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奇怪な機械な恋愛話

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早々と今年も終わりに近付き、迎えた季節は年の暮れ。
他の一般家庭と同様、カオスとマリアとは自分達の住む部屋の大掃除をしていた。
わざわざ大掃除が必要なほど裕福だったけ、と言うなかれ。
世に名立たるボケ老人もとい錬金術師カオス、金は無いけど物は在る。
特に人から見ればガラクタと呼んで差し支えない物ばかりが。
そうしてばたばたと片付けを続けるうちに
随分と懐かしい発明品をカオスは見つけた。



「おや、コイツは懐かしい・・・・・・・・」



それはぱっと見、金属製の箱だった。
実際の機能を果たす事無く、爆発にて終った失敗作。
その名も『カオス式念力発生器』
当時を思い出して、カオスは渋面を形作る。
あの事件は元より、終った後の解呪が実に面倒だった。
再起動の際には、彼女がまた暴れだしやしないか冷や冷やものだったと渋面を作る。
今現在働き続けているマリアを見て、カオスは表情を苦笑へと変えた。



「どうか・しましたか・ドクター・カオス?」

「ああ、何でもないわい。
・・・・・・・・いや、丁度ええ機会じゃから聞いとくとするかの」



す、と姿勢を正してカオスは傍に立つマリアを見る。
応じて、彼女も持ち上げていた発明品の数々を床に置いた.



「――――――――のぅ、マリア。
 お前は、あの小僧のことをどう思っとる?」



突然と言えば突然の質問に、マリアは目を瞬かせる。
小僧とは誰か、今更言うまでも無いだろう。
カオスの口から出たその言葉が彼を示す事は、暗黙の了解でもあった。
そして、微かに落ちる静寂の間。
白髪頭を掻きながら、カオスは苦笑を浮べ



「あー、別にそー難しく考えんでもええ。
 好きか嫌いか、どちらかで構わんぞ」



はっきりとした答えが欲しかったわけではない。
大掃除の合間にふと浮び、何となく口にした質問ではある。
惚れ薬に関わる事件を思い出し、その以前から今に至るまで
腐れ縁とも言える関係を続けている少年を思っての。
唯の思い付きであり、さほど解答を期待したわけでもなかった。
しばしの休憩における慰みにでも成れば、と思っただけのこと。
だからこそ



「―――――イエス・ドクター・カオス。マリア・横島さん・好き」



明確に返された解答は、むしろカオスを驚かせた。










「ほ、ほぉ、それはまた・・・・・・・」



自分でした質問ながら、ここまではっきりと返されるとは予想外。
答えた後、過去に思いを馳せるようにして目を瞑ったマリアを見ていると
何処か胸を締め付けられるようで、同時に誇らしくもある矛盾した感情が浮ぶ。
その感情は言わば、ボーイフレンドを連れて来た娘を見る男親の想いだろうか。



(ふむ、マリアの成長自体は嬉しいが、あの小僧か。
 ・・・・・・・・頑丈な所でも気にいったか?)



マリアに匹敵しそうな不死身っぷりを示せるのは、世界広しと言えど、彼以外には少なかろう。
いや、彼に対して好意を持つだけの他の理由を思いつかなかっただけなのだが。
そう考えを進めた所で、カオスはアレの何処が好きなのか気になってきた。
毒を喰らわば皿まで、ついでに聴いてみる事にする。



「あの小僧の何処が好きなんじゃ?
 もしマリアが良かったら、聞かせてくれんか?」



カオスにも無理強いするつもりは無い。
製作者としての言葉ならば、口を割らせる事も出来ようが
彼女の成長を押し潰すような真似をしたくはなかった。
そして、問われたマリアは微かに首を傾ける。
しばしの沈黙の後、口から漏れた言葉は―――――――更にカオスを困惑させた。



「横島さん・マリア・好きにならない。
 だから・マリア・横島さん・好き」

「・・・・・・・・・・は?」



訳が解らずカオスは首を捻る。
ぬぅ、報われぬ恋が最近のトレンドっちゅーやつなのか。
おじーちゃん古いからわかんない。いやいや落ち着かんかワシ。
ちょっとばかりファンキーな方向に進みかけてた己を自制し
無言のままに、視線を以ってカオスは問う。
どーいう意味なんじゃ、と。
既に瞳を開けたマリアはゆっくりと喋り始めた。










「初めて・会った時・マリア・横島さん・襲った」



その出会いは、きっと最悪に近かった。
有無を言わさず拉致った後に、逃げた彼を追撃。
カオスのものと交換とはいえ体は奪うは
ターミネーターに襲われる気分を味わわせるは
彼でなければ、致命的なトラウマになってもおかしくはない。



「惚れ薬で・マリア・少しの間・横島さん・好きになった」



今は既に消えた情動。記録としてのみ残る情報。
思い出せるのは、彼を死にそうな目に会わせた記憶だけ。
発端が横島によるとはいえ、殺しかけてしまったのは確かな事実。



「だから・横島さん・マリア・嫌った」



だから事務所で一緒に働く時に至っては
もはやお互いの関係など、破綻してるも同然だった。










「でも・いつも・一緒」



しかし、少しずつその関係は修復されていった。
中世に行った時にも、月に行った時にも、そしてその帰りにも。
運命の悪戯とでも言おうか。何故だか、横島とマリアは一緒になる事が多かったから。
亀の歩みだったけれど。同じ時を過ごすにつれて、少しずつ、少しずつ、距離は狭まって行く。
横島はマリアを嫌わなくなっていった、マリアに怯えなくなっていった。
恐怖心もとうに消え去り、今や工事現場で顔を合わせたら軽く手を振ってくれるくらいの仲だ。
けれど―――――――― 



「横島さん・女の人・生身の女の人・好き。
 マリア・機械だから」



―――――――決して、女性として好かれる事は無い。
関係というならば、きっと此処が終着点。



「ぬ・・・・・・マリアは肉体が欲しかったのか?」



少しばかり申し訳無さそうにカオス。
だが、マリアは首を横に振る。



「マリア・不満・無い・今のマリアだから・皆・守れる」



そう、それは月から戻ったあの時のように。
人になりたいわけじゃない。
望みがあるわけでもない。
何故ならば、マリアの望みは既に叶っているのだから。



「横島さん・マリア・見てくれる・ちゃんと・機械のマリア・見てくれてる・だから」



横島はマリアを女性として捉えることは無い。
しかし、それは今の『マリア』を肯定するという事。
当たり前でいて、人の形を持つ彼女には得難かったモノ。
どうしても、人間は彼女から『人』を思うから。
そっとマリアは感謝を捧げるように指を組み、その瞳を閉じた。



「だから・マリア・横島さん・好き」



たとえ、それが結ばれない恋心としても。
結ばれない事を願う、歪な恋情としても。









「・・・・・・・・・・・・」



カオスは無言。
胸に抱く感情を言葉に変えようにも、なんと言えばいいのかが解らない。
唯一つだけ確かなのは、彼女はカオスにとっての誇りである事だ。
そんな彼の困り顔を、冷静な瞳が映す。



「ドクター・カオス。
 そろそろ・掃除・再開しないと・大家さん・怒ります」

「・・・・・・・・む、そりゃマズイの」



夜中にばたばたしてたら大家のばーさんに何言われるやら。
よっこらせ、と爺らしくカオスは立ち上がる。
そして掃除を再開するより前に



「のぅ、マリア・・・・・・・」



再びガラクタを持ち上げたマリアに問いを放つ。
瞬きをしない無機質な瞳を、カオスは優しく見返しながら



「お前は、今幸せか?」



そんな突発的な質問に、マリアは躊躇する事無く
何時も通りの無表情で、けれど微かな喜びの欠片を滲ませながら



「イエス・ドクター・カオス」