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小話

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【甘い小噺】



超能力の研究やチルドレンへの教育を含めた、日々の激務で疲れているのだろう。
珍しくも、机に突っ伏すようにして自らの腕を枕に皆本は午睡にまどろんでいた。
部屋に居るのは彼一人。季節は折りしも、暁を覚えぬとされる春。
誰にも邪魔されぬまま、静かな寝息ばかりが室内を満たす。

そして前触れ無く、音さえ立てず、新たな闖入者が部屋に現れる。
軽い着地音と共に降り立った彼女は、あどけなく眠る皆本を見て眼鏡の奥を丸くした。

珍しいことは重なるものだ。
彼女が一人だけでやって来るのが珍しければ
こんな時間に皆本が寝ているのも珍しい。
ゆっくりと近付いてみる。まだ皆本は夢の中。
もっと近付いてみる。それでも瞳は開かない。
気付いてみれば、手を伸ばせば触れられる距離。
まだまだ皆本は目覚めない。
どれ位まで起きないだろう、と悪戯心が芽生え始める。

一歩。縮む距離、狭まる空間。
また一歩。もう抱きつける距離になる。
それでも眠り続ける彼に、そっと顔を近付ける。



――――――目を覚ましてから。

皆本はまず、仕事中に寝ていたことを軽く反省する。
首を軽く捻り、顔を手で撫でて。
そして唇に触れた時、微かに感じる温かさ。
春の陽射のせいか、と皆本は首を傾げる。
そんな彼が居る部屋の前、頬を桜色に染めた少女が少しだけズレた眼鏡を直していた。








【人工幽霊で甘い小噺】


うららかな春の昼下がり。
事務所に置かれたソファの上で横島が一人、だらしなさを前面に出しながら寝ていた。
緩みきった頬に、微かな鼾。見ている方が苦笑を浮べてしまいそうなほど、何とも幸せそうに。
肌寒さでも感じたか、ソファから落ちない程度に寝返りをうつ。
そんな彼の上から、タオルケットが静かに掛けられた。

部屋には彼以外の誰も居ない。
僅かに開いた窓からは、優しげな温もりを帯びた春の風が入り込んでくる。
陽射が彼の眠りを妨げぬよう、カーテンが動かされ。
静寂の余りに夢から覚めぬよう、風が外界の響きを伝えて。

面倒を見る側、見られる側という立場の違いはあるものの
それは小さいながらも 確かな幸福に満ちた時間。
ゆったりとした雰囲気に包まれながら、二人は春という季節に似た優しい時を過ごしていた。







【人工幽霊で甘い小噺】


気付いておられないかもしれませんが、皆さん、貴方のことが好きなんですよ。

信じられませんか、横島さん?
ええ、勿論私も好きですよ。
・・・・・・いえ、何処がと聞かれてもすぐには答えられないのですが。
いえいえそんな、嘘などでは御座いません。
ふむ、言葉にしようとすると意外に難しいものですね。
所詮は屋敷としての我が身、何と申せば上手く伝わるでしょうか。

私の中に、横島さんが居ると楽しいです。
賑やかな笑い声に満ちた空気は、とてもとても温かなものです
私の中に、横島さんが居ないのは寂しいです。
慣れているとはいえ、静寂に満ちた時間は苦手なものです。
つまり横島さんが居てくれると、私は幸せなのです。
これが好きという感情なのではないでしょうか?

おや、横島さん、顔が少々赤いようですよ。
もし風邪でも引かれたのでしたら、お布団をご用意いたしましょうか?








【鬱な小噺】

人里離れた森の奥。朽ちた庵の中。
床に臥しているのは外見だけであれば妙齢の女性。
しかし、その纏う雰囲気は恰も老人の如く。
力無く身を横たえた姿に、もはや生の輝きは見られない。

揺らぎ始めた意識の先、垣間見る朧げに霞む過去。
魔族として生を受けながら、人として過ごした生涯。
孤独の寂しさに肩を震わせ、しかし誰をも縋ろうとしなかった人生。
女としての貞淑さに一切の拘りなどは無い。
けれど、彼女は今日に至るまで無価値と感ずるそれを護り続けてきた。
下らぬ情と笑わば笑え。人外風情が、と存分に蔑むがいい。
たとえ、如何ほどに己にとって
価値が無かろうと意味が無かろうとも
それでもかつてアイツが求めたものだ。
見返りを求めぬ意地。御返しを望まぬ愛情。
歪と知りながらも、他の愛し方を知らぬ。

それも直に、終わりを迎える。
最期の果てに思い出したのは、生を賭して惚れた男の顔か。
はたまた、そんな己を浮き世に作りし神の姿か。

葛の葉の名を持つ女、かつてメフィストと呼ばれていた女性は
一人きりで、看取る者も無く、静かにゆるりと目を閉じる。
別れ行く景色を惜しみながら、目尻より一筋だけ涙が零れ落ち



――――――それきり、二度とその瞳が開かれる事は無かった。







【壊】


ある日、タマモが家出した。
冷たい雨の降り頻る日のことだった。


彼女を追いかけて、事務所から飛び出す影。
傘をさす時間も惜しいのか、横島は水溜りの中を一息に走り出す。
ほどなくして、金髪の小柄な少女は見つかる。
更に逃亡を続けようとするが、横島はそんな彼女の手を捕まえ離さなかった。
まだ降り続いている雨に、少しだけタマモは感謝した。
空から注がれる水滴は、自分の情けない泣き顔を隠してくれる。

激情に駆られて、タマモは叫んだ。
横島の手を振り払いながら、離れた手に寂しさを感じながら



「横島には、解らない!」

「何が解らないって言うんだ!」



雨音に負けぬ声量で、横島は聞き返す。
それは残酷な問いかけでもあった。



「アンタには、あたしの気持ちなんて―――――――」



歯を食い縛る。
そして、溜めに溜めた思いのたけをぶちまけた。



「『金髪のタマモ』を略された気持ちなんか、解るもんかぁっ!!!」



魂の叫びだった。



噛み付いてきそうな視線で、タマモは横島を睨み付けている。
しかし、横島の表情は落ち着いていた。



「タマモ―――――」

「・・・・・何よ?」

「俺の昔のあだ名は、『横っち』だった」

「ハッ、何?
 私なんかよりずっといいあだ名じゃない」

「最後まで聞け。いいか」



そこで息を吸う。覚悟を決めるように



「横っち、から派生して『横チン』とも呼ばれてたわけなんだが」

「・・・・・・・・・」



静寂がやって来る。
見つめ合う二人の間に、もう言葉は要らない。



「横島ぁぁぁぁぁぁっ!」

「タマモォォォォォッ!」



友情よりも、愛情よりも強い絆を感じながら抱き合う二人。
雨は何時の間にか止んでいた。