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ラプラス

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此処は牢獄だ。

この身も、この心も、この魂も
全てが光閉ざされし闇に覆われている。
手の届く範囲、目の届く範囲、知覚可能な範囲。
その全て、それだけで、私の世界は構成されている。
後にも、先にも、在るのは唯一の道のみ。
選択肢などは無い。在るのは無慈悲なる絶対。
適切な対処が『諦め』と言うならば、私ほど、慣れきった者はおるまい。
存在を始めてから、ずっとそれだけを続けて来たのだから。

例え、寿命が如何ほどに長かろうとも
例え、どれほどの魔力を有していようとも
例え、思想ならば何処までも飛びたてようとも
これこそを『魂の牢獄』と呼ばずして、一体何と呼ぼうか――――――――










夜の底、闇の内、檻の中

無数にある房、その一つにいるのは二人の人間。
女は寝転がって、不機嫌な顔で眠りこけている。
男は背を壁に預け、胡座をかいて天井を見ている。
見える筈もない、けれど知っている光景を思い浮かべながら
同じく檻の中にいる私は、そのおとなりさんに話し掛けた。



「――――――――起きているかい、人間」

「・・・・・・・・何のよーだ」



警戒心に満ち溢れた返答。
まぁ、帰ってきただけで良しとすべきか。
悪魔が話し掛けてきた、と考えれば、その気持ちは解るがな。
おまけに、そいつが獄に繋がれた悪魔とすればなおの事。
もっとも・・・・・・私がソレに当るわけだが。



「そう身構える事もないだろう?
 ここから出られなければ、私は何も出来ないんだ。
 眠れぬ夜、単なる暇つぶしと言う奴さ」



完全なる嘘というわけではない。
幾ばくかの本音も交えた言葉だ。
この忌々しい結界は、私の力を殺いでいる。
『前知魔』とさえ呼ばれた私ともあろう者が
全世界の未来どころか、一人の人間の未来でさえ
その体の一部を触媒とせねば、全てを見通す事も出来ないのだから。



「何が哀しくて悪魔と仲良くお話せにゃならんのだ」

「そう言うな。囚われの身って事だけ見れば一緒なのだ。
 仲良くしようではないか兄弟」

「誰が兄弟じゃっ!!!」



クッ、と声を押し殺して笑った。
こちらの問いかけにわざわざ答える、それだけで彼が未熟なのだと知れる。
悪魔のからかいに本気で反応する馬鹿が、一体何処にいるというのか。
だが、それでも、その考え方や在り様は実に心地いいものだ。
己が信仰のため、煩悩や私欲を押し殺さんとして
結局、それに絡め取られている坊主どもと比べれば、
数段、数十段、数百段はマシというものだ。
思わず、褒美をくれてやりたくなるくらいに。

この結界内では、他の誰か、他の何かの未来など解らず、
だが、私が触れたものの未来は知る事ができる。
即ち――――――――
この私自身が何を言うのか、何をするのか。
その全てを、私はもう既に知っている。
過去は変わらない。未来は変えられない。
そして、私は口を開いた。
酷く慣れた雰囲気を纏って。



「――――――――――だよ」

「いきなり何や?
 その日がどうしたって・・・・・」

「この日付はな―――――――」



さぁ、戯れよう。
何処までも生きようとする君に、
何時までも足掻こうとする君に
絶望という言葉をを伝える事で。










「君があの魔族の顔を思い出せなくなる日付だよ」

「・・・・・・・・・・・・!」










声を押し殺して笑う。笑う。笑う。
彼の呻きを、心地良く聞きながら。
それでもなお、この男は諦めないのだ。
知っている。私はその事を知っている。
どう生きるのか、そしてどう死ぬのか。
この男が、如何なる人生を歩むのか。
直接的に知ることは出来なくとも、
それを知る『未来の私』を
この場の『私』は知っているのだから。
そう―――――――――



「・・・・・・クソ魔族」



―――――――――その言葉も知っている。
そして、次に私が言う言葉もまた同様に。
何度も過去に繰り返したように口を開く。
不思議にも、何処か晴れ晴れとした心境で。



「『有難う』と言っておこうか、人間」










私にとって、先の全ては既知の出来事。
展開を全て覚えてしまった映画に出演するようなもの。
それ故に、私は『諦めない』という考え方を知らない。
決まりきった結末を知って、一体誰が諦めぬことを選べようか。
未来は過去に等しい価値で、始まる前から終わっている。
誰の手も借りず、とうに自滅している悪魔、それが私だ。

だが、だから、だからこそ、

ただ諦めぬというだけで、
ただ生きているというだけで、
ただ足掻き続けるというだけで、
この私に敗北を知らせ続ける存在、人間よ。

お前たちは笑うだろうか。
はたまた嘲り、蔑むだろうか。
この私が、この悪魔が、この化け物が
隣の房内にて悩み、これからも悩み抜く彼の如く
絶望を知りながらも、なお前を見据えんとする姿を
何処までも愚かしく、けれど輝かしきその振る舞いを




――――――――羨ましい、と感じる事を。