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たとえ風船はしぼんでも

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――――――――――ふぅ



ベッドに倒れこみながら、疲れを溜息に変えて吐き出す。
初めての事とはいえ、少しばかり、はしゃぎ過ぎたかもしれない。
少々の恥かしさも感じるものの、後悔にまでは至らなかった。
その楽しさは、間違いなく本物だったから。










デジャヴ―ランドでの仕事を終えて、皆揃って事務所へと帰ってきた。
しかし今、部屋にいるのはタマモ一人。
普段騒がしい同居人は、愛しの先生とやらの所へ犬まっしぐら。
何やら、置いてしまった彼を迎えに行ったらしい。

というのも、ロボットと彼を間違えて持って帰ってしまったのだ。
美神の手が加えられたそれは、見た目以上に霊的な点が似通って創られていた。
そのせいで、シロやタマモが気付かなかったばかりではなく
美神に説教していたおキヌちゃん、説教対象である美神も
それが横島本人でないと気付かなかったのである。
当たり前だが、疑問は抱いていたものの帰るまで断定出来なかったシロは
自分自身を責め立てた。傍から見ていて面白いくらいに。
むやみやたらと月に吼えたり、霊波刀で切腹しようとしたり。
今ごろ改造されてるんじゃないか、と吹き込まれて暴走具合が増したりもした。
言わずもがな、吹き込んだのはタマモである。



『拙者、先生の一番弟子として責任持ってお迎えに上がるで御座るっ!』



との事だが、タマモにはわざわざ付き合ってやる義理は無い。
彼の存在に気が付かなかったのは、悪いと思う以上に
犬神の血族として、情けなさも感じているが
更にそれを超えて、疲れが体を覆っていた。
美神も同様だったようで、さっさと家に帰ってしまった。
事務所の良心、おキヌは本心ではシロに付いて行きたかったのだろうけど
さすがに時刻は深夜に近く、年頃の娘さんを一人で外に出すわけにも行くまい。
最終的には美神に諭されて、連れて行かれてしまった。
美神にとって、説教が長引く事になったのは誤算なのだろうが。

したがって、この部屋ばかりでなく
事務所内に居るのは、タマモ一人だけだった。
だから、彼女は安心してベッドの下から取り出した箱を開けていた。
紐で括られているものの、それ以外にはさして特徴の無い小さな箱。
その箱の上面には、こう書かれている。




『タマモ箱

 寄るな触るな開けたら焼くぞ』




浦島太郎を読んだ可能性が高いが、真実は定かではない。
紐を解いて開けてみると、最初にタマモの目に入ったのは薬瓶。
それは、かつて狼の少女のくれた物。
結局、実際に使用はしなかったものの
だからといって、一度手を離れた物をシロは受け取りはしなかった。
狐は体が弱いとか、運動をしてないから病気になるだとか
心配してるのだか、そうでないのか解り辛いやり取りの後
結局、タマモの私物となったのだった。
使用経験は、幸いというか今のところ無い。



「・・・・・・・・・・まったく、馬鹿なんだから」



憮然とした口調で呟く。
その時の口論でも思い出したのか。
途端に不機嫌そうな雰囲気を纏いながら
しかし、口元には笑みが浮んでいた。

他にも木切れや包帯が雑に置かれていた。
短冊も在る。『油揚げ』とだけ書かれたもの。
どれも使用済みで、他人が見ればゴミにしか見えまい。
その箱の中に、ポケットから取り出したものを仕舞う。

箱に在る他のものと負けず劣らず
それもまた一見、ゴミのようだった。
いや、タマモ以外の者にとっては確かにゴミでしかないだろう。
それは糸の付いた小さなゴムの塊――――――――――しぼんだ風船だった。

静かに、無表情となって風船を見詰める。
その顔は、何処か悲しんでいるようでもあった。
過ぎてしまった時間を、止まらなかった時間を。
けれど少しずつ、タマモの顔に表情が戻って行く。
再び浮んだのは、優しくて、儚げな笑みだった。




たとえ風船はしぼんでも
あの時間が無くなる訳じゃない

たとえ時は流れても
思い出が消えてしまうわけじゃない

この風船は届けてくれる
あの時間を あの思い出を





そっと薬瓶の隣に風船を置く。
まだまだ、箱に空きはあった。
此処に詰められているのは思い出。
少しずつ増えて、無くなったりしない時間たち。

しばらくの間、じっと見詰めていたけれど
シロが帰ってくるより早く仕舞わなければいけない。
この薬瓶だけは絶対に見つかるわけにはいかない。
だから、タマモは名残惜しげに蓋をした。
それが閉じてしまう瞬間、中の風船を見ながら呟いた。
此処には居ない誰かに向けた、再会の約束を。







―――――――――――またね