本日 61 人 - 昨日 73 人 - 累計 182593 人

夏祭り

  1. HOME >
  2. 創作 >
  3. 夏祭り



「意味もなく盛り上がるお祭り騒ぎに――――――――
 夜の空で爆発して、光りと音を撒き散らすだけの花火。
 見た目からして合成着色料満載と言えるジュース類。
 量に比して、どう考えても高すぎる食べ物の数々。
 果てには、金魚救いやヨーヨー釣りを筆頭に
 それ自体、何の役にも立たないどころか、
 後の処分に困るようなものを売りとする屋台の群れ・・・・・・・」





さぁ、皆さんご一緒に





「画っっっ期的だわっ!!!!!
 人間ってやっぱり、こーゆーくだらないことにかけてはサイコ―!!!」

「せんせー!
 拙者、射的というものをやりたいでござる!」

「おっしゃまかせろっ!
 かつて『タダオ13』と呼ばれた俺の腕前を見せちゃるっ!!!」

「あんたたちっ!!!
 羽目外しすぎるんじゃないわよっ!!!」

「あはは・・・・・まーまー、美神さん。
 年に一度のお祭りですし」



種々様々な屋台が連なり、辺りを占めるはお囃子の音。
夜色に染まる空では、まだ花火は始まりを迎えておらず、
外を歩く年端も行かぬ子供達の目に、待ちきれぬ期待の光。
屋台が作る光の海を、泳ぎ渡るは浴衣達。
片手に団扇。脚に下駄。頬に宿すは微笑を。

さても楽しき夏祭り、である。










夏といえど、夜に吹く風は涼しく感じる。
肌寒いとまでいかないのは、きっと活気のせいだろう。
誰もがはしゃいでいるように見えるのは
あるいは夏という季節の見せる幻か。

いくつもの提灯で飾られた入り口を
沸き立つ気持ちに捕われながら、皆でくぐる。
先に見えるのは屋台の群れと太鼓の音。
ノイズ交じりに盆踊りの曲も流れ、それがなんとも夏らしい。
けれど、それらに感慨を受けぬお方もいるようで



「はぁ~、何でこんなに人がいるのかしら。
 夏といったら、クーラーつけた部屋でごろごろするのが楽しみでしょうに」

「み、美神さん。それ言っちゃ駄目ですよぅ。
 せっかくここまで来たんですから楽しみましょう、ね?」



早くも、うんざりという風情で零している美神。
それを苦笑しながらも、優しく諌めているのがおキヌ。
性格が全く好対照の二人は、身を包んでいる浴衣も対照的で、
美神は紅い浴衣に群青の帯。
おキヌは蒼い浴衣に緋色の帯。
忙しそうなハッピを羽織った男達が
つい眼を向けて、時折立ち止まりさえしている事からも
どれほどに美麗なのか知れようというものだ。



「拙者、このような祭りに来るのは初めてで御座る!
 嗚呼、芳しき香りがそこかしこから・・・・・・・」

「花火っていうのはまだなの?
 あ、最後なんだ」



食欲に流されているふらふらしているシロと、
ソレを横目で見つつ、おキヌと会話をしているタマモ。
彼女等も、美神達と同様、浴衣に身を包んでいる。
薄紫の浴衣を紺の帯で纏めたシロ。
薄紅の浴衣に黄色い帯のタマモ。
やはり此方も好対照。
ただ、視線が妙に暑苦しいのは気のせいなのか。



「な、何か妙な気配を感じるで御座るな?」



特にシロの背中。尻尾の辺り。
特注の浴衣であるため、尻尾が外に出されている。
よって、彼女が人に在らざる者であると丸解りだった。
とっくに周知の事実だったため、気にもしていなかったのだが。
警戒をしておくべきだろうか、と考えつつも
何処だか危機感を感じないので、シロは首をかしげていた。
ちなみに、視線の主はそのころ



「ハァハァハァハァ・・・・・・・・」

「尻尾が出ている、イコール穴!
 見える!見えるはずだ!神よ我に透視の力をぉぉぉぉっ!!!」

「タタタタタタタタマモ様の浴衣姿とわ!
 こ、これは永久保存バージョンは確定ですな!」



木々に身を隠しつつ、双眼鏡を覗き込むこの変態どもは
その名も素敵、『シロタマ団』
彼等の名に恥じぬよう(存在そのものが大恥だが)
街中におけるシロやタマモを見守りつつ
彼女等の敵は、全身全霊全力全存在を以って倒さしめる所存なり。
実は商店街の男達半分が団員・・・・・・・・世も末である。
果てしなくどうでもいい事だが、
リーダーは横島のクラスメートである眼鏡だったり。



「浴衣!すなわちあの下はっ!はだ・・・・ぶはぁっ!!!」

「マスター眼鏡!仲間の一人が天に召されました!
 己が妄想に耐え切れなかった模様!!!」

「くぅぅぅぅ兄弟ぃぃぃぃぃっ!
 お前の分まで俺がシロちゃんを見てやるぞっ!!!」

「見んでええわ変態どもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」



叫びながら横島登場。
ソレと共に、花火に先行して空を舞う男達。
ブルーインパルスもかくやと思われるその姿は
爆発しない分だけ、派手さには欠けていた。
遠いお空へ飛んでいく変態達を見送ってから、
何事も無かったかのように、美神らの元へと歩いていく。



「何処行ってたの横島君?」

「いえちょっと害虫駆除を。
 夏だからか、妙に多いんですよねー」



返答はにこやかに。笑顔は人付き合いの基本です。
そう、とだけ返して、
ぷい、と横を向く美神。
頬が微かに赤らんでいるのに気付く者はいない。
鈍感が代名詞の横島では、気付く気付かない以前の問題であり、
他の少女達は美神と同様、仄かに頬を赤らめて横島の浴衣姿を見つめていた。

そう、珍しい事に横島も浴衣なのである。
蒼い線の入った黒い浴衣を、紫紺の帯で締め付けて。
団扇も下駄も装備していながら、
それでもバンダナをつけたままなのが彼らしい。



「何か、変ですかね?」



着慣れぬ服装のためか、何処か居心地悪そうな横島。
答えとして皆は首を振る。無論、横に。
彼女等とは違って、横島は見つめられるのに慣れていない。
そのため、視線が集まっている今
何か変なことをやらかしたのかと不安に思っているのだろうが、
説明の必要も無く、彼の考え過ぎである。
彼女等は、見慣れぬ彼の姿に眼を奪われただけなのだから。
横島の方も、実は似たようなものだったが
彼の場合、自分の格好に気がいっていたため見惚れるとまでは行かなかった。
なおも納得できないのか、帯やらバンダナやらに手をやっていたが



「とりあえず、回ってみましょう。
 こーいうんは、ただ歩くだけでも楽しいし」



立っているだけでは意味が無いと気付いたか、
同じく立ち止まっていた美神達を促した。
しかし・・・・・・・・・・



「あ、私パス。人ごみ嫌いだし。
 あんた達だけで行ってきなさい」



マイペースな発言に、踏み出そうとしていた横島の体がコケる。
美神に集まるのは、おキヌ達の視線。
彼女等の眼は口よりも雄弁に物事を語っていた。
何しに来たんですか、あんたは。



「み、美神さぁ~ん」

「あっはっは、年ですかー」



言わんでいい事を口にした馬鹿を殴り飛ばして
シロとタマモに、視線を向ける美神。
おキヌはわたわたと、吹っ飛んだ横島を介抱している。



「じゃぁ、小遣いとしてコレだけ渡しとくから」



そういってシロタマに差し出したのは万札二枚。
たちまち凍り付く世界。医者は何処だ!助けて正義の味方!!!



「って、アンタら!
 私がお小遣い上げたらそんなに可笑しいとでもっ!
 そこもっ!横島君に縋りつかないっ!!!」



可笑しいのではなく怪しいのレベルである。
普段、億単位で稼いでいる以上、
万札の一枚や二枚驚くには値しないのだが
そこに美神という因子が入れば話は別だ。
全身の毛という毛を逆立てたシロタマと
怯えるように横島へと身を摺り寄せるおキヌ。
そして、ほんの一瞬、喧騒という喧騒が薄れた周囲。
これだけ集まれば、もはや言葉は必要あるまい。
ちょっぴり半泣きの美神が哀れですらある。
それでも、吐いた唾は飲めないのか
お金を元に戻そうとはしていない。
その状況に、シロとタマモの腹も据わった。
おずおず、と手を伸ばしつつ恐怖心を押さえつけて。
くんくん、と匂いを嗅いだりして警戒だけはしっかりと。
びくびく、と美神を見る目は疑いやら労りやら怯えやら。
美神の眼がだんだんと吊り上がっている事にも気が付かない。



「はよ逝けーーーーーーーーーーっ!!!!!」

「「「「はいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!」」」」



寝転んでいたままの横島も飛び上がり
生存本能が働いたのか、現状を理解するより早く、
傍にいたおキヌの手を取り、一目散に逃げていく。
シロとタマモも、それを追いかけるように去って行った。

そんな彼等を見送った後、
周囲を取り巻く視線に殺気交じりの眼光を返してから
はぁ、と溜息を一つ。



「あんまり動き回りたくないのよねぇ。
 人ごみなんてもっての外だし・・・・・・・
 これだから和服って嫌いなのよ」



そっと、手を己が胸へとやり
目線を同じ場所へと落とし、
かくり、とうな垂れて、もう一つ溜息を吐いた。











「まずはねぇ・・・・・・カキ氷!」

「夏の風物詩でござるな!」



鬼ババァ美神の元より逃げてきた横島たちは
とりあえず、屋台を満喫する事に決めた。
使うのが怖いとはいえ、一応金もある。
横島やおキヌにしたって、少しくらいの手持ちはあることだし。
それで一番最初に目に止まった屋台がカキ氷である。

夏祭りの定番ともいえるソレは
氷にシロップというシンプルな作りであれど
やはり家で作るのとはシロップの種類が段違い。
どれにしようかと、キョロキョロしている様が可愛らしい。
子供らしい行動に苦笑しながら、横島はシロタマを見つめていた。



「あいつ等はなー、そこまで真剣にならんでもええやろーに。
 ・・・・・・・ってあれ、おキヌちゃん?」



気付けば隣にいた彼女がいない。
反射的に屋台の方へと視線を戻すと、
そこにはシロやタマモに負けず劣らず
真剣にシロップを選んでいる少女が一人。
かくっ、と肩を落としつつ



「は、はは・・・・・・・おっちゃん、俺はブルーハワイ一つ」



俺の方が汚れてしもとんかなー、とか思いつつ
丁度、彼の気分に合ったモノを注文する。
続いて、おキヌ達も順番に思い思いのモノを頼んだ。
何故か、手渡されたのは横島が最後だったのは
もはや神の意志というものだろう。



「あんのクソ親父はっ!
 女の客だからって区別すんなっちゅーに!
 気持ちは解るが!果てしなく!」

「ご、ごめんなさい横島さん」



歩きながら、食べながらの言葉は
愚痴っているのやら、共感しているのやら。
シャクシャクとカキ氷の山を崩しつつ、
ちょびっとずつ口に運ぶ横島とおキヌ。
それから少し離れた所にシロとタマモ。
かき氷の色は、横島が青。
おキヌは赤で、シロタマは順に黄色と緑。
ブルーハワイにいちご、レモンにメロンである。

さて、おキヌには申し訳無さそうにされたが、
それは横島の本意ではない。
彼女に非があるというわけでもないし
彼としては後に回されたのが不快なのではなく
おキヌ達に色目を使われたのが嫌だっただけなのだから。
問題は、当の本人がその事に気がついていないという事実だが。
何はともあれ、フォローはしなければなるまい。
さてどうするか、と軽く思考を回転させて
カキ氷を見た瞬間、あっさりと結論に至った。



「おキヌちゃん、おキヌちゃん」

「ふぁい?」

「ホラ」



ひょい、と顔を彼女に近付け、
ぺろり、と舌を出してみせる横島。
その舌はシロップで青く染まっていた。



「わ、本当に色がつくんですねー。
 じゃぁ、私の舌は赤くなっちゃってますか?」



たちまちに顔を綻ばせ、
べー、と舌を突き出すおキヌ。
どれどれ、と見てみる横島。
さて、舌のみならず頬まで赤く染まっているのは何故なのか。

ちなみに、舌の見せ合いっこをしているその背後では、
シロタマが頭を抱えて、唸りながら蹲っていた。
お互いのカキ氷を食べあって、欲張りすぎた模様である。

気をつけよう 夏場に食べる カキ氷
多量の摂取は 頭痛を誘う(字余り










「ちっちゃな雲?」



物珍しそうに手にしたソレを見つめるタマモ。
なるほど、確かに白くてふわふわした様は雲であろう。
シロもまた物珍しそうにためつすがめつしている。
ソレを持っているのはおキヌも同じだが、
彼女はどちらかというと、それを作る機械の方に関心を向けていた。
・・・・・・・いや、だからって頑張らんでええからおっさん。



「わたあめ、っつーんだ。
 ま、いいから食ってみろって」

「食べ物なんだ・・・・・・わ!?」



ちょっと千切って、口にいれた途端、
まさしく雲の如くに儚く消え去り
後には柔らかな甘味だけが残る。
未知の体験に、驚きが言葉になって漏れた。



「どうだ、タマモ?
 気に入ったか?」

「う、うん。口の中で消えるなんて思わなかったから。
 でも・・・・・・・おいしいわね」



どうやらお気に召したようで
はぐはぐ、と少しずつ食べていく。
おキヌもまた同じようにちょっとずつ。
二人とも、大きく口を開けたりはしない。だって少女ですもの。
しかし、横島を師と仰ぐ狼少女はその限りではないようで



「もう終っちゃったで御座る」



しょんぼりとして、残った棒きれを舐める。
諦めきれないのか、舌を伸ばしてぺろぺろと。
あーん、と口を開けてぱくりと咥え。
ちゅぱちゅぱ、と赤子が母乳を吸うように。
横島は顔を引き攣らせ、自分のわたあめをシロに差し出した。



「・・・・・・・こっちを食え。頼むから。
 さっきから、集まる視線が痛すぎる」



はて何のことやら。










「うううううううう、当たらないでござるぅぅぅぅぅぅ」

「んー、難しいですねー」

「もぅ!コレ、壊れてんじゃないの!!!」

「おいおい、壊すなよ頼むから」



銃を握り締めて吠えるシロ、激昂寸前のタマモ。
のんびりとしたおキヌと、弟子を諌める横島。
皆仲良く、戦果は零。横島はまだ順番待ちであるが。
彼女等には残念ながら、射的の才能は無いようである。



「うー、やはり銃は拙者に合わないで御座る」

「はっはっは、残念だなぁお嬢ちゃん。
 落としさえしたら、
 何でも持っていってくれていいんだがなぁ」



その言葉と同時に、横島に順番が回ってきた。
おキヌ達と同じように、お金と引き換えに弾を受け取る。
コルクで出来たソレをじぃっと見つめて



「なー、おっさん」



弾を込めつつ、聞く横島。
顔は伏せ気味で、どんな表情かは窺い知れない。



「当てて、落としたら、何でも、ええんやな?」

「おうよ!江戸っ子に二言はねぇ!!!
 落としさえすりゃぁ、何だってくれてやらぁっ!!!」



銃で狙いをつけつつ、更に問う横島。
威勢良く笑いながら、店の親父がソレに返す。
瞬間、横島の口元は笑みの形に歪んだ。
――――――――――――――言質は取ったぜ。



「とりあえず・・・・・・・・取れるもんは全部貰ってくで」



標的を狙う銃口は放さずに
親父に向かって、爽やかに微笑みかける。
ニヤリ、と。



パンッ



軽い音を残して、宙を舞うコルク栓。
そして・・・・・・・












「いやー、ええ仕事したなー」

「流石でござる先生!!!」



意気揚揚と歩く横島に、彼へと尊敬の眼差しをかけるシロ。
大小様々な獲物を手にして気分は上々、成果は万全。
いやいや、多くは語るまい。ここは一言ですましておこう。
―――――――――この日、一つの射的屋がこの世から消えた。

その後ろを歩いているおキヌとタマモ。
仲良く一筋の汗を頬に伝わらせながら、
呆れたものか、感心したものかと困った表情を浮かべている。



「横島さんって・・・・・・・・」

「・・・・・・・・ホンット、妙な所で凄いわよね」










その後も、祭りを満喫せんと色々と回った。

ラムネ、クレープ、お好み焼き。
イカ焼き、ツルカメ、人形焼。
たこ焼き、焼鳥、焼きそば。
お面、ヨーヨー釣り、金魚掬い。
九割方が食べ物なのはお約束。

チョコバナナやリンゴ飴では、また危険な事になりかけたが
まぁ、過ぎれば何でもいい思い出である。
何が起こったのかは黙秘権を行使しよう。
そんなこんなで歩いているうちに、



「ありゃ?みんな、何処いったんだ?」



立ち止まった横島が辺りを見渡した。
しかし、見知った顔は周囲にはなく。
どうやら一人、彼女等から離れてしまったようである。



「まいったな、俺だけはぐれたんか?」



頬を掻きつつ、人ごみから遠ざかる。
人波へと特攻をかけてもいいのだが、
それよりは、距離を置いた方が見つかりやすいだろう。
何より、少々の疲れを感じてもいた事だし。
喧騒に背を向けて、カラコロと歩いていく。
何とも無しに、ふと軽く空を見上げてみれば、
暗く翳った木々の隙間から、無数の星々が瞬いていた。



「おー、絶景かな絶景かな」



へらへらと笑いながら、それでも脚は止らず。
酒など飲んではいない筈なのに、雰囲気に酔いでもしたか。
熱気醒めやらぬ体を、ぱたぱた団扇で扇ぎつつ。
一人になっても、寂しいと思わなくなったのは何時からだろう。
独りじゃないと、そう思えるようになったのは何時からだろう。

そこまで考えて、ちょっとした気恥ずかしさを感じる。
オイオイ、何時から俺はこんなに感傷的になったんだ?
夏の風が幼かった日々を届けてくるのだろうか。
まいったな、と苦笑を夜空に投げ返す。
空に輝く星達は、何も語らず横島を見つめていた。

花火の時は、もうすぐ――――――――










「あれ・・・・・・・・美神さん?」



歩くうちに人通りは更に絶えて行き
見える範囲に居るのが、自分一人だけとなった時には
すわ本格的に迷子かと冷や汗をかきもしたが、
天の配剤か、神の悪戯か、はたまたこれこそ運命か。
偶然も偶然、歩く先に見えるのは
石造りのベンチに腰を下ろした雇用主の姿。
お目当てとは違ったとはいえ、見知った顔に一安心。
ならば、やる事は一つ!



「一夏の経験をぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

「血迷うなバカタレッ!!!!!」



ゴキブリよろしく駆け寄り、ひねりを加えながらのルパンダイブ。
浴衣でそれだけ動ける時点で人間技ではないが、
前触れの無いそれに反応し、交差する形で
肘を眉間にぶち込んだ美神もまた人並はずれている。
その拍子に、美神の袖からころころと転がる珠が一つ。
あ、ヤバ、とそれを拾い上げる間も無く
地面に倒れた横島が、一体何なのかと見たところ
『孤』という漢字が珠の中にて輝いていた。
言い訳のしようもなく、文珠である。
それに気付いた横島は、呆れた様に



「あ、あんたとゆー人は・・・・・・・・
 普段は俺に軽軽しく使うな使うなと言いながら」

「い、いーじゃない!
 人ごみ嫌いなんだもん!!!」

「・・・・・まったく、わがままッスねー」



苦笑を浮かべ、体を起こす。
そうこうしているうちに、
地に落ちた文珠は、夜闇の中へと溶け消えた。
効力が消える所だったからこそ、
横島もここまで来れたのだろう。
そうでなければ、今も美神は一人、
祭りの様子をただ眺めていたに違いない。
とはいえ・・・・・・・



「ま、一人になっても独りじゃないッスからね」

「え・・・・・・・・?」



座りなおしながらの横島による発言に
ぶすっ、と不機嫌そうにしていた美神が
問いにもならない問いを放つ。
それに答えるわけでもないだろうが、
空を見上げながら、横島は言葉を続けた。



「おキヌちゃんがいます。
 シロも、タマモもいます。
 人工幽霊一号もいます。
 勿論、俺だっています。
 今までも、これからも」



彼の瞳は何を見つめているのか。
過去か、未来か、現在か。
美神は、その横顔を見つめながら想う。
此方を向いて欲しいと
此方を見つめて欲しいと
そう感じられたのは
ただの気まぐれなのか、それとも・・・・・・・



「他にも、美神さんと会った奴も含めて
 皆ずっと、美神さんと一緒にいますよ。
 ちょっと、離れたりするかもしれないけど。
 それでも、会った事まで無くなる訳じゃないから
 だから・・・・・・・・」



そこで、美神と横島の視線が合った。
ただ顔を向けただけだが、視線に射竦められたかのように
横島の言葉が止まる。動きが止まる。
滑稽なほどの変化は、混乱という結果にまで至った。



「・・・・・・あ、はは!らしくないッスよね!
 あーもう、何つーか、その、忘れ――――――――」



――――――――最後までは、言わせない。

静かに近付き、そっと手を重ねる美神。
もう一つの手は、互いに団扇で占められている。
それだけで、横島は再び硬直した。
紡がれる言葉は無く、絡まる視線だけの会話。
重ねられた手は、夏の風よりも熱く。

時は夜。
喧騒はいまだ遠く。
周囲に一つの人影も無し。
誰も見ていない。誰も傍にいない。
近付くごとに、音も景色も消えて行く。
目に映るのは、互いの顔。
耳に届くのは、己の鼓動。
止る事も出来ず、止める事も出来ず
じりじりと、二人の距離は縮まるばかり。



少しずつ・・・・少しずつ・・・・・・・・・










―――――――――――瞬間










轟音が夜気を切り裂いた。
我に返った美神と横島が身を翻し
高鳴る鼓動と共に振り返ると、
夜の空には、広がる大輪の華が。
あっと言う間さえもなしに、
役目を終えて、花は散る。

しかし、散りきらぬうちに、新たな華が咲き誇る。
夜空を満開の花々が咲き乱れ、目に映るのは光の乱舞。
いまだ呆けたまま、その光景に心が奪われそうになった所






「せんせー!!!!!」






まさに花火のような勢いで
横から飛び掛ってきた弟子に押し倒され
先程同様、地面に倒れ臥す横島。
良くも悪くも、ナイスタイミングである。



「お会いできてよかったで御座る!
 拙者、てっきり誘拐でもされたのかと」

「おおおおおおお俺は子供かっ!!!
 変な心配してんじゃねぇっ!!!」



狼狽しつつも、ツッコミ所は忘れない。
続いて現れたのは、おキヌにタマモ。
キツネやユーレイのお面をかけつつ、ご登場。



「へぇ、花火を見るには結構いい場所ね。
 人がいないって事は、あんまり知られてないのかしら。
 バカイヌが走り出した時にはどうしようかと思ったけど」

「横島さん、探しましたよー。
 あ、美神さんもこんな所にいたんですか」

「・・・・・・・・・・」



美神は無言のままに、打ち上げられる花火を見ていた。
昨日の今日どころか、先の今という状況で何を喋れというのか。
暗がりゆえに悟られる事はないだろうが、
彼女の肌は、浴衣の色にも負けぬ程に赤く染まっていた。

その無言を好意的に捉えたか
皆も一様に言葉を控え、空を仰いだ。

辺りに響くは花火の音。
辺りを占めるは花火の光。
誰も声を発する事は無く。
無言のままに会話は続く。

夏の光景を瞳に焼き付けつつ、
世界が花火による光に満たされる度に、
皆が皆、心の奥で同じ想いを感じていた。





―――――――――――きっと、それは


        幸せという、感情――――――――――










ぱっと咲いては散るのが花火

儚く短きその命
夜空に溶けて消えて行く
残響果てた、その後に
残されるのは夜ばかり

胸に落ちるは切なさと
心に満ちるは悲しさと

けれど確かに花火は綺麗で
心に、確かな何かが残る
過ぎ去る時は淋しいけれど
それ故、輝くものだから



だから 今でも 夢の中
華は 夜空に 咲き誇る