本日 39 人 - 昨日 73 人 - 累計 182571 人

文珠

  1. HOME >
  2. 創作2 >
  3. 文珠


文珠





それは本来、人の身には過ぎた力である。

万物を生み出し
因果さえも反転させる。

故に、扱いには細心の注意が必要なのだ。
万一、心悪しき者の手に渡れば一大事であり
その際における被害は想像して余りある。

『壊』をビルに投げつければ?
『毒』をダムに投げ込めば?

どちらにおいても、死傷者は膨大な数に上るだろう。
ちょっとした思い付きでさえも、これほどの被害を出し得る
しかも、投げるという簡単な動作を以ってして。





だが、そんなものは力の一端に過ぎない。

文珠の本当の恐怖
それは物理的な破壊力でも、化学的な殺傷力でもない。
過程を全て消し飛ばし、結果だけを現出させる事に在る。

そう、ソレは恐怖だ。
余りにも容易に、地獄を現出させる。
そして、この日、美神除霊事務所が闇に包まれた。





きっかけは、横島が文珠を取り落としただけである。
それだけならば、発動などしなかった。

だが

現状に不満を抱いていた事
将来に不安を抱いていた事

横島の漠然とした感情を、文珠が勝手に受けとめ
更に、それが久しぶりに造る事の出来た太極文珠であったがために、
より強く、その心に潜む願望のままに、発動してしまった。

そして、横島と、傍にいた美神がその光に包まれた。



それだけでは終わらない。

氷室キヌが
犬塚シロが
タマモが

余波により、次々に倒れ付したのだ。
彼女達の傷は深く、下手をすれば、再起不能であろう。

なんと哀れな事であろうか。
今なお、彼女達はテーブルに突っ伏したままだ。










「横島さんが壊れた美神さんが壊れた横島さんが壊れた美神さんが壊れた・・・・・・」

「父上、もうすぐそちらに逝き申す。未熟者の拙者を叱って下され・・・・・・」

「私はまだ寝てるの、殺生石なの、優しく暖かい夢を見てたの、それが悪夢に変わっただけなの
 だからお願い夢なら覚めて・・・・・・・」










そんな彼女達も許されなかった

耳から情報は飛び込んでくる
記憶は消え去る事がない

そして、今も繰り広げられている狂宴



それは――――――――――















―――――ぶどうを一粒ずつ食べさせあっている



―――――美神と横島、二人の姿





「はい、ア~~~ン」

「ア~~~~~ン
 う~ん、美味しいよ美神さん」

「アアン、だ・め
 今は令子って呼んで、ヨ・コ・シ・マ、くん♪」

「ふふっ、わかったよ令子。
 じゃあ、俺の事も忠夫って呼んで欲しいな♪」

「う、うん
 た・・・・・・ただお」

「うん、レイコ♪」



ぽっ、と頬を赤らめ合う。

二人はニコニコと笑いながら、互いの名を呼び続けた。
それは、まるでバカップルの如く。



「タ・ダ・オ♪」

「レ・イ・コ♪」










そんな悪夢の中で
耳を押さえて涙を流し続ける三人

床に転がった文珠は、まだ光り続けていた。

その文字は――――――――――『恋/愛』