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竹とんぼ

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空へと飛び立つ竹とんぼ

どうか届けておくれ 彼の元へと

心を占める この想いを 

日毎に募る 彼への思いを

それが叶わぬならば

どうか空へと持ち去っておくれ

この胸に抱く 切なき感情を










季節は何処であろうとも同じよう巡る。
人目に触れない山の奥にも、こうして春はやって来た。
ひっそりと桜の花は咲き誇り、優しげな風情で佇んでいる。




その桜の下で、一人の少年が竹を削っていた。
掌を通して聞えてくる、カリカリという音。
細かく形を確認しながら、力の調製を行う。
削り過ぎては意味が無く、削れなくとも意味が無い。
お手本を傍において、真剣な表情でゆっくりとゆっくりと。
慣れた手つきからは、何度も同じものを作っていると気付かされる。

削られていた物が適当な形を取った所で、ふと、その手を休めた。
そして、桜へと凭れ掛って春の空を見上げる。
辺りを静かに吹く風は、桜色の花弁を纏いながら。
木々の隙間から零れる陽射は、優しく少年へと降り注ぎ。
春の日溜りの中、作りかけの竹とんぼを胸に抱いて
少年――――――――――ケイは、そっとその目を閉じた。









空に向けて真っ直ぐに飛んで行く
くるくると勢い良く回りながら
一緒になって見上げた空は
いつもよりも高く見えた

目を輝かせて見ているのは自分
傍には得意そうに微笑む彼の姿

暖かな時間は風のように過ぎて
優しい時間は止まる事無く流れて





そう、それはまるで――――――――――――春のように





最後に、手にしたのは宝物

一つは、思い出の竹とんぼ
何度も飛ばすうちに、ボロボロになってしまったけれど
でも何故だか、自分の作ったどれよりも良く空を舞う
傍にいてくれる。そんな気がして嬉しくもあり
けれど、自分達を守ってくれたあの日を思い
胸に生じるのは、何処か複雑な感情

一つは、一方的な約束
答えすら聞く事の出来なかった再会の約束
きっと、いつか、また、それだけの希望
酷く不確かで、何かに縋っていないと
願う事さえも忘れてしまいそうで





だから、今日も僕はこうして










――――――――――頬を擽られる感覚に、そっと少年は目を開けた。

指で撫でると一枚の花弁が落ちる、と共に水の感触が。
そのまま瞳を擦り、気付かぬうちに流していた涙を拭う。
視線を上げれば、まだ空は蒼く。桜はただ美しく。
身を起こした少年は、手本にしていた竹とんぼを持ち上げる。
随分とくたびれてしまった竹とんぼ。
それでいて、大事にしていた竹とんぼ。
落ちないように気をつけながら、羽を棒の先端に乗せ
棒を両手で挟み込み、一息に手を擦り合わせた。




そして、竹とんぼは空を舞う
あの日と同じように、青空へと向けて

でも、あの日とは違って
桜による春の嵐を掻き分けながら




胸に抱く感情は寂しさか、あるいはそれとも嬉しさか
どちらなのか、どちらともなのか、結局解らないままに
竹とんぼを見送った少年は、その目を閉じた。
目尻より零れる一雫は、桜の色に染められて。