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ナミダとエガオ

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嬉しい時は笑おう
悲しい時は笑おう
苦しい時も笑おう
悔しい時も笑おう

心を切り離したままで
笑い続けてさえいれば
何時の日か、泣き方なんて忘れられる

感情に―――――――――意味なんて無くなるから










横島忠夫は変わった。
それは昔の彼を知る、誰もが思い浮かべる感想。

セクハラがなくなったわけではない。
馬鹿な行動をしなくなったのでもない。
貧乏生活にピリオドを打てたのでもない。

それでも、久方ぶりに会う知人友人には
確かに変わった、という感想を抱かれた。
わざわざそんな事を口にする者もいなかったが。
彼自身の行動は、先に述べたとおりに大して変わってないにも関わらず、だ。
そのために、変わったな、という思いは皆同じだったのだが
何処が変わったのか、言葉にして表す事が出来なかった。

一体、何が変わったのか。
それは何よりも、一つのコトに尽きる。
誰もが気付かなかったほどに些細なコト。



――――――――彼は、以前にも増して、笑うようになった。








「何スか、美神さん?
 急に呼び出しなんて・・・・・・はっ、まさか誘ってるのでわ!?
 不肖、横島行っきまーーーーーーーーごぶはぁっ!!!!」



飛び掛ってきた横島を、一撃の元に殴り倒す美神。
それは事務所の日常風景とも言えるものだった。
普段と違うのは、この部屋にいるのが横島と美神の二人だけという事。
他に誰もいないのは、美神が用事を言いつけたからだ。
これから行う事に、他の誰かを巻き込みたくは無かった故に。
・・・・・・いや、それすらも建前か。
美神はただ、横島と二人きりで話したかっただけなのかもしれない。
どちらが正しいのか、考えた所で詮無き事だが。

美神は軽く頭を振って、下らぬ考えを払い落とした。
顔を上げて、視線をソファに座っている横島へと向ける。
彼は、以前からよく笑っていた。
笑うだけではなく、怒ったり泣いたりと起伏が激しかった。
感情の動きに左右されやすいのか、よく言えば素直なのか。
へらへらと締まりの無い顔で、いつも笑っていた彼。
もう見慣れた、彼の笑顔。



「ねぇ・・・・・・横島君」

「はい?」



聞き返す声さえも笑みを含んで。
幸せだという微笑を隠しもせずに。
その表情に蔭りなどは微塵も見えず。
ふぅ、と息をついた美神は
そんな横島に対して、爆弾を落とした。



「アレから今まで、悲しいって思ったこと、ある?」



実に漠然とした問い。
アレというのが、何を指しているのかも明確ではない。
第三者が聞いた所で意味など通じず、
美神の人柄を少しでも知ってる者ならば、
このような問いを発したことを訝しむだろう。
彼女は、いつだって正面突破が常なのだから。
回りくどい聞き方など、似合わぬ事この上無い。
だが、横島には意味が通じたのか、
ぱちん、と
スイッチを落とした電灯のように、彼の顔から笑みが消える。
後に残されるのは、表情の一切が抜け落ちた顔。
その変化を見た美神は、しかし、顔色一つ変えなかった。
唇が開き、舌が震え、自然と言葉を紡ぎ出す。



「悲しむなんて・・・・・・・俺には、そんな資格無いやないですか」



目尻を細めて
口元を吊り上げ



「アイツと、約束したんです。
 アシュタロスを倒すって」



軽く顎を引き
頬の筋肉を増員し



「約束、守りました。
 アイツを、犠牲にした事で」



無駄な力を殺ぎ落とし
無駄な心を削ぎ落とし



「他に方法が無かった。
 世界のためなら仕方無い。
 あれが取り得た最善の手段。
 んなおためごかしは、正直どーでもいいです。
 重要なんは・・・・・・」



浮かんだのは、ごく自然な笑み。
最近、慣れてきた一連のプロセス。



「決めたんは俺で、手ぇ下したんも俺やという事です。
 何で、俺が悲しめるっていうんですか?
 殺してしもた命やのに、殺した俺が悲しむ?
 そんなの、自己満足の極みやないですか」



横島は淡々と答えた。
そこには一切の澱みが無く、
あたかも教科書をなぞっているかのよう。
救えなかった事を悲しむ。
それは弱かった己への憐憫。
自分の為に、自分を哀れむなどとは愚の骨頂。
そうやって、横島は己自身を嘲笑う。

だが・・・・・・



「・・・・・・・ちがうでしょーが」

「?何が違うんスか?
 結局、最後は俺が決めたんスから
 アレは俺の責に・・・・・・」

「だからっ!違うでしょうがっ!!!」



美神の叫びに驚いたと同時、
横島は、襟首を捻り上げられた。
距離を詰められた事を驚くと共に
呼吸が止まり、一瞬、視界が暗転。

光を取り戻した彼の目に映ったのは
今にも射殺さんが如き美神の眼光。



「自己満足!?
 俺の責任!!?
 資格が無い!?
 そんなの関係ないわよ!」



美神の両手は横島の襟首に。
普段彼を殴りつける拳の代わりは、
斬り付けんばかりの力を込めた舌鋒。
ちょいと首を動かせばキスも出来そうな距離で
ただ、感情に任せ、大声で喚く。



「大事だったんでしょ!
 だったら悲しむのが当然なのよ!
 資格が無いとか責任がどーとか!
 いちいち、らしくも無い理由付けて逃げるな!!!」



逃げるな。
それを聞いた瞬間、横島の笑顔に罅が入った。
刻まれた罅は僅かなもので、けれど決定的な傷痕。
それでも、歪んだ笑顔のままに叫び返す。
自分のやって来たことは、正しいのだと信じたくて。



「・・・・・っ!
 だったらどうしろっていうんスか!
 俺は生き残った!なら幸せにならんと!
 笑ってないとアイツに申し訳ないやないですか!
 泣けるわけ、許されるわけ無いやないですかっ!!!」

「泣けばいいじゃない!
 アンタが許せないなら私が許すっ!
 誰が許さなかったって私が許すっ!!!
 だから――――――――」



口にする言葉は諸刃。
叫べば叫ぶほどに、美神自身の心をも傷つけていた。
だが、黙る気など毛頭無い。
彼女は怒っているのだから。
泣きたくなる程に、怒っているのだから。

後頭部に手を回して
思い切り顔を胸に押し付ける。
目を見開いている横島の顔を。

――――――――涙を流している、彼の顔を。



「もう、泣きなさい。思う存分。
 我慢しなくっていいから。 
 泣くのを無理に我慢しても・・・・・・」



それじゃ、私みたいになるだけだから。
必要の無い言葉までは漏らさず、
彼の頭に回した手に、軽く力を込める。
身動ぎはするものの、逃げようともせず
さりとて、過去のように襲い掛かりもせず。

そのままで、どれほどの時間がたったろうか。
部屋に響き始めたのは、慟哭と嗚咽。
泣きじゃくる姿は子供そのもの。
情けなくて、頼りなくて、格好良さなど何処にも無くて。

でも、それが横島だった。
そんな彼を、彼女は――――――ルシオラは、好きになったのだ。
格好悪い所まで含めて、彼を愛した彼女なら
無理に格好つけてまで、笑って欲しいと思うだろうか。
もはや想像するしかないが、答えは『否』だと思う。

益体も無い想像に駆られつつも
彼の頭を、彼の背中を、美神はずっと撫でていた。
彼の命を、彼の体温を、自分の肌で直接感じながら。
ずっと、ずっと撫で続けていた――――――――







悔しい時は泣こう
苦しい時は泣こう
悲しい時も泣こう
嬉しい時も泣こう

どれ程惨めに泣いた所で
諦めたりさえしなければ
たとえ忘れたとしても、笑い方だって思い出せる

感情は、消えて無くなったりしない



起きたままに続く悪夢も
先すら見えぬ深い闇夜も
凍えるくらい寒い驟雨も

永遠なんてコトはない
ユメは覚め、ヨルは明け、アメは止む

次にやって来るのは、気持ちのいい朝
きっとその空は、雲一つ無く晴れ晴れとしている事だろう



そう――――――――思わず、笑い出したくなるくらい






子守唄を歌いましょう
泣かずにあなたが眠れるように
笑顔であなたが起きれるように

優しき春には、桜の下でお花見を
猛き夏には、向日葵前ににらめっこ
切ない秋には、金の雨中銀杏拾い
静かな冬には、
一年通した



子守唄を歌いましょう
小さく儚いわたしの声で
優しく拙いわたしの詩で

楽しい事はたくさんあって
時間は全然足りなくて
時には疲れることもある
そんなあなたに安らぎを
胸に秘めたる愛しさ込めて



子守唄を歌いましょう

わたしのそばの、あなたのために

誰より愛しいあなたのために

子守唄を歌いましょう