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彼女がにぉぉと言ったから。今日はタマモの華麗記念日(タイトルと本文は塵ほども関係ありません)

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貴方の眼前に展開されている光景は、悲劇と呼ぶに相応しい。



床に倒れ込み、小さな声を上げながら痙攣を続ける少女、タマモ。
艶やかなナインテールは、その一房だけがアホ毛のように額に向けて垂れ下がり
そのために、倒れ付した彼女は後ろからでは八尾のように錯覚してしまう。
床に伸ばされた指先は、うどんの汁で【お】と書こうとしていたように見えた。

そんな彼女を囲み、いぶかしげな表情をしている仲間達。
彼らの表情には、疑念と困惑という二つの感が表れている。
根底の思いは一つ――――――――何が起こったのか?



いや、彼らのうちで一人だけ視線を反らしている者が居る。
その唯一の例外は、振り返りこっそりとVサインをしてみせた。
其の例外たる彼女こそが、この事件の犯人だったのは言うまでも無く。
にぉぉぉ・・・・・・という呻き声は、地獄の底から響くようであったという。

事件の全てを語るには、少々時を遡る必要がある。
では、悲劇の開始地点にまで視点を移すとしよう。










――――――――― 巻き戻し










始まりは、冬も終わろうとしていたある日の事。



「ごっはん♪ ごっはん♪」



場所は、事務所の一室。時は一仕事を終えての、夕餉の直前。
美神におキヌ、シロタマだけでなく、横島も一緒に席に着いている。
シロは尻尾をぶんぶか振りたくっている。何故にそこまでご機嫌なのか。
その答えは、彼女の目の前に置かれた本日の晩御飯にあった。
皿の上、湯気を立てて自己主張に忙しない物体。



「十二分に消化された後の空きっ腹!
 じゅぅじゅぅと湯気を立てるステーキ!
 これぞまさしく、幸せ空間で御座るな!!!」

「何だその不思議世界発見。解る気もするが」



呆れた様に口にする横島も、視線は机の上に固定されている。
二人して『待て』と言われた犬のようで、見ていて微笑ましいやら面白いやら。
その意識は全て、目の前に置かれた食事に向いている。
後になってから思う。だからこそ気付かなかったのだろう、と。
ニヤニヤ意地悪そうに笑うタマモと、悪戯ッ子のような笑みを浮べたおキヌに。







頂きます、と仲良く唱和して始まる食事の時間。
ご飯やらサラダやらより肉だ。まず肉なのだ。
肉食動物としての本能がタンパク質を欲している。だって狼ですもの。
よってシロはおもむろに、切り取ったステーキの一片を口に放り込んだ。

しかし、口を閉じた瞬間に、シロの顔は笑みの形で硬直する。
彼女同様に、肉から食べた横島の顔にも疑問が浮んでいた。
ゆっくりと咀嚼すると、更に違和感が肥大していく。
風味が違う。歯ごたえが違う。そもそも香りが違う。
何故、気付かなかった。何故、気付けなかった。
頬張る瞬間まで、まるで察せなかった自らを呪う。
真剣な顔付きになったシロは、眼光でステーキの残りを射抜きながら結論付けた。

コレは―――――――――肉では無いッ!!!?



「ふっ・・・・・・・」



小さな声に視線を上げると、その先でタマモが嘲りを口に浮べていた。
『アンタ、背中が煤けてるぜ』と言わんばかりの表情。
続けて、彼女はシロに向けて断罪の言葉を紡ぐ。



「シロ、残念だわ。
 あなたの肉に対する愛はその程度だったのね」

「な、何をいきなり言ってるでござるか!?
 拙者は肉、散歩、先生の三大要素で構成されているとご近所でも評判で御座るよ!!!」



無くせ、その評判。
要素の一つが小声で呟いたが、聞くものは誰も居なかった。
代わりにタマモが大袈裟な身振りで、シロの反論を一蹴する。



「ハッ、笑わせてくれるわね!
 食べるまでわからなかった時点で、肉が要素などとは笑止千番!
 もう気付いてると思うけど、コレは肉じゃないわ。
 これは―――――――










 ――――――納豆よ!!!」










・・・・・・・いや無理だろそれ、とは言う無かれ。
何処ぞのミスターな味ッ子だって、納豆でステーキを作っている。
ビバ大豆。伊達に畑の肉とは呼ばれていないゼ。



「えーと、騙すようなことをしちゃってゴメンね、シロちゃん。
 でも、肉ばっかり食べるのも体に悪いんじゃないかって思って」

「し、しかし如何な手を加えられようと、人狼の拙者が気付かぬなど・・・・・・」



少しばかり申し訳無さそうに、おキヌが言う。
計画したのはタマモだが、実行犯はおキヌだったことにシロは茫然自失。
いや、食べるまで肉ではないと気付かなかったせいか。



「種明かしをするとね。これを使ったのよ。
 ちょっと昔色々あって、魔鈴さんから貰った魔法のエキス。
 食べ物の匂いを消しちゃう調味料をね。
 ・・・・・・・調味料、というか調臭料なのかしら?」



取り出したのは、手のひらで隠せそうなほどの小瓶。
昔起こったバレンタイン騒ぎの際、彼女はお詫びとして魔鈴からマジックアイテムを貰っていた。
貰ったのは、食材の匂いを消す作用を持つエキス。
匂いに関わる事件の詫びと考えると、何やら恣意的ではある。
消臭といっても一時的なものであり、口に入れれば風味が生じるという都合のいい、もとい使い勝手のいい道具。
普段は、横島にこっそりタマネギを食べさせるのに用いていたそれを
今回は納豆に加え、臭みを消した後にステーキ風に作り上げたのだった。
蛇足だが、同用に被害を被った西条は、魔鈴とのデートを詫びの代わりとしている。
そして、どちらかと言えば自業自得の面が大きい横島には何も無かった。
いや、西条と同じものを要求した瞬間、美神に殴り飛ばされたわけだが。

閑話休題。



「納豆からステーキは作れるけど、肉から大豆製品は作れないわ。
 これはもう、肉など不要といって過言ではないわね」

「過言でしょ」



タマモの横、今まで黙々と食事を続けていた美神がツッコんだ。
それを意に介さず、ほーっほっほっほ、と高笑いするタマモを見ていると
色々と手遅れなんだなぁ、と涙を流さずにはいられない。具体的には美神化。



「んー、でも上手いねコレ。流石、おキヌちゃんというか。
 納豆あんま好きじゃないんだけど、やっぱ臭いが無いからかなー?」

「うふふ、有難う御座いますね。
 でも、このエキスを使わなくても臭いは結構消せるんですよ」

「高級肉使わないでも、ステーキ食べれるんなら
 これからはずっと納豆を代用にしていこうかしら。
 お金浮きそうだし」

「勘弁して下さい」



和気藹々と団欒の風景を続ける三人と
勝者と敗者という、まさに光と影とに分けられているシロタマ。
別に勝負でも何でも無いはずなのだが、雰囲気的にそうなっていた。
優雅な微笑を浮べて食事を始めるタマモとは対照的に
シロは歯を食い縛りつつ、敗北の味と共に納豆ステーキを噛み締めていた。

勿論、完食したわけだが。
食べ物を粗末にしてはいけません。









――――――――― 早送り










さて時は過ぎて、ある春の日のこと。
すなわち事件当日のことである。

その日は、仕事の無いオフの日だった。
横島、おキヌはそれぞれ登校し、美神もまた出かけている。
すると必然的に、シロタマは暇な時間を過ごすことになる。
こんな時、散歩を人生の中心に据えているシロはともかく
ごろごろするのが嫌いではないタマモは、惰眠を貪るのが常だった。
とはいえ季節の気持ちよさも相まって、少しばかり寝過ぎたようで



「ん、もう昼・・・・・・・?」



目を擦りながら、布団より身を起こすタマモ。時刻は既に正午に近かった。
胡乱な瞳で首を振ってみると、ドアの外に見慣れた顔が在る。
視線の先に居るシロは呆れたような表情を浮べ、腕を組みながら零した。



「よーやく起きたで御座るか、寝坊ギツネ」

「うっさいわよ、万年高血圧イヌ」



筋肉をほぐす為に、軽く背を伸ばす。
小さく鳴らされた音が、微妙に心地良い。
イヌ呼ばわりが癇に障ったか、シロは暫く口をもごもごとさせていたが
結局、言い返す代わりに溜息を吐いて



「本日の昼ご飯は、すうどんで御座るよ
 拙者はもう取ったゆえ、さっさとお前も食うで御座る」



それだけ言い残して、シロは去った。
また散歩にでも出かけるのだろうか。無闇に元気なものだ。
一人残されたタマモは、まだ覚醒しきらない頭で考える。
意外ではあるが、シロはそれなりに料理が堪能だった。
癪な事に、今まで家事の類をやった経験皆無な自分よりはずっと。



「・・・・・・・今度、おキヌちゃんにでも教えて貰おうかしら」



何度か考えて、考えただけで終わった思考を今日も浮べながら
まだ若干夢見心地のタマモは、だらけた思考のままに着替え始めた。
シロが私の分も作ってたら、早くしないと伸びちゃうなー、とか。
でも、作ってるわけないかー、シロだもんなー、あーめんどくさ、とか。










作ってました。



「・・・・・・・・・・」



テーブルの上に置かれたそれを、タマモはじっと見詰めていた。
一言で表すならば、うどんである。湯気を立てている。
優しいことに、わざわざ丼の前には箸まで置かれていた。



「善意、と見るには第六感が反応しまくってるわね」



こめかみを指先で抉りつつ、タマモは渋面を作る。
納豆ステーキの時、シロをからかったのは記憶に新しい。
何時報復が返ってくるか、と身構えていたというのに
今に至るまで何もなかったために、忘れかけていたのが本音ではあるが。
とはいえ、思い出してしまった以上、この光景に怪しさを感じても仕方ない。
とりあえず、じっくりと匂いを嗅いでみよう。
だしの香り。うどんの香り。油揚げの香り。あーん。



「・・・・・・・・はっ!?」



思わず食べようとしていた自分に気付いて箸を止めた。
危ない危ない、これが油揚げトラップというヤツか。
すうどんと言いながら、油揚げを入れておくなんて心理攻撃を仕掛けてくるとは。
やるわねシロ、と不適な笑みで賞賛しながら、タマモはより真剣に匂いを嗅ぐ。
かつて、シロがステーキと間違えたのは、納豆の匂いが無かった事と先入観によるものが大きい。
肉の匂いがしているかを確かめれば、おかしさに気付けた筈なのだ。
しかし、この狐うどんはそれとは違い、ちゃんと油揚げの匂いがごくり。
腹が鳴る。そういえば昼だっけ。唾が湧く。朝ごはん食べてないし。
結論。いいや、食べちゃえ。

はむ



「!?!?!!!?」



途端、タマモは悶絶した。
口内で爆発するように開けた風味に、意識の全てが持って行かれそうになる。
溜まらずテーブル、丼ごと床に倒れ伏し、そればかりか次第に意識が薄れていった。
彼女が最後に見た光景は、扉の傍、銀髪赤メッシュの人狼が浮かべるニヤリとした笑み。



(アンタ、これは反則でしょうが・・・・・・・・・)










――――――――― 一時停止








『・・・・・・如何でしょうか?
 ダイジェストの形ではありますが、これが事の顛末です』



人工幽霊一号が、確認の意味を込めて言う。
倒れ込んだタマモの辺りで、硬直した映像を前にして
呆れた様に呟いたのは、ロンゲ公務員。またの名を西条。



「なるほど、ね」



仕事が早く終わった彼は、美神を誘って食事にでも行こうかと事務所を訪れていた。
しかし残念ながら行き違いとなったようで、既に美神達は外食に出かけた後だった。
その説明と共に、人工幽霊一号に見せられたのが冒頭とそれに連なる一連の映像である。



「ところで、何でライブなのかな?
 どう考えた所で、録画だと思うんだけど」

『いえ、臨場感を出そうと思いまして』

「無意味だから止めたまえ」



苦笑する。無意味にこそ気を配るのが人間らしさなのかもしれない、と思いつつも。
さて、彼女が居ないのなら長居する必要は無いか、と身を起そうとした所で
人工幽霊一号から西条に向けて、簡単な問い掛けが発された。



『西条様は、何が起こったのかお解りに成られましたか?』

「・・・・・・ああ、簡単な話だ。
 シロ君は嘘を吐いていなかった。
 そこに全ての答えが在る」



問いには、即答を以って返された。
その言葉に応じるように、再び映像が冒頭のものへと切り替わる。
全ての答えは、ここで既に提示されていたのだ。
過去を辿ったのは、それをより磐石にしたに過ぎない。

にぉぉぉ・・・・・・・という呻き声。
これは即ち、臭い。あるいは臭う、と言いたかったのだろう。
そして、タマモがうどんの汁で書こうとしていた言葉。
あれは、きっと【おあげ】ではない。
そもそも【お】と見えた字がもとから違う。
その字を書くのならば、点の位置が最後に来る筈だからだ。
【お】と書こうとしていた可能性も零ではないが
それ以外の可能性として、あの形を持つ平仮名一字。
それは――――――



「【すっぱい】と書きたかったんじゃないかな。
 どうだい、シロ君? 君が作った料理は何だったっけ?」



答えは一つ。消臭したアレを水として使ったという事だ。
繰り返そう。シロは嘘を吐いていない。それが答え。
西条は部屋の隅に置かれたダンボールに視線を飛ばす。
その中に詰められているのは、朱色のメッシュを持つ小犬。
箱の側面には、ご丁寧に『お仕置き中』と書かれていた。
言うまでも無く、精霊石を取り上げられたシロである。
呪縛ロープでぐるぐる巻きにされた彼女は
食べ物を粗末にしたということで、事務所の中に一人お留守番中なのだ。
西条に答えるようにして、きゅーん、とか細く鳴くシロ。
それを翻訳するならば、以下のようになる。





『・・・・・・・酢うどんでござる』















シロの鳴き声を一つの結論としたのか、はたまた会話が出来ないと判断したのか。
今度こそ、立ち上がった西条は人口幽霊一号とシロに向けて



「それじゃ、今日のところはお暇させて貰おうかな。
 令子ちゃん達が帰ってくるまで居るのも何だしね」

「!? きゃいんきゃいん!!
 (ジャスタモーメントでござるっ!
  西条殿、どうか助けて下されぇっ!!!!)」

「くっ、そんな捨て犬のような物悲しげな瞳で見られてもっ!?」



シロによる思いもよらぬ攻撃に、西条は狼狽した。
見捨てる? 見捨てる? と無垢っぽい瞳が罪悪感を刺激する。



「うーん・・・・・・令子ちゃんもロープを解く位なら大目に見てくれる、かな?」

『いえ、主に怒ってるのはおキヌさんですよ。
 用意しておいた食事を駄目にされたのに、余程立腹されたのか。
 菩薩のような微笑を浮べたまま、シロさんをぐるぐる巻きに』

「すまない、シロ君。
 どうかそのまま存分に反省してくれ、じゃっ!」

「あおーーーーーーーーーん!!!!!
 (西条どのぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!)」



しゅたっ、と片手を挙げて逃亡をはかる西条。
経験上、普段大人しい子ほどキレた時が恐ろしいのは解っている。
そんなヘタレな彼の背に向けて、物悲しい狼の遠吠えが
何処までも何処までも尾を引いて響いていたのだった。















・・・・・・・・・・と。

同時進行で、ここまで日記を書いた時点で筆を置いた。
現在の映像を記録しながら、過去の映像を編集しながら
私はのんびりゆったりと思考する。



さてさて、次はオーナーの母上でも来ないでしょうか。

いや、暇なんですよね。日中、一人で居ると。