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プレゼント

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有限なる過去が届くは今

今が進むは無限なる未来

私は最早亡き、幽玄の過去を顧み

私は今だ無き、夢幻の未来を見据え



そして、狭間の現に在る、今をこそ想う










時は、12月24日のクリスマスイブ。
場所は、まだ片付けが終っていない美神除霊事務所。つまり私だ。
掃除が終った後に備え、パーティーの準備もしていたのだけれど
どうやら、それはしばしのお預けとなりそうだった。
何故ならば、これからサンタの手伝いをするようだから。
私の尻拭いにも等しいことを思うと、申し訳ない気もするが
嬉しげなオーナー達の姿を見ていると、そんな気分が雲散霧消するのは何故だろう。




「さぁ、出かけましょう!
 子供達の夢を叶えてあげるのよ!!!」

「僕たちの手で皆を喜ばせて上げられるなんて
 なんて素敵なんだろう・・・・・・!」



人工霊魂である私は、残念ながら付いて行く事は出来ない。
将来的に、他の何かに乗り移る力をより成長させれば
事務所から長時間、離れることが出来るようになるかもしれないが。
私が見送っている事に、気付いているのかいないのか
即興の鼻歌を口ずさみながら、オーナー達三人は出かけて行った。
何やら、後ろで引き止めようとしていた事にも気付かずに。
後に残されたのは、ベッドに腰を下ろすサンタが一人。



「・・・・・・・・・・ま、えーわ」

『何か、不都合でも在るのでしょうか?』



頬を掻きながら漏らす彼に対して、私は質問する。
まさかとは思うが甘言を弄し、皆を騙しのけたのだろうか?
しかし、そう考えるにも様子がおかしい。
サンタには含むところが無いようにも見える。
その判断が正しい事を示すように、呆れ口調で紡がれた返答は



「不都合っちうか・・・・・・・・・
 あの袋、子供の欲しがるモンしか出せんのや。
 それ知って、手伝われへん可能性考えたら
 むしろ好都合だったかもしれへんけどな」



言いながら、サンタは再びベッドに寝転がった。
なるほど、その言い分には納得出来る。
確かに、オーナー達は自分の欲望に忠実な分だけ
気の向かない事柄は、一切手を付けないタイプの人間に属する。
知り合って日の浅い私や、会ったばかりのサンタにさえ判る程に。
あるいは、おキヌさんは違うかもしれないが
この世には、朱に交われば赤くなる、という諺も在る。
どうか事務所の良心として、そのままのあの方で居て頂きたい。
当の事務所本人が切に望む所存である。



「で、ワシは此処で寝とってええんか?
 退け言われたところで、まともに動かれへんけど」

『いえ、貴方が怪我を負ったのは私の責任ですので』

「いやいや。そない気にせいでもええ。
 お前さん等に怒鳴った時ゃ
 プレゼントどないしよか、て思とったからああ言うたけど
 結界はともかくとして、ぶち当たったんはワシの方からやからな。
 どや、お前さんも欲しいもんがあったら出すか?
 今は袋がないさかい、あいつらが帰って来てからやの。
 お前さんが生きとった頃とか、子供の頃思い出して
 たまには、昔を懐かしむんもええやろ」

『・・・・・・・・・・ええ。
 帰ってくるまでの間に、考えて置きます』



何処か、気の無い答えを私は返す。
目を閉じたサンタからは、静かに寝息が漏れ始め
そうして、イブの夜は何事も無かったように更けていった。











12月25日。

クリスマス当日の天候は、雪が降りそうで降らない曇り空。
結局、昨日の内にはオーナー達は帰って来なかった。
考えてもみれば、それも当然。
あと120人に配らなければ成らない、とサンタは言っていた。
世界中の24日における夜を、それだけの人数分回るのだとすれば
それは一日がかりの仕事になるのも道理。
更に、その重労働をこなしたとしても
報酬として待っているのは、子供向きのプレゼント。
オーナーが暴れださない事を心から願う。

当のサンタはゆっくりと休んでいた。
クリスマス当日に休むサンタの姿は
ある意味当然ながらも、何処かシュールさを醸し出している。
そして見守る他にやる事の無い私は、暇を持て余していた。
片付けの続きを出来ないではないが、差し出がましい気もしてならない。
生活を行うのはあくまでオーナーであり、住居たる身の私ではないのだから。
そう、あくまでオーナーの身を思っての厳しさであり
決してこまごまとした作業が面倒だからではない。

・・・・・・・・・ふむ。
彼が起きた時に備えて、食事の用意でもしておこうか。
それに伴って、懐かしい過去を思い出す。
父が生きてた頃は、料理は私の役目だった。
褒め言葉の類は、聞いた覚えすら無いけれども。
いつもいつも、同じ様なやり取りの繰り返し。



『美味かぁないな』

『お、美味しくないですか?』

『不味くも無い』

『・・・・・・・・・・・・』



・・・・・・我が父ながら、本当に偏屈な人だったと思う。
わざわざそんな事を口に出しつつも、残したりはしないのだから。
表情を作ることが出来たなら、今の私はきっと苦い顔をしているだろう。
その表情の名は、苦笑と呼ばれるものだ。
同時に、昨夜サンタに聞かれた事をを連想する。
私は食事の用意を続けながらも、過去と今とに想いを馳せた。





私は人工的に造られた霊魂。
生まれた時から、今現在に至るまで
ずっと幽霊だった私にとって、子供であった頃などは無い。
あるとすれば、それは父と過ごしていた時間に該当するだろうか。

父は―――――渋鯖男爵は実に偏屈な人だった。
生涯、人工霊魂の創生に携わっていたオカルト研究家。
天才といって過言ではないが、人嫌いでも有名な人物。
何故、人嫌いの父が私を造ろうとしたのか、私は知らない。
父が率先して言う筈も無く、私自身も聞こうとはしなかった。
父は私を生み出した。そして私は父の息子である。
其れさえ解っていれば、其れ以上を私は欲しなかった。

父と過ごした時間は、そう長くは無い。
私が何時生まれたのか、正確には覚えていない。
どの様に造られたのか、明確には解っていない。
気付けば、私は父と共に生活していた。
父はどちらかと言えば無口な人で
口を開けば、憎まれ口ばかりを舌に乗せていた。
そんな父でも、何も喋らないわけでもなく。
私を人工幽霊壱号と呼ぶ父。私は自分に名が在る事を知った。
私を息子だと口にする父。私は家族が居る事に気付いた。
私を創り上げ共に在る父。私は一人ではないと解った。



だから、そんな父が倒れた時
私にとっての世界もまた、崩れ落ちた。



ベッドに寝る父に、私が出来る事など何も無い。
精精が、何時も通りに食事を運ぶ事くらいなもので。
父の人間嫌いは、私の想像以上だった。
医者に掛かりもせず、病院へと行きもしない。
普段と変わらぬ仏頂面で、ただ一言だけ私に告げた。
死ぬならば此処で死ぬ、と。
生まれつきの霊である私にとって
死とは、逆に縁遠い概念だった。
生の途切れる瞬間こそが死。
その生きていた頃を持たない私が、死を理解出来るはずも無い。
また、父は霊にならぬと常日頃から言っていた。
霊になるだけの理由が無い、と。



『・・・・・・・・・・フン。
 美味くもなきゃ不味くも無い、な』



食事を終えた父は、身を布団に横たえる。
ただ座っているのも億劫なのか。
目を閉じたまま、父は言葉を紡ぎ続けた。
まるで、私に言い聞かせるように。



『霊になるなど、未練の延長に過ぎん。
 そして、ワシに未練などは無い。
 やりたい事は当に終えていた。
 終った後の余暇も、充分に楽しんだ。
 結果、息子に看取られてゆっくりと寝る事が出来る。
 これ以上、一体何を望むという』



そして、父は笑った。
初めて見た、最後に見た、父の笑顔。
震える唇が、最後の言葉を紡ぎ終える。










『―――――――――――生きろ』










そして、閉じられた瞳は――――――再び、開く事は無かった。
遺した言葉は、たったそれだけで。
生前の言葉どおり、霊となって残る事も無く。

父は偏屈な人だった。
わざわざ、人工物でしかない私に名を持たせるほどに。
わざわざ、霊魂でしかない私を息子として受け入れるほどに。
戸籍を持たせ、姓を担わせ、自分の息子として登録するほどに。



父が亡くなった後、私は私の所有者を探した。
私は霊能者の波動を受け続けなければ、消耗が避けられない。
存命中は、霊能力者が幾人か訪問することがあったが
もはや父が居ない以上、しだいにそれも無くなるだろう。
強力な霊能者が必要だった。出来れば、一人で私を維持出来るほどの。
事務所を持たない霊能者など、駆け出しに等しく
強力であるという点をクリアできない。
かといって、強力な霊能者は事務所を既に構えている。
優れた霊能者が事務所を失うような、そんな事件でもあれば御の字なのだが。
それは、当たるかどうかも解らない宝くじを買い続けるようなもの。

けれど、私は待ち続けた。
ずっと、待ち続けた。



父の遺言を為し遂げる為に。

―――――――生きる、その為に。










そして、幸運にも美神オーナーを得た今の私は
事務所として働く他、給仕紛いな事をやっている。
宙に浮く皿を受け取りつつ、サンタは少々不満げに零した。



「病人食におかゆは定番かもしれんけど
 ワシ、病人やないんやけどなー。
 酒は無いんか、酒は?」

『昼間からのアルコールは、控えた方が宜しいですよ』

「酒は百薬の長、って知らんのか?
 まぁ、一応感謝はしとくわ。
 わざわざ飯作ってくれて、あんがとさん」



言って、サンタは簡素な食事を取り始めた。
繰り返し往復するスプーンを見詰めていると、少しばかりの懐かしさを感じられる。
取り立てて事件が起きるわけでもない、退屈にも似た平穏な一時。
ただゆっくりと時間が過ぎて行く、クリスマスの昼下がり。
そして私は、昨夜のサンタの台詞に対する答えを得た。















「おー、お疲れさん。
 さすがに人間にゃ、キツかったやろ」

「・・・・・・ね、眠い・・・
 寒い・・・・・・・・・・・」



夜更けになって、オーナー達が帰ってきた。
蒼褪めた顔付きの横島さんが、倒れ込むようにして扉から入って来る。
だが、すぐに立ち直って瞳を輝かせると、我先にと袋へ走った。



「そんなことよりプレゼント!
 裸のねーちゃん!!!」

「ちょっと私が先だってば!!!」

「あ、私も欲しい~~~~~」



三人によって繰り広げられる喧騒。
それから距離を取っているサンタに、私は話し掛ける。



『サンタの贈り物は、プレゼントなんですよね?』

「ん、そりゃ当たり前やろ?」

『そうですか。
 では、『今』の私には必要の無いものです。
 それは既に、手に入れていますから』



私の言葉を聞いたサンタは、訳が解らないとばかりに首を捻った。
けれど、それを問いとして放つ事は無く
その代わりに、目を白黒させた皆に説明を加えている。
可愛かった頃のオーナーは想像し難いかな、などと
少々失礼なことを考えつつ、それ以外の台詞を声へと変えた。



『オーナー、今更かもしれませんが
 折角ですからパーティーを行いませんか?」















「あの時・・・・・・・・・!
 何故あの時、俺は合体ロボでなく裸のねーちゃんをのぞまんかったんや!?
 あああああっ!!!!!」



四人だけ、僭越ながら私も入れれば五人だけのパーティーは
パーティーとは言っても、ささやかなもので。
アルコールを摂取した横島さんは、酔っ払いらしく管を巻いている。
その後ろでは、『男汁』と書かれた日本酒をラッパ飲みするサンタ。
純真無垢な子供には、見せてはならない光景の一つだろう。



「酒も煙草もやっちゃってさぁ!
 競馬もパチンコもやっちゃってさぁ!!
 そいで思いっきり働くんや!!!
 それが男やないけ、われっ!!!!!」

「てんてんてんまりてんてまりー♪」



サンタの横には、手鞠で遊ぶおキヌさん。
酒は一切摂取してない筈だが、流石と言うかのマイペース。
そんな統一感の欠片も無い三人を視界に入れた後
ぬいぐるみに目をやって、オーナーは一言。



「ま、いいか」



そうして苦笑じみた笑顔を見せた。不満を漏らす事も無く。
これはオーナーに抱いていた先入観を、若干修正する必要がありそうだ。
決して、彼女は守銭奴であるだけの人間ではない。



「稼ぐのは新年からでも出来るしね。
 来年はもー、稼いで稼いで稼いで稼いで稼ぎ捲るわよー!!!」



しかし、修正は少しで良さそうだった。
頼もしくもあるが、先ほどの様子は白昼夢かと疑いたくもなる。
そんな風に過ごしているうちに、日も変わろうとした時分。
外の風景の変化に、気付いたのは誰が一番だったろうか。
誰かが漏らした声で、私もそれを気付く。



「あ・・・・・・・・・・」

『――――――――雪、ですね』



窓の外、夜の世界で静かに舞い落ちる白の結晶。
椅子に腰掛けていたオーナーは後ろを振り向き
落ち込み続けていた横島さんは顔を上げ
顔を綻ばせたおキヌさんは、窓の近くへと近付いて
そして、サンタも酒を飲む手を止めて振り返った。
皆は無言のまま。ただクリスマスという時間だけが終りに向かう。

今という時は、永遠という意味ではない。
オーナー、横島さん、おキヌさん。
いずれ、誰かが居なくなるかもしれない。
GSという職を思えば、決してありえない話ではない未来予想図。
けれどそれでも、今この時間だけは、間違いなく此処に在る。
皆と同様、雪の舞い散る様に意識を向けながら
過去の父に向けて、今の時から答えを返した。





私は―――――――生きています、と。