輪の花が咲く。
何処か眩しそうに、皆本は目を細めて其れを見詰めた。



「・・・・・・・?
 皆本、今、何か言ったか?」

「・・・・・・来年も、再来年も。
 こうして一緒に花火を見よう、って言っただけさ」



彼の声に応えるように、葵と紫穂は手に力を込め
薫は首を締めるかのように腕に力を入れる。
飽きる事無く、四人はずっと花火を見続けていた。
その時間を心に焼き付けるかのように。