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木枯らし

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木枯らしは『孤』枯らしに通ず。

『木々を枯らす程に、冷たさを帯びた風』
『寒さにより、孤独である事を許さぬ風』

一人で在る者に、その孤独を知らしめる風は
あたかも寂しき身を枯らすかのごとくに吹き付ける。

いとも厳しき風なり。








木枯らしの吹き荒ぶ森の奥深く
小さく控えている、盛り上がった土が二つ
その上には、ちっぽけな墓石が同じく二つ

花々の踊る春も
新緑の萌える夏も
枯葉の舞い散る秋も
静謐の眠りに落ちる冬も
変る事無く、其処にあり続ける墓標

その前に立つのは、一人の少女
この世に残された唯一の血縁者
大地の中にて眠り続ける者の娘――――――――犬塚シロ










――――――――・・・・・父上、母上。



お久しぶりでござる。

久しく顔を見せなかった事、どうぞ許して下され。

一人娘のシロは元気でやってるでござる。

実を言うとでござるな、怒らないで聞いて欲しいでござる。

拙者、新しい家族が出来たのでござるよ。

美神殿は頼りになるでござるが、怒ると凄く恐いでござる。

おキヌ殿は優しく、いつも拙者のご飯を作ってくれるのでござる

タマモのヤツも・・・・・まぁ、家族と認めてやってもいいでござるな。

そして――――――――横島、先生。

拙者に力を貸して下さり、進む道を開いて下さった大恩人。

不平不満を漏らしつつも、いつも散歩に付き合ってくれる

誰よりも正直で、誰よりも暖かい

とても、とても優しい方なのでござる―――――――――













寒風吹き荒ぶ墓の前
座り込んでいる少女

傍には心を暖める誰かは居らず
傍には風を妨げる何かは無く
ただ静かに、ただ孤独に
全ては彼女の決めた事
たった一人の墓参り

冬の風は冷たく
体から熱を奪い去り
心さえも凍えそうで

灰色の曇天からは、雪さえも降り始めた。
静かに舞い落ちる白銀の小さな妖精。
冬風の中を舞い踊る様は美しく
あたかも天使の羽のように










―――――――・・・・・・・父上、母上



横島先生に会えたから、今の拙者がいるのでござる。

もしも、先生に会えなかったならば

拙者、人里にて野垂れ死んでいた事でござろう。

全く、いくら感謝してもし尽くせぬ限り。

先生から受けた恩に報いる為には

このシロ、一生涯をかけて返さねばならぬ、と思うのでござる。

まぁ、まだまだ迷惑をかけてばかりでござるが

何事も精進精進、でござるな。

父上、母上・・・・・・

拙者は幸せに暮らしているでござるよ――――――――










静かな森中は、耳が痛くなる程に無音。
ましてや声など聞こえよう筈も無い。
それは此処にいる狼の少女も例外ではなく。

頭は震え
肩は震え
唇は震え

だが――――――言葉が紡がれる事は無い。

鋭い牙に、強く噛み締められた唇は、
胸の内に渦巻く思いを形にする事を許さない。
少しでも力を緩めれば、それだけで叫んでしまいそうで。

白銀の髪が顔を覆い、
その表情を奥に隠して
ただ、一筋の煌きが頬を伝い、
音も立てぬまま、地に零れ落ちた。










――――――・・・・・・・・父上、母上



拙者は頑張ってるでござる。

たくさん、頑張ってるでござる。

たくさん、たくさん、頑張ってるでござる。



だから―――――――

                       ――――――今だけは



  ―――――泣いても、いいでござるか?――――――










見られたくなかった。
彼には見られたくなかった。
誰にも見られたくなかった。

幸せなのに、とてもとても幸せなのに
ぼろぼろと、情けなくも涙を流している。

自分は弱い。
こんなにも弱い。
強くなりたいのに。
涙は止まってくれなくて。
泣かない強さが欲しいのに。
もう叫びたいのを我出来なくて。

深々と、絶え間なく降り注ぐ雪。
辺りの景色が彼女の名が表す色に染め。
全てが白く、白く、何処までも、白く。

彼女の嘆きさえ
彼女の慟哭さえ

木枯らしの中、降り続ける雪は
何もかもを白く染め上げて行く。
彼女の想いに答えるかのように。






――――――何処までも―――――――何もかもを――――――――










木枯らしは『孤』枯らしに通ず。

『木々を枯らす程に、冷たさを帯びた風』
『寒さにより、孤独である事を許さぬ風』

寒いと感じ、冷たいと感じ
孤独である事を自覚させる
それが故に温もりを求めた先、そこにあるのは孤独にあらず。

木枯らしは、身を切る寒さを以って吹き付ける。
孤独そのものを枯らさんがためであるかの如く。

いとも優しき風なり。










森から出てきた狼の少女。
途端にその目を丸くする。
視線の先には一人の少年。

何処か不貞腐れた顔で、
頭のてっぺんは雪化粧。
樹に背を預け、ガタガタ震えるその様は
格好良いとも、頼りがいがあるとも言い難い。

けれど、その姿が、何よりも

狼の少女にとっては
掛け替えの無いモノだから

もはや何かを考える余地は無く
木々の合間を駆け抜ける、その身を疾風に変じ。
嗚呼、脚を以ってしか動けぬこの身がもどかしい。
心が翼を持つならば、風すら越えて彼の元へと飛び立てるものを!

近付くと共に、大きく見えてくる彼の顔。
苦笑を多分含んだ微笑が見えたと同時
少女の成した大声は、もはや咆哮。

人里離れた森の中、高らかに響くは少年の名――――――――









故郷を離れ、人里に下りた少女。

たった一人で、孤独なままに
行く当ても無く、頼る先も無く
復讐の刃のみを心の奥で研ぎ続け。

けれど彼女は少年と出会う。
それは運命か、はたまた偶然か。
だが、どちらであろうとも大差は無い。
確かなのは、抱き締めたこの腕から伝わる暖かさ。

かつて孤独の寒さにその身を震わせていた少女。
今は、限りなく優しい温もりに包まれている。